第9話 永遠焔鳥総長、鳳凰院零夜襲来!

 俺と龍翔崎はポン子に協力する条件として、煙草を要求した。


 突然だがぶっちゃけた話をしよう。


 異世界転移だとか、聖王と魔王の戦争だとか、ケモ耳娘やエルフ娘だとか。


 今の俺にとってそんなものどうでもいいのだ。


 ——煙草が吸いたい!


 俺と龍翔崎の発言を聞いたポン子は首を傾げている。


 このことからこの世界に煙草という概念がないであろうことが予想できる。


 ———いや、待てよ?


「おいポン子。 煙草は知らんのか?」


「た、たばこ? 何よそれ」


「乾燥させた葉を焼いて、煙を吸うんだ。 そういうものはこの世界に無いのか?」


 そう、この世界では煙草と呼称してないだけで似たようなものはあるかも知れない。


 この世界に転移した時、俺のポケットに入っていた煙草やスマホは綺麗さっぱり無くなっていた。


 つまり元いた世界から持ち込めたのは特攻服だけだ。


 スマホはまだしも、煙草はマジで勘弁してほしい。 新箱開けたばかりだったと言うのに。


 転移してから約八時間、煙草を一本も吸っていないためイライラの限界がきている。


 頼むポン子! あると言ってくれ!


「煙を吸って何が楽しいのよ? 健康に悪そうだし、そんなもの聞いたことないわ?」


 龍翔崎が盛大なため息をつきながら茶を啜り始めた。


 俺も思わず膝から崩れ落ちて………………


 待て、茶だと?


「おいポン子! その茶はどうやって淹れた?」


「え? 嘘? そんなのも分からないの? 乾燥させたお茶葉にお湯を入れるだけよ? ちなみにこのお湯はあたしが魔法で作ったもので………」


「よし分かった、この砦にあるお茶葉を全種類用意しろ、あとは紙もありったけ集めてくれ。 それでお前らを全力で助けると約束しよう」


 一寸先は暗闇かと思っていたが、ほんのり僅かな光が見えてきた。


「え? まあ、そんなことでいいならすぐに用意するけど」


「鳳凰院、お前何する気だ?」


 龍翔崎は禁断症状末期なのだろう、ものすごい速さで貧乏ゆすりをしているし、かなり気だるげだ。


 あのバカの貧乏ゆすりが原因で、砦が若干揺れてるのは気のせいだと信じたい。


 まあ見ていろ、俺がお前を地獄の淵から蘇らせてやる!


「決まっているだろう、作るんだよ。 茶煙草をな!」


 茶煙草という言葉を聞いた龍翔崎は椅子から飛ぶように立ち上がった。


 衝撃で椅子は粉砕していたが。


「茶煙草! その手があったか! お前、マジで頭いいじゃねえか!」


 突然立ち上がった龍翔崎を見て、驚き尻尾をピンと伸ばすポン子。


「きゅ! 急に立ち上がらないでよ! 怖いじゃない!」


「ああ、悪い悪い! そんなことよりフラウ! 早く部下どもに頼んでお茶葉集めてきてくれよ!」


 龍翔崎の目はキラキラと輝き出す。


 するとフラウは眉尻と尻尾の先をほんのり下げた。


「わ、分かってるわよ。 ラディレン様に頼んでみるわ」


 尻尾をだらりと下げ、部屋を出て行こうとするポン子。 心なしか、表情も曇っている。


「おいおい! いちいちラディレンに頼まねえでそこら辺にいる兵士に集めさせろよ! お前幹部なんだろ!」


 龍翔崎が首を傾げながら呼びかけるが、ポン子は浮かない顔で目を逸らす。


「と、とにかく。 集めてくるからここで待っててちょうだい?」


 尻尾を床に擦らせながら外に出ていくポン子。


 あのポンコツ、尻尾は正直だな。


「おい龍翔崎、俺もこいつと茶葉集めをしてくるからここで待ってろ」


 俺は首を傾げながら見送ってくる龍翔崎に、視線で意図を訴える。


 あいつもああ見えてバカじゃない、俺の言いたいことを察したのだろう。


 龍翔崎は小さく頷き、壊した椅子の破片を黙って集め始めた。

 


「ちょっと、なんでついてくるのよ! お茶葉のことはラディレン様にお願いするから、あんたも部屋に戻ってなさいよ!」


「なあ、お前なんで魔王の砦に来たにも関わらず、ずっと俺らとたむろしてたんだ?」


 俺の質問に対し、ポン子はあからさまに気まずそうな顔をした。


「なんでって………………あんたらの監視よ」


「俺の監視だと? おいおい、お前は嘘をつく時尻尾がくるくる回るんだ。 知ってたか?」


 ポン子は顔を真っ赤にしながら慌てて自分の尻尾を掴んだ。


「し、尻尾ばっか見んな変態!」


 頬を膨らませながら、尻尾を掴んだ両手を胸に押し付けている。


 尻尾の先は小刻みに震えていた。 ちなみに嘘をついてる時は尻尾はくるくる回らない。


 あれは即興で考えた嘘だ。 正確には尻尾は小刻みに震えるらしい。


「おい、正面にいる兵士に茶葉を集めさせられないか?」


 進行方向に二人組の兵士がいた。


 ヤギのような巻角と、牛のような鋭角を生やした兵士たちだった。


 ポン子は兵士たちを見て顔色を変える。


「へ、兵士たちは仕事をしているのよ。 邪魔するわけにはいかないわ」


「おいそこの二人、お前らの幹部が呼んでいるぞ!」


「ちょ! ちょっと!」


 ポン子は慌てて俺の影に隠れようとしたため、呆れながら背中を軽く押してやった。


 押された勢いで兵士の前に飛び出すポン子。


 兵士二人は飛び出てきたポン子を見て、あからさまに距離を取った。


 まるで、触れたくないという感情を、行動で主張するように


「ふ、フラウ様? 何用でございますか?」


「我々は砦内の警備についておりますが………」


 兵士たちはポン子に畏怖の視線を向けている。


 それを受けたポン子は尻尾をだらりと地面に垂らしながら俯いてしまった。


 やはり俺の予想は当たっていた。


 それと同時に、兵士たちの態度に腹を立て、ポン子が俺たちのそばから離れようとしていなかった理由が確定した。


 なんとなく予想をしていたとはいえ、我慢ならねえ。


「言っておくがそこの兵士ども。 俺は友人を侮辱されるのが何よりも嫌いなんだ。 ここにいる女は俺の友人であり恩人だ。 舐めた態度とったらどうなるかわかってんだろうな」


 煙草を吸っていないせいだろうか、無性に腹が立った俺は兵士二人を威圧する。


 すると兵士二人はガクガクと震えながら頭を下げ始めた。


「我々はフラウ様を侮辱などしていません!」


「どうかお許しを!」


 必死に頭を下げ始めた兵士を庇うように、ポン子は俺の腕を引っ張った。


「ちょっ、ちょっと鳳凰院? なんでそんなに怒るのよ? この子たちはあたしを侮辱なんて………」


「侮辱しているも同然だろ? お前らはポン子の能力を恐れて近づかないのだろう? こいつが、そんなつまらないことに、その力を使うと思い込んでいるみたいにな。 こいつと共に行動したのはほんの数時間だけだ、それでも分かるぜ」


 俺の怒りが沸点を超えそうになり、兵士たちに一歩ずつ近づきながら声のボリュームが上がっていく。


「こいつは、悪戯に、自分の力を使う女じゃねえ。 ぶっ殺されたくなければ、態度を改めろクズどもが!」


 ポン子があっけに取られたような顔をしながら、引っ張っていた俺の腕を離した。


 柄にもなくブチ切れてしまったせいで、目の前の兵士たちはうずくまりながら必死に命乞いをし始めてしまう。


 しかし、ポン子にこういう態度をとるのはこいつらだけではないのだろう。


 俺は一度深呼吸をして頭の中を整理する。


「わかればいいんだ。 他の兵士どもにも厳重注意しておけ。 次はねえぞ」


 そう言い捨てると、兵士たちは足を車輪のように回して逃げてしまう。


 逃げた兵士たちをぼんやり眺めていると、ポン子は俺の特攻服の袖を控えめに引っ張った。


 袖クイ、だと? ……俺は頭を掻きながら振り返る。


「引っ張るんじゃねえ、袖が伸びちまうだろうが」


「あ、ごめんなさい。 えっとその、あ……ありがと」


 俯いたままボソッと呟くポン子。


 俺は居心地が悪くなったので、足速に龍翔崎の所に戻ることにした。

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