五.同年 霜止出苗(しもやみてなえいず)①

 星が出てきた。


 それを城下の叔父の屋敷の広縁から、桜は虚ろに見上げる。


 八鍬国に連れ戻されてから、桜はそれまで暮らしていた城内の殿舎ではなく、城下で最も大きなこの屋敷での謹慎を言い渡された。輿入れまでは一切の外出を禁じられ、隣の控えの間では今も侍女たちが監視の目を光らせている。


 侍女、と言っても、勿論美弥ではない。罰を下されることだけはどうにか阻止したものの、追い出されるように東部の何某氏に嫁がされてしまったのだ。……もう会うこともないだろう。


 そして朝景も。同じく城下の国東屋敷に留め置かれ、沙汰を待っている。多分実家の志水に戻されることになると思われるが、そこにも身の置き場はないだろう。出家するか、浪人となるか。いずれにしても、こちらもやはり、二度と会えまい。


 目頭にじわりと滲むものがあり、慌てて桜は堪える。すべて自分が悪いのだから。自分の役割から逃げようとせず、素直に青砥家へ輿入れしていれば、同じ別離にしても、胸は苦しくても痛むことはなかった。


(――――私は、徳永の姫だから)


 だから青砥家へ嫁ぐ。綺麗な打掛や豪勢な食膳、化粧の道具に薫物の香。侍女や遊女のように働かずとも手に入るそんなものと引き換えに、それが自分に課された役割だから。


 瞼の裏に由比家の末裔の輪郭が浮かび、置屋の女将、運命を享受した少女の背中が浮かぶ。……自らの浅慮で、この国に戦火を呼び込んではならない。


 少し我慢すれば、矜持に目を瞑ればいいだけだ。正室のような責務もなく、無為に余生を送れる。


 書物からは膨大な知識を得た。だが歩き巫女に容易に騙され、数多の血が流れた古戦場で悼むどころか心弾ませていた自分が、いったい何を知っていたと言うのだろう。


「……だから、これでいい」

「――――本当に?」

「!」


 出し抜けに割り込んできた声に息を呑み、その姿に更に目を瞠る。


「さっ、さくら?」


 声を潜めて名を呼ぶ。巴川で消えた双子の片割れが、庭の潅木の陰からひょこりと顔を出し、濡縁に腰掛けた。桜は襖の向こうを気にするが、控えの間の侍女たちは、すっかりおとなしくなった一の姫に気が緩み、話に花を咲かせていて訪問者に気づく様子もない。


 予測不能にも程がある。しかし、どうやってここへ来たのか桜が問うより早く、さくらは達者な口調で言った。


「おねーさん顔暗いよ、せっかく美人さんなのに。しかも美人さんなだけじゃないのに。勿体ないなあ」

「私は……」


 積極的な理由で出奔したのではない。側室として嫁ぐのが嫌だっただけだ。けれどもそれでは駄目だと思い直したからこうして――――。


「まあ、楽なのと、楽しいのとはまた違うよね」


 会えてよかったと言い残すと、さくらは身軽に濡縁から降り、同じく軽やかな足取りで庭先の闇の向こうへと駆けていく。訪れが唐突であれば去るのも突然だ。


「………………」


 赤い小袖が消えたその先を、桜は随分と長いこと凝視していた。

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