第19話 鳳凰院零夜、曲がった根性叩き直すんで夜露死苦

 絶望に満ちた瞳で、膝から崩れ落ちるフラウ。

 

 鬼王は必死に身を乗り出し、フラウに声をかけ続けていた。

 

 それを見た龍翔崎は、すぐさま鬼王とヴァルトアの拘束を力ずくで破壊する。

 

 涙もこぼすことができず、虚ろな瞳で脱力したままへたり込むフラウ。

 

 拘束を解かれた鬼王とヴァルトアはへたり込むフラウを必死に抱きとめ、何度も何度も声をかけ続けた。

 

 しかしフラウは何も答えない、答えられなかった。

 

 大好きだったはずの鬼王の同族を、自分のせいで皆殺しにしてしまった。

 

 魔王に操られたのだからしょうがない? 記憶を操作されていたからしょうがない?

 

 そんな屁理屈、フラウ相手には意味をなさない。

 

 虫すら殺せないほど優しいフラウには、そんな事を言ってもなんの慰めにもならない。

 

 ここにいる全員が察していた。 フラウの心は完全に壊れてしまっていたことを。

 

 理由など関係ない、操られていたというのはただの言い訳にすぎない。

 

 フラウが命令をして、鬼王の同族を動けないようにしてしまった。 それが原因で鬼王の同族は皆殺しになった。

 

 その事実が、彼女の罪悪感を貫き、心をズタズタに引き裂く。

 

 その場に居合わせたシャルフシュ達ですら、事情を知らないにも関わらず唖然としたまま動けなくなってしまっている。

 

 ラディレンも遅れながら鬼王達と共にフラウを慰めようと手を伸ばすが、なんと声をかけたらいいのかわからないのだろう、ただ背中を優しくさすることしかできていなかった。

 

 記憶を戻した張本人であるフェイターに至っては、頭を抱えながらうずくまってしまう始末。

 

「おい、顔を上げろ」

 

 鳳凰院の一言が、収容所内に充満していた負の空気を切り裂いた。 フラウ以外は全員鳳凰院に視線を向けるが、彼の表情を見て鬼王やヴァルトア以外全員が顔を青ざめさせる。

 

「てめえが自分で決断したんだ。 鬼王の反応を見て残酷な事実があることはわかってたはずだろ。 いつまでクソッタレた顔してんだ。 喚こうが悔いようが、事実は変わらねえぞ」

 

 抜け殻のようになってしまったフラウを鳳凰院が見下ろす。

 

「何も知らないあんたが! 何を偉そうに言うなんしか!」

 

 瞳に憎悪と憤怒を宿した鬼王が、殺意の込められた怒号を響き渡らせた。 先ほど圧倒的な力の差を見せつけられたにも関わらず、臆することなく鳳凰院に怒りをぶつける鬼王。

 

 ヴァルトアとて今回ばかりは慄くことなく、圧倒的な力を持っている鳳凰院に対して敵対姿勢を見せていた。

 

 勝てるわけがないと思っていながらも、可愛い可愛いフラウを守るために、命を捨てる覚悟で鳳凰院に立ち向かおうとする鬼王たち。

 

 沈黙した収容所内で、鳳凰院たちは物騒な視線を交差させ続けた。

 

 すると虚な瞳のままへたり込んでいたフラウが、心ここに在らずといった雰囲気のまま、ボソリとつぶやく。

 

「——誰か、あたしを殺して。 あたしみたいな外道が、生きていていい理由なんて見当たらないもの」

 

 小さく呟いたはずの一言だったが、全員の耳に一言一句漏らさずに染み渡る。 絶望的な雰囲気が毒のように心を崩壊させていく。

 

 その一言は、鬼王たちの心を壊すには十分すぎるほど残酷だった。

 

 鳳凰院と睨み合っていたはずの鬼王たちは、全身の骨が抜かれたかのように脱力してしまう。 もはや彼女たちにも鳳凰院という脅威に立ち向かうほどの志が失せてしまう。

 

 救いのないこの絶望的な空気の中、フラウはピクリとも動かないまま口だけをわずかに震わせた。

 

「もうこんな罪、死んで詫びるしか……」

 

「わかった、殺してやるよ」

 

 鳳凰院は有無を言わさぬ速さで動足を振り上げた。

 

 そして、全身を貫くようなとてつもない殺気を振り撒く。

 

 信じたくないが、間違いようがない。

 

 ——鳳凰院は、フラウを本気で殺そうとしている。

 

 なけなしの気力を振り絞り、すぐさま飛びかかろうとする般若面の鬼王。

 

 だが鬼王の肩を咄嗟に押さえた龍翔崎が、真剣な眼差しで一言だけ告げた。

 

「黙って見てろ」

 

 次の瞬間、収容所内に風を切り裂いたような衝撃音がこだまする。

 

 突然吹いた突風に煽られ、全員が両手で顔を覆った。

 

 恐る恐る、フラウがへたり込んでいた場所に視線を戻す鬼王。

 

 すると——

 

「——え?」

 

 呆けた顔で、鳳凰院の顔を見上げるフラウ。

 

 足が振り下ろされた瞬間、フラウは咄嗟に瞳を強く閉じ、体をのけぞらせていた。

 

 鳳凰院の振り下ろした動足は、のけぞったフラウの鼻先一ミリの所で静止している。 体をそらせていなければ、確実に頭が消し飛んでいたであろう位置で、鳳雛員の足がピタリと止まっていた。

 

「一回死んだ気分はどうだ?」

 

 鳳凰院の鋭い瞳が、へたり込んでいるフラウを見下ろす。

 

「なんでお前、ビビってんだよ。 自分で殺してくれって頼んだだろ? なんでホッとした顔してんだ? なんで、体をそらせたんだよ?」

 

 フラウは唖然とした顔で、自分の体の無事を確認するよう視線を巡らせる。

 

 鳳凰院は真剣な顔で屈み込み、フラウに目線を合わせた。

 

「これ以上は、言わなくても分かんだろ? 何も考えねえで真っ直ぐ正面を見ろ」

 

 フラウがゆっくりと正面を見据え、鳳雛院の背後へ視線を送ると……

 

 安心しきった顔で、優しく微笑む鬼王の姿が視界に入った。

 

 記憶が戻ったことで取り返した、何よりも大好きな笑顔を向けらていた。

 

 フラウは一瞬にして記憶を遡り、この笑顔のために努力をしようと思えた日々を思い出す。 生きる理由を与えてくれた存在を改めて再認識する。

 

 自らが全否定していた凶悪な能力を、消えてしまえばいいとずっと思っていた存在を、無邪気な笑顔ですべて肯定してくれた大切な存在を視界に収めたことで、思考が急激に覚醒していく。

 

 フラウの瞳がきらりと輝いた瞬間、鳳凰院は何も言わずに颯爽と収容所を出ていく。

 

 それに釣られたように、フェイターたちやラディレンも彼の後に続いていく。

 

 龍翔崎は、鳳凰院たちの対応を見ながら小さくため息を吐き、小走りで鳳凰院の後を追いかけた。

 

 その日の夜、収容所からしばらくの間フラウの嬉しそうな鳴き声が響いていた。

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