第92話卒業式

 やがて月日は流れ、3月に入って卒業式の予行練習が行われるようになった。各自がそれぞれスピーチする内容を確かめて、何度も練習を繰り返し練習した。

 1年前、私たちは在校生代表として姉たちを送り出した。このときは私自身1年後の自分の未来は明るいものだと信じて疑わなかったが、1年後、自分はいじめに苦しみ、そことが原因で家族も巻き込んで大阪を離れなくてはならないことになるとは想像だにしていなかった。

 卒業式が近くなるにつれて、クラスメイトはカードの交換などをしていた。私は「こいつら馬鹿じゃねぇの?中学校に行けば毎日顔あわすんだろうが。何が楽しくてカードの交換なんかやってんだ」

と実に冷ややかな目線を向けていた。

 そして迎えた卒業式当日。私はもうこれであいつらと顔を合わさずに済むという思いを抱いていた。6年間通った小学校にもうくることはないという寂しさは全く感じなかった。卒業式を迎えるにあたって、体育館の中では一足先に在校生が入場していた。

「卒業生入場」

のアナウンスとともに1組から体育館に入場していく。そして、各自の席に座って来賓祝辞や在校生の掃除などが述べられた後、卒業証書の授与が行われる出席番号順に名前が呼ばれ、私の番が来た。私の名前が呼ばれて、私は

「はい」

と返事をして壇上に上がって、校長先生のもとに歩み寄り、卒業証書を受け取った。その時に校長先生は

「山口に引っ越しても頑張りや」

と声をかけてくれたが、素直にうなずくことはできなかった。あいつらがあんなに酷いことをされていなかったら、こんなことにはなってなかったはずである。やがて式が進行し、卒業生からはすすり泣く声が聞こえる。ふと女子の列を見てみると、渡部や浜山たちが泣いているのが見えた。私には

「どうせこいつら、いじめのターゲットがいなくなって、カモにする奴がいなくなるから泣いてんだろ」

と、実に冷ややかな目で睨みつけていた卒業朱書の授与が終わった後、今度は6年生が当時で答える番である。私たち全員で最後に

「明るい未来を切り拓いていきます」

そう誓いの言葉を述べた。その一方で私は

「何が『明るい未来を切り拓いていきます』だよ。人の人生をズタズタにして、よくそんなことが言えるな。このクソどもが」

そういう思いでいっぱいであった。そして卒業生が退場するとき、ちらっと渡部と浜山の顔が見えたのであるが、はっきり言って顔がきれいだとかどうとかではなく、心の中がどす黒く汚れたブサイクな顔にしか見えなかった。ブサイクな顔が泣き顔の影響で余計にブサイクに見えた。

「お前ら、また4月になったら毎日顔を合わすんだろ?小学校にもう来れないだけであれだけ泣いて、バカじゃねぇーの?」

そう思っていた。私は小学校という地獄からようやく解放されて、これですべてが終わったと思っていた。しかし、いじめの後遺症はそんなに簡単には治せないほど、深刻なダメージを私の心に与えていたということをしばらくして嫌というほど実感することになる。

 卒業式が済んで、全員が小学校の前に集まって、各クラスごとに記念撮影を行う。1組から順番に撮影が行われるので、私たち4組の児童には少し待ち時間があった。写真撮影を私の親とまっていると、中井の母親が私の近くにやってきて

「リンダ君ごめんね。今までうちの娘がいじめてたみたいで」

と言ってきた。私は聞こえなかったふりをした。今更謝られても、もう何もかも手遅れだと思っていたからである。そして、自分の娘が今までやってきたことに対して、何の手立ても講じなかったことや、私たちに謝る機会はいくらでもあったのに、今の今までやってこなかったこと、そして何より激しい怒りと憎悪の念をいじめ加害者に対して持っていた私は、たった一度だけ謝っただけで許せるものではなかった。私が無反応を貫いていると、もう一回同じ言葉を言ってきた。私は怒りを込めて

「今更謝られても遅いんだよ」

そう言って中井の母親を睨みつけた。そしたら中井の母親は

「まぁ、なんて恐ろしい子なんでしょう」

そう言ってそそくさと私の目の前から姿をくらました。そして、卒業写真の写真撮影が終わると、私は両親と一緒に家に帰った。最後までいじめ加害者からの謝罪の言葉はなかった。そして、卒業式の後に全員に配られた卒業文集。皆がどんなことを書いてあったかというと、中学校に入学したら部活を頑張るとか将来の夢、自分はこうありたいとか、そういったことが書かれていた。渡部や浜山・増井たちは

「友達を大切にしたい」

と書いていたが、私から言わせれば

「何が友達を大切にしたいだよ。できもせんことを偉そうに描くな」

そう思っていた。そして楢崎先生が卒業文集には、私のことを

「友とうまくいかずに悩んだ子」

と書き記していた。友とうまくいかずに悩んだ子…。確かにこの一年辛い目にあって悩むことの方がはるかに多かったが、あんな奴のことを友と思ったことはただの一度だってない。自分のイライラやストレスの吐き出し口を私に狙いを定めて、何か肌肉言わないことがあれば徹底的に叩きのめす。そのような奴のどこを友と思えというのか、私には全然理解できなかった。いっそのこと卒業文集を捨ててしまおうかと思ったが、そうしてしまうと、自分が大阪に住んでいたことを証明するものがなくなってしまう気がして、それだけはやめておいた。ただ、卒業文集を見るたびに息が苦しくなるし、辛い思い出がフラッシュバックのように頭の中によみがえってくるので、卒業してから息子が生まれて、私の卒業文集を眺めるようになるまでは、一切開くことはなかった。多分私が一生独身を貫いていたら、卒業文集を開くこともなかっただろうと思う。

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