第120話糸田と末山
やがて、ゴールデンウィークを迎えて学校が休みになると、私は柳本の家に遊びに行っていた。彼の家には、当時一般家庭には普及していなかったパソコンがあって、いろいろとプログラミングをしたり、ゲーム青したりして遊んでいたのである。ゲームと言っても、今のゲームから見れば画質も荒く、かなりしょぼいゲームではあるが、当時最先端を行っていたパソコンでいろいろとプログラミングしたり、ゲームをしたりするのは楽しかった。中でも二人が夢中でプログラムしていたのが、私が持っていた宇宙に関する本の中に掲載されていた、当時地球に接近していたハレー彗星の軌道計算のプログラムであった。データを打ち込んでいって、パソコン画面で次回地球に接近する際の天空上でのハレー彗星の動きが分かるようになっていた。ほかには野球ゲームで対戦したり、まぁ、いろいろと遊んでいた。そのほか、ゴールデンウィーク期間中に行われたのが地区の運動会。私も参加したのであるが、隣近所の人たちと一緒になって競技に参加したり、姉や妹を応援したり、晩春の一大イベントとして盛り上がっていた。大阪に住んでいたころや、K中学校に転校する前の地区ではこのようなイベントは行われなかったが、この地区では地域と学校のつながりが深いらしい。私としては1年の間に2回体育祭や運動会が楽しめるということで、楽しみではあった。ただ、運動会の翌日は筋肉痛に悩まされるのであるが…。私も一番自信のある徒競走に参加して、見事1位でゴールテープを切ったときは最高に気持ちよかった。
そのゴールデンウィークが終わって再び学校に通う毎日が戻ってきた。ある日姉が
「あんたのクラスの男の子が、下半身を露出させてたけど、いったい何なん?」
と言ってきた。私はおそらくT君のことを言ってるんだろうと思い、T君のことについて私が知っている限りのことを話した。T君が障害があるという理由だけでいじめられているということ、自分がなるべくそばにいるようにして、T君のことをかばっているということ。それで、T君のことについて何かあったり、見かけたりしたら先生に連絡するようにしてほしいと伝えておいた。姉は
「そうなん?先生は知ってんの?あれじゃあ女子は怖がっちょるじゃろ?」
と言うので、私は
「先生には何があったかその都度伝えてるよ。女子からは悲鳴が上がってて、女子の間でも問題になってるみたい」
そう伝えておいた。姉は
「あんたも大変じゃねぇ…。あんたが先生に告げ口することで、あんたがいじめの対象にならんように気をつけなさいよ」
「あぁ、俺はT君をいじめてる奴とはかかわりを持たんように咲いてるから。それに俺の前でT君をいじめたら先生にチクられるってみんな分かってるから、俺には手出しはしてこんよ」
そんな話をしていた。確かに姉も14歳で男子の下半身を直視するのは、思春期ということもあって、あまり気持ちのいいものではないと思う。ただ、T君のことを悪くいうことはなかったので、よかったと思う。姉としてはT君のことよりも、私は再びいじめのターゲットにならないか、それを心配していた。姉が私に話しかけてきた日もT君はズボンと下着を脱がされて、女子を追いかけまわすように脅迫されていたのである。姉も担任の先生に通報して、糸田と末山、市山が3年の先生から怒られていた。糸田たちから見れば、なぜ自分が直接かかわりのない3年の先生から怒られるのか、まるっきりわかっていないようであった。その発信源が私の姉だということは糸田たちにはわからなかったのであろう。糸田たちは誰がチクったのか、犯人探しをしていたが、私のクラスには誰も先生に通報した奴はいないので、わかるはずもなかった。末山は
「リンダ、お前が何か噛んでんじゃないんか?」
などと言ってきたので、
「はぁ?知るかボケ。それに怒られるようなことやってんのは自分じゃろうが。自分が怒られるようなことをやっといて、犯人探しなんかやってんじゃねぇよ」
と言うと末山は
「なんだとぉ~。テメェー殴られてぇのか?」
「はぁ?やれるもんならやってみろ。俺の親や姉たち家族が黙っちゃおらんからな」
そう言うと引き下がっていった。
T君がいじめられている姿を見るということは、私にとっても辛い凄惨ないじめの記憶を蘇らせる。T君がいじめられているのを見るたびに、私が激しい暴行や恐喝を受けているような錯覚に陥る。T君に対するいじめが暗い過去の記憶を呼び起こすには十分すぎるくらいであった。2年生になってから、渡部や増井たち、あるいは糸田や末山と言った、小学校時代のクラスメイトや、中学校のクラスメイトが複雑に入り混じって、私に激しい暴行を加える夢を度々見るようになった。現実と過去の記憶が複雑にまじりあったような状態であった。T君に対するいじめは私がいじめられているような、そんな思いにさせられる。私がT君をかばい続けるのは、いじめられてかわいそうという思いではなく、何とかして私のような苦しみを味わってほしくないという思いからであった。
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