第8話
収容所についた二人は、絶句したまま目を見開いている。
なんせ収容所で鎧を引き剥がされた兵士たちは、獣のような耳を生やした者や先細りの長い耳をした者だけでなく、ヤギのような角を生やした者もいたのだ。
これは流石の俺でも予想外だった。
「な、なぜ。 同胞が紛れ込んでいるのじゃ!」
「ラ、ラディレン様! これは? 一体何が?」
フラウとラディレンは小刻みに震えながら収容所内の捕虜たちを何度も何度も見渡している。
「ここに来る前にポン子が言っていた。 フルプレートをしていたら聖王軍に決まっていると。 その発言がどうも気になったから、ここに来る前に近くで寝てた聖王軍の兜を引っこ抜いた。 すると、獣のような耳が生えてたんだ。 俺もかなり驚いた。 この世界に来たばかりの俺ですら驚くんだ、お前たちは想像もついていないだろうな」
鳳凰院はいつにも増して真剣な顔をしている。
それもそのはずだ、聖王軍だと思い込んでいた兵士たちは人間族じゃなかったのだ。 となると他の王が関わっている可能性が高い、今後は魔王軍もそれを想定して動く必要がある。
しかし俺が最も気になるのはフルプレートの中身が人間じゃなかったと言うことじゃない。
「おい鳳凰院、なんで魔王軍の仲間も混ざってんだ? あのヤギとか牛みたいな角は悪魔族だろ?」
「それは俺も分からん、こいつらが起きたら尋問するしかないだろうな」
魔族が混ざっているのは流石に意味がわからん。
この世界の情報が少なすぎるというか、ラディレンやフラウたち魔王軍に所属している奴らからしか情報を聞けていないから、偏った情報しか手に入らないのだろう。
欲を言えば聖王軍のやつか、この戦争に関係ない奴らから話を聞いてみたい。
俺ですら混乱しているのだ、指揮を任されているラディレンやフラウはたまったもんじゃないだろう。
プレッシャーのせいだろうか、ラディレンは震えながら頭を抱えてしまった。
「わ、訳がわからん。 どう言うことじゃ? なぜ聖王軍のフルプレートを装備しているのが、獣王や森王の配下たちなのじゃ? では、本物の聖王軍は一体どこに? そもそも、どうして同胞が混ざっておる? 幹部の内の何者かが裏切ったと言うのか?」
「考えられるのは元魔王軍幹部の鬼王か骸王? あいつらは魔王様を裏切った反逆者です!」
「確かに、獣王と森王の領地は聖王の領地に接しておる、ついでに言えば鬼王の領地も聖王側にあるからの」
「やはり、鬼王もこの戦いに関わっていると考えていいんでしょうか?」
フラウとラディレンはそれぞれの考えを述べ合っていた。
だが、二人が出し合っているのは憶測の域を出ない。
確たる証拠がない上に相手の目的も不明瞭のまま。
それではいつまで経っても答えが出ないだろう。
「とりあえず落ち着けよお前ら。 どの王が関わってるか考えるより、聖王の本当の目的を考えた方がいいんじゃねえか?」
「確かにそうよね。 この捕虜たちの中に人間族がいない。 捕らえた兵は三千近くもいるんですもの、たまたま人間族がいなかったと考えるのは難しいわよね」
「となると、本物の聖王軍はどこに消えたのじゃ?」
「まさか! 魔王城に奇襲を?」
フラウが叫ぶように声を張り上げると、ラディレンは顔を真っ青にしながらフラウを凝視した。
しかし鳳凰院は落ち着いた表情で咳払いをする。
「それはないだろう。 もし魔王城に奇襲をされていたら、お前たちを何が何でも呼び戻すはずだ。 ポン子は救援要請に応じて来たと言っていたからな、連絡方法はあるんだろう?」
鳳凰院の説明を聞き、ほっと胸を撫で下ろすラディレンたち。
「あくまで推測だが、恐らくフルプレートの中に人間以外を入れると言うのは、聖王側も苦肉の策だったのだろうな。 自らの魔力ストックを他の王の部下に渡すなど、リスク以外何もないからな。 きっとなんらかの問題が発生して自軍の兵を動かせなくなったに違いない」
「一体、その問題とはなんなのじゃ?」
「そこまでは俺にもわからん、あくまで予想だからな。 俺はエスパーではない」
鳳凰院は肩を窄めながら掌を返す。 フラウとラディレンは渋面を作りながら俯いてしまった。
「まあでも、何が起きたかはこいつらが起きた時にじっくり聞けばいい。 ここにはそう言ったことのスペシャリストがいるんだからな?」
鳳凰院がにやつきながらフラウに視線を送った。
これは盲点だった。
俺はまだこのファンタジー世界に対応できていないのだろう、わからないことはわかっているやつから無理やり聞けばいいだけの話なのだ。
ラディレンたちと一緒になって聖王の目的を必死こいで考えちまったが、時間の無駄だったと反省する。
鳳凰院の野郎は適応能力がすげえなと感心した今日この頃だった。
視線を送られたフラウは満足そうに鼻を鳴らす。
「私の下僕にして、洗いざらい吐かせれば、疑問は全部解決するってことね」
「そう言うことだ、ようやく出番が来たな? ポン子」
鳳凰院が馬鹿にしたような顔でフラウに声をかけると、ポン子ポン子言うんじゃないわよ! とか言いながらフラウはまたギャアギャアと怒り始めた。
一方、喧嘩する鳳凰院たちを横目に見ながら、ラディレンは小難しそうな顔でずっと俯いてしまっていた。
こんな小さいのに指揮を任されているんだ、心配事が多いに決まっている。 それにこいつは少し真面目すぎる。
俺はラディレンと目線を合わせるためかがみ込んだ。
「どっちにしろ寝込んじまった捕虜が起きるまでは何考えても解決しねえだろ? あんま難しく考え込むなよ?」
苦笑いする俺に視線を送り、小さく頷くラディレン。
「指揮をおおせつかったのにも関わらず、ここまで後手に回ってしまうとは。 一生の恥じゃ」
「気にしすぎんなって! 今頃くよくよ悩むくらいなら、今できることをしようぜ?」
不安そうな顔のラディレンの頭をポンポン撫でてやる。
するとラディレンは、目つきを変えながら顔を上げ、自分の頬に張り手をした。
「龍翔崎様、感謝するのじゃ! 妾はまた過ちを繰り返してしまうところであった!」
ラディレンは大きく深呼吸しながら周囲に視線を配る。
「すぐに兵を集めよ! すぐに動ける者は部隊の再編成と周囲の捜索を始めるのじゃ!」
意気揚々と収容所を出ていくラディレンを見送っていると、いつの間にか喧嘩が終わっていた鳳凰院たちが俺の後ろに立っていた。
「さて、包囲されていた魔王軍は助けたし、俺たちの役目が終わったな」
「え? 待って? あんたたちどっか行っちゃうわけ?」
フラウが目をまんまるくしながら鳳凰院に視線を送る。
俺もあっけに取られて、手伝わねえのかよ! とか言ってしまった。
「考えてもみろ、これから先、魔王軍を助けて俺たちになんの利点があると言うのだ?」
鳳凰院の正論を受け、それもそうか、と納得してしまう。
「え? ちょっとちょっと! 待って! 待ちなさい! 分かったわ! あなたたちのやりたいことを言いなさい! できる範囲で手伝ってあげるから! だからお願いよぉぉぉ! 見捨てないでぇぇぇぇぇ!」
フラウが涙目で鳳凰院に縋りついた。
それを見た俺たちは自然と目を合わせ、ニヤリと笑う。
「なら要求は………」
「一つしかねえな!」
魔王軍を助けるという当初の目的を達成した今、不思議な現象が起こって混乱はしているが、一件落着したと考えていい。
となると、俺たちみたいな人種には必要不可欠なものがあるわけだ。 それを確保しなければならない。
俺と鳳凰院は打ち合わせしていないにも関わらず、息を合わせて同じことを要求した。
「「
「………………………………は?」
フラウのすっとぼけた声が、収容所の中に反響した。
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