第25話

 龍翔崎と共に地図を見た時点で、この城を落とすのは面倒だと思っていた。

 

 この魔王城は左右の山や背後の断崖絶壁に囲まれた、いわば盆地のようなものだ。

 

 風はあまり吹かず、湖の中心に建てられているためとても攻めづらい。

 

 進軍ルートも正門から続く一本道しかない上に山から吹きおろす風が強い向かい風になり、進軍の足を遅らせる。

 

 投石をしても城にうまく当たらないだろうし、湖だから川とか繋いで増水するのも難しい、つまり水攻めも不可能に近い。

 

 火攻めをしても湖の水ですぐ消えてしまうし、そもそも山から吹きおろす風のせいで消されてしまう。

 

 しかし、それは現実世界での話し。

 

 ここは異世界、魔法があり、俺たちにはいつの間にか備わった理不尽なほどの身体能力がある。

 

 つまり何が言いたいか。

 

 俺が立っているこの正門の方角、すなわち魔王城東南に位置するこの場所から神風を吹かせれば、さっき説明した戦術の中に抜群の効果を発揮する攻め方がある。

 

 その攻め方は………

 

「よし。 工作部隊、やれ」

 

 魔王城の湖を挟んだ左側面からドラ子と杖使い、連合軍の魔道士たちが同時に詠唱を開始する。

 

 その詠唱の二列目には、『フランメ』と言う呪文を揃えて。

 

 途端、大小様々な炎の塊が魔王城に放たれる。

 

 魔王城左側には武器格納庫と兵糧庫があるというモルフェスの話だった。

 

 ここを叩けば兵士たちはあっという間に無力化できる。

 

「突撃じゃぁぁぁぁぁ!」

 

 それを合図にラディレンの号令がかかり、連合軍兵士たちが正門から伸びた橋を駆け抜ける。

 

 最前線を駆けて行くのは武闘派たち、親バカ、剣使い、槍使い、ラディレンの四人。

 

 魔王城の見張りはラディレンたちに気づき、魔王城の入口を固く閉ざした。

 

 外壁からは無数の弓隊が弓を引き絞っているのが目に映る。

 

 空から降り注ぐ炎の塊を防ぐために複数の魔道士が透明な障壁を展開するが、うちのエースである杖使いとドラ子が作った巨大な炎塊は防ぎきれずに障壁を破壊した。

 

「龍翔崎! 準備できてるか!」

 

 俺が作らせた巨大な木製の板を構えた龍翔崎が、親指を立てた腕を高々と掲げた。

 

 杖使いとドラ子がこじ開けた障壁の穴から、無数の炎塊が流星群のように魔王城に降り注ぐ。

 

 突然火の手が上がった魔王城は大混乱に陥り、兵士たちは湖から水をかき集めて消火しようとしている。

 

 山から吹きおろす風に煽られ、俺たちが陣取る正門方向に熱風が吹き荒れた瞬間、俺は龍翔崎に合図を出した。

 

 合図を見て頬が裂けんばかりに口角を上げた龍翔崎。

 

「そんじゃいっちょ! ぶちかますんで夜露死苦!」

 

 龍翔崎が巨大な木の板を振り回すと、ものすごい強風が吹き荒れる。

 

 二回、三回と板を振り回すたびに、魔王城に貼り付くように燃えていた炎が踊った。

 

 次の瞬間、巨大な火の手が魔王城をつつみ、魔王城背後にあった断崖絶壁は真っ赤に染まる。

 

 それを合図に魔王軍兵士たちの悲鳴がとどろきだす。

 

 突撃していったラディレンが魔王城の入り口を破壊し、中に連合軍兵士たちが雪崩れ込んでいった。

 

 俺と龍翔崎もそれを視認した瞬間地面を蹴った。

 

 

 卍

「何事だ! なぜ下層から火が上がっておる! モルフェス! モルフェス何が起きておる、報告はまだか!」

 

 動揺する魔王の怒号が大広間にこだましていた。

 

 ボロボロになっていた龍翔崎を踏みつけたまま驚愕の表情を浮かべるハートゥング。

 

「なんだ、何が起きてやがる! てめえ一体何企んでやがんだ!」

 

 倒れ伏していた龍翔崎を勢いよく踏みつけるハートゥング。 牛のような角をはやした褐色肌の大男で、全身に鎧のような筋肉をつけている。

 

 そんな大男に踏みつけられていた龍翔崎は苦悶の声を上げた後、不気味な笑みを浮かべた。

 

「くたばりやがれ、クソザコ」

 

 ハートゥングは奥歯を軋らせながら龍翔崎を蹴り飛ばすと、吹き飛ばされた龍翔崎が空中で霧散してしまった。

 

 その光景を見て目を見開く魔王。

 

「嘘、であろう? モルフェス! モルフェスはどこにおる!」

 

 ねじれた一角の角を生やした小柄な体格で、黄金の髪をナチュラルに掻き上げている。 さながら整った容姿は多くの女性を虜にしてしまっても不思議ではない文句なしの美麗人。

 

 険しそうな表情で周囲に視線を送る魔王、モルフェスは慌てふためく魔王の背後から余裕の笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。

 

「今の侵入者は貴様の能力であるな! 裏切りおったのか!」

 

 激昂する魔王に、モルフェスはしたり顔を向けた。

 

「我が主人は、フラウ様ですから」

 

 その一言を聞き、八つ当たりとばかりに魔王は金杖でモルフェスの頭を消し飛ばした。

 

 霧散していくモルフェスの幻影を睨みながら心火を燃やす。

 

「……いつからだ、一体いつからこやつは操られていたと言うのだ!」

 

 魔王は頭をかきむしりながら、血走った目で燃え盛る魔王城を総覧する。

 

「ま、魔王様! 今はとにかくここを離れないとやばいっす!」

 

 ハートゥングの狼狽した声が響き、魔王は深呼吸しながら佇まいを正す。

 

 すると大広間の上段から鈍重な足音が響き渡った。

 

「ライルフト! 火攻めされているわ! ラファムを召喚してすぐにこの辺りは消火したけど、時間がないから早く撤退するわよ!」

 

「テイアマットか。 わかっておる、あれは持ったか?」

 

 サイの体に熊の頭、縞々の太い尾をつけた魔獣に乗り、大広間に現れたのは王妃であるテイアマット。

 

 砂浜色のウェーブ掛かった髪を片口まで伸ばし、海色の瞳をした美麗な婦人。

 

 声のトーンを低くして尋ねた魔王の言葉に、テイアマットは小さく首を倒した。

 

 それを確認した魔王は金杖を地面に叩きつけ、何重にも重なった魔法陣で自分とハートゥングを包み込む。

 

 テイアマットは乗っていた魔獣から降り、その魔法陣の中に歩み寄った。

 

 これは高位魔法である転移の魔法陣。 一度使用すると再使用には三日以上のタイムラグが発生する切り札にも等しい魔法。

 

 転移の魔法で魔王城の外、正門とは逆方向にある王族や幹部専用の船着場に到着した魔王たち。

 

 この船着場から脱走を図るつもりなのだが、一瞬で魔王城の外に出ないのにはれっきとした理由があった。

 

 秘密兵器を持ち出すためには、船着き場から船を使って兵器を持ち出さなければならない。 後手に回っているこの状況ではあるが、大陸統一計画は目前に迫っている。

 

 こんな所で全てを台無しにするわけには行かない。

 

 しかし船着き場に転移した瞬間、魔王は眉間にシワを寄せた。

 

「よくものうのうと顔を出せたものであるな。 自ら殺されにきたのか?」

 

 魔王の苛立たしげな声を聞き、船着場にゆっくりと足音が響いていく。

 

「あら? おかしいわね? 殺されにきたのはあんたたちのはずよ? ……魔王ライルフト」

 

 その声を聞き、魔王は周囲に視線を配らせた。

 

 嘲弄したような笑みで口元に手を添えるフラウを筆頭に、ラディレンや鬼王、ヴァルトア、聖王軍の冒険者たち、そして龍翔崎と鳳凰院が、転移してきた魔王たちにうすら笑みを向けている。

 

 魔王は既に包囲されていることを知り、煩わしそうな顔で舌を鳴らす。

 

「忌々しい……忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しいィィ!」

 

 全身から禍々しい殺気を激らせる魔王。

 

「ふ、ガチギレじゃないか。 ずいぶんと笑わせてくれるな、魔王とやら。 道化師の才能でもあるんじゃないか? お前は騙されているとも知らずに、龍翔崎たちの幻影を馬鹿にしていたんだからな。 クハハ、これこそ……実に滑稽だ」

 

 鳳凰院が、嘲笑うかのような声音で呟く。

 

「何者? 見たことない顔ね! それに格好も面妖だわ!」

 

 鳳凰院を油断なく睨みながら、テイアマットは眉を歪めた。

 

「モルフェスとかいう雑魚の買主だ。 ほらぽち、挨拶してやれ」

 

 鳳凰院の背後からゆっくりと姿を現す虚な瞳のモルフェス。

 

 それを見たハートゥングが顔を引きつらせた。

 

「おいおいおい! マジかよマジかよ! フラウの野郎に操られちまってたのか!」

 

 絶体絶命かと思われたこの状況で、魔王は静かな怒りを灯した瞳で顔を上げた。

 

「テイアマット。 うぬのお気に入りたちを召喚しろ。 ここにいる不届きものは一人残らず皆殺しだ」

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