第91話被害者の未来・加害者の未来
卒業式を目前に控えて、山口に引っ越す日時がだんだんと近づいてきて、相変わらず加害者からの謝罪はなく、私としてもこのまま黙って山口に引っ越していくのはどうなのか?という思いもあって、楢崎先生と校長先生を交えて、私の思いを聴いてもらいたいと思い、時間を取ってもらった。私としては、被害を受けた私が、非常に辛い思いを抱えてこのまま生きていかなくてはならないのが、やはり精神的に非常にしんどいのと、私の家族も含めて、何もかも失って引っ越すのに、加害者側は何も賠償することもなくそのままぬくぬくと生活を続けられているのが納得いかない。なので弁償してもらいたい。裁判に訴えて、謝罪と私が受けた被害に対する補償を請求したいと思っていると話したのであるが、
「加害者にもこれから幸せに生きていく権利がある。リンダ君にも未来があるように、加害者にも未来がある。だから、訴えるというのはやめて、今までのことは忘れて、山口で幸せに生きていくことを考えた方がいいんじゃないか」
という校長先生の話であった。楢崎先生も
「リンダの悔しい気持ちや苦しい気持ちはよくわかる。でも裁判とかになったら、本当に大変やぞ。裁判とかで精神的に疲弊するよりも、これから先、楽しく生きられるように考えた方がいいと思う」
ということであった。奴らの未来があるのもわかるし、間違ったことをしっかりと反省して、やり直すことも大切かもしれない。でも、私は被害を受けた側である。被害者の未来・俺の未来はどうでもいいのか。何も謝罪もされずに、怒りの感情や、恨み憎しみ辛みをかかえたまま、これから先、長い年月を生きて行けということなのか?そう思った。結局学校という組織は、いじめ被害を受けてもなかったことにしたい・握りつぶしてしまいたいという考えが働くのだと、私はそう感じた。
この思いは、旭川で起きた女子中学生がいじめ被害を受けたのも関わらず、学校側がいじめの事実を認識しながら、被害者のご遺族に対してあまりにも無礼な態度を取り、警察などに通報することもせず、悲惨な結末を迎えた事件があったが、この事件を見聞きして、私がいじめ被害を受けたおよそ40年前と、何も変わっていないということを痛感した。いったい何人の子供がいじめ被害に苦しみ、つらい日々を過ごし、自らの命を絶たなければならないのか。被害者には夢を見ること、自分の将来を思い描くことも許されない状態の中で、数々の暴力や暴言を浴びせかけておきながら、何のお咎めもなくのうのうと暮らしていけるのは、やはりどう考えたっておかしいと思う。フランスなどではいじめ加害者に対しては、未成年であっても非常に厳しい処分を受けることになる。加害者の方が転校させられたり、被害者と接触させるのを禁止させたりする措置が取られる。私も被害者の一人として、加害者に対しては重いペナルティーを科してほしいと心から思う。私はもうこれ以上いじめによって自らの意土地を立ってスしまうという、哀しい事件が起きないように、少年法を改正し、重い罰則を加えて、子供がまだ14歳以下なのであれば、親が被害者に対してきちんと賠償を果たすようにしなければならないようにしてもらいたいと思う。そして子供が親の保護下から離れた時点で、子供にその代償をきちんと支払わせるようにしないと、被害者が本当に浮かばれないって思い私である。
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