第19話 ある晴れた日のこと

****


 長かった夏休みももうすぐ終わりを迎える、とってもとっても天気の良い日。

 タカヤは綺麗に掃除された自宅で玄関の上がり框に座り込んで、いつもの赤い運動靴を履いていました。

「ネー タカヤ、キョウモ イッチャウノ?」

 奥のリビングからお見送りにやって来たロボットのツバサはちょっと不満そうです。

「サイキン タカヤ オシゴト バッカリ ダッタカラ、ボク サビシイヨ」

 靴を履き終えたタカヤは立ち上がると、ツバサを抱き上げてぎゅーっと力一杯抱きしめました。

「寂しい思いさせてごめん、ツバサ。今日帰ってきた後は用事は無いからいっぱい遊ぼう」

「ホント? タカヤ ヤクソクネ!」

「うん、約束」

 ツバサを玄関に降ろして、タカヤはドアに手をかけます。

「じゃあ、いってきます」

「イッテラッシャイ タカヤー!」

 三本の触覚をブンブン振るツバサに小さく手を振り返して、タカヤは外へと出て行きました。


 空は雲一つ無い快晴で強い日差しが照りつけているものの、遠くの山の緑がはっきりわかるほど空気は澄んでいて……歩き慣れたこの道で、タカヤは一つ息を吸います。

 小学校の前を通って、駄菓子屋さんの前を通って、踏切の音を聞きながらすれ違ったネコに笑顔を向けていると、古びたフェンスの向こう側を速度を落とした電車がガタンガタンと走り抜けて行きます。

 道の脇には至るところにボーボーと背の高い雑草が生えていて、誰が植えたかもわからない名前も知らない花が咲いていて。

 田んぼの水の中では小さな生き物が泳いで、これまた小さな波紋を作って。

 歩道橋の上からは、遠くにうっすら海が見えて。

 そんなこの時目木町が、タカヤは好きでした。

 これは多分……本当の『好き』でした。


****


「わー、タカヤなんか久しぶりだねー!」

 広い玄関で待機していたショースケは、インターホンが鳴った瞬間に重厚なドアを開けました。

「本当、久しぶりだなショースケ。向こうは楽しかったか?」

「うん、とっても! えへへー、マムとダッドにいーっぱい甘やかしてもらっちゃった!」

 ショースケは元々住んでいた国へ、一週間帰省して帰って来たところです。

「しかし外はやっぱり暑いね。ほら、入って入って」

 高級そうなもふもふの玄関マットを踏んで、二人は涼しいリビングに入りました。

「ごめんな、今日手土産のお菓子作って来てないんだ」

「いいよ、たまにはうちのお菓子も食べて行ってよ。ほら、タカヤが前にくれたニッカルコピ星のお菓子、まだ大量に余ってて困ってるし」

 ショースケは戸棚の中に頭を突っ込んでガサガサと探ります。

「あ、そうなんだ……なんかごめんな……と、ところで! ライトさんたちはお出かけ中か?」

「うん、買い物に行ったからもうすぐ戻ってくると思うよ。あ、タカヤも飲み物これでいいよね」

 ショースケはテーブルの上に戸棚から出したカラフルなお菓子箱と……生ぬるい常温の牛乳が注がれたグラスを二つ置きました。

 ……ルルがいないときにショースケが出してくれる飲み物は必ずこれと決まっています。

「やっぱりさ、この滑らかな舌触りと芳醇な香り……牛乳は常温に限るよね! タカヤもそう思うでしょ?」

「……うん、ありがとう……」

 タカヤは本当は牛乳は冷たいものか温めたものが美味しいんじゃないかと思うのですが……これまで言い出せたことはありませんし、きっとこれからも言えないのでしょう。

 二人は長椅子に座って、ぬるりとした喉越しの常温牛乳を味わいながら話を続けます。

「そうだよ、僕タカヤに帰省先のお土産買って来たんだけど……よく考えたらタカヤの好きなものって知らなくてさ、とりあえず面白かったからこれあげるね」

 ……目ん玉が二つ飛び出た木彫りの人形は、首と腕と足がバネで繋がっていて、揺らす度にビヨンビヨンと跳ねるように動きます。

「わ、わざわざありがとう……その、すごく面白いな。玄関にでも飾るよ」

 受け取ったタカヤは正直どうしていいかわからないものの、精一杯笑いながら人形を両手で大きくビヨンビヨンと揺らして見せました。

「どういたしましてーって……そうだ、思い出した」

 ショースケは突然、タカヤに睨むような視線を向けます。

「僕、帰省先からタカヤにビデオ通話したじゃん?」

「ああ、ショースケのご両親にご挨拶出来てよかったよ。二人とも優しい方だったな」

「……全然緊張してなかったでしょ!」

 ぶすーっと頬を膨らませて、ショースケは座ったまま地団駄を踏みました。

「僕はタカヤの両親に会ったときあんなに緊張したのに! なんでなんで! タカヤのあほー!」

「な、何でって言われても……」

 タカヤがオロオロ困っていると……ガチャリと玄関のドアが開く音がしました。

 パタパタと三人分の足音が聞こえてきて、リビングの引き戸が開けられます。

「ただいま帰りましター……あ! タカヤさん、もう来てたんですネー!」

 両手にアニメ柄の買い物袋を下げたメグが笑いかけました。

「皆さんおかえりなさい、お邪魔してます」

 タカヤがぺこりと頭を下げて挨拶していると……次に引き戸をくぐって入ってきたルルは、テーブルの上を見るなり目をまん丸にします。

「まぁ! ショースケさんそのお菓子を出しちゃったんですか⁉」

「うん、ダメだった?」

「だってそれは、以前タカヤさんが下さったお菓子じゃありませんか……すみませんタカヤさん、すぐに別のものに……」

「い、いえいえルルさんお気になさらず……俺こそすみません、ちょっと多かったですよね……」

 ……何とも気まずい空気が流れるリビングに、最後に荷物をたくさん抱えたライトがどっこいしょと入ってきました。

「ただいまー……あ、タカヤ君! この間はありがとうね」

「おかえりなさいライトさん。いえ、ライトさんこそお疲れ様です」

 ……お菓子をムニュムニュ食べながら聞いていたショースケは首を傾げます。

「何のこと? ……あ、もしかして僕が帰省してた間のお仕事の話?」

「そうだよ。僕の仕事がちょっと立て込んでてね……大体の仕事をタカヤ君一人に任せてしまったんだ」

「元々俺とショースケの仕事ですから。むしろ、あまりライトさんの手を煩わせずに済んで良かったです」

 そう言って軽く笑うタカヤの顔を、ショースケは横からじろーっと覗き込みました。

「……僕が居なくてもお仕事余裕だったんだー?」

「え、いやそういう訳じゃ無くて」

「まぁタカヤは? 僕と同じ十級だけどコスモピースの力があるもんねー?」

「ショ、ショースケがいたらなーって何度も思ったよ!」

「ふーん、どうだか」

 ショースケはふてくされて、そっぽを向いたまま常温の牛乳を飲み干しました。

「ショースケさん、めちゃくちゃ面倒くさい地球人になってますヨ。アニメでよく見まス」

 買い物袋の中身を冷蔵庫に移したメグが呆れた様子でため息を吐くと、その隣のルルも珍しく少し眉をつり上げます。

「あんまりタカヤさんを困らせたらいけませんよショースケさん。お世話になったんでしょう? ちゃんとお礼は言いましたか?」

「う……えーと、タカヤ……?」

「ん?」

「い、一応……その、ありがとね……?」

 何だか小っ恥ずかしくて、ショースケが下を向きながらボソボソと呟くと……

「どういたしまして。ショースケが向こうで楽しんできたみたいで嬉しいよ」

 ……タカヤにとっては、ショースケが振り絞った小さな勇気もまるで何でも無いみたいで、いつも通り爽やかに笑って返されてしまいました。

「うううぅん……なんかムカつく!」

「えぇ⁉ 俺何かしたかな……」

「何にもしてないところがムカつくの! うー、僕ばっかり振り回されてるみたいじゃん。どうにかしてタカヤを僕のペースに……は、そうだ!」

 ショースケは食べかけのお菓子を急いで口に放り込んで、突然立ち上がります。

「僕、新しい発明品作ったんだよ! 向こうでアイデアが浮かんでね……見たらきっと、タカヤびっくりしてぎゃふんって言っちゃうよ! ちょっと待ってて、取ってくるから!」

「ショースケ君、階段は走らない! 危ないだろ」

 階段をバタバタと駆け上がっていくショースケを、ライトは下から注意して……ふぅっと息を吐きました。

「全く、ショースケ君のおかげでいつもこの家は賑やかだ……そうだ、タカヤ君?」

「はい? 何でしょうライトさん」

「今日この後時間ある? コスモピースの数値を見ておきたいんだ、最近計測出来て無いだろ?」

「……ごめんなさい、この後も仕事が入ってて」

 タカヤは申し訳なさそうに眉を下げます。

「そうか……じゃあまた近いうちに計測させて。体調は大丈夫?」

「はい、全く問題ありません」

「……本当に?」

 声色をやわらげて、ライトはタカヤに尋ねます。

「心配だよ、タカヤ君は無理をするところがあるから」

 ……不安なときは声が少し震えるところも、とっても優しいところも、昔から一つも変わらなくて……だから、タカヤにはわかります。

「本当ですよ。それとも……ライトさんは俺のことが信じられませんか?」

 この返事がもの凄くズルいことも、こう聞けば……優しいライトから帰ってくる言葉は決まっていることも。

「いや……信じるよ。変なことを言ってごめんね!」

「いえ、俺こそ……不安にさせてごめんなさい」

 ……ちょうど二階から、騒がしい音を立ててショースケが戻ってきたようです。

「おまたせタカヤ! 今から海に行こう!」

「え、海?」

「うん! 今度の発明品は水の上で使うものだからね、さぁ行こう今すぐ行こう」

 ショースケはタカヤを無理やり長椅子から立たせて、その背中をぐいぐいと押して玄関へと向かいます。

「あ、ショースケ君タカヤ君、出かける前にちょっといい? 二人に聞きたいことがあったんだ」

「何? ライトさん、急いでるから手短にね」

 ショースケは足をパタパタ鳴らして、お気に入りの肩掛けカバンを揺らしました。

「いや、少し前に肖造おじさんから『気をつけろ』とだけ連絡が入ってて……何をって聞いても返事が来ないし。二人は何か聞いてない?」

「僕、何にも知らないけど。タカヤは?」

「……俺もわからないですね、すみません」

「そっか、それならいいんだ。全く……肖造おじさんどういうつもりなんだか」

「ねぇもういい? 僕ら出かけて来るからね!」

 ショースケとタカヤが広い玄関で靴を履いていると、ルルとメグとライトの三人が見送りにやって来ます。

「ショースケさん、タカヤさん、外は暑いですからちゃんと水分補給してくださいね」

「帽子は持ちましたカ? 日焼け止めハ? 特にショースケさん肌弱いんですかラ痛くなっちゃいますヨ」

「車に気をつけてね。それと、何かあったらすぐ連絡すること。あ、あと……」

 ……三人の心配は止まるところを知りません。

「もう、わかってるってば! 全く、過保護なんだから……!」

 ショースケはこんな様子を見られるのが恥ずかしいのか顔を真っ赤にして、タカヤの腕を引きながら重いドアを開きました。

「それじゃあ、行ってきます!」

「はい、いってらっしゃい」

 ……タカヤはドアが閉まりきるまで、見送る三人に小さく手を振り続けました。

 時刻は午前十一時。こんなに暑いのにほんの少しだけ、夏の終わりを感じます。


****


「あれー、タカヤとショースケじゃーん」

 二人に一番に気がついたミオが、コンビニの駐車場からブンブン手を振ります。

「あ、本当だ! ねぇねぇ二人もアイス買いに来たの?」

 カズはバニラのカップアイスと木で出来たスプーンを両手に持ったまま、嬉しそうにぴょんっと飛び跳ねました。

「僕らはコンビニに来たわけじゃないんだけど……あ、それ僕が好きなやつだ。レン一口くれない?」

「やるわけねーだろショースケ、自分で買ったらいいじゃねーか」

 レンはパリパリのチョコでコーティングされたアイスを、そっぽを向きながら食べようとして……ちょうどタカヤと目が合いました。

「あ、ええと……た、タカヤ一口食う?」

「えぇ⁉ 僕にはくれなかったくせに!」

「いや、いいよ。レンのだし、もらったら悪いだろ?」

「そ、そうかよ……」

 タカヤが断るとレンは少し残念そうに、小さな口でパキリとアイスを齧りました。

「あ、そうだ! タカヤとショースケはもう夏休みの宿題終わった? ぼくはねーあと一つなんだけど、ミオが全然終わってなくて! 今から手伝いに行くんだー」

「いやー、毎年悪いねーカズ」

 ミオは全く悪びれる様子も無く、ポリポリと頭を掻きます。

「だってミオ、ぼくが一緒にやらないと絶対やらないんだもん! ねぇレン?」

「お、おお……そうだな……」

 レンがわかりやすく目を逸らしたので、カズはずずいっと詰め寄りました。

「……まさかレンも全然終わってないの?」

「ミオよりは終わってるって! その……はんぶん、くらい?」

「それ終わってないって言うの! もう、今日は一緒に頑張るよ!」

 ……そんな三人の話を、ショースケはまるで他人事のように高見の見物です。

「ふふふ……僕もう宿題終わってるから? 全然余裕だよ?」

「えぇええええ⁉ ショースケ宿題終わってんの⁉」

 レンもカズもミオも、まるで妖怪でも見たくらい驚きます。

「……なに、僕そんなにやってなさそう?」

 ショースケは不満そうですが……日頃のショースケの宿題事情を知っている人なら誰でもそう思うでしょう。

「……どうせタカヤが手伝ったんだろ」

 じろりと睨むレンに、図星を突かれたショースケは顔をむぎゅっとしかめます。

「……ちょ、ちょっと手助けしてもらっただけだから……さ、さあ! 僕たち用があるからもう行くね!」

「ずるーいショースケ。タカヤー、おれのも手伝ってー?」

「ダーメ! タカヤだって忙しいんだから、ミオは自分でやるの!」

「ううー、こういうときカズは厳しいんだよなー」

 溶けてきた棒付きソーダアイスを下から舐めながら、ミオはぶすっとふてくされます。

 それを見て、タカヤが楽しそうに笑っていると……隣にいるレンが、手招きしてタカヤの耳元に顔を寄せて、周りに聞こえない小さな声で囁きました。

「なぁタカヤ、もしかしてどっか痛ぇの?」

「……え?」

「いや……なんか、調子でも悪いのかなって」

 ……意表を突かれて驚いたタカヤでしたが……すぐにいつも通り笑って見せます。

「あはは、そう見えた? 俺は元気だよ」

「ふーん……?」

 レンはいまいち納得出来ないようで、タカヤの方をちらちら見ながらアイスの最後の一欠片を口に入れました。

「さ、そろそろ行くかショースケ」

「はーい! じゃあみんなまたねー!」

 タカヤとショースケは大きく手を振って、海の方へと歩いて行きます。

 微かに潮の香りがするやわらかい風が、鼻先をふわりと擦っていきました。


****


 二人がやって来た埋め立て地はここら辺では有名な釣りスポットで、今日もちらほらと釣りに精を出している人が見受けられます。

「うーん、思ったより人がいるなぁ……あ、そうだ!」

 ショースケはこそこそとカバンからエッグロケットを取り出して、自分とタカヤにキラキラ粉をかけました。

「ふふん、これで見えなくなったね。さぁタカヤ、僕の発明品をとくと見てもらおうか!」

 エッグロケットに手を突っ込んで、ショースケは何やら大きなものを引っ張り出しました。

 ……それは今まで何度もお世話になっている空を飛ぶ乗り物、スカイボードにしか見えなくて……

「えーっと……スカイボード、だよな?」

「違う! まぁスカイボードなんだけど、もーっとよく見て!」

 タカヤは目を皿のようにしてまじまじと見ますが……

「い、色とかちょっと変わった?」

「違う! もう、わかんないの? しょうがないなー」

 ショースケは大きくため息を吐いて、スカイボードの後方へ回りました。

「ここ! 新しいボタンが付いてるでしょー!」

 ……ちっちゃい豆粒のようなボタンを指差しながら、ショースケはご立腹です。

「ご、ごめん……気付かなかった」

「全くタカヤはー。このボタン凄いんだから! 今から見せるからとりあえず乗って!」

 ショースケがスカイボードのハンドルを握って立つと、タカヤはその後ろに立ってショースケの肩に掴まります。

「それじゃ、出発ー!」

 右のハンドルをぐるりと捻ると、スカイボードはすーっと上空へ飛び上がり、大海原へ向かって進み始めました。

 釣り場に居た人々は見えないほど遠くなり、うっすら見えていた島が少しずつ鮮明になっていきます。

 水以外何も無い海のど真ん中で、二人の乗ったスカイボードは空中にふわふわと浮かんでいました。

「ふふー、ここで! さっき見せたボタンの出番だよ。タカヤちょっと押してみて」

「あ、うん。これを押したらいいんだな」

 タカヤが足下にある小さなボタンを押すと……スカイボードはゆっくり下へ降りていって、海の上にぷかぷかと浮かびました。

 そのままショースケがハンドルを捻ると、スカイボードは水の上をまるで滑るように進んでいきます。

「どう? すごいでしょ、水の上を進めるようになったんだよ! ほら、前にタカヤと一緒にスカイボードに乗ってるときに海に落っこちたことあったじゃん? この機能があれば水に浮けるからそんなことも無くなるんだよ!」

「なるほど、確かにすごい機能だな。やっぱりショースケは天才だ」

「えへへそうでしょ、もっと言っていいんだよ?」

 広い広い海の真ん中。

 どこかから小さく海鳥の鳴き声が聞こえてきたかと思うと、また周囲はまるで違う世界に来たかのように静まりかえります。

「うーん、静かだねー……」

 ショースケが足下に溢れている水を少し蹴ると、ちゃぷん、と小さな音が響きます。

「ああ、そうだな」

 タカヤは目を閉じて、少しだけ考え事をして……そしてまた目を開きました。

「なぁ、ショースケ」「ねぇ、タカヤ」

 二人が同時に話を切り出したので、タカヤはすぐに退いてショースケの話を聞きます。

「ごめん、被っちゃったな。どうしたショースケ?」

「あ、うん。あのね、ここ影が無いから暑くって! もう帰ってもいい?」

「あはは……うん、いいよ。発明品見せてくれてありがとうな」

「どういたしまして。それで? タカヤは何を言おうとしたの?」

「俺は……」

 ショースケがハンドルを捻ると、スカイボードは再び上昇して空にふわりと浮かび上がりました。

「……ショースケ?」

「うん?」

「俺のコンビになってくれてありがとう」

 ……思わず、ショースケは後ろに居るタカヤの方を向きます。

「タカヤはいっつもそういう恥ずかしいこと言うんだから! ほら、帰る……よ……」



 突然、二人の上に大きな大きな、深い影が落ちて。

 上を見ると、真っ黒で巨大な何かが、赤いカメラのレンズのような目でこちらを見ていて。


「ミ」


 そう一言だけ鳴いて、そのまま巨大な何かは動きません。

「な、なんだろう……ETかな? とりあえずキラキラ粉を……」

「ショースケ、逃げろ」

「え?」

「いいから早く!」

 突然辺りの空気が眩しく瞬いたかと思うと、コスモピースの力を解放して体中に光を纏ったタカヤが、真っ黒な何かに向かって飛びかかりました。


 その瞬間。

「ミ、ミ、ミ!」

 真っ黒な何かがほんの少しだけ目を見開いて、衝撃波を放ちました。

 タカヤが急いでシールドを張ったものの……その威力は、水しぶきが高く高く立ち……シールドには無数のヒビが入って二人が吹き飛ばされてしまいそうなほどで。

「ミ、ミッ」

 真っ黒な何かは、そのまま少しずつ陸地へと向かっていきます。

「何、今の攻撃……もしかして、あれを町でもやるつもり⁉ そんなことしたら!」

 ショースケはスカイボードで限界速度を出して追うと、急いでキラキラ粉を真っ黒な何かに吹きかけます。

「ねぇタカヤ、強制転送使おう! 僕、準備するから!」

「……いいよ、使わなくて」

「え、何で⁉ 早く本部に送って、僕らより級の高い隊員に対処してもらわないと……っ」

「……本部に送ったって誰も勝てないよ。被害が増えるだけだ」

「誰も勝てないって、どういうこと……? じゃあどうするの……?」

「ショースケはこのまま逃げろ」

 隣を飛ぶタカヤは、まるでいつものように笑って見せました。

「……タカヤは?」

「……ショースケ? さっきも言ったけど、もう一回だけ言わせて」

 海が凪いで、見たことも無い強さの光がタカヤを包み込みます。

「俺のコンビに……いや、俺の友達になってくれてありがとう!」



 まばたきをした刹那に、タカヤは真っ黒な何かの前に立ち塞がっていました。

「目的は俺……コスモピースだろ? 本気を出させるために……コスモピースを壊すために、俺の大事なものを攻撃しろって言われてるんだよな?」

「ミ」

「あはは、そんなことしなくたって……本気出してやるよ。そうしないと……もう、勝てそうにないから」


 ……瞳が、体が、黒より黒く染まっていきます。

 赤と青の星々が、全身に散りばめられたように瞬いて。

 背中から無数の触手を伸ばしたタカヤは、その触手を真っ黒な何かに覆い尽くすように巻き付けました。


 ……真っ黒な何かは少しも抵抗しません。

 だって抵抗なんかしなくたって、目的はこの後達成されるのですから。


 周りの空気がバチバチ音を立てるほど、タカヤの体は光り輝いて。

 ……鼓動の音がバクン、バクンと、頭に叩き付けられるように聞こえるのに、体は少しずつ冷たくなって。

 全身がドロドロと、まるで……アイスのように溶けていくのがわかって。

 プツン、と、音が聞こえなくなって。

 今度は、視界が掠れて……最後には真っ暗になって。

 体の一部が零れて、また零れて落ちて……ブツリブツリと千切れて弾けて。


 もはや人の形をとっくに成していないタカヤの体は、それでも光を増し続けます。


(あぁ……コレは……相手はまだ、コスモピースじゃないのに。こんなに手こずったらダメだったのに……俺が、弱いから……)


 光って、光って、光って、光って。


(…………失敗したな。ごめんなさい……でも)


(やっと、終われる)

 

****


 とても目を開けていられない光が周囲を包んだ後、真っ黒な何かだったものは黒い液体になって、崩れるように海へと沈んでいきました。



 ……スカイボードに乗って海に浮かんでいるショースケの前には、近距離ワープ装置を使って急いで駆けつけたライトとルルがいて。

「肖造おじさん聞こえますか⁉ タカヤ君が……っ! 今すぐ送ります助けてくださいお願いします!」

 ライトはひどく泣き叫びながら……泥のような何かをかき集めて本部へと転送しているようです。

「ショースケさん、無事ですか⁉ あぁ……よかった……」

 ルルがショースケを強く抱きしめました。



 まるで夢を見てるみたいでした。

 だって、ついさっきまでたわいも無い話をしてたのに。

 今の今まで、後ろに立ってショースケの肩を掴んでいたのに。

 

 目の前の……どう見たって泥にしか見えないアレが


 タカヤだなんて信じられるわけがありませんでした。


****


「オヨ? ショースケ ドウシタノ。タカヤ ナラ デカケテルヨ」

「ツバサ、本部に行くよ。準備して」

「ホンブ? ナンデ?」


 ……ショースケは質問には答えずに家に上がり込んで、階段を上ります。

「ショースケ? ドウシテ ニカイ ニ イクノ」


 引き戸を開けた先、タカヤの部屋の中には机とベッドと積み上げられた本があるだけで、ベッドはいつから使っていないのか……シーツには皺一つありません。

 机には細やかな字がびっしり書き込まれたノートと……鈍く光るバッジが置いてありました。

 ……ショースケが日頃喜んで付けているものと同じ、宇宙警察試験に合格した証です。

 手に取って、裏を向けて。

 ……裏には当然、タカヤの名前と……『特級』の二文字が記されています。

「……そっか」

 それだけ一言呟いて、ショースケはバッジをポケットに突っ込みました。


「ネェ ショースケ。モシカシテ……タカヤ ニ ナニカ アッタノ」

「……行こうツバサ、迎えが来てる」

 ショースケはツバサを抱き上げて一階に降りると、立ったまま靴を履いて外へ出ました。


 見上げた空は抜けるほど綺麗な快晴で、夏の日差しがじりじりと照りつけて……さっきまでタカヤと見ていた空と、何一つ変わってはいないのでした。


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