第109話体育祭。そして二度目の別れ
体力的にもハードな体育祭の練習の成果を見せる日がやってきた。9月の終わりに体育祭が催されたのである。9月の終わりとはいえ、まだまだ暑い日が続く中での開催であった。各自自分のクラスの決められた場所に椅子を持っていって座って強い日差しを避けるため、テントの中に座って応援するのであるが、保護者の中には、自前でテントを用意して自分の子供を応援している姿も見られた。私が一番楽しみにしていたのがクラス対抗リレー。各学年ごとに分けて、クラスで順位を競うのであるが、一人走る距離はグラウンド1週。短中距離が得意な私取ってちょうどいい距離であった。各クラスのトップランナーがピストルの合図とともに一斉にスタート。何人かバトンを受け継いで、私の番がやってきた。前走者が最終コーナーを曲がるのが見えて、私もスタート態勢に入る。そしてバトンを受け継いだ後は全速力で駆け抜けていく。僅差で2位だった私たちの私が先頭を奪って1位でバトンを次走者に渡した。私がバトンを渡し終えた後も僅差での争いが続き、最終的に2位でフィニッシュ。私としてはやることはやったので、結果には満足であった。
熱がこもった体育祭が終わると、次第に季節は秋色を深めていく。体育祭が終わると中間テストが行われ、まったくやる気が持てなかった1学期に比べれば、少しはましな点が取れた。山口に引っ越しして、あいつらのいじめがなくなって、怯えながら学校に通うことも無くなったので、少し私の心にも余裕ができたのかもしれない。
だが、相変わらずあの凄惨ないじめの記憶は私にまとわりついていた。あの激しい暴力と罵声をともなったいじめの夢をしょっちゅう見るのである。悪夢にうなされて飛び起きることは、この当時もしばしばあった。そのたびに
「俺はいったい、この苦しみをいつまで抱えて過ごさなければならないんだ…」
こんな思いに苛まれていた。いじめがなくなって、周りの皆もよくしてくれても、いじめと言うのはいつまでも心を真綿で締め付けるように、確実に蝕んでいくのだと改めて思い知った私である。それと、悪夢にうなされるたびに
「のうのうと生きてるあいつらを絶対に許せない」
と言う怒りと憎しみの感情が湧き上がってくるということを話せばよかったのであるが、このことで親に心配をかけてしまうのではないかという思いもあって、なかなか打ち明けられないまま時が流れていった。そして10月最後になって、クラスの皆と別れる時がやってきた。半年間通ったクラスのことは、短い期間であったが、いじめ被害の後遺症に苦しんで、誰も信用できなかった私にとっては、人の心の温もりを感じさせてくれて、少しばかりの希望を与えてくれたと思っている。今でもあのクラスの皆には感謝している。中には少し突っ張っていて、なかなか話ができなかったクラスメイトもいたが、あのクラスで私が嫌な思いとか、辛い思いをした記憶は、私が覚えている限り残っていない。あのクラスで最後のホームルームを迎えて、私は改めてお別れの挨拶をした。そして最後にサプライズが待っていた。私が知らないところで皆がサイン色紙にそれぞれの思いを書いて、学級委員長が代表で私に手渡ししてくれたのである。
「K中学校に行っても頑張れよ」
「いつかまた会おうな」
「高校で一緒になったら、その時は宜しくね」
そういった心温まるメッセージが書かれていた。私が小学6年生の時に受け取った誕生日カードに書かれていた、私の存在をすべて否定する言葉とは大きくかけ離れた、優しい言葉が添えられていた。最後に私は
「短い間だったけど、皆本当にありがとう。いつかまたどこかで会った時は声かけて」
そう言って教室を出て、半年間通った中学校を後にした。夏休みに家に遊びに行った女子が
「ちょっと待って。最後じゃし、一緒に帰ろう」
そう言って、家の前まで一緒に着いてきてくれた。多分お互い好きだったのかもしれない。ただ、そういう気持ちを伝えられないまま家に着いて、私の家から彼女の家までは、かなり引き返さなくてはならない距離だったので、私が
「心配じゃから送っていく」
というと
「大丈夫。今度会うまでにもっといい男になりぃよ」
そういたずらっぽい笑みを浮かべながらそういった彼女と別れた。残念ながらそれ以来彼女とは会っていないが、今では私の子供と同世代の子供がいて、きっと幸せに暮らしているのではないかと思う。
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