五.同年 霜止苗出④
国主の弟君の屋敷に忍び込み、門を出る寸前で雑兵に見つかったさくらは、その素性を知った彼らによって、居候している
まずは母の小言に出迎えられたが、家長の父は別格として、縁起の悪い双子を庇ってくれた彼女にばかりは頭が上がらない。母が頑強に逆らわなければ、さくらは里子に出されるか、運が悪かったら殺されていたかもしれなかった。
……たとえそれが、母子で城を離れて祖父の屋敷に預けられている理由のひとつだとしても。
逆らった理由についてはさくらも知らない。実は母も双子で、産まれてすぐに殺された妹に対する贖罪という無責任な噂もあったが、母は双子を守ったのと同じくらいの頑固さで口を割らなかった。国衆の娘ではなく国主の養女として嫁した正室だからこそ可能だった力業だろう。
神妙にやり過ごして部屋に戻り、赤御前を題材にした絵巻物を広げ眺めていると、そのうちに、先程の小言と似たり寄ったりの説教が襖越しに聞こえてきた。やがてそれも終わって、ほぼ同じ顔の弟が部屋に入ってくる。
「かえで。どこ行ってたの、おまえ」
「それはこっちの台詞だ。さくらこそ、いつ帰ってきたんだよ」
巴川からこの皆原城下の屋敷に連れ戻されて以降、二人には母から夜間外出禁止が厳命されていた。しかしかえでだけが、行方知れずとなっていた城主の一の姫とその乳兄弟が戻って来た様子を偶然見かけ、それがよく見知った顔であったというから、さくらもたまらず屋敷を抜け出したのである。出たのは夕刻だったが、結局戻りは夜になってしまった。
「わたしはおねーさんのとこ行ってたの。かえで一人だけ、二人が戻ってきたの見たなんて言うから、気になって」
「おれもおにーさんの様子見てきたんだよ。……にしても確かに、帰りを野次馬したときには、驚いたけどな」
かえでが広縁に出て胡坐を掻くと、絵巻物を巻き直したさくらもちょこりとその隣に座る。涼やかな風の向こうにはきらめく星々。
「しかもそれなら、わたしたちもおねーさんたちと一緒に戻ってこれたってことでしょ? 叱られ損じゃないの」
「まったくだ。なんだってよりによってあの日、九重の西端におれたちの顔を知ってる郎党がいたんだ」
悪態をつき、思いきり顔をしかめるかえでに、さくらもうんうんと頷く。戦禍を避けるという名目で、実際は徳永家の後ろ盾を得るための人質として八鍬国に預けられた城主の御子たちが、帰国の報せも供人もなく九重国内にいれば、事情を知る家臣は狼狽して当然だろう。しかし当の二人はそれを一切忖度していない。
屋移りした浪越の城で父と傳役に叱責され、居候する皆原の屋敷でも母に説教された二人はしかし、その台詞からも解るように、まったく懲りていなかった。大物なのか痴れ者なのか、「おねーさん」「おにーさん」に拐かされたことも、売り飛ばされる寸前だったことも、全然理解していない。だからこんな一言が出る。
「でも楽しかったー! にしても、よくあの掏摸がナントカ家のひとって判ったじゃない」
「ああ、……まあな」
「なんだ、聞きかじった噂取り敢えず言ってみただけか」
微妙な言い澱みを双子ならではの勘で読み取り、さくらはこましゃくれた仕草で肩を竦める。片膝に頬杖をつき視線を逸らしたかえでは反論しなかった。つまり図星である。
そんな弟の横顔を、さくらは気づかれないようじっと見つめる。
九重国内の騒乱は収まったものの、父が正室とその双子を国許に呼び戻す便りはまだない。双子は不気味だから、そのまま捨て置かれても仕方がないと当初は思っていたが、どうやら風向きは変わりつつある。
今も寵の厚い側室の産んだ庶兄は、最後の
だから別れの日が来るまでは、時に危なっかしいことを淡々と行うこの弟を、姉の自分が庇ってやらなければと思う。
気持ちを切り替え、さくらは嬉々として次の話題に移る。
「じゃ、次はこれの『御殿炎上』
先程眺めていた絵巻物を持ち出し、にんまりと笑う。しかしかえでは今度は抗議した。
「なんでだよ。おまえが御前なら、おれは
「だってそれじゃ、炎上する城から逃げ出さなきゃいけないじゃない」
台詞だけでなく状況の再現にもこだわるさくらは苦言を呈する。しかし。
「庭で屏風一、二枚くらいなら大丈夫だろ。この前の宿駅で、煙を大きく出す要領も掴んだし」
「そっか。それもそうね」
かえでが後先考えない恐ろしいことを平気で口にすると、さくらも細かいことは気にせず平然と同意した。
「だけどいっつもおまえは、無茶な場面ばっかり。合わせるこっちの身にもなってよね」
「わかってる。おまえのことは、おれが守るから」
偽りなくまっすぐな声音、眼差し。たとえ世界が敵に回っても、かえでだけはさくらの味方だと信じているし、さくらもかえでの味方をすると心に誓っている。
久凪家の
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