第7話妹誕生

 3月になると、母のおなかはすっかり大きくなり、赤ちゃんが中から蹴る様子も、目に見えるようになってきた。春の気配とともに、新しい命が確かにそこにあることを、子どもながらに感じていた。


 やがて三学期の終業式を終え、春休みに入ったある日。桜のつぼみがほころびはじめた頃、母が出産のために入院した。そして3月31日、妹が生まれた。


 その日、父はどうしても仕事を休めず、家にいたのは私と姉だけだった。電話が鳴り、姉が受話器をとった。


「女の子が産まれたって」


 姉が私にそう伝えると、私は少し黙ってからつぶやいた。


「……俺、弟がよかったなぁ。でも、妹でも……うん、よかった」


 嬉しいような、そうでもないような、不思議な気持ちだったけれど、なんだか胸の奥がぽかぽかしていた。そのまま二人で、近所のおばちゃんたちに「妹が生まれました」と知らせて回った。風はまだ少し冷たかったけれど、春の光がやさしく差していたのを覚えている。


 次の日、姉とふたりで赤ちゃんを見に行くことになった。病院は家のすぐ近くで、子どもの足でも歩いて行ける距離だった。受付で母の名前を伝えると、案内されて病室へ。そこには、母の腕に抱かれた、小さくてふわふわの赤ちゃんがいた。


 母のおっぱいを一生懸命に吸っている妹の姿を見て、「生きてるんやなあ」と思った。名前は、生まれる前から決まっていたそうで、母が教えてくれた。3人目ということもあってか、母の抱っこはすっかり慣れた手つきだった。


「抱っこしてみる?」と母が私に声をかけたけれど、私はちょっと怖くて、ためらった。


「なんか怖い。落としたらあかんし……」


 結局、そっと妹の小さな手を握るだけで精一杯だった。その手は、まだ温かくて柔らかくて、まるで春のつぼみみたいだった。姉はしっかりと首を支えて、上手に抱っこしていた。


 父も、仕事帰りに病院に立ち寄って、妹の顔を見に行ったそうだ。生まれた当日にも病院に来たけれど、そのときはまだ保育器の中で、抱っこはできなかったと聞いた。


 数日後、母が妹を連れて退院してきて、いよいよ家族6人での暮らしがはじまった。春休み中だった私は、赤ちゃんが珍しくて仕方がなくて、寝ている妹にちょっかいを出しては、


「起こすな!」とよく注意された。


 それでも、家の中にはふんわりとした幸せの空気が流れていて、妹の泣き声さえも、春の訪れを知らせるように感じていた。


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