第13話

 龍翔崎と鳳凰院が空の異変に気づく数分前。

 

 弓使いを下僕にしたフラウは、弓使いの能力を駆使して槍使いを無力化した。

 

 現在槍使いは八本の矢から必死に逃げ回っている。

 

 既に三本の矢が肩や腕を貫いており、苦悶の表情を浮かべながら逃げ回る事しかできない始末。

 

 剣使いはペシャンコにされた兜を脱ぎ捨て、ラディレンと一対一で立ち回り続けている。


 一撃を加えてからは炎の剣は霧散させ、素手で立ち回っているラディレン。 炎の斬撃は鎧に防がれるため、打撃で鎧ごと破壊する方針に変えていたのだ。

 

 剣使いの素顔が明らかになり、瑠璃のように真っ青な短髪と、瞳の色も髪と同じ。 整った顔立ちの好青年だが、ラディレンと立ち回る彼の表情は曇っている。

 

「どうしたのじゃフェイター! 妾を捕らえるとかほざいておったな! その程度の実力で、妾を捕らえられるとでも思っておったか!」

 

 フェイターの剣をも、ラディレンは余裕な表情で挑発している。

 

 ラディレンの両腕は硬質の鱗で覆われており、直撃すればひとたまりもないだろう。

 

「くっ! なんて強固な部分獣化だ! 兜が一発でぺしゃんこにされた!」

 

 部分獣化、龍角族、獣爪族、鳥羽族、魚鰭族が使用する特殊戦闘体質で、自分に眠る獣の力を部分的に引き出す戦闘体系。

 

 竜角族の場合、硬い鱗や鋭い鉤爪、強靭な翼などを具現化し、攻撃や防御、機動力を満遍なく向上させることが可能なのだ。

 

 その上獣爪族や鳥羽族と違い、龍角族は魔法による攻撃も得意としている。

 

 大陸最強と言われる所以は、その万能な戦闘スタイルが決め手となっていたのだ。

 

 能力的にも接近戦で効果を発揮するラディレンにとって、部分獣化は非常に相性が良い。

 

 ラディレンの能力は超硬化。 発動させた部位を完全防御状態にすることが可能であり、普通の攻撃を食らっても物ともしないという耐久特化の能力。

 

 故に無理な体勢で攻撃を受けてもガードすることが可能。 相手の攻撃が視認できているのならば

 

 超硬化を覆すことができる能力などほとんどないのだから。 唯一の弱点があるとすれば、超硬化できる範囲があまり広くないという点。

 

 思わぬ方向から奇襲を受ければダメージを負うこともあるが、一対一の今ならその心配もほとんどない。


 しかし、ラディレンは嫌がるようにフェイターの剣を大げさにかわし続けている、まるでフェイターの能力を知っているかのように。

 

 攻撃は一向に空を切り続けており、眉を吊り上げながら操られている弓使いを一瞥するフェイター。

 

「目を覚ましてくれシャルフシュ!」

 

 機械のように決まった動きで弓を引き絞っているシャルフシュに、フェイターの言葉は届かない。

 

 渋面を作るフェイターに、嗜虐的な笑みを向けるフラウ。

 

「ふふ、無駄よフェイター。 私の下僕は強い衝撃を与えなければ、洗脳状態の解除は不可能。 それにこいつの能力は、私が操ることで最強の力となる。 矢を打たせれば必ず当たるんだから、命令も単調で済むからね?」

 

 フラウが弓使いの肩に寄りかかりながら、余裕の笑みを浮かべている。

 

 シャルフシュはフラウの命令に従い、炎の壁で自らを護り続けている杖使いへ弓を射続けている。 炎の壁を突破できるよう、フラウが発動させた水魔法を矢にまとわせているため、シャルフシュが矢を放つ度に炎の壁の表面では水が蒸発する音が鳴り続けていた。

 

「ツァーバラ! 無事か! 無事なら返事をしてくれ!」

 

 フェイターは正面から猛攻撃を仕掛けてくるラディレンを対応ながら、必死に炎の壁に語りかけている。

 

「よそ見してる余裕があるとは! 舐められたものじゃな!」

 

 狂気的に口角を吊り上げながら、龍の鉤爪に獣化させた両腕を振り回すラディレン。

 

 甲高い金属音を響かせながら必死に防いではいるものの、蹴りや頭突きをくらい、純白の鎧で自らを覆っているとは言え苦しげに表情を歪ませている。


 鎧には徐々にヒビが入っていき、このままでは数発ももたない。 鎧が破壊されれば聖王がかけた強化も解除されてしまうため、鎧の破壊だけは是が非でも避けたいところ。

 

 そうこうしてフェイターがもたついてしまっている間に、シャルフシュの弓矢から必死に逃れようとしている槍使いの背中に、とうとう二本の矢が突き刺さった。

 

「ぐっ! ちくしょうが!」

 

「シュペランツェ! ちっくしょぉぉぉぉぉぉ!」

 

 バランスを崩したシュぺランツェの足や脇腹に、さらにもう二本の矢が刺さり、とうとう膝をついてしまう。

 

「シュぺランツェ! もういい、お前は撤退するんだ!」

 

 フェイターが叫びながら呼びかけるが、意識を逸らした隙にラディレンの拳がみぞおちにめり込んだ。

 

 ミシミシとフルプレートの鎧から悲鳴が上がり、フェイターは数十メーターを転がりながら吹き飛ばされた。

 

 震えながら状態を起こそうとするフェイター。

 

 そんな中、動けなくなったシュペランツェを狙う残り四本の矢は、頭上から無慈悲に降り注いだ。

 

 しかしシュぺランツェを狙っていた四本の矢は、突然炎の波に飲まれて焼き払われる。

 

 ラディレンとフラウは驚きながら振り返ったのだが、ありえないものを見たとばかりに瞠目した。

 

 炎の壁に囲われていたはずのツァーバラが、肩や足に矢を突き刺した状態でいつの間にか姿を表したのだ。

 

 足元には巨大な魔法陣が出現しており、フラウは冷や汗を浮かべる。

 

「バカな! あんなに雨のように矢を放っていたのに、刺さっていたのは二本だけだったの?」

 

「最初の二本だけだよ。 矢が水に覆われてるって分かった時点で魔法をかけ直したのさ」

 

 杖に寄りかかりながら、うすら笑みを浮かべるツァーバラ。

 

 ラディレンはツァーバラの足元に描かれた魔法陣を見て顔面を蒼白させた。

 

「まずいのじゃ! やつは炎の壁を作りながら極大容量の魔法を詠唱しておったのか!」

 

「でも一体どうやって水で覆った矢から逃れていたの? 炎の壁を唱えながら足元の極大魔法を詠唱するだなんて! 水の矢から逃れていたことも考えれば、三重詠唱でもしない限り不可能なはず」

 

「たしかにのう。 やつの能力は二重詠唱、魔法をかけ直していたのなら炎の壁は消えていたはずじゃ!」

 

 シャルフシュの矢から逃れていたからくりが分からず、ラディレンとフラウは意味のない問答を始めてしまうのだが、ツァーバラは余裕の笑みを浮かべながら身振り手振りで解説を始める。

 

「炎の壁は時間指定して詠唱しただけだよ、この魔法が唱え終わる時間を想定してね。 だから君が水で覆った矢がこの壁を突破してると分かってからは土の壁で自分の身を守っていたってだけの話し」

 

 動揺しながら下唇を噛む二人に、ツァーバラは鋭い視線を送った。

 

「僕の固有能力、二重詠唱は唱える呪文の配列を工夫すれば、三重にも四重にも錯覚させる事ができるからね! 炎の壁はこの詠唱が終わるまでの時間を予測して設定した。 だから詠唱を止めても発動し続けていただけで、水の矢が飛んできた時は土の壁を唱え直していただけ。 こう考えれば二重詠唱でも問題なく発動できる。 頭が硬いんだよ君たちは」

 

 ツァーバラは勝利を確信したような笑みを浮かべながら、天高く腕を掲げた。

 

「だから今の僕ができる最大容量の魔法を、じっくりと準備することができた!」

 

 二人は絶望的な表情を浮かべながら空を仰ぐ。

 

「ヨタ・メテオーア・ヴァルフェン!」

 

 ツァーバラの詠唱と共に、空にいくつもの光が輝く。

 

 すると地響きが鳴り始め、無数の隕石が降り注いできた。

 

 ラディレンは顔を引きつらせながらそれに向けて両腕を伸ばし、両手の間に魔力を集中させる。

 

「ヨタじゃと? なんちゅう容量を使っておるんじゃ! すまんフラウ、妾はエクサが限界じゃ! あの流星群を防ぐのは無理じゃが、威力は弱められるはず!」

 

 徐々に地響きが強くなり始める中、額から滝のように汗を流したラディレンが必死に魔力を練る。

 

「無駄だよラディレンちゃん、もう間に合わない!」

 

 ツァーバラの発言に対し、フラウは悔しそうに奥歯を噛み締めることしかできない。

 

 ラディレンは諦めず、両手の間に魔力を込め続けたが、既に流星群は目の前まで迫ってしまっていた。

 

 悔しそうに目を閉じるフラウとラディレン。

 

 しかし次の瞬間……

 

「ブロント・ヴァント」

 

 戦場の上空に透明な壁が出現し、流星群の落下を止めた。

 

 無数の隕石が壁に衝突し、戦場が激しい縦揺れに見舞われる。

 

 揺れが収まると、眉間にシワを寄せたツァーバラが辺り一帯を見渡した。

 

「ブロントの魔法? 最大容量だと? 誰だ! 誰が使った!」

 

 動揺しながら必死に視線を巡らせるツァーバラ。

 

 魔法の容量には大まかに十種類の段階がある。

 

 バイト→キロ→メガ→ギガ→テラ→ペタ→エクサ→ゼタ→ヨタ→ブロント

 

 この順番で容量は巨大になっていき、通常ならテラの容量さえ使えれば申し分ないと言われているだろう。

 

 現段階では最高峰の容量、ブロントの魔法を支えるのは、大陸中を見たとしても片手で数えられる程しかいないはずだった。

 

「おやおや、三下らしい動揺ぶりですわね?」

 

 ラディレンのそばに歩み寄る女性が、長い銀髪を風になびかせながら、気だるげで甘い声音を響かせる。

 

 豪華な装飾が施された巨大な笠で日光を遮り、漆黒のマントで全身を覆い、うっすらと見える肌は純白な絹のように美しい。

 

「なんでお前がこんなところにいる!」

 

「なんでも何も、主人あるじ様の付き添いでしてよ?」

 

 悔しげな顔で呼びかけるツァーバラに対し、かぶっていた巨大な笠の影から鮮血のような朱殷しゅあんの瞳を輝かせる。


 日差しを嫌う貴婦人のようなその女性を横目に、ラディレンは渋面を浮かべた。

 

「ヴァルトアか、面倒な女が来おったのう! それに、主人の付き添いじゃと?」

 

「嘘でしょ? あんたの主人って、まさか!」

 

 フラウが目を見開き、ヴァルトアに視線を向けた。

 

 するとヴァルトアは口元に手を添えながら、ラディレンに朱殷の瞳を向ける。

 

「うふふ、ああ失敬。 その前にあなたには眠っていただきますわ?」

 

「何を、する——つも、りじゃ……」

 

 ヴァルトアがラディレンに視線向けた瞬間、両手の間に魔力を溜め続けていたラディレンが脱力してパタリと倒れ伏した。

 

 倒れ伏したラディレンの背後から、もう一人の女性が歩み寄ってくる。

 

「あらあらあら。 楽しそうでありんすねぇ? あっちも混ぜてくださいな?」

 

 濃密な霧に囲われており、妖艶な雰囲気を醸し出した深紫の着物を纏った女性が怪しく笑う。

 

 肩をはだけさせ、真っ赤な盃を片手に持っており、額からは二本の小さな角を隆起させている。

 

 腰の辺りまで伸びた黒紫の長髪は横一線に切り揃えられ、前髪も目元ギリギリでパツリと切られており、鋭い茜色の瞳をより一層際立たせている。

 

 怪異的だが神秘性もある、混沌とした美しさを放つ高身長の女性に、その場の全員目が釘付けになった。

 

「……鬼王、ディーフェル。 なんでこのタイミングで?」

 

 震える声音で呟くフラウに、鬼王ディーフェルは艶やかな笑みを向けた。

 

「可愛い可愛いフラウや、久々でありんす? うぬを迎えにきたゆえ、はやくこちらにおいでなんし」

 

「私を、迎えに? 一体何を?」

 

 フラウが震えながら後ずさる。

 

 すると鬼王は悲しそうにほんのりと眉尻を下げ、霧の中からヴァルトアに視線を送った。

 

「ヴァルトアや? ここはひとつ、聖王軍のお客さま方を拘束しておくんなし」

 

「お任せくださいませ、主人様」

 

 ヴァルトアは大きな笠を片手でつまみ、動足を半歩下げながら丁寧にお辞儀をする。

 

 そして笠の影に隠れていた口元が三日月のように歪み、鋭い牙を覗かせた。

 

「さあ、ちぃータイムのお時間ですわ?」

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