第17話
やかましい鬼王とヴァルトアを強めにこづいて黙らせた後、シャルフシュから長々と詳しい話を聞いて分かった事が大量にあった。
俺は茶煙草を吸いながら頭の中で整理する。
まず、魔王の能力が記憶操作だと言うこと。
相手の記憶を読み取り、そしてそれを改ざんする。
わずかな違和感は残るが、よっぽどのことがない限りその違和感には気づけないほど巧みに改ざんするらしい。
鬼王もヴァルトアも三十年間騙され続けてたって話だ。
魔王はその能力を使い、大陸中の強い部族たちを滅ぼし続けていたらしい。
龍角族の火龍科、つまりラディレンの部族もその一つだそうだ。
ラディレンの話だと、聖王に部族を皆殺しにされたと言っていたが、それは魔王による記憶改ざんらしい。
おかしいとは思っていた。
大陸最強と言われる龍角族が、人間の軍隊に滅ぼされるなんてあるはずがない。
では、大陸最強とも言われる龍角族を、魔王はどうやって滅ぼしたか?
答えは簡単、仲間同士で殺し合わせること。
最強の部族とは言っても、仲間同士が本気で殺し合えば確実に滅ぶ。
魔王はその惨状を見ながら酒を嗜むのが趣味らしい。
最終的には最後に生き残った、部族最強であろう戦士の記憶を改ざんし、自分の配下に加える。
そして部族を滅ぼした罪は他の王になすりつける。
鬼王やヴァルトアも、部族間の殺し合いに生き残り、その後魔王の配下にされていたらしい。
………胸糞悪い話だ。
聖王軍のフルプレートの下が、獣爪族や森精族だったのもその話に関わってくる。
現在聖王の本拠地は内乱中で、内乱の理由は魔王によって記憶を改ざんされた兵士たちのデモが発端だとか。
しかし聖王軍は魔王軍に捕虜を大量に捉えられてしまっていて、それを助けなければならない。
捕虜だけでなく、捕まった女子供は奴隷にされたり、猛獣の餌にされているそうだ。
一刻も早く救助する必要がある。
だが聖王軍の本拠地、メンシュルクは内乱が激化した影響で軍を動かせなくなってしまった。
そこで同じく捕虜や記憶を改ざんされた仲間が多数いる獣王や森王は、聖王に提案したらしい。
『共に魔王を倒すために兵を貸す、だから聖王の能力を貸してくれ』と。
聖王の能力は確かに強力だ、鎧を渡せば誰彼構わず強化できる。
その反面、もし裏切られたら聖王軍は獣王、森王に総攻撃され国は滅ぶ。
そんなリスクがあったにも関わらず、聖王は二つ返事で協力の申し出を快諾したらしい。
よっぽど自国の民をおもんばかっていたんだろう。
そんな聖王の軍を、何も知らなかったとはいえ俺はボコボコにしちまった。
後で頭下げねえといけねえな。
頭の中で整理がつき、大きく深呼吸する。
するとシャルフシュが訝しんだ顔を俺に向けていることに気がついた。
「大丈夫? 赤い人、さっきからずっとぼーっとしてるけど、話ついてこれる? 白い人戻ってきたら言い直そうか?」
「おいてめえ、言いたいことがあるならはっきり言いやがれ」
俺は眉間にシワを寄せながら視線を返した。
「いやいや、誰も赤い人をバカっぽいだなんて言ってないから!」
「言ってるようなもんじゃねえかてめえ! はっ倒すぞこんちくしょう!」
「言っておくがな! 俺はあの鳳凰院と渡り合った男だぜ? あいつと互角にやりあうのは、かなり頭の回転が早くないと無理だ! ただの脳筋じゃ手も足も出ねえんだぞ!」
「ふひひひひ! 落ち着くなんし龍翔崎様、そんなことは言われなくともわかるでありんす」
こいつ、笑い方もムカつくな! とは思ったが、俺は大人しく椅子に座り直した。
「あっちたちがなんで記憶を取り戻したのかをまだ話してなかったでありんす」
「お前らがアホみてえに喧嘩すっからだろうが」
俺の指摘を受け、あからさまに目を逸らす鬼王。
「龍翔崎様が、意地悪するからでありんす」
「そうですわ? 結局チャタバコもくださいませんでしたし」
ヴァルトアが口を窄めながら付け足した、俺は頭をポリポリ掻きながら胸ポケットから茶煙草を入れてた缶を取り出し、咥えやすいように二本伸ばして差し出した。
「ったくよ、ほら! これでいいんだろ!」
俺が差し出した茶煙草を見て、キョトンとする二人。
「違うなんし、龍翔崎様のい・け・ず♡」
「火をつけていただいた物をご所望しますわ?」
モジモジしながら上目遣いを向けてくる二人を見て、茶煙草をそのまま胸ポケットにしまった。
卍
鬼王とヴァルトアがギャアギャア喚き散らすこと数分、鳳凰院とフラウたちが戻ってきた。
戻ってきたフラウはずっと浮かない顔をしている。 後ろには浮かない顔のラディレンや、意識を回復させた冒険者共もいた。
剣使いのフェイターや、杖使いのツァーバラは手当てが終わったらしく、両手を拘束された状態だったが。 もう一人いた槍使い、シュペランツェは大怪我らしく、明日まで治療が長引くらしい。
「おい龍翔崎、随分賑わっているが……ちゃんと尋問してたのか?」
「龍翔崎様は、わたくしたちに意地悪ばっかりするのですわ!」
ヴァルトアがすかさず口を挟む。
「うるせえ変態、てめえらがふざけるからあんま聞けなかったんだぜ?」
「龍翔崎、お前ってやつはどうしてこうも女に甘いんだ」
鳳凰院が呆れたように頭を抱えた。
「とりあえず、分かってる範囲でざっと説明するぜ? シャルフシュがほぼしゃべってくれたんだ」
「ほう、へなちょ子。 お前はやっぱりまともな女だったか」
「有力な情報だったらニックネームの変更を所望する」
それは俺からも言ってやりたいと思ったが、先に状況説明を優先した。
さっき頭の中で整理したことをかいつまんで説明する。
鬼王たちの主張を否定し続けていたフラウは俯きながら静かに話を聞いていて、ラディレンも同じく何も口を出そうとしない。
この二人は今日の朝まであんなにも魔王を慕っていたんだ、慕っていた奴がそんな外道だなんて信じたくないのも分かる。
けど、この二人もバカじゃない。
気づいてはいるが、心の整理がつかないのだろう。
ラディレンに関しては特に残酷だ。
一族の仇を打つために、必死に魔王を支えてきたというのに……
その魔王が一族を滅ぼした張本人だったのだ。
そして今の今まで一族の仇である魔王を、父上などと呼んでいたのだ。
こいつの受ける傷は、他の誰よりもでかいだろう。
それをこの場にいる全員がわかっている。
俺の説明が終わると、口を開くのもためらわれる静寂が数秒間続いた。
仕方なく咳払いをして、全員の注目を集める。
「鬼王。 お前さっき、フラウを取り戻すとか言ってたな。 ってことは、記憶改ざんを解除する方法があるからあの戦場に乗り込んで来たんだろ? しかも正面から堂々とな」
鬼王は驚いた顔で俺を凝視した。
「なんで分かるんだ? とでも言いたそうだな。 これは俺の推測だぜ? あの時は混戦になってたんだ、フラウをさらうだけならわざわざ流星群を防ぐ必要も、堂々と全員の前に姿を見せる必要もなかったはずだ。 なのにわざわざ姿を見せて、フェイターを眠らせた。 つまり、フェイターの能力が記憶改ざんを解除する唯一の方法なんだろ?」
フェイターの能力はここまで謎に包まれていた。 しかしラディレンとの戦闘はずっと気がかりだった。
ラディレンの能力は硬化だ。 相手の攻撃をわざわざ避ける必要なんて無い。
なのにラディレンはフェイターの攻撃を無理矢理にでも避けていた。 その結果からするに、思い当たる理由はいくつかある。
おそらくフェイターの能力は、相手にかけらるてる能力を封じることができるのだろう。
この推測が正しければ、記憶改ざんの能力でいじられた記憶も、フェイターの能力を使えば修復され、元の記憶を無理やり戻すことができるってことになる。
俺の推測を聞いた鬼王は、渋面を作りながらヴァルトアと視線を交差させる。
するとヴァルトアが気まずそうな顔を向けてきた。
「龍翔崎様の推測は、的を射ておりますわ。 まあ、主人様は騙し討ちを好まないため、その目的がなかったとしても、こっそりさらったりはしなかったでしょう。 あくまで、フラウちゃんの意思を尊重するために、主人様はあえてあの場で名乗りを挙げられましたわ」
ヴァルトアが困ったような顔で返事をした。
鬼王は俯くフラウを心配そうな顔で見つめている。
そして再び収容所内が沈黙する。
フラウが何を考えているのか、鬼王はフラウのためにどうしたいのかがわからない。
俺はこいつらと会ったばかりだ、分かるわけがない。
黙っていたらそれこそ何もわからない。
どんな過去があったかは知らない。 けれど、鬼王はフラウを相当大切にしようとしているのは目を見ればわかる。
鬼王はフラウに気を使いすぎて、話し合いすらできないのだ。
このままじゃなんの進展もない。
俺が聞くのは無粋かもしれないが、それでも誰かが聞くしかない。
だから俺は、頭が悪そうな男を装って口を開くことにした。
「ふっ、フラウは悪魔族だったよなー? もしかしてよー、お前も一族を滅ぼされてたりしてたりしてるのか?」
語尾が意味不明? つっこむんじゃねえ。
最大限、空気を読めない頭悪そうな男ぶったつもりだったが、鬼王とヴァルトアは申しわけなさそうな顔で俺を横目に見てきた。
どうやら俺は役者には向かないらしい。
「違うわ。 あたしに家族はいない。 親に捨てられたの」
フラウが突然口を開き、全員驚いた顔で視線を集中させる。
慌てて身を乗り出す鬼王、手を拘束されているため、鎖の音が嫌に響いた。
「フラウや! 無理することないなんし! 思い出したくないのなら思い出さなくても……」
「いいのよ、別に。 隠してたわけじゃないし、この優しい記憶が魔王様のものじゃないって分かった瞬間。 すごく悲しかったのと同時に、本当は誰の記憶だったのかも……なんとなく察しがついてるんだから。 それをこのままあやふやにしていた方が、たぶん——もっと悲しいもの」
フラウはゆっくりと顔をあげ、鬼王を正面から見据えた。
「ひとりぼっちだったあたしを拾って、優しい笑顔を向けてくれてたのは……あなただったんでしょう? ディーフェル様?」
フラウの瞳からは、漏水しているような勢いで涙がこぼれる。
それを受けて嬉しそうな、心配するような、複雑な表情をする鬼王。
しかしフラウはゆっくりと深呼吸をし、呆然としているフェイターに頭を下げた。
「フェイターさん。 あたしにあんたの能力を使ってくれないかしら? どうしてもこの大切な記憶は、失ってはいけないものだった気がするの。 いや、間違いなく忘れていていい記憶ではない」
フェイターは迷いのないフラウの言葉を聞き、小さく頷きながらフラウの肩に優しく手を置いた。
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