第14話
ラディレンが昏倒したことで、フェイターはすぐさま標的を変える。 鬼王ディーフェル、彼女は元魔王軍の幹部、魔王との繋がりがあってもおかしくはない。
「好きにはさせないぞ! 鬼王ディーフェル!」
突進してくるフェイターへ振り返り、鬼王はわずらわしそうにため息をつく。
「三下はお眠りなんし?」
鬼王を囲うように展開されていた濃密な霧が放出され、フェイターにまとわりつくよう包み込んだ。
その瞬間、平衡感覚を失ったようにぐらりとバランスを崩したフェイターは、脱力しながら膝をつく。
「これは!
鬼王ディーフェルの固有能力、神便鬼毒の霧を吸ったものは、体の自由が奪われ強制的な泥酔状態に見舞われる。
少量で平衡感覚を失い、一定量吸えば意識を失い昏倒してしまうのだ。
「あんなの………近づけないわよ!」
魂を抜かれたかのように倒れ伏したフェイターを視野に入れ、青ざめながら悲鳴をあげるフラウ。
「シャルフシュ! 鬼王を狙いなさい! さっきと同じく急所は外して殺さないように!」
命令を受けたシャルフシュは鬼王に向けて弓を引き絞るが、その様子を見てヴァルトアがニヤリと笑った。
「ゼタ・ゲフェングニス」
透明な牢獄がシャルフシュを包み込む。
閉じ込められたシャルフシュが放った矢は、透明な壁に突き刺さったまま静止した。
矢は壁を破ろうと必死に進もうとしているようだが、鬼王が意味深な笑みを浮かべたまま一歩も動かないため、彼女を狙った矢もそのまま動かない。
「ゼタほどの容量の魔法を、一瞬で? これが、大陸の三本指に入るといわれる大賢者、吸血姫ヴァルトアの力か!」
顎を震わせながら目を見開くツァーバラ。
「あなたの二重詠唱、ずっと欲しいと思っていましたのよ?」
ヴァルトアは笠の下で奇怪な笑みを浮かべた。
戦慄しながら杖を握りしめるツァーバラ。
「エクサ・ヴァルフェン さぁ!
ヴァルトアが呪文を唱えると、彼女の足元が爆発音と共に崩壊する。
頬が裂けんばかりに口角を上げるヴァルトアの牙が、光を反射させて輝いた。
瞬きしてる間にヴァルトアはツァーバラに肉薄する。
「魔力の放出で加速! しかも、エクサ級の容量をただの移動に使うのか!」
青ざめながら距離を取ろうとバックステップするツァーバラ。
しかし爆発の威力で超加速していたヴァルトアは、たった一歩でツァーバラを捕らえ、彼の左腕を掴んだ。 そしてそのまま二の腕付近にかぶりつく。
「ぐぁぁぁぁ!」
ヴァルトアはうっとりした顔で掴んでいた腕を離すと、ツァーバラは尻餅をついてしまった。
ツァーバラの腕からポタポタと血が垂れている。
噛みつかれた腕を抑えながら、ツァーバラは目の前で舌なめずりをするヴァルトアを睨みつけた。
「お粗末様でした。 人間族の血は実に美味ですわ?」
するとヴァルトアは槍に寄りかかったままへたり込んでいたシュペランツェに足を向ける。
その仕草を見てツァーバラは慌てて杖を握った。
「ペタ・ヴィント・クリンゲ=テラ・ヴァッサー・クリンゲ!」
咄嗟に飛ばした風と水の刃がヴァルトアの背後を襲う。
すると狂気的な笑みを浮かべながら振り返るヴァルトア。
「エクサ・ヴァント=ペタ・ラント・ゲフェングニス」
ツァーバラが放った風と水の刃は透明な障壁に防がれ、同時に足元の土が隆起して彼を包み込んでしまう。
土の牢獄に捕らえたれたツァーバラは、絶望的な顔を浮かべながら膝をついた。
「僕の二重詠唱が………模倣された?」
ヴァルトアの固有能力、血を吸った相手の能力を模倣する。 先ほど血を吸ったツァーバラの能力である二重詠唱を模倣したことで、ヴァルトアも二重詠唱が可能になってしまった。
こうなってしまえば、一度に扱える魔力容量でも劣っているツァーバラは手も足も出なくなる。
何もできずに立ち尽くしていたフラウは、全身から冷や汗を吹き出した。
———こんなの、あたし一人じゃ勝てるわけないじゃない!
キュッと拳を握りながら心中で嘆く。 すでに眠りに落ちてしまったラディレンとフェイターを横目に、顔面蒼白しながらジリジリと後退する。
しかし、突然現れた鬼王達は逃げようにも時間すら与えてくれない。 ツァーバラとヴァルトアの魔法対決は一瞬にして決着がついてしまうのだから。
膝をついてしまったツァーバラを横目に見たフラウは、恐怖を押し殺し、震えながら砦に視線を送った。
「ほーおーいんくぅぅぅぅぅん! 助けてぇぇぇぇぇ!」
涙を浮かべながら必死に叫ぶフラウ。
突然叫んだフラウを横目に見ながら首を傾げる鬼王とヴァルトア。
「ほーおーいん? 初めて聞く名でありんす」
「魔王軍にそんな殿方いましたかしら?」
フラウの叫びを聞き、槍にもたれかかりながら虚な目でニヤリと口角を上げるシュペランツェ。
「鬼王、お前。 殺されるぜ? あの化け物にな!」
苛立たしげな表情でへたり込んでいたシュぺランツェに視線を向ける鬼王。
「あっちが殺されると申しんすか? ご冗談はよした方がいいでありんす」
鬼王は神便鬼毒の霧をシュぺランツェに向けて放出すると、前置きも無しに暴風が巻き起こる。
暴風に吹かれて霧散する神便鬼毒の霧を見て、目を見開きながら固まる鬼王。
「あ、勢い余って槍使いまで助けちまった。 まあいい。 呼んだか? ポン子」
「ほ、ほーおーいん君! お願い! ラディレン様を!」
声を裏返しながら必死に声を上げるフラウ。
すると鬼王の隣で倒れ伏していたラディレンが消えたと同時に、突風が巻き起こる。
先ほどまでの余裕の笑みから打って変わり、額に汗を滲ませながら動揺する鬼王。 動揺のあまり、風で暴れた髪の毛が頬にべたりとくっついているのに直そうともしていない。
鬼王は足元に視線を送り、ラディレンがいなくなっていることに気づくと、恐る恐る背後に視線を向ける。
「ただ寝ているだけみたいだぞ? 強い酒みたいな匂いがする。 おそらく酩酊してるな」
鳳凰院は何食わぬ顔でラディレンを担ぎ、フラウのそばに立っていた。
「ま、全く見えないでありんす」
額から更にドッと汗を垂らし、うろたえ始める鬼王。
ヴァルトアはその様子を見て慌てながら鳳凰院に手を伸ばす。
「ゼタ・フランメ=ゼタ・ヴァッサー!」
悲鳴混じりの呪文を唱え、巨大な炎と水の塊が鳳雛院に向かって飛んでいく。 ゼタはブロント、ヨタに次ぐ膨大な容量。
単調な攻撃に使うような容量でもなければ、こんなにも高速でその容量をコントロールするのはまさに神業。
それを二重詠唱で行っているのだ、率直に言って次元が違いすぎる魔法の技術。
だというのに、鳳凰院は何食わぬ顔で寝ているラディレンをフラウのそばに寝かせながら、一目散に飛んでくる炎と水の巨塊を一瞥した。
「ゼタですって? そんな、こんな魔法に対応なんて……」
肌を焼くような熱気と、ひんやりとした空気を交互に浴びながら、フラウは全身脱力しながらぽろりと涙をこぼした。
「炎と水か、水蒸気爆発が起きちまいそうだな」
絶望的な光景を前にしても冷静な表情の鳳凰院は、指をパキパキ鳴らしながら炎と水の巨塊歩み寄っていく。
慌てて止めようと手を伸ばすフラウだが、鳳凰院が左腕を振り払った瞬間……
「——え?」
「——は?」
「——ほぇ?」
二つの巨塊は跡形もなく消し飛んだ。
「……白い服の方も、化け物だったのかよ」
槍にもたれかかりながら、呆れたような顔で毒を吐くシュペランツェ。
顎が外れたかのように大口を開けていたフラウに、鳳凰院は平然とした顔で振り返った。
「腕を振っただけで消えたぞ? ライターの火と変わらん脆さだな」
ヨタほどの魔力容量なら、普通の人間に当たれば骨も残らず一瞬んで灰になる。 はずなのだが、鳳凰院からするとライターの火と変わらないらしい。
ギリと奥歯を鳴らしながら、頭を抱えてしまうヴァルトア。
「ゔぁかな! ゼタの魔法ですのよ! あの容量の魔法を、腕一本で消し飛ばしたですって!」
「な、何者でありんすか? あれは本当に人間でありんすか!」
足を震えさせながら後ずさる鬼王とヴァルトア。 当然の反応である。
「ああすまん、名乗ってなかったな」
鳳凰院は左目にかかっていた前髪を指で弾いた。
「永遠焔鳥【フェニックス】の総長、
特攻服の胸ポケットから茶煙草を取り出し、マッチで火をつけながらヴァルトアと鬼王へ交互に視線を送る鳳凰院。
視線を向けられた二人は、ひぃっ! と小さく悲鳴を上げながら後ずさる。
「あ、主人様! ここはお逃げください! わたくしが時間を稼ぎますわ!」
ヴァルトアが青ざめながら茶煙草を吸っている鳳凰院に手を伸ばす。
「ブロント・アイス!」
鳳凰院の頭上に、城一つを潰してしまいそうなほど極大な氷塊が出現する。 大陸のさん本指に入る大賢者が放つ、全身全霊の魔法。
下手をすればひとつの軍隊すらも壊滅させるほどの脅威となる規模の魔法。
それを見上げながら、顔を青ざめさせて縮こまるフラウ。
「ブロントの魔法をこうも簡単に! 現段階で最大容量の魔法が二回も使えるなんて! ありえないわよ!」
「なるほどな、ブロントだのゼタだのテラってのは魔法の容量か、馴染みある言葉だとわかりやすいな」
余裕ぶった顔で降ってくる氷塊に、普通に手を伸ばす鳳凰院。
極大な氷塊は真っ逆さまに落下して、鳳凰院の手に触れた。
フラウは死を覚悟し、震えながら鳳凰院の腰に抱きついた。
しかし、いつまで立っても氷塊が落下した際の衝撃が襲ってこない。
恐る恐る目を開いたフラウは、身震いしながら頭上に視線を送る。
すると鳳凰院は、眉間にシワを寄せながら極大な氷塊を、片腕一本で受け止めていた。
氷塊は言ってしまえば個体になった水の塊だ。 それが城を潰すような大きさをしていれば、簡単に見積もっても湖ひとつ分の水量はある。
となると、その水の重さは単純計算で数十万トンに及ぶ。 つまり現在の鳳凰院は、数万体のゾウを持ち上げているようなものなのだ。 片手で、平然と。
「カハァッ!」
その光景を目の当たりにして、驚きのあまり白目を剥きながら気絶してしまうヴァルトア。
「ゔぁ、ヴァルトア? しっかりするでありんす!」
「めちゃくちゃ冷たいな。 このままじゃ霜焼けになっちまう。 だがこれをこのまま落下させたら面倒なことになりそうだ。 おいポン子、どさくさに紛れていつまでひっついているつもりだ。 邪魔だから離れろ」
いつもと変わらない至って普通の声音で声をかけられたフラウは、あ………はい、と一言だけ呟きながらそそくさと距離をとる。
すると鳳凰院は氷の巨塊を落とさないようバランスをとりながら、屈伸するかのように両膝を曲げた。
そして曲げた膝を勢いよく伸ばすと、彼が立っていた周辺の岩盤に、砕けたガラスのような割れ目が入る。
そして膝を伸ばした勢いで鳳凰院が氷の巨塊をそのまま上空に投げ飛ばした。
投げ飛ばされた氷塊は、ものすごいスピードで遥か上空まで吹き飛んでいき、空の彼方でキラリと光りながら消えてしまう。
信じられない光景を目の当たりにし、知能が低下したような顔で呆けている聖王軍や魔王軍たち。
「なぜか知らんが、俺の身体能力もとんでもないらしいな。 これでは全力で何かするのは危険かもしれん! これから先の事が考えものだな!」
悪そうな笑顔でフラウに向けて親指を立てる鳳凰院。 心なしかテンションが高いがそんなこと気にしているような場合ではない。
鳳凰院はこの世界に来てから初の大仕事を終え、かなりご機嫌らしい。 フラウも作画崩壊したような顔で親指を立てて返した。 もはや考えるのをやめている。
鬼王は二人から目を離さないよう、少しずつ後ずさる。
気を失ってしまったヴァルトアを助けようと隙を窺っていたようだが、もはや不可能と判断し、従者を見捨てて逃げようとしているのだ。
しかしそんな逃げ腰の鬼王の背後から音もなく忍び寄る影があった。
「ちょーーーっと待ちやがれ! 俺のこと忘れんなよ? いろいろ聞きたいことが山ほどあんだからよ」
いつの間にか鬼王の襟を掴んでいたのは、なぜか服がボロボロの龍翔崎だった。
襟を掴み上げられた鬼王は、両手足をバタバタと暴れさせる。
「きゃぁぁぁぁぁ! 離しんす! 離しんすぅぅぅぅぅ!」
叫びながらも、すかさず霧で龍翔崎を包み込もうとするが、迫り来る霧を見てニヤリと笑う龍翔崎。
「超強え酒の霧だろ? こんなもん!」
空いていた手を振り回すと、暴風が吹き荒れ神便鬼毒の霧が霧散する。
「あおげばぶっ飛ぶぜ?」
悪戯な笑みを浮かべながら鬼王をガンつける龍翔崎。
鬼王はチワワのように震えながら頭を抱えた。
「こここここ、降参でありんす! 命だけは助けてほしいでありんす! あっちはただ、我が子のように可愛がっていた、可愛い可愛いフラウを取り戻しに来ただけでありんす!」
先ほどまで纏っていた強者の風格が嘘のように、頭を抱えながらプルプルと震えてしまう鬼王を見て、龍翔崎は首を傾げた。
「我が子のように、だと? 一体何言ってんだこいつは?」
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