第24話

 鳳凰院率いる別働班が正門を制圧してから一日がたった。

 

 龍翔崎たちが正門前に到着すると、ラディレンが驚愕の表情を浮かべた。

 

「正門に、兵が誰もおらぬのじゃ!」

 

 魔王城の正門が目視できる距離に来たと言うのに、兵士が一人も見当たらない。

 

 シェラハート平原から進軍を開始し、初めの二〜三個の拠点には数名の兵士がいた。

 

 制圧には時間がかからなかったが、砦や拠点をいちいち制圧して回る事を考えると、移動に三日はかかると予想していたのだが……

 

 魔王城に近づくに連れてもぬけの殻になってる拠点が増えて行き、さらには砦の内部にすら兵士がいない場所が増えていった。

 

 ここまでくる最中ラディレンはこの異常事態に不穏な予感を覚えながら進軍していたが、正門の様子を目の当たりにし、只事ではないと言うことを改めて自覚する。

 

「妾たちは、罠にかけられておるのか!」

 

 ざわつき始める連合軍の兵士たち。

 

 しかし龍翔崎がため息をつきながら、慌てふためくラディレンの肩に手を置いた。

 

「ほれ、正門から誰か出てきたぜ?」

 

 龍翔崎が気だるそうな仕草で正門を親指で指し示す。

 

 すると正門から堂々と鳳凰院が歩み寄ってくる。

 

「ほ、鳳凰院様じゃ!」

 

 驚いて後退りをするラディレン。

 

「どうやらあいつの作戦は順調みたいだな」

 

 龍翔崎の一言で、ゴクリと喉を鳴らすラディレン。

 

 進軍が止まった事を不審に思ったのだろう。 背後の見張りをしていたフェイターたちが後ろから四人、足並みを揃えて歩み寄ってきた。

 

「ラディレンちゃん? どうかしたのかい?」

 

「フェイターたちか? 驚くでないぞ、正門はもう制圧されておるようじゃ!」

 

「はぁ? 嘘だろ!」

 

 動揺しながら声を上げるシュペランツェ。

 

「おいうるさいぞ槍使い、ここは敵地なんだからもう少し静かにおどろけ」

 

「あ、すんません鳳凰院さん! けどよー、俺ら今から魔王城の正門に着くからって、超気合い入れてたんすよ! モルフェスとどう立ち回るかもこいつらと念入りに打ち合わせしてたのに!」

 

 シュペランツェが残念そうに手の平を返す。

 

「すまんな、予想以上の雑魚だったから俺らが無力化した。 今のモルフェスは俺の駒だ」

 

「さすが白い人。 もううちら何されても驚かないと思ってたけど、今回のこれは全く予想してなかったわ。 もう、驚き疲れちゃったよ?」

 

 呆れ顔で肩を窄めるシャルフシュを横目に見ながら鳳凰院が鼻を鳴らす。

 

「まあいい、作戦を説明するぞ? 今ちょうど、魔王が俺の術中にはまり、ドラ子とモルフェスに作らせた幻影と戦闘中だ」

 

 信じられない報告をサラッと述べる鳳凰院を見て、絶句するラディレンたち。

 

 龍翔崎は鳳凰院の衝撃発言を聞いても動揺せず、なんだか拍子抜けだぜ? などと呟きながら正門に向かって歩き出した。

 

 

 卍

「現在の状況を説明してやろう。 魔王にはヴァルトアたちに作らせた幻影に伝令させ、侵入者が魔王城に入り込んでると言うガセネタを流させた。 すると魔王はモルフェスが操られていることも知らずに『魔王城にネズミが入り込んだのなら、すぐさま排除せよ』とかかっこつけてほざいてたらしい」

 

 ラディレンたちを正門の駐屯場に招き入れた鳳凰院が、早速とばかりに状況説明に入った。

 

 侵入者を伝える伝令を送ったと同時に、鳳凰院たちは正門や周囲の砦にいた兵士たちにも同様に、幻影で作らせた伝令を送っていた。

 

 内容は『魔王様からの勅令! 魔王城に侵入者、全兵力を持って捜索にあたれ』

 

 これを聞いた砦の兵士たちや正門にいた兵士たちは現在魔王城にごった返している。

 

 魔王はごった返している兵士たちは侵入者を探しているだけだと思い放っておいているらしい。 数が多いことになんの疑念も持たずに……

 

 そもそもそういった軍部の管理は全てモルフェス頼みだったが、肝心のモルフェスからはなんの報告もないので視野にすら入れていないのだろう。 前提として、魔王の頭の中は大陸統一計画のことでいっぱいだ。

 

 侵入者が入ってきたなんてどうでもいい案件は、部下に任せておけばなんとでもできてしまうだろう。

 

「その後魔王は偽物のモルフェスに侵入者の捜索を任せて色々してた見てーだが、お前らが来たから幻影を上手く操作して魔王の前に放りだしてやった。 魔王は侵入者が捕まったと思いこんでご満悦らしい。 ちなみに侵入者の幻影は龍翔崎だ」

 

「おい、ざけんなまじで!」

 

 鳳凰院が馬鹿にしたような笑みを龍翔崎に向けると、不服そうに文句を言う。

 

「だが魔王は今、超ご機嫌だぜ? おい、ぽち! 魔王の言葉をこいつらに伝えてやれ」

 

 鳳凰院が隣にいたモルフェスに視線を送る、いまだにラディレンたちはモルフェスがこの場にいることを警戒しているようで、一時たりとも視線を逸らしていない。

 

「かしこまりました。 『無様よのう、下品な格好をしたネズミめが! なんの策もなしに予の城に潜り込んでくるとは、滑稽滑稽! 実に滑稽!』と、申しておりました」

 

 虚な瞳で、機械のように言葉を発するモルフェスを見て目を見開くラディレンたち。

 

「フッ、どうだ龍翔崎? お前、滑稽だと言われているが?」

 

「ざけんなよマジで、なんか知らんが腹立つじゃねえか!」

 

「の、のう鳳凰院様。 そやつは本当にモルフェスなのか?」

 

 額から一筋の汗を垂らすラディレン。

 

 あんなにも警戒していたモルフェスが、こうも簡単に手駒にされているという事実を信じたくても信じられないのだ。

 

 自分に都合のいい話は、誰しも疑ってしまう。

 

「おいぽち、跪いて名を名乗れ」

 

 ラディレンの心境を察した鳳凰院は、信じさせるために命令を出すことにした。

 

 鳳凰院の命令を聞き、モルフェスは一瞬の逡巡しゅんじゅんもなく跪いてこうべを垂れる。

 

「我が名はモルフェス・フリュフィールと申します」

 

 有無を言わさぬ速さで命令を聞くモルフェス。

 

 それを見た鳳凰院は、可笑しそうに鼻を鳴らしながら、

 

「これで信じられたかラディレン、残念ながら頭を踏みつけてやりたくても衝撃を与えると奴隷化が解けてしまうらしくてな、この程度しかさせられんが……ああ、なんなら裸踊りでもさせてやろうか?」

 

「じゅ、充分じゃ! あのモルフェスが魔王以外に頭を垂れるなど、天と地がひっくり返ってもありえないことじゃからのう」

 

 顔をひきつらせるラディレンを見て満足そうにうなづいた鳳凰院は、背後に立っていたフラウの方に振り返りながら悪人面で笑う。

 

「どうだポン子。 俺みたいな奴がお前の能力を持っていたら、こう言う辱めをさせたりするんだぞ? 自分の能力の怖さが分かったか?」

 

 急に声をかけられたフラウは、あたふたしながら視線を泳がせる。

 

 フラウの動揺を見ながら、鳳凰院は控えめに笑いをこぼした。

 

「まあ、だからこそお前のような善人が、その強力な能力を使う事を許されたのかもな? お前は決して、奴隷化したやつを辱めるマネはしないだろ?」

 

 鳳凰院の一言で、嬉しそうに微笑むフラウ。

 

 二人の様子を見た鬼王とヴァルトアも、視線を交差させながら満足そうに微笑んだ。

 

「おい鳳凰院、フラウの前でカッコつけてねえでさっさと作戦開始しようぜ?」

 

 龍翔崎が後頭部を手で覆いながらじれったそうに声をかけると、一瞬ムッとした鳳凰院は大きくため息をつきながら全員の顔を総覧した。

 

「まあ、それもそうだな。 気合い入れろよお前ら、魔王城攻略戦スタートだ」

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