第11話

 茶煙草は完成した。

 

 罰としてポン子に量産させている。

 

 さまざまな茶葉があったため、龍翔崎と試行錯誤を繰り返し一番煙草に近かった茶葉を使っている。 多分松葉茶だ。

 

 明日あたり暇だったら数種類のブレンドなんかも試してみたいものだ。

 

 今のままだと煙の感じが凄くて、油断するとむせそうになる。

 

 まあ後味は茶葉なだけあってすっきりしている、この香りは嫌いではない。

 

 煙草がないよりはマシだ。

 

 戦いが落ち着いたら熱帯地方や乾燥地帯に行ってタバコの葉を探さなければならないだろう。

 

 茶煙草を作るのに相当時間を潰したのだが、捕虜たちは目を覚まさなかった。

 

 脈があるのをラディレンが確認していたから、生きてはいるだろう。

 

 目を覚さない限り獣爪族や森精族が混ざっていた理由も、悪魔族や魔物族が裏切った理由も分かりはしない。

 

 裏で糸を引いているのは獣王か、それとも森王か。

 

 はたまた別の王が関与しているのか。

 

 考えても仕方ないとは思うが、どうしてもありとあらゆる可能性が思いついてしまう。

 

 そんなことを考えながら床につき目を閉じる、すると一瞬で夜が明けた。

 

 東に広がる山脈の影から太陽が姿を見せ始めた頃、砦内に角笛の音が鳴り響く。

 

「聖王軍が来たぞーーー!」

 

 やかましい音で叩き起こされた俺は、作り溜めさせていた茶煙草に、マッチで火をつけながら砦の櫓を登る。

 

 すると目の前の平原からゆっくりと迫ってくる、聖王軍の大群を目視した。

 

 数は五千強、先頭には純白のフルプレートを纏ったやつが四人いる。

 

「あいつらって、俺が昨日ぶっ飛ばしたなんちゃって最強冒険者か?」

 

 龍翔崎も茶煙草をふかしながら櫓に登ってきた。

 

「お前が昨日派手にやったからな。 やつら、今日は本気で来るだろうな」

 

「そのようじゃの! じゃが今回、龍翔崎様と鳳凰院様は砦内に待機していてくれないかの?」

 

 俺と龍翔崎が振り返ると、いつの間にか櫓に登っていたラディレンが、腰に手を当てて堂々と立っていた。

 

「あなた様方の強さに頼りっぱなしでは、魔王軍の名に傷がついてしまう。 妾たちだけでも戦えると言うところを見ていただきたいのじゃ!」

 

「気合入ってんじゃねえか! ま、俺は構わないぜ? もし助けが必要になったらすぐ呼べよ?」

 

 龍翔崎は機嫌良さそうに鼻を鳴らした。

 

 茶煙草のおかげでこいつの機嫌もかなりいいのだろう。

 

「俺だけ見せ場がなかったから活躍したかったのだが、まあいい。 高みの見物とさせてもらおうか?」

 

「感謝するのじゃ! 五千程度の相手なら、今の妾たちでも十分戦えるはずじゃ! なんせこちらにはフラウもいるからの!」

 

 ラディレンが視線を落とすと、砦の正門前に堂々と立っているフラウが見える。

 

「それに妾も龍角族の端くれじゃ! 大陸最強と言われている龍角族の力、存分に奮ってくれるわ!」

 

 ラディレンから底知れぬ気迫が溢れ出る。

 

 黄金に輝く瞳を爛々と輝かせながら、軽やかに櫓から飛び降りた。

 

「皆の者! 昨日まで妾たちが味わった屈辱を晴らす機会がやってきたぞ! 何も恐れることはない! 妾たちは誇り高き魔王軍! 悪逆を尽くす聖王軍に引導を渡すときは今なのじゃ!」

 

 ラディレンの鼓舞に答え、湧き上がる魔王軍の兵士たち。

 

 しかしおかしなものだ、普通、魔王軍といえば悪役というのがセオリーだ。

 

 俺が生きていた世界では悪魔は人の悪感情を好み、魔物は人を襲うと伝承では伝えられていた。

 

 しかし今のラディレンの演説は、魔王軍は正義の軍隊だと思わせるほど迫力に満ちた物だった。

 

 異世界とは俺たちの知る常識が通じないのだろう。

 

 しかし、何かが引っかかる。 先程ラディレンの演説を聞いた瞬間からだ。

 

 頭の片隅にもやっとした何かが、俺の脳みそに纏わりつくような感覚だ。

 

 俺はこの違和感の正体には気づかないまま、正門から突撃していくラディレンとフラウたちの姿を見送った。

 

 

 卍

 シェラハート平原に建てられた砦の正門から、聖王軍の大群に突撃して行く魔王軍。

 

 魔王軍の数は二千強、聖王軍は約五千。

 

 その上聖王軍は全員が薄墨色のフルプレートを装着していて、最前列には純白のフルプレートを纏った四人の冒険者が立っている。

 

「皆の者! 冒険者どもは妾に任せよ! 数の差など我々にとってはハンデも同然じゃ! 一人につき三人を倒してしまえば我々の勝利じゃ!」

 

 ラディレンの号令を聞き、円錐状の陣形のまま聖王軍に突撃していく魔王軍。

 

「あたしも手伝います!」

 

 フラウが先頭を駆け抜けるラディレンと並走しながら声をかける。

 

「うむ! 助かるぞフラウ! おぬしは後衛の杖使いツァーバラと、弓使いシャルフシュを対処せよ! 聖剣使いフェイターと、魔槍使いシュペランツェは妾が対応しよう!」

 

 指示を出したラディレンはフラウを追い抜かし、魔法を詠唱し始める。

 

 この世界では個人の特殊能力とは別に、魔法という攻撃手段がある。

 

 魔法を使う際、使用する魔力の容量によって威力は十段階に格付けされる。

 

 詠唱、魔法効果の認知、必要な魔力容量さえあれば誰でも魔法が使うことができるため、前線で戦う戦士たちは最低でも四段階目までの魔法は使えるようになる必要がある。

 

 詠唱で唱えるのは魔法を使用する際の容量指定と、その容量で行いたい魔法効果を表す単語。

 

 単語の組み合わせ次第で元素で作られた剣や、元素の操作から放出など様々なことをすることができる。

 

 しかし複雑すぎる操作をしようとすれば、それだけで容量を大量に消費してしまうため、単語の列や使用する容量は気を使わなければならない。

 

「ペタ・シュヴェルト・フランメ・マッヒェン! 覚悟せい冒険者ども!」

 

 ラディレンが左手に炎の塊を作り出し、右手を炎の塊に突っ込むと、炎で作られた巨大な剣を引き抜いた。

 

 それを後ろから見ていたフラウも詠唱を始める。

 

「ギガ・ファーデン・マニプリーレン!」

 

 フラウの掌に黒い糸が出現する。

 

 そして掌を天高く掲げると、出現した糸が聖王軍正面で立っていた冒険者たちに伸びていく。

 

 両手剣を持っていた冒険者が、その糸を横薙ぎに両断した。

 

「フラウ・シェーネラウト! 悪魔族である貴様は魔王直属の幹部と見た! 放っておけば貴様は危険だ! ここで排除させてもらうぞ!」

 

「残念じゃったなフェイター! おぬしの相手は妾じゃ!」

 

 ラディレンが炎の剣を振りかぶりながら地面を蹴り、フェイターに肉薄する。

 

 それを確認したフラウは大きく回り道をしながら後ろに構えていた弓使いと杖使いに向かって突進し始めた。

 

 冒険者たちとラディレンたちの衝突を合図にしたように、魔王軍二千と聖王軍五千が正面衝突する。

 

 ラディレンが炎の剣をフェイターに向けて放つと、フェイターは大げさ攻撃をかわしながら顔を引き攣らせた。

 

「クソッ! 目を覚ましてくれラディレンちゃん! 父上も君を心配している、だからこんなことはやめるんだ!」

 

「なにを分けのわからないことを! 妾を混乱させようなどとしても意味はないぞ!」

 

「何度も言っているじゃないか! 僕たちは君たちに乱暴な真似をしたいわけじゃない、君たちを救いたいんだ!」

 

 フェイターの必死の叫びを聞き、ラディレンは苛立たしげに歯を軋らせている。

 

「救いたいじゃと? 世迷い言を! お主等が今までしでかしてきた無慈悲な惨劇を、妾は忘れはせんぞ!」

 

 憎悪を込めた瞳でフェイターを睨みつけるラディレン。 その直接的な殺意を向けられ、フェイターはキュッと剣の柄を握りしめながら応じた。

 

「やっぱり、僕の能力を使うしか方法はないんだね」

 

 一騎打ちを申し出るように、剣の切っ先をまっすぐにラディレンに向ける。

 

「大切な妹分である君を傷つけるのは不本意だけど、こうするしか無いんだ。 許してくれよラディレンちゃん、君にダメージさえ与えることができたのなら……きっと君を救えるはずなんだから!」

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