第18話
フラウが二十五才の時に初めて能力が発動した。
悪魔族の寿命は四百〜五百年近くあるため、成人は百才。
人間の寿命が約八十年と考えると、四分の一生きれば成人とみなされるという点ではさほど変わりがない。
つまり悪魔族で二十五才というのはかなり幼い頃という事になる。
初めて能力を発動した際、フラウにはなんの悪気もなかった。
ただ母に欲しいものをねだっただけ。
ねだられた母は虚な目に変わり、フラウに言われた物を次々と買ってしまうという奇行におちいった。
不審に思った父がフラウを兵舎に連れて行ったところ、兵舎に駐屯していた軍医の検査で彼女の能力が判明したのだ。
触れた相手を下僕に変えてしまう能力。
相手に触れながらただ願いを言えばいい、それだけで能力が使用される。
それを知った父は、母と相談してフラウを町外れの貧困街に置き去りにした。
自分たちには手がつけられない、このままでは今以上のことをさせられる可能性がある。
悪事に手を染めさせられ、自分たちの人生が変わってしまう。
勝手にそのように考え、自分たちの中でフラウを怪物に仕立て上げてしまったのだ。
罪悪感はあったが、貧困街で行方不明になってしまえばどうとでも誤魔化せると判断し、両親は貧困街を選んだ。
まだ幼いにも関わらず、貧困街に捨てるなど普通なら生きていられるわけがない。
貧困街には街に住めなくなった荒くれ者や、家族に見放された者が捨てられる無法地帯だからだ。
しかし、フラウは生き残った。
そしてその能力の強力さから、貧困街でも恐れられる存在になり、彼女は一人きりで十年間生き続けた。
適当な人間に触れて食事を持ってこいと一言言うだけで食事は手に入る。
飲み物と食べ物さえあれば生きていける、フラウは生きることになにも困らなかった。
住む場所だけを提供すれば、フラウは貧困街の人々に手を出さない。
貧困街の住人たちも、彼女の力を恐れ、近づこうとしなかった。
触れられれば命の保障はない、何を命じられるかわからない。
そんな恐怖に、生きるのも困難な状態で関わるなど愚策だ。 それ故貧困街の人々は、フラウに深く干渉しなかったのだ。
無論、フラウ自身も兵舎の軍医に検査された時点で、自分の能力がどう言ったものかは直接説明されていた。
幼かったとしても理屈はわかっている、けれどフラウは貧困街の住人たちに願ったのは住む場所と食糧のみ。
誰一人殺したりも、悪事を働かせることすらしなかったのだ。
生き物の感情に敏感な悪魔族とはいえ、フラウは淫魔科の悪魔族。
淫魔科の悪魔たちは、生き物の快楽感情を好みとする。
快感や満足感など、邪なものでも誠実なものでもそう言った感情を好むのだ。
好き好んで人々を争わせたり不幸に追いやったりはしなかった。
それに加え、フラウは他の悪魔よりも優しすぎたのだ。
幼い時に捨てられたせいで、自分への価値観を見出せず、自分を責めるような思考しかできなくなってしまっていた。
人を恨む勇気もない、動物すら殺せないような小心者に育ってしまった。
しかしその能力の強力さゆえ、魔王城にまでフラウの噂が広まってしまい、当時その地域を管理していた魔物族の鬼科、当時魔王軍幹部だったディーフェルが調査に向かった。
魔王は強力な能力者を支配下に置き、記憶を操作して自分の手駒のように扱う。 フラウほどの強力な能力をもった魔族なら、戦場に駆り出されるのは火を見るよりあきらかだろう。
鬼科の魔物族は気性が荒い者や、曲がったことや道理に外れたことをしない正義感の強い者と大きく二種に分類されるが、ディーフェルは後者だった。
調査に向かったディーフェルは、強力な能力を持っているにも関わらず他の住民へ必要以上に迷惑をかけないよう細々と生きていたフラウを見て、すぐさま自分の下で育てることを決めた。
『こんなにも正義感に溢れた優しい子を、戦場に駆り出すなんて絶対にできないでありんす』と言って城に匿い、愛情を込めて育て続けた。
フラウは能力のせいでディーフェルに触れないようにしていたが、ディーフェルはそんなことかまいもせず、四六時中フラウの頭を撫でたり抱きしめたりしていた。
困り果てたフラウはなぜ自分を恐れないのか、そんな質問をしたが。
ディーフェルはその質問に即答した。
『フラウはとても優しい子でありんす。 あっちに下らない悪事を働かせたり、辱めたりする命令をするわけないでありんす。 むしろ、もっと可愛がれと命令してほしいでありんす。 ずーっとぴったりくっついて、とこっとん可愛がれと命令するでありんす!』
ディーフェルはフラウをとことん可愛がり、フラウもそんなディーフェルを母のように慕うようになった。
毎日ディーフェルにくっついて回り、たった数時間でもディーフェルが城にいないだけで涙ぐんでしまうほどに。
そんなフラウを、ディーフェルはこれでもかと言うほど甘やかそうとした。
だがそれでもフラウは必要以上に欲を言わず、自分の能力を制御する練習をし始めた。
ディーフェルに自慢の娘だと、言ってもらいたい。
その一心でたくさんの勉強をし、能力の制御方法を試行錯誤し続けた。
その努力は実り、無意識な能力の発動は意識的に操作できるようになった。
ディーフェルの事務的な仕事も手伝えるようになった。
フラウはようやく、夢に描いたような幸せな日々を送れるようになり始めたのだ。
だが長く匿えばどこかしらから情報は漏れてしまう。
フラウの能力を聞きつけた魔王は、ディーフェルとフラウを呼び出し、二人の記憶を改ざんした。
強力な能力を持ったフラウを手元に置いて、利用する事だけを考えたのだ。
魔王の改ざんで、フラウへ愛情を注いだのはディーフェルではなく魔王に変わった。
そしてディーフェルの記憶から、フラウの存在は消されてしまったのだ。
しかしこの時、魔王は思いもしなかったのだろう。 フラウが虫も殺せないような小心者だったとは。
魔王はフラウの能力を悪用する方法を必死に考えた。
欲を言えば、フラウを反逆者に触れさせ自害させると言う無敵の手を使いたかったが、それをしようとするとフラウは魔王を疑い始めてしまうのだ。
『あたしを拾ってくれた魔王様が、そんなお願いするなんて何かおかしいです』と言って、一向に能力を使わなかった。
そこで魔王は自害させるのではなく抵抗させないよう命令させるようにした。
刑を執行する者たちにフラウの能力で動かないように命じさせ、他の方法で仕留めてしまえばいい。
動かないようにする理由はなんとでも誤魔化せる、牢屋に入れるまでに暴れられたら住民が怪我をする、そう言った綺麗事を並べてしまえばいいだけだ。
どんなに強い戦士でも、動かなければ始末するのは簡単だ。
そして刑を執行して殺した者たちはフラウが自害させたと広めれば、恐れて近づく輩もいなくなり、孤独を感じたフラウは魔王に縋ってしまう。
まさに負の連鎖だ。
このような惨状が二十年近く続いた。
そして事件が起きたのは、ディーフェルの記憶が事故でたまたま戻ってしまった時だった。
聖王軍の勇者との戦いの最中、フェイターの能力によってディーフェルに掛けられた能力は無効化された。
そしてその際に能力無効化が発動し、ディーフェルの記憶が全て戻ってしまったのだ。
記憶が戻り、激怒したディーフェルは玉座の間に正面から乗り込んだ。
幹部の中でもかなりの実力者だった彼女は、容易に警備兵たちを退けたが、フラウを人質に取られ動けなくなってしまう。
そうして抵抗できなくなったディーフェルを、フラウの能力で始末しようとした時、魔王城内にヴァルトア率いるディーフェルの部下たちが救援に駆けつけた。
ヴァルトアたちは記憶が戻ったわけではなかった、しかしそれでも魔王ではなく、ディーフェルに忠誠を誓っていたのだ。
なぜディーフェルが魔王を殺そうとしてるかはわからない、しかしディーフェルがそうするのなら協力をする。
駆けつけたヴァルトアだけでなく、共にいた部下たちも皆口を揃えて同じことを言っていた。
ディーフェルの人を惹きつける優しさが、魔王よりも凌駕していた。
ただそれだけの話だった。
魔王はその事実に腹をたて、フラウを人質から解放する条件としてディーフェルたちを領地まで追いやった。
フラウの命をおもんばかったディーフェルは怒りを必死に抑え、やむなく領地に撤退したが……
そこで更なる惨劇が始まってしまう。
魔王は直属の幹部たちに命じ、ディーフェルと同じ鬼科の魔物族を無差別に捕らえさせたのだ。
そしてフラウの力を利用して、片っ端から処刑する。
魔王の妃、テイアマットは魔獣を操る能力者だったため、魔王城には複数の魔獣が飼育されていた。
そんな魔獣たちの餌にするため、捕らえた鬼たちをフラウに命じさせて処刑場で身動きを取れなくする。
そして一人ずつ、魔獣の餌にする。
助けに向かおうとしたディーフェルは、領地内にいた部下たちによって力ずくで止めさせられた。
さらに魔王は、怒り狂ったディーフェルにこう告げたのだ。
「お前が少しでも怪しい動きを取れば、フラウの首は即刻刎ねてやる」と。
こうして鬼科の魔物族は、ディーフェルとその部下数百名を残して全滅させられた。
そして現在、数年の時を経て再会したフラウとディーフェル。
魔王は大陸統一を目前としていたため、自分に心から忠誠を誓っていない部下たちにそれらしい理由を告げて領地から遠ざけたのだ。
そのおかげでディーフェルはフラウと再開することができた。
しかしフラウの記憶が戻った今、自分が今までしてきた事実は包み隠すことなく、全てフラウの脳裏に刻まれる。
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