第28話

 主人を失った魔獣たちが暴れる大混戦の中、鬼王が次々と魔獣たちを昏倒させていく。

 

 大混乱の中フェイターの隙をつき、潜伏しながら戦場を駆け抜けるハートゥング。

 

 狙いは一つ、フラウの能力で操られているモルフェスの解放。

 

 (あいつらが暴れ回る魔獣どもを制圧するのに二分もかからねえ、あの剣使いが一瞬の隙を見せた今しか無えんだ!)

 

 心中で決心を固め、人形のように立ち尽くしていたモルフェスまであと数歩の位置に辿り着く。

 

 シメたとばかり口角を上げるハートゥング。

 

 しかし次の瞬間……

 

「みーっけた!」

 

 無数の矢の雨が、ハートゥングを襲った。

 

 ハートゥングは顔色を変えずに全ての弓矢を素手で破壊していく。

 

 そして破壊した矢の一つを拾い、立ち尽くしていたモルフェスに投げつけた。

 

 モルフェスの側頭部に投げられた矢が当たり、虚ろだった瞳に輝きが戻る。

 

「とっとと起きろモルフェス! この冒険者どもを仕留めてすぐ魔王様の応援だ!」

 

「……ちっ! 僕の失態だ! シュペランツェ! あっちを頼む!」

 

「りょーかいだぜ!」

 

 遅れてモルフェスに追いついたフェイターが、悔しそうな顔でシュペランツェに声をかける。

 

 シュペランツェが相手をしていた十本足の魔獣はすでに切り刻まれて地に伏せている。

 

 フェイターの頼みを聞いて、シュペランツェはすぐに駆け出した。

 

 駆け出したシュペランツェを横目に見ながら両手剣を構え直すフェイター。

 

 するとハートゥングはフェイターを侮蔑したような目で睨んだ。

 

「お前如きが、俺を倒せると思ったか? 槍使いと二人がかりでも危ねえだろ?」

 

「どうかな? 僕はここ数日、龍翔崎さんに稽古をつけてもらっていた。 今までの僕とは違うんだ」

 

 迷いのない視線を向けるフェイターを見て、小馬鹿にしたように鼻を鳴らすハートゥング。

 

 次の瞬間、瞬間移動をしたのかと疑うほどのスピードでフェイターに肉薄する。

 

 フェイターは間一髪で身を逸らし、彼の打撃をかわした。

 

 ハートゥングの強みは圧倒的な戦闘センスと反射神経。

 

 相手が瞬きをした一瞬で加速し、懐に潜り込む。

 

 接近戦において、彼にしかできないであろう高等テクニック。

 

 対面した相手はハートゥングが消えたと錯覚し、隙だらけの相手をその剛腕で叩き伏せる。

 

 素手での戦闘技術は大陸最強と噂されるハートゥング。

 

 彼の能力で魔法が使えないこの空間では、彼に対応できるのは固有能力の優劣のみ。

 

 フェイターの触れた相手の能力を無効化する力は、当たらなければ発動しない。

 

 二人の間には、肉弾戦では圧倒的に不利なほど身のこなしに差があった。

 

 ——はずだった。

 

 モルフェスが機関銃のような速度で放つ連続打撃を、フェイターは涼しげな顔で全て避け切った。

 

 唖然とするハートゥング。

 

 大きく距離をとりながら、両手剣を構え直したフェイターは、したり顔で呟き始めた。

 

「龍翔崎さんが見せつけてくれたんだよ。 目に見えるものが全てではないと言う事を」

 

 意図を察せず、首を傾げるハートゥング。

 

 それを見たフェイターは油断なく構えながら言葉を続けた。

 

「ここ数日間の組手で、僕は隙だらけの龍翔崎さんに何度も切り掛かったけどね、足を引っ掛けられたり、剣をはたき落とされたり、なんなら白刃取りだってされた。 しかも、剣筋すら見ずにね。 だから僕は、なんでそんな芸当ができるのかを考えたんだ」

 

 フェイターは意味深な笑みを浮かべ、地面に剣を突き刺し挑発的に手招きをする。

 

 それを受けたハートゥングは、視界に捉えられないほどの速さで猛攻撃を仕掛け始めた。

 

 しかしその全てをかわしきるフェイター。

 

 華麗に踊るようなステップで動き回り、ハートゥングは何度も追いかけて拳を振りぬくが、全ての攻撃が空を切る。

 

 無数に繰り出す打撃を全てかわされ、肩で息をしながら下唇を噛むハートゥング。

 

「一体、どんなトリックだ!」

 

「トリック? 笑わせないでくれよ。 君は龍翔崎さんより十倍くらい遅い。 くる場所さえ予想がつけば、避けるのは容易いのさ」

 

 退屈そうに鼻で笑うフェイターを見て、歯を軋らせながら瞳孔を開くハートゥング。

 

「舐めた口聞きやがって! 今すぐ改めさせてやるよ!」

 

 一息に肉薄したハートゥングが、猛連打を仕掛ける。

 

 咆哮を上げながら何度も何度も拳を振り抜くが、フェイターは全ての攻撃を予め予知していたような動きでかわしきった。

 

 動き回りながらの激しい打撃の雨、普通ならかわせる速度ではない。

 

 だがフェイターは全てをかわしきり、勝ち誇ったように口角を上げた。

 

「冷静になりなよハートゥング。 さっき僕が剣を刺したところを覚えているかい?」

 

 無数の打撃を避けながら、フェイターが突然呟いた。

 

 ハートゥングにとっては激しく動いての戦闘になっていたため、フェイターが剣を刺した場所など覚えてはいなかった。

 

 しかし、うすら笑みを浮かべながら右腕を振り抜いたフェイターが、ハートゥングの視界の中で逆さまに映る。

 

 ふと気がつくと、ハートゥングは地面に這いつくばっていた。

 

 慌てて立ちあがろうとするが、足に力が入らない。

 

 不思議に思いながら下半身に手を伸ばそうとした瞬間、自分の隣に自分の足がある事に気がついた。

 

 それを見て、ようやく事態を把握したハートゥングは顔を青ざめさせた。

 

「なんで、なんで俺が真っ二つにされてんだぁぁぁぁぁ!」

 

 上半身と下半身が分断されている事に気がつき、ハートゥングは激しく叫喚した。

 

 あの一進一退の攻防の中、フェイターは最初に剣を刺した位置にハートゥングを誘導するよう立ち回っていたのだ。

 

 そんな芸当、相手の動きが完全に読めていないと不可能。 だがフェイターは、その未来視にも近い芸当をいとも簡単にやって見せたのだ。

 

 フェイターは両手剣についた血液を払うように、もう一度腕を振りながらハートゥングに視線を落とす。

 

「君はねえ、僕に泳がされてただけなんだよ。 龍翔崎さんが僕の動きを見ずにかわせるのは、おそらく僕の動きを読んでるからだ。 だから僕も、ここ数日は相手の動きを読みながら、相手の考えてることを想像しながら戦う事に専念した。 そしたらさ、意外とわかっちゃうものなんだ」

 

 満足げな笑みを浮かべていたフェイターを、無気力な顔で仰ぐハートゥング。

 

「君はね、僕の思い通りに動いてくれていた。 つまりこの戦いは、始めから僕が支配していたってことさ?」

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