第23話 今度こそ、二人で②

****


 金色の草の生えたエリアを抜けた先は……先ほどまでと同様、砂混じりの強風が吹くゴツゴツした赤褐色の岩場でした。

 地面にはあちこちに深い亀裂が入っていて……うっかり落ちたら、大変なことになってしまうのは明白でしょう。

どうやら先ほどまでの金色の泉の周辺は、砂漠の中のオアシスのような珍しい場所だったようです。

「うぅ……すごい風……」

 薄ピンクの小さな生き物が飛ばされないようにギュッと抱いて、ショースケは前へ進んでいきます。

 この辺りは超危険なモンスター、オンガイルゴンの生息地でもありますが……それについてはショースケには秘策があります。

 エッグロケットの奥の奥に手を突っ込んで、ショースケは緑色のリボンが付いた白い小袋を取り出しました。

 これはあの日、スイと二人でオンガイルゴンに襲われたとき、ふいに空から降ってきて二人を助けてくれた謎の小袋です。

 どうやらオンガイルゴンは、この袋から出ている成分を感知すると、まるでマタタビを吸ったネコのようになってしまうようで……これさえあればきっと、いや……多分、襲われることは無いんじゃないかとショースケは思っているわけです。

「みゅーみゅーみゅー」

「わ、どうしたの急に鳴いて……これが気になるの? ダメだよ、大事なものだから!」

 小さな生き物が小袋目掛けて、ショースケの腕の中から出ようと暴れるので、落ちないようにもう一度ギュッと抱きしめます。

「うーん、それにしても親らしき生き物も見当たらないなぁ……風も強まってきたし、この辺りが限界かも。でも……」

「みゅー?」

「君をここに置いていったら、あのオンガイルゴンにやられちゃうかもだもんね。君とってもやわらかそうだし……固いオンガイルゴンに襲われたら一溜まりもなさそうだもの」

「みゅーん?」

 小さな生き物は笑って、ショースケの手に擦り寄りました。

「ふふ、何にもわかってないみたいだね。それにしても……可愛いなぁ。そうだ! このまま親が見つからなかったら、いっそ本部に連れて帰っちゃおうかな?」

「みゅみゅみゅ?」

「うん、それがいいね! そうしよう!」

 ショースケが小さな生き物に頬ずりして、あと少しだけ進もうと前を向くと……


 突然、ズシンズシンと大きな足音が聞こえてきました。

 砂嵐で視界が霞んでよく見えませんが……何やら大きな生き物の大群が近づいているようです。

 この辺りに生息している大きな生き物と言ったら……

「オォオオオオオオオオン!」

 濃いピンク色のブツブツした肌、太い手足に生えた黒くて恐ろしいほど長い爪……そう、オンガイルゴンの大群です!

「うわぁあああああああっ⁉ えーと、えーと!」

 蘇るトラウマを必死に飲み込んで、ショースケは緑のリボンの付いた小袋を掴んでオンガイルゴンに向けました。

 ……オンガイルゴンたちは少しずつショースケに近づいて来ます。

 小袋を持つ手はブルブル震えて、今にも零れそうな涙をぐっと堪えて……それでも、もう一方の手で小さな生き物をギュッと抱きしめたまま、ショースケは前を見据えていました。

 すると……

「オォオオォン……」

 オンガイルゴンたちは皆、突然その場にゴロゴロと寝転がり地面に擦り寄り……まるで酔っ払ったようになってしまいました。

 ショースケはガクガク震える膝を折って、その場にお尻を付けてぺたんと座り込みます。

「うぅううう……よ、よかったぁ……効かなかったらどうしようかと思った……」

 力が抜けて、手の力が緩んでしまい……抱いていた小さな生き物が地面にぽとりと落ちてしまいました。

「あ。ごめんごめん……君にも怪我が無くてよかったって……あれ?」

 ……小さな生き物は目の前のオンガイルゴンたちと同じように、体を地面に擦り付けてゴロゴロ転がり始めます。

「その動き……え、え? 君ってもしかして……」

 ショースケは大きなオンガイルゴンと小さな生き物を交互に何度も見て……

「……オンガイルゴンの子ども⁉」

「みゅーん」

 嬉しそうに鳴いている小さな生き物を抱き上げて、ショースケはその体をジロジロと観察します。

「え、え⁉ 体の色も違うし、爪だって……そもそも手足だって無いのに⁉ こんなにやわらかくてまん丸なのに⁉」

 どう見ても信じられませんが……あの小袋がオンガイルゴン以外の生物にも効く、という可能性もありますが……確認してみるしかありません。

「あのー……もしかしてこの子、君たちの子ども?」

 ショースケは恐る恐る、オンガイルゴンたちに小さな生き物を差し出してみるものの……オンガイルゴンたちは小袋の効果で、それどころでは無いようです。

 バクバクと鳴る心臓を抑えながら……ショースケは小袋をエッグロケットの中に仕舞ってみました。

 するとオンガイルゴンたちは、徐々に正気を取り戻して立ち上がって来ます。

「あ、あのぉ……」

 ……オンガイルゴンたちが一斉に、ギロリとショースケを睨みます。

「こ! この子……君たちの子⁉」

 震える手で、ショースケは今一度、小さな生き物を差し出しました。

「みゅーん」

 小さな生き物が、そう一声鳴くと……

「オォオオン」

 一体のオンガイルゴンがゆっくりと近づいてきて……小さな生き物に愛おしそうに顔をくっつけたではありませんか。

「みゅーん!」

「オーン」

 オンガイルゴンは優しい声で鳴くと、小さな生き物のやわらかい肌を咥えて持ち上げました。

……そうこうしている間にオンガイルゴンとの距離は三十センチも無くなっていますので……ショースケはもう口からいろいろ出そうなほどドキドキですが、なんとか平静を装ってみせます。

「や、やっぱり君たちの子だったんだね……! じゃ! じゃあ僕帰るね!」

 オンガイルゴンたちに背を向けて、ショースケは一目散に走り始めました!

 ……後ろでやけにオンガイルゴンたちが大きく鳴いていますが、ショースケはそれに構っている場合ではありません。

(いつ気が変わって僕を追ってくるかわかんないもの! 早く逃げないと!)

 ろくに前も見ずに必死に足を動かしていた、その時。


 突然、大きなオンガイルゴンたちも体勢を崩す程の強風が吹きました。

 軽いショースケの体は、足を取られてふわりと浮かび上がり……

「わ、わわっ⁉」

 そのまま数メートル吹き飛ばされて、その先は……



「いったたた……一応、無事、みたいだね……」

 あちこちが痛む体を摩りながら、ショースケは遠くに見える空を見上げます。

 ……どうやら、地面に入っていた大きな亀裂の中に落ちてしまったみたいです。

 岩壁同士の隙間が少し細くなっている部分で、ショースケの体はなんとかギリギリ止まっているようで……

 びくびくしながら下を見てみると、底が見えないほど深いのです……ショースケはゴクンと唾を飲み込んで、もう一度上へと目を向けます。

「どうしよう、急いでここから出ないと……!」

 落ちた深さは三メートルほどでしょうか。

 ショースケはとりあえず登れないかと岩壁を掴んでみますが……亀裂が入って脆くなっているのでしょう、すぐにボロボロと崩れてしまいます。

 上からは小さな石や砂がまばらに降ってきていて、この場所もそう長くは持ちそうにありません。

「そうだ! スカイボードを出して飛べば……」

 ショースケはポケットに入れていたエッグロケットに触れましたが……はて、こんな脆くて狭い隙間でスカイボードのような大きなものを出してしまったら、恐らく……?

 ……その先は怖いので、ショースケはそこで考えるのを止めました。

 細い亀裂の隙間から赤い空を見上げて、小さく息を吐きます。

「……罰が当たったのかな。嘘ついてここまで来たから」

 ショースケの近くの岩壁が、また一部、パラリと崩れ落ちました。


****


 タカヤが眠る特別治療室の中では、もうずっとここに居るヒカルが、うつらうつらと船を漕ぎながら椅子に座っていました。

 ドアが自動で開いて、冷たい飲み物を二つ手に持ったライトが入ってきましたが……どうやらヒカルは眠っていて気が付いていないようです。

「ヒカル君? 飲み物持ってきたよ……あれ、寝てるの」

 ライトは無理に起こすこともせず、ヒカルの隣に腰掛けると飲み物の蓋を一つ開けて飲み始めました。

 ……目の前の大きな透明なボールの中では、やっと人の形を取り戻したタカヤが眠っています。

 嫌でもあの日々を……どうやってもタカヤが目を覚ますことが無かったあの時間を思い出してしまって、ライトは頭を抱えました。

 ……立ち上がって、透明なボールにそっと手を添えて。

「どうして君は……いつもそんな無茶をするんだ。どうしていつも……僕に何も言ってくれないんだ」

 じわりと熱くなる目頭を押さえて、ライトは鼻を少し啜ります。

「僕は君が……タカヤ君が居てくれるだけで十分なのに」

「ん……んー?」

 ……どうやらうたた寝をしていたヒカルが起きたようなので、ライトは後ろを振り返りました。

「ヒカル君おはよう。疲れてるだろ? ここは僕が見てるから部屋で休んで来たら?」

「あ……ライトおに……あわわ、ライトさん! 来てたんだ、ごめん気が付かなかった」

 ヒカルはぼんやりした頭を冷まそうと、首をプルプル振ります。

「あ、飲み物ありがとう! 俺の好きな味だ、いただきます!」

「ふふ、昔からヒカル君この味好きだよね。ところで……タカヤ君の様子はどう?」

「うん、人の形に戻ってからは特に変化は無いよ……ってそれはそうか。それ以上の変化があったら困るよね。本当……助かってよかったよ」

 飲み物を持つ手を震わせながら、ヒカルはくたびれきった体で笑いました。

 

 そこへ自動ドアが開いて、これまた飲み物を持ったエイギスと、手ぶらの肖造が入ってきました。

「ヒカル? ヒカルの好きな味の飲み物を買ってきたわ……あら、もしかして被っちゃった?」

 ライトが買ってきたものと全く同じ飲み物を持ったエイギスは、紐のような細い手を顎の先に添えてクスリと笑います。

「大丈夫じゃエイギス、ヒカルなら二本ぐらい飲んでくれるじゃろ。さて……おおタカヤ、なかなか良い調子で回復しとるじゃないか」

 肖造は部屋の奥にズカズカと入って、たくさん設置された機械を触って調整していきます。

「起きるのは明日くらいになると思っておったが……これならもう直に目が覚めるじゃろうな」

「本当ですか⁉ よかった……!」

 ヒカルは二つの飲み物を両手に持って、ほっと息を吐きました。

 そんな時……


「大変です!」

 ツバサを抱いたルルが、血相を変えて特別治療室に駆け込んで来ました。

「タイヘン! タイヘン ナンダヨ! ショースケ ガ!」

 手足をバタバタ、触覚をグルグルさせながらツバサも大慌てです。

「ショースケ君がどうしたんですか⁉」

 ライトの問いかけに、ルルは泣き出しそうな顔で答えます。

「私たち、一階の搭乗口の近くで、ショースケさんを見ていないか道行く方々に尋ねていたんです。そうしたら……特級のバッジを持ったタカヤって地球人が、緊急の依頼を受けてさっき旅立ったって……!」

「何だって……⁉」

「タカヤ ノ バッジ ハ ショースケ ガ モッテタンダヨ!」

「しかも……場所は惑星ミッシェルのイアル山の近く、三級以上の隊員に向けられた仕事に行ったって言うんです! どうしましょうライトさん……!」

 目を潤ませたルルの肩を優しく支えて、ライトは声を上げます。

「僕が今すぐ迎えに行きます! 肖造おじさん、UFOを準備していただけますか!」

「待て、ライト。お前五級じゃろ……一人じゃ許可が出せんわい、ワシも一緒に行く」

 二人が足早に出口に向かって歩き始めると……


「待ってください」

 透明なボールが開いて、タカヤが目を覚ましました。

「……話は聞いていました、俺に行かせてください」

 すぐに立ち上がって出てこようとするタカヤを、ヒカルは必死で止めようとします。

「何言ってるんだタカヤ! やっと目が覚めたところだって言うのに……お願いだから休んでてくれ!」

「そうよタカヤ、貴方本当に危ないところだったんだから!」

 エイギスも一緒に言いますが……タカヤは歩みを止めることなく、そのままライトと肖造の前に立ちました。

「……コスモピースの力も安定しています、今なら問題ありません。お願いします行かせてください」

「そんな訳には行かないよタカヤ君。僕らが行ってくるから」

「それなら、俺も一緒に行かせてください」

 タカヤの目は真っ直ぐ、揺らぎません。

「俺なら惑星ミッシェルに着いてすぐ、この力でショースケの居場所が探知出来る。それに、何かがあってもすぐに対処できます。事態は一刻を争う可能性がある……お願いします、俺も連れて行ってください!」

「でも……!」

「ライト」

 肖造がライトの腕を掴んで、ライトのその先の言葉を止めました。

「……わかった、一緒に連れて行ってやる。ただし……絶対に無理はせんと約束してくれ。出来るか? タカヤ」

「はい……ありがとうございます!」

 

****


 惑星ミッシェルの黄色く泡立つ沼地の上空に、肖造とライトとタカヤの乗ったUFOはやって来ました。

 ……真下にはショースケが乗ってきたであろう赤いUFOが見えますが、肝心のショースケの姿は見当たりません。

「どうやらここに来とるのは間違いないようじゃな」

 宇宙警察の制服に着替えた肖造とライトが着陸のための操作をしている間に、タカヤはコスモピースの力を発動させて、ショースケの居場所を探ります。

 赤と青の星が輝く瞳を閉じて、意識を集中させて……温度、呼吸、音、匂い、全身の感覚をこの上ないほど研ぎ澄ませて、広範囲を探知します。

 タカヤの周辺の空気がバチバチと音を立てて煌めいて、その体を取り巻くように風が起こりました。

 ……何度見ても異様な、人間離れしたその光景にライトが思わず目を伏せていると、タカヤが口を開きます。

「いました、ショースケ!」

「本当かタカヤ! 場所を教えてくれ、そこへ向かう」

「はい! ……あれ?」

 肖造に返事をしたタカヤは目を閉じたまま、ギュッと顔をしかめました。

 確かにショースケの反応は見つけました、が……その周辺にある複数の生命反応は何でしょう。

 ショースケより大きくて……体温はかなり高い……それにこの、微かに感じる地面に響くような低い鳴き声……これは!

 タカヤは目を見開いて、まだ着陸していないUFOの扉を開いて飛び降りました!

「タカヤ君⁉ どこに行くんだ!」

 ライトの声も伸ばした腕も届かず、タカヤは体中に光を纏って、そのまま限界までスピードを上げて空を飛んでいきます。


(ショースケの周りにたくさんある反応……間違いない、オンガイルゴンだ!)

(頼む、間に合え! 間に合ってくれ!)


****


 辺り一面を、ふわふわの金色の草が覆うエリア。

 上空からオンガイルゴンの大群を見つけたタカヤは、急降下してその前に立ちはだかりました。

 間違いありません、ショースケの反応はここからしたのですが……その姿が見えません。

 ……最悪の可能性が頭を過って、タカヤはオンガイルゴンの大群を鋭く睨み付けました。

「ショースケを返せ」



 すると、一匹のオンガイルゴンがノシノシとタカヤに近づいてきて、大きく大きく口を開きます。

 その中には……

「あれ、タカヤ⁉ もう目が覚めたの⁉」

 みゅーみゅーと鳴くオンガイルゴンの子どもと戯れているショースケがいました。


****


 今から少し前、地面の亀裂に落ちてしまったショースケが諦めてしまおうかと思ったとき……長ーい長い、しっとりとした太い布のような何かがショースケの目の前に降りてきました。

「何だろ、これ……地上に続いてるみたい……」

 ショースケがそれをギュッと掴んでみると、その何かはショースケ諸共、シュルシュルと吸い込まれるように地上へ戻って行きます。

「わ、わ……僕、助かったの⁉」

 そのまま地上に出てきたショースケの目の前には……先ほどのオンガイルゴンの大群がいました。

 あまりの衝撃にショースケは意識が飛びそうになりましたが……さらに驚くべきことに、ショースケが掴んでいる何かは一匹のオンガイルゴンの口から……伸びていて……。

 それがオンガイルゴンの超伸びる舌である、と気がつくまでにそう時間はかかりません。

 ショースケが舌から急いで手を離すと……突然、その舌はまたニュルリと伸びて、今度はショースケの体を絡め取りました!

「え、え⁉」

 そしてオンガイルゴンはそのまま、ショースケを捕まえた舌を口の中に戻してしまいました……。

 口の中は薄暗くて湿っていて、強そうな歯が丸見えで……

(あ……僕食べられるんだ……)

 ショースケはそう思ったのですが、何やら近くで声が聞こえます。

「みゅーん!」

 なんとショースケが助けた、まん丸のオンガイルゴンの子どもも同じ口の中にいるではありませんか!

「あれ? 君、何でこんな口の中にいるの⁉」

 ショースケが驚いている間に、ショースケに巻き付いていた舌はいつの間にか解かれて……オンガイルゴンはどこかへ向かって歩き始めたようです。

 たまに開かれる口の隙間から覗いてみると……不思議なことにその方向はオンガイルゴンの生息地であるイアル山とは真逆で、ショースケがオンガイルゴンの子供と出会った金色の泉のある方向で……。

「みゅーんみゅん!」

 オンガイルゴンの子どもは嬉しそうにショースケに擦り寄ってきます。

「ねえ、もしかして……僕を送って行ってくれるつもりなの?」

「みゅんっ!」

 ……言葉はわかりませんが、何となく『そうだよ』と言っている気がしました。

「そうなんだ……ありがとう」

 ショースケはオンガイルゴンの子どもをぎゅーっと抱きしめます。

 ……生温かい口の中も、なんだか悪くないような気がして来ました。


****


 オンガイルゴンは伸びる舌で口の中のショースケを絡め取ると、タカヤの目の前にポンッと置いて離し、そのまま舌を口に戻します。

 ……ショースケとの別れが惜しいのでしょう、口の中でぐずる子どもをあやしながら、オンガイルゴンの大群は踵を返してその場を後にしました。

「またねー! ありがとー!」

 ショースケはその背中たちに大きく手を振った後、タカヤの方を向きます。

「タカヤもう体はいいの……って、あれ? 制服着てないんだ。コスモピースの力で大丈夫なの?」

 自分の制服に付いた泥を払いながら、ショースケは嬉しそうに続けます。

「そうだ! 僕お仕事して来てね、泉から金色の水取ってきて……」

「……何考えてるんだ」

「え?」

「だからっ……何でこんなことしたんだって言ってるんだ!」

 ……初めて見る、怯むほどの剣幕のタカヤに、ショースケは言葉が返せません。

「俺のバッジを使って、格上の仕事受けて……何かあったらどうするつもりだったんだ!」

「だって……」

「だってじゃない!」

「だってぇっ!!!」

 ショースケの目から、ずっと堪えていた涙が溢れました。

「だってタカヤが悪いんじゃんかぁあっ……! 僕に特級だって教えてくれなかった、調子悪いことも、他にもいっぱいいっぱい教えてくれなかった……僕はタカヤに秘密にしてることなんてほとんど無いのにぃい……!」

「それは……」

「わかってる! 理由があることわかってるけど……僕は、タカヤの口から教えてもらいたかったのぉお! コンビ……ううん、友だちだからぁあ!」

 ポロポロ零れる涙は止まらず、金色の草の上に露を落としていきます。

「僕がこの仕事を受けたのは……僕がもっと頼れる強い人になったら、タカヤもみんなも隠したりせずに喋ってくれると思ったから! 今度こそ、二人で……対等になれると思ったから! うわぁああん……タカヤの馬鹿ぁあああ!!!」

 ショースケがあんまり泣くので、タカヤは慌ててポケットからハンカチを取り出して涙を拭ってあげました。

「ご、ごめんショースケ……」

「謝って欲しいんじゃ無いっ! それにそれに! 僕……まだ言ってなかったのに!」

「言ってなかった?」

「タカヤが……コンビに、友だちになってくれてありがとうって自分勝手に言ってきて! 僕、まだ……『僕もだよ』って言ってなかったのにっ、勝手に……」

 タカヤの腕を、ショースケはギュッと、痛いくらいに掴みます。

「勝手に……居なくなろうとしないでよぉお……っ!」


 空から音が聞こえて、肖造とライトの乗ったUFOがゆっくり降りて来ます。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、ショースケはタカヤの腕を絶対に離そうとはしないのでした。


****


 本部最上階の真っ白な廊下を進んだタカヤは、肖造の研究室の扉を叩きました。

「おお来たか。どうじゃ、ショースケは寝たか?」

「はい……やっぱり疲れてたみたいで、すぐに寝ちゃいました」

「そうか……あの子には反省してもらわんといかんからな。起きたらみっちり説教じゃな」

 肖造はお気に入りの椅子にどっしりと座ります。

「さて……タカヤには聞かないかんことがあるな」

「はい、時目木町に来た……俺が相手をしたETのことですね」

 タカヤは立ったまま、話を続けます。

「やっぱり時目木池や惑星ミッシェルで見たETに似てましたが……どちらよりも強力でした。あれより強いのが来たら……今度こそ俺は勝てないかもしれません」

 眉を下げて、タカヤがいつものように申し訳なさそうに笑うのを、肖造は面白くなさそうに見ていました。

「相手の狙いはおそらく……コスモピースを、俺ごと壊すことだと思います」

「……壊す?」

「はい。相手は多分……もう一つのコスモピースを持ってて、それに唯一対抗できる手段を持つ俺が邪魔なんだと思います。だから一度にたくさんの力を使わせて、俺の体がコスモピースの力に耐えられなくなって壊れるのを望んでる……」

「……」

「……きっとまた、同じように攻めて来ると思います。その時は、俺がまた……」

「待て、タカヤ」

 肖造はじろりと目線を上げて、タカヤを見据えます。

「ワシは……確かにお前の力を狙って襲ってくるやつが現れるかも知れんとは言った。じゃが……もう一つのコスモピースの存在は、お前には明かしていないはずじゃ。何故知ってる?」

 ……それを聞いたタカヤは、突然へにょりと、年相応に笑って見せました。

「ごめんなさい、あの頃コスモピースの力の制御が上手く出来なくて……偶然聴力が上がって、その話が聞こえてしまったんです」

「……そうか」

「はい。あ、すみませんちょっと……」

 タカヤはズボンのポケットから、ブルブル震え続ける赤いポスエッグを取り出して握ります。

「……ごめんなさい、ショースケが俺を探してるみたいで。部屋に戻りますね」

「わかった……くれぐれも安静にするんじゃぞ」

「あはは、もう大丈夫ですよ。体調が悪かったのも、力を大量に放出したからか良くなりましたし。それでは、失礼します」

 タカヤはぺこりと頭を下げて、研究室を後にしました。



「……偶然聞こえた、か……」

 一人になった肖造は、天井を見上げてフーッと息を吐きます。

「嘘ばかり上手くなりおって」


****


「ショースケ、呼んだか?」

 タカヤが部屋の扉を開けると、ショースケはまだ大きな白いベッドの上で、ゴロゴロと気持ち良さそうに寝そべっていました。

「んぅうう……タカヤ、ここ来て……行っちゃだめ……」

 ……どうやら、かなり寝ぼけているようです。

「あはは、わかったよ」

 ショースケの隣にころんと寝転がったタカヤの腕を、ショースケはすかさずギューッと握ります。

「もう、居なくなっちゃダメ、だからね……」

 ……そのまま、ショースケはまた眠りについてしまいました。

 おだやかな、スースーという寝息が部屋に響きます。

 ショースケの目元は泣き腫らして真っ赤で……お仕事も頑張ったのでしょう、顔や手に小さな傷がいくつも出来ていました。

 そんな寝顔を見て、胸の奥がキュッと痛むのを感じながら……タカヤは少し甘い匂いがする真っ白なベッドシーツに頬を擦ります。

「ごめんな、ショースケ」


(ショースケは、俺に秘密なんてほとんど無いって言ってくれたけど……俺は……ショースケに秘密が無くなることは、きっと一生無いよ)


 寝返りを打って天井を見上げて、タカヤはポソリと呟きます。

「また、目が覚めちゃったな……」


(きっと、俺にまだ役目が残ってるからだ。このコスモピースの力を使って、もう一つのコスモピースを……それで、俺は……やっと)


 ……小さく笑って、タカヤはほんの少しだけ目を閉じてみるのでした。

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