第6話




§



 とは言いつつ、小米ちゃんとの関係はそれからも続く――続くと言っても、小米ちゃんが一方的に声を掛けるだけで、実くんの方からなにをしてるという訳ではないのだけど。



 キャンパス内ですれ違う時や同じ講義で居合わせた時に小米ちゃんの方から声を掛けてくれるといった、知り合い程度の距離感ではあるけど、二人は一定の関係性を保っていた。



 挨拶程度しか接触のない二人だけど唯一、前に一緒に並んで受けていたあの講義だけは今も隣同士、一緒に講義を受けている。。

 前はたまたま実くんが遅刻した事で小米ちゃんと一緒に講義を受ける事になったけど、あの日以来、一緒の講義を受けているのだと知った小米ちゃんは、実くんの姿を見つけると相席を求めるようになった。



「この講義に友達は誰もいないんですよね」



 相席する理由に、小米ちゃんはそんな事を言っていた。 逆に、友達がいたら一緒には受けてないんだろうな、とマイナス思考の実くんは思うに違いない――現に小米ちゃんと一緒の講義は他にもあるけど、それらは小米ちゃんは友達と一緒に受けているし。



 でもそれに不満に思うでもなく実くんは相席を受け入れる。一人で講義を受ける事に慣れている君からすれば、誰か増える分には抵抗ないようだ。



 始めのうちは、会話が多い訳ではかったけど、回数を重ねるにつれ、少しずつ距離を縮めていき、次第に講義の合間に喋る回数も増えてきた。



 喋る内容はとりとめもなく、取るに足りないものではあったけど、普段、人と喋る事の少ない君にとって小米ちゃんとの会話は新鮮で、段々と気を許してきているのが、口調から感じ取れる。



 そして実くんの変化はそれだけに留まらず、君が小米ちゃんを見つける頻度が、次第に増えていく。



 まるで、覚え立ての単語を頻繁に目にするようになるカラーバス効果のように、君の視界に小米ちゃんを捉える機会が、明らかに増える。



 それは君が、小米ちゃんを意識しているからに他ならない――君は、小米ちゃんの事が気になっている。








 講義終わり、小米ちゃんと一緒にお昼を食べる事になった。

 例の如く彼女はお弁当を持参していたので、実くんだけ食券を買いに行く事に。

 その間、小米ちゃんは席を確保しに向かった。



 実くんは食券機の前に立つと、少し悩みながらうどんとおにぎり一つと渋いチョイスをしてお金を払い、カウンターへ向かうと数分後、料理を受け取り、トレイに乗せて小米ちゃんの待つ席を探す。実くんがキョロキョロしてると視界の奥で手を振る彼女を見つけてすぐ向かう。



 小米ちゃんは長テーブルの端の席を確保していた。



「席取ってくれてありがとう」

「いえいえ」



 軽いやりとりをしながら小米ちゃんの向かいの席に君は座る。座ってすぐに水を取ってくるのを忘れたのに気付いて立ち上がろうとするけど、手元にはコップがあって、すぐに小米ちゃんが汲んできてくれたものだと知れる。



「それ先輩の分です」と、二つある内の一つを実くんに差し出す、君はありがたく受け取る。



 実くんは一口、水を含んでからうどんを啜る。ワカメしか具の入っていないうどんを啜る実くんを見て、小米ちゃんがポツリと漏らす。



「うどんとおにぎりって、おじいちゃんみたいなチョイスですね」

 小米ちゃんは会話の取っかかりとして、実くんの昼食にちょっかいを掛けると、君は「元々、食が細い方だからね」



 と、ますますおじいちゃんみたいな事言ってるよ。



「食べないと元気にならないですよ?」

「まるで僕が元気ないみたいだね?」

「桐崎先輩って、あんまり覇気を感じないですよね」

「落ち着いてるだけだよ」

「だといいんですけど」

「含みのある言い方・・・・・・」

「えー、だってー」



 小米ちゃんは言いながらクスクス笑う。些細なやりとりだけど、ちょっとした事に面白みを感じたのか、小米ちゃんは楽しげだ。



 実くんはあまり喋る方じゃないけど、自然と小米ちゃんのペースに引っ張られている感があって、お互いに会話の歩調が合うから小気味のいいリズムで心地の良い雰囲気が二人の間に漂う。



「桐崎先輩、肌の血色を見ると、ちょっと心配になるっていうか。ちゃんとご飯食べてます?」

「食べてるでしょ?」



 言いながらうどんを啜る。

 そういう事じゃない。そういう事じゃないけど、君は言う冗談を。小米ちゃんとのやりとりに君も愉快な気持ちになってるのだろうか。



「桐崎先輩が冗談言った」



 小米ちゃんも少し意外そうにしながら、笑みを浮かべながら茶目っ気めかして冷やかしを入れた。

 すると君も、つられて控えめに笑う。

 確実に近くなる距離感。

 でもすぐに君は素に戻り、気を取り直してうどんをちゅるると啜った。



「でも気をつけないとダメですよ? 冬は風邪を引きやすいですから。それにインフルエンザもありますし」



 小米ちゃんは尚も話題を続け、心配を挟む。



「先輩、一人暮らしなんですから風邪とか引いたら大変ですよ。自炊とかちゃんとやってます?」


「してるよ。野菜炒めたりとか」

「それ前も言ってましたね。でも流石に毎日炒め物は味気なくないですか?」

「食事にこだわりないんだよね。毎日同じものでも別になんともないよ」

「食事は心の栄養補給でもあるんですよ? 同じものばかり食べてたら感性が萎みますよ?」



 意外と洒落臭い事を言うんだね小米ちゃん。

 しかし実くんはそこには触れず、肩を竦める。



「ならもう手遅れだ」

「諦めないで下さい!」



 声を大にして小米ちゃんは言う。そして気を遣ったように「倒れたりしても知りませんよ?」とお節介。



「だいじょ・・・・・・」

「若いから大丈夫とか思ってたら、足を掬われますよ?」



 実くんの言おうとした事を先回って言い、釘を刺す小米ちゃん。

 してやったり、とまではいかないけど、見透かしてやったぞ、という気持ちは表情から見て取れた。



 でも別にそれで実くんは不服に思う様子はなく、さして取り合う様子もなさそうに食事を進める。

 言っても若さに勝る薬はない。

 君は適当に話を聞き流し、どこ吹く風といった様子だった。




 けどその風は君の元へとやって来る。

 風邪を引かしにやって来る。

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