第81話清川の転校

 そんなある日、清川の転校が発表された。T市の隣町に引っ越すという。その引っ越しの理由は私にはわからなかったが、おそらく何らかの家庭の問題があったのだろうと思う。私にとっては天敵が一人いなくなって、少しはいじめもマシになるかと思っていたのであるが、そうは甘くなかった。あくまでいじめの首謀者は渡部と増井だったからである。相変わらずひどい暴力や罵声罵倒は、それが6年4組では当たり前の日常の一部であるかのように続いていた。私を支えていたのは、

「あと4か月ちょっとで、もうこいつらの顔を見なくて済む」

という思いであった。自殺しかけた私であるが、よくよく考えてみれば、こんなろくでもない奴のために自分の命を絶つのはばかばかしいとも思えていたので、絶対にこいつらに何を言われようが、何をされようが、絶対に生き抜いてやる。そういう思いであった。

「あんたさぁ、なんでこんなことされてまで毎日学校に来るん?マジで迷惑なんやけど」

と言う渡部。私は

「俺は何があってもお前らには負けへん。絶対おまえらが俺をいじめたことを後悔させてやる」

そう言い返すと

「ほぉ。ええ根性してるやん。もっと殴られへんとわからんのやな」

「俺と話したら口が腐るんちゃうんか。だったら一一俺のとこにくんなや」

そう言うと渡部は

「マジでこいつむかつくわ。殴り倒したろ」

と言って、私に殴りかかろうとしていた。それを偶然見かけた大森と西山が

「薫ちゃんさ、もういい加減やめときや。うちらそんなん見るの嫌やねん。なんでリンダ君だけに暴力振るわんとあかんの?」

と言って止めに入った。私は渡部が何を言おうと、何をしようと、もう負けない・死ぬことは考えない・絶対に生き抜いてやる。そう思っていたので、渡部が殴りかかってきても別に怖いという思いはなかった。ただ、渡部がこれで加害行為をやめたわけではなかった。今、私が抱えていた感情は

「俺らの生活を滅茶苦茶にしやがって」

という思いであった。恨み・憎しみ・怒り…。渡部や増井たちに対して抱いていたのは、それだけであった。

 渡部たちに絶対に負けないと心に誓った私であるが、やはり殴られたり、蹴りを入れられたりしたら物凄く痛い。

 11月の終わりごろであっただろうか、あまりの激しい暴力に耐えかねて、私は怒りに任せて教室にあるいすや机を渡部や久保・中井・天田たちに思いっきり投げつけたことがあった。私が投げた椅子の脚が渡部の顔面に命中し、渡部は痛みに顔をしかめながら

「何すんねん。痛いやろうが」

と凄んできた。天田が職員室に駆け込んで、楢崎先生を呼んできた。どうやら私が何のに理由もなく、突然暴れだしたと告げたらしい。先生が教室に入ってくると、散乱した机やいすを見て驚きの声をあげて

「何があったんや」

と言ってきた。渡部は

「私たちは何もしてないのに、リンダ君が突然私らに椅子とか机を投げてきた」

と言っていた。私は渡部たちから散々暴力行為を受けてきて、それに耐えきれなくなってこういう結果になったということを話した。先生は

「どっちが先に手を出したんや」

と言うと、渡部が

「リンダ君が先にやってきた」

と言っていたが、渡部たちにとって計算外のことが起こった。そう、渡部が私に先に暴力行為を働いていたのを目撃したクラスメイトがいたのである。それが星田であった。先に帰ったはずの星田であったが、帰る途中で教室に忘れ物をしたのを思い出して教室に戻ったときに、渡部が暴力行為を目撃したそうである。これで渡部や天田たちの言っていることが嘘で塗り固められたでっち上げであるということが立証されて、私は特に何も言われることはなかった。渡部や天田たちには

「なんで嘘つくんや。嘘つきは泥棒の始まりや。お前らは将来犯罪者になりたいんか‼」

などときつい怒声を浴びせられていた。

 渡部たちにとっては、まさか私が反撃して来るとは予想もしてなかっただろう。私が投げつけた椅子が顔面を直撃した渡部は顔を腫らして保健室に行くことになったが、保健室の永田先生からも自分たちがやったことに関してきつく注意されたという。このことは楢崎先生から加害行為を働いた全員の家に連絡が行っていて、何らかの動きがあるのかもしれないと思ったが、渡部や天田・浜山や中井・増井たちの親からは何の連絡もなかった。自分たちの子供がやってきたことに対して、謝罪の言葉とか一切なかった。こいつらの親の基本的に直接私の家に来て謝罪するとかの行動はなかった。

 本来なら保護者と言う立場上、子供が成人するまでの間、子供が行った行為に対しては、保護者が責任を負うべきであるが、こいつらの親には一切そういった考えはなかった。


 翌日、椅子の脚が顔面を直撃した渡部は、顔にかなり大きな絆創膏を貼って、顔を晴らした状態で投稿してきた。そして、机やいすは、先生が昨日教室内で起こったことをみんなに考えさせるために、そのままの状態にしてあったので、学校に登校してきた皆は

「いったい何があったんや」

などと口々に言っていた。やがて先生がやってきて、昨日起こったことをみんなに話し始めた。渡部や天田たちが私に最初に暴力をふるったこと。そして私がその暴力に耐えかねて反撃したこと。渡部に私が投げつけた椅子の脚が当たったときに、職員室に駆け込んでいった天田がうその証言をしたことなど、事の顛末が詳しく話された。そのうえで皆はどのように思うのか話を聞くというのである。しばらくの間、重苦しい沈黙が教室の中に流れる。そんな中大森が一番最初に手を挙げて発言した。

「椅子を投げつけてけがをさせたリンダ君もいけないと思うけど、一番最初に暴力をふるった渡部さんたちが一番悪いと思います。そして、責任を逃れるために嘘の証言をするのもいけないと思います」

そう自分の意見を発言した。それに対して反論が出る

「いくら先にやられたからって、ケガさせてもいいのかよ」

と言う意見が出た。それに対してさらに反論が出る。

「渡部さんとか増井君とかは、6年生の最初のころからずーっと、リンダ君に暴力をふるっていて、そっちの方が悪いんちゃうんか」

「でも、渡部たちも何の理由もなしにリンダをいじめてたんちゃうやろ?いじめられる方にも原因があるんちゃうんか」

「じゃあ、いじめられる原因があるからっていじめてもええんか」

様々な意見が出た。皆の意見を聞いていた大森が再び手を挙げて発言した。

「たとえリンダ君にいじめられる原因があったとしても、それを理由にいじめていい理由にはならないと思います。私は皆で笑って卒業式を迎えたいです」

それまで静かに議論の成り行きを見守っていた楢崎先生が口を開いた。

「皆授業で基本的人権については習ったよな。いじめという行為は、いじめられている人の人権を認めない、最低最悪なことなんやで。皆も自分の人権が守られへんかったらどんなや?明るく幸せな生活が送れると思うか?皆に基本的人権があるように、リンダにもみんなと同じように大切な人権があるんや。お前らにその人権を踏みにじる権利うなんかあるんか?そんなんは犯罪者がやることや」

そう言い聞かせていた。渡部たちもこの時ばかりは神妙な面持ちで先生の話を聞いていた。これまで、ここまで自分たちがやっていたいじめ行為をこれほどまでに糾弾されることはなかったのである。渡部や天田たちからみれば

「なんで自分たちばかり責められなければならないのか。椅子を投げつけてきたのはあいつじゃん」

という思いが頭の中にあったのではないだろうか。ここまで糾弾されてもいじめ行為をやめることはなかった。

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