壱.図南の桜
一.乙亥年 雀始巣(すずめはじめてすくう)①
轟音響く闇を前に、
あまりの衝撃に、前にも後ろにも動けない。声も出ない。手の松明を落とさなかったのが不思議なほどだ。
枝葉の繁る闇の向こうには、昨日までの雨で水嵩も勢いも増したままの
だから言ったのだ。闇夜に乳兄弟と侍女だけを供に出歩くなど、いくらなんでも軽率に過ぎると。まして、輿入れを間近に控えた大切な御身であればなおのこと。その上、理由が「
鬼は
しかし女主人は、「八鍬の童形の鬼ということは、かつて
山奥に不自然に建つ御殿、そこを訪れた者は、富や権力など、望むものを手に入れられるのだという。しかし国主の正室を母に持つ才色兼備のうら若き姫君に、怪しげな伝承に縋らなければ手に入らないものなどあるのだろうか。
けれども、時に「
だが――――その結果が、これだ。
見えなかった分、鮮明に耳に残っている。土が崩れ、滑り落ちる音。甲高い悲鳴、鈍い水音。凍りついた美弥に松明を押し付け「美弥殿は
そうして、美弥ひとりが残された。
「――――あ、あ……、ひめ、さま。
ようやく、引き攣った声が出た。
歯の根は震え、足許も覚束ない。それでも自然と、一歩後退る。
一歩動ければ、あとは簡単だった。呪縛から解き放たれたように身を翻し、唯一の灯りである松明を恃みに城へと駆け出す。
「……っ、だっ、誰か! 誰か!! ひめさまが、姫様が――――!」
やがて夜が明けたのち、下流で岸にあがった
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