第23話

 魔王城は巨大な湖の中心にポツリと建っていて、魔王城までの道は正門から伸びる大きな橋ただ一つ。

 

 湖には妃の魔獣が飼われているようで、船での移動は自殺行為。

 

 背後には断崖絶壁、周囲には背の高い山が連なっており、大群での移動は正門から伸びる一本道しかない。

 

 俺が率いる別働班四人、俺とポン子、親バカとドラ子は現在魔王城の周囲にある山の中に来ている。

 

 作戦会議から約十六時間かけてここまでやってきた。

 

 少人数なら少し無理すれば見つかることなく移動できる。

 

 山の中を移動してきたから野生の獣やらなんやらと遭遇したが全部雑魚だった。

 

 初めは妃の魔獣かと警戒したが、妃の魔獣は魔王城内と湖の中にしかいないらしい。

 

 おかげでこいつらの能力を詳しく解析する実験台として有意義に討伐できた。

 

 能力の使い方は、工夫次第でどこまでも強くなる。

 

 ここにくる前龍翔崎が訓練していた奴らにも能力を工夫して使えと指南して、かなり強くなっていた。

 

 少しでも戦力を増強できるのは望ましいことだ。

 

 そんなこんなで実験したり検証していたら到着したのは真夜中になってしまったため、テントで野営をし、朝イチで起床した俺は現在双眼鏡で魔王城正門を監視中だ。

 

 俺たちが倒さなければならないのはモルフェスだ。

 

 幻影に惑わされ、連携を崩されたり誤った情報を流されるのはまずい。

 

 戦闘中は一瞬の判断ミスが命取りになるからこいつの存在が最もうざい。

 

 モルフェスはいつも正門にいるらしい、異常があれば魔王城に控えている分身体を通してすぐに連絡するという連絡要因。

 

 策は既に固まっているので、茶煙草を吸いながら正門の様子を逐一確認している。

 

 すると親バカが目を覚ましたようで、俺の隣に歩み寄ってきた。

 

「あっちはコソコソするのは好きじゃないでありんす。 こんな所に隠れてないで、さっさと正門を攻め落とすなんし」

 

「安心しろ、モルフェスを秒殺したらあとは正面突破だからな。 しばらく我慢してくれ」

 

 俺の顔を見て目を見開く親バカ。

 

「四人でモルフェスを秒殺するなんし? 兵は三万近くいるでありんすよ?」

 

「俺たちの目標はモルフェスの無力化だ。 三万の兵を相手にする必要はない」

 

 俺はテントに視線を送ると、ちょうどそのタイミングでドラ子が目を擦りながらひょっこり顔を出した。

 

「あら? もう起きていたのですか? 早いですわね。 わたくしは朝の血ータイムとさせていただきますわ?」

 

 起きてすぐにティーセットを用意し始め、優雅な仕草でカップに血を注ぐドラ子。

 

 仕草は上品だが、ティーセットで血を飲むのはどうかと思う。

 

「ちなみにそれって誰の血なんだ?」

 

「これはそこら辺の魔獣から抜き取って貯めておいたものですわ? 本日はカリュードンとギリメカーラのブレンドですの」

 

 聞いておいてなんだが、どう言った魔獣かはあまり深く考えない方がいいと思った。

 

 たぶん、名前的にデカくて禍々しい猪と象だろうな。

 

「突入はいつするなんし?」

 

「湖から向かうのですか?」

 

 俺はモルフェスの盗聴を疑っていて、ここに来るまでどう突入するかを説明していない。

 

 というか突入方法は今考えたから説明のしようがない。

 

 俺は正門にモルフェスがいると聞いていたから先行してきただけだ。

 

「湖から突入など、三流が考えそうな策だな。 魔王城から集中砲火されて船は沈むだろうし、俺たちは船など持っていない」

 

「ならばわたくしが湖を凍らせて差し上げましょうか?」

 

 自信満々の笑みを浮かべるドラ子だが、こいつもしかして脳筋なのか?

 

「それも三流だ。 湖から行くわけないだろ、この脳筋が。 まず俺たちは見つかった時点でゲームオーバーだ。 モルフェスが俺たちを発見して魔王に連絡する前に無力化しないとならん」

 

「ゲームオーバーとはどういう意味でありんすか?」

 

 しまった、この世界にはゲームという概念がないだろうからこの言葉は通じなかったか。

 

「即敗北という意味だ。 目標はモルフェスを瞬時に無効化して、正門にいる魔王軍の兵にみつからない。 さらに正門が制圧されたたということを魔王城に悟らせないということだ」

 

 沈黙する親バカとドラ子。

 

「無理に決まっていますわ」

 

「無茶言わないで欲しいでありんす」

 

 ほぼ同時に否定してくるドラ子と親バカ。

 

 するとテントの中からガサゴソと音が聞こえてくる。

 

「みんな起きていたのね? あたしの事も起こしてくれればよかったのに。 作戦の話ししてるんでしょ?」

 

「あらあらあら! フラウちゃんやっと起きたなんしか! 寝起き顔も可愛いでありんすねぇ!」

 

 すかさずフラウの頭を撫で回しに駆け寄る親バカ。

 

 ちょうどいいタイミングでポン子もテントから顔を出してきた事だ。

 

 さて、もったえぶってないで作戦を説明してやるか。

 

 

 

 卍

 モルフェスは正門の自室で書類に目を通していた。 白髪の青年で、鹿のような角を生やした美男子だ。

 

 邪悪に光るブルーサファイアのような瞳を忙しなく動かしている。

 

 読んでいるのは魔王から通達された大陸統一に向けての計画書。

 

 一通り目を通し、機密書類のため燃やして痕跡を消す。

 

 頭のいいモルフェスは一度目を通せば内容を記憶できるのだ。

 

 もはや今の魔王軍に敵はいない、そう思い鼻を鳴らしながら茶をすする。 すると、急に室内に霧が立ち込み始めた。

 

「霧? なぜ突然? 妙だな、かすかに魔力を帯びている……まさかっ!」

 

 慌てて席を立ち、魔王へ連絡を入れようとするが既に遅い。 ふらりと脱力し、地に伏せるモルフェス。

 

 するとモルフェスの部屋に艶やかな雰囲気を纏った女性がゆっくりと入ってくる。

 

「やはりこのようにコソコソ攻めるのは好きではないなんし。 正々堂々正面突破するべきでありんす」

 

「そう言うな親バカ。 こいつらはな、せこい手を使って俺たちを騙くらかしてくる。 正々堂々戦うためには先にせこい手を使わせないようにするのがベストだろう」

 

 浮かない顔をしていた鬼王の背後から、白い特攻服を纏った青少年が現れ、口を尖らせ細く息を吐いた。

 

 吐いた吐息からは黙々と煙が上がり、ほんのり茶葉の香りが漂う。

 

「それはそうでありんすが、どうも気が乗らないなんし」

 

「安心しろ、こいつさえいなければあとは正面突破できる。 これはな、お前が正面突破が好きだと言ったから考えた策だ」

 

 青少年が発した言葉の意味を察せなかった鬼王は、眠りこけているモルフェスに視線を落としながら首を傾げた。

 

「つまりな、お前が気持ちよく正面突破するためだけに、俺が必死に考えた策なんだ。 安心しろ、魔王城に突入する時は正真正銘の正面突破だ! 後少しの辛抱だぞ親バカ!」

 

「さすが鳳凰院様でありんす! これは、あなた様があっちのために考えてくれていた、正面突破のための下準備!」

 

 茜色の瞳を爛々と輝かせ、感涙に咽ぶ鬼王を一瞥し、鳳凰院は満足げにうなづきながら再度煙を吐いた。

 

 心なしかきれいに言いくるめているだけに見えるのはさておき、遅れて入ってきた白肌の女性へ肩越しに視線を送る。

 

「おいドラ子! とっとと第二段階に移すぞ? 正門内部の兵士はあらかた寝てるだろうな?」

 

 ドラ子と呼ばれたのは鬼族吸血科のヴァルトア、鬼王の片腕と称される、大陸きっての魔道士だ。

 

「ええもちろんですわ。 それにしても、酷い目に遭いましたわ。 あんな突入方法は二度とごめんでしてよ?」

 

 大きな笠の下で、顔を青ざめさせているヴァルトア。

 

 彼女の腰には同じく顔面蒼白しているフラウがしがみついていた。

 

「生きた心地がしなかったわ」

 

「あっちは楽しかったでありんすよ?」

 

 けろりとした顔で震えているフラウに視線を送る鬼王。

 

 彼女たちがくたびれるのも仕方がない。

 

 鳳凰院が突入に選んだルートは湖でも正面突破でもなかったからだ。

 

「スカイダイビングは初めてだったか? だとしてもお前の障壁はあの程度では砕けんだろ? なぜ怖がる必要がある」

 

 空からの突入。

 

 ヴァルトアの魔法でカプセル状の障壁を作り出し、中に入った三人を鳳凰院が全力で投げる。 城ほどの大きさをしていた氷塊ですら空の彼方へ投げ飛ばしてしまうほどの身体能力だ。

 

 難しいことなどなにもない、ただ飛距離を飛ばしすぎないよう計算して、正門の真上で止まるよう軌道を考えて投げればいいだけの話し。

 

 元々運動神経が言い鳳凰院にとって、そんな芸当朝飯前である。

 

 正門上空で障壁を霧散させ、ツァーバラから預かっていた血を飲んだヴァルトアが二重詠唱で風と火の魔法を巧みに操り屋上に着地。

 

 鳳凰院に関しては、普通にジャンプして正門の屋上に着地した。 その距離、役一キロ弱。

 

 脅威の身体能力を駆使し、不可能と思われていた突入作戦をあっけなく成功させてしまったのだ。

 

 屋上へ突入成功後は、鬼王の血を数量吸ったヴァルトアと、鬼王の二人で神便鬼毒の霧を発動させ、正門内部に充満させる。

 

 内部に駐屯していた兵士たちは充満した霧を大量に吸ってしまい、騒ぎ出す前に次々と眠りこける。

 

 その後神便鬼毒の霧で眠った兵士たちにフラウが触れて回り下僕にしてしまったのだ。

 

 命令するのは『これから先は、我々の指示を遵守すること』 こうすることで、フラウだけでなく鳳凰院や鬼王の命令も聞かせられる。

 

 普段通りの警備を続けさせれば魔王城は正門の異変にも気が付かず、さらには兵士たちに鳳凰院たちが侵入したこともバレない。

 

 正門内部にいる兵は役五十程度。

 

 この程度なら寝かせるのもいうことを聞かせるのも苦ではない。

 

 すぐさま正門内部の制圧を成功させた後は、モルフェスの部屋にあった換気口から神便鬼毒の霧を充満させ、何もさせずに眠らせたのだ。

 

 正門の外にいる兵士たちには見つからないよう、迅速に作戦を終わらせる鳳凰院たち。

 

「さて、次に移るぞ? ヴァルトア、こいつの血を吸って幻影を作れ」

 

 鳳凰院の指示を聞き、鬼王やヴァルトアは悪人面で口角を上げる。

 

「ふむふむ、鳳凰院様は強い上に策士だなんて。 味方で本当に良かったですわ。 さあ、気を取り直して血ータイムでしてよ!」

 

 ヴァルトアは鳳凰院に賛辞を送ってからモルフェスの首筋に噛み付いた。 それを見た鳳凰院はフラウに視線を向ける。

 

「次はフラウ、こいつに触れてこう命令しろ。 『俺の指示は絶対遵守するように』と」

 

 小さく頷いたフラウがモルフェスにそっと触れる。

 

 フラウの下僕化はダメージや衝撃を与えると解除されてしまうため、ヴァルトアが血を吸ってから触れる必要があった。

 

 油断なく事を運ぶ鳳凰院は、満足そうに口角を歪ませた。

 

「敵を騙すにはまず味方から、っていう言葉がある」

 

 満足げな顔で開いていたカーテンを閉める。

 

「つまりこの策は、敵を騙すために敵の味方を騙し、その味方が味方を騙して敵を騙し切る!」

 

 ……沈黙。

 

「すみません、何を言いたいのかさっぱり分かりませんわ」

 

「早口言葉みたいでありんすね?」

 

「ほ、ほーおーいん君すごい! さすがだわ! とりあえず、すっごい事したって事はわかるわよ!」

 

 顔を引きつらせる一同。

 

 気不味い空気の中、鳳凰院は渋い顔をしながら咳払いをした。

 

 おそらく本人も途中から頭がこんがらがったのだろう、三人に悟らせないよう額に浮かんだ汗をさりげなく拭き取っている。

 

「とにかく、万全の準備をして正門に来る龍翔崎たちを待つ! これからが正念場だ! くれぐれも外の兵士にみつかるなよ! 便所以外はこの部屋から出るな!」

 

 鳳凰院は頬をわずかに赤くしながら、先ほどまでモルフェスが座っていた椅子に腰掛けた。

 

「わたくしは、お手洗いなど行きませんわ!」

 

「お前はどこぞのアイドルか? ったく、くだらん意地で可愛こぶるなこの脳筋が!」

 

「アイドルってなんですの?」

 

 頬を朱に染め体をくねらせるヴァルトアにすかさず喝を入れる鳳凰院。 なお、ヴァルトアの疑問に対しては完全にシカト。

 

 いちいち説明するのが面倒だったのだろう。

 

 その後、モルフェスの机に置いてあった書類を漁りながら鬼王に視線を向ける。

 

「親バカはこの建物の入口に霧を張れ、一度フラウが触れていた相手でも念の為寝かしてから中に入れろ」

 

 指示を受け、こくりと頷く鬼王。

 

 それを確認した鳳凰院はヴァルトアと、瞳を虚ろにしたモルフェスに視線を向ける。

 

「お前らは幻影でボロボロの魔王軍兵士を作れ。 手分けして拠点に伝令を送ってもらう。 周囲の拠点全てに伝令を送り終わったら、最後は魔王城だ」

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