第117話攻撃の対象・攻撃する理由

 春休みに入ってみたが私の家にやってきた。住所は教えてあったので、人に聞きながらやってきたようである。彼はバットとグローブを持ってきていたので、私も家にあったグローブを引っ張り出して、近くの小学校の運動場まで歩いて行って、キャッチボールをした。以前

「自分は下手だから上級生からいじめられる」

と言っていたので、どんなものかと思いながらキャッチボールをしてみたが、私が彼の投げるボールを受けた感じ、そんなに下手だとは思えなかった。残念ながらバッティングは、私と二人しかいなかったのでできなかったが、投げるボールも私の構えたところにちゃんと投げられるし、球速も結構早い。よそ見していると捕球できないくらいの球威があったので、私は下手だからいじめるというのは嘘で、上級生にとって、三田はただ単にストレスを発散させるための道具として、攻撃の対象のなっているのではないかと思った。私は

「お前、下手だってこの前言ってたけど、そんなことないじゃん。結構球も早いし、正確に投げられるし、もっと自信もっていいんじゃね?」

と言うと彼は自信なさげに

「そうかなぁ」

と言っていた。彼は野球が大好きで、楽しく野球をしたかったはずで、それを上級生によってぶち壊されたのである。

 彼のその姿に、去年の私を重ね合わせていた。私の夢は大阪に住んでた頃、家の近くを走っている私鉄の乗務員になることであった。制服がかっこよかったし、自分も大人になったら、あの制服を着て電車を運転したいという夢を抱いていたが、その夢はいじめよって滅茶苦茶に破壊されて、今となっては実現不可能な夢となってしまっていた。だから、彼には大好きな野球を続けてほしかった。たとえ高校野球に出られなくたっていい。プロになれなくたっていい。大好きな野球をやめてほしくなかった。

 その楽しく野球するという思いをぶち壊した上級生は3年生になっていたが、退部処分が下され、二度と野球部に顔を出すことが出来なくなっていたので、後輩も入ってくることでもあるし、楽しく野球を続けてほしいという思いを伝えて、キャッチボールを切り上げて、彼は帰っていった。

 そして季節は巡り、大阪から引っ越しして1年を迎えた。特別何か祝い事をしたわけでもなかったが、振り返ってみれば、長かったようであっという間に過ぎ去った1年であった。このころ私はいじめの後遺症から精神的に不安定になることが多く、夜寝るときになると、泣きたいわけでもないのに涙があふれて止まらなかなるということが度々あった。そして繰り返しうなされる悪夢…。そして起きているときに突然起きるフラッシュバック。あの忌まわしい記憶は1年たった当時でもいえることなく私を苦しめ続けていた。

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