第18話 楽しい時間はあっという間に

****


「タカヤ見てー、あれ美味しそう! あ、あっちも! ねぇねぇ食べて行かない?」

 たくさんのETたちで賑わうポスリコモスの市場を歩きながら、ショースケはあちらこちらに目移りしていました。

「うーん、確かに美味しそうだけど……今日はこの後仕事があるだろ?」

「ちょっとくらいいいじゃんか! あ、あれも美味しそ……う、コセツベの実か……」

「ショースケ、コセツベの実苦手なのか? モサモサしてるから?」

「ま、まぁちょっとね! ところで今日はどんなことするのかな?」

 ショースケははぐらかすように別の話題を振ります。

「俺もよくわかってなくて、とりあえず言われた場所に向かってるんだ。あ、あそこだよ……久しぶりに来たな」

 市場を通り抜けた広い道の先には、大きな大きな、その上カラフルでド派手な看板が立っていました。

 そこには宇宙公用語で『ポスリコモス遊園地』と書かれています。

「ポスリコモス遊園地……遊園地⁉」

 ショースケは瞳をギャラギャラと輝かせました!

「え! 今日の仕事って遊園地であるの⁉ やったー絶対楽しいじゃん!」

「遊園地であるって……俺、昨日部屋に戻ってからショースケに言ったよな?」

「……僕、昨日のことは全部無かったことにしてるの。頼むから思い出させないで」

 ショースケは昨日、タカヤの両親に無様な姿を晒してしまったことをまだ引きずっているようです。

 おそらく今日の仕事についての話も、ずっとベソをかいていてまともに聞いていなかったのでしょう。

 タカヤがへらりと苦笑いをしていると……

「タカヤくーん! ショースケくーん!」

 賑やかな通りの先から、二人を呼ぶ声が聞こえました。

 ウェーブのかかった長いツインテールを揺らしながら、ティナが満面の笑みで走って来て……前を歩いていたショースケに思いっきり抱きつきます!

「んぶっ⁉」

「久しぶりー! 元気にしてた?」

「んぶぶぶ……!」

 力の強いティナに圧迫されて、背の低いショースケは上手く喋れません。

「こ、こんにちはティナさん。お久しぶりです」

「タカヤくん久しぶりー! ねぇねぇ、もしかして二人もここへお仕事しに来たの?」

「二人もってことは……」

「うん、わたしたちもここへお仕事しに来たの! 今日の仕事は二組で行うとは聞いてたんだけど、まさかタカヤくんとショースケくんだったなんて!」

 ティナは喜びを全身で表現するように、今度はタカヤをぎゅーっと抱きしめて頬ずりします。

 そこへ呆れた様子のスイが、道の先からやって来ました。

「ちょっとティナ。急に居なくなるから驚いた……って、ショースケとタカヤじゃない。何で貴方たちがここにいるのよ」

「聞いてよお姉ちゃん! 今日わたしたち四人でお仕事するんだって!」

 ティナはぴょんぴょんと、今度はスイの腕に抱きつきます。

「ちょっとは落ち着きなさいティナ! 全く……こんなところで駄弁ってる場合じゃないの。時間が迫ってるわ、ほら、あなたたちも行くわよ!」

 スイを先頭に、四人はバタバタと急いで遊園地のカラフルな入場門をくぐって行きました。

 ……その道中にほんの少しだけタカヤがふらついたのに気が付いたのは、最後尾を走っていたティナだけでした。


****


「それで、今日は具体的に何をすればいいの? 二人は聞いてる?」

 連れて来られた薄暗いスタッフルームの中で、ショースケは首を傾げます。

「聞いてるよー。 ふふふー、今日の仕事はズバリ! 来園者さんにムッポンを配ることだよ!」

「む、むっぽん……?」

「あれ、ショースケくんムッポン知らない? ほら、あれだよ」

 ティナが指さした先には……うぞうぞと動く足が大量についている、紐の付いた浮遊物体が大量にありました。

「ひぃ⁉ 何あれ⁉」

「し! 静かにして、お客さんに聞こえるでしょ。……ムッポンは今このポスリコモスで大人気のおもちゃよ。まぁ地球で言うと風船のようなものね」

 スイはムッポンを一つ手に取って、顔をしかめているショースケにぐいぐい近づけます。

「この遊園地、繁忙期で人手が足りないらしくて……私たちは今日は遊園地のスタッフさんの手伝いとして呼ばれたのよ」

「わ、わかったけど……何で僕にそんなにムッポンを近づけるの」

「……だって私たちこれを手に持って配らないといけないのよ? 早く慣れないと困るじゃない。はい、これ」

 スイはちょっといじわるに笑いながら、ムッポンから出ている長い紐を無理やりショースケに握らせました。

「……スイって意外とそういうとこあるよね。うぅ、めちゃくちゃ動いてる……ねぇタカヤこれ代わりに持ってよ」

「いいけど……それじゃあスイさん、ティナさん。俺たちはこのムッポンを持って外へ出て、来園者たちに配ったらいいんですか?」

「あ! そうなんだけど……一番大事なこと忘れてた!」

 ティナは慌てて、右手の人差し指に付けている指輪型のポスエッグからスプレー缶のようなものを取り出します。

「じゃじゃーん! 今回はこの変身スプレーを使ってかわいい姿に変身するんだよ!」

「変身って……このままの姿じゃだめなの?」

「だってここは遊園地だよ? 来園者さんに夢を見せて、楽しい時間を提供するのがお仕事なの! ほらほら、早速使ってみよ!」

 きょとんとしているショースケに、ティナはスプレーを二回シュッシュと吹きかけました。

「はい、ショースケくん! 目を閉じてかわいい姿を想像してみて!」

「かわいい、かわいい……」

 目をぎゅっと瞑って、ぶつぶつと呟いたショースケの体はみるみるうちに……青いベストを着て蝶ネクタイを付けた、真っ白な二足歩行のうさぎさんに変わっていきます!

「え、え、これ僕⁉ うわー我ながらすっごくかわいい!」

 ショースケは近くにあった姿見の方へ短い足でテポテポ走っていくと、自分の体を前から後ろからまじまじと眺めました。

「よーし! じゃあわたしたちも変身しよう!」

 ティナはスイにもタカヤにも自分にも、ショースケにやったのと同じようにスプレーを吹きかけました。

 すると……スイはグレーのネコに、ティナはピンク色のモフモフなモンスターへと姿を変えます。

「お姉ちゃんネコちゃん好きだもんねー!」

「ティナは……よくわからないけれど、可愛いからいいんじゃないかしら」

 スイは四足歩行でしゃなりしゃなりとムッポン置き場へ近づいて、長い尻尾で器用にムッポンから飛び出た紐を掴みます。

「これで準備は完了ね……って、え?」

 前足でくしくしと顔を拭って……スイはもう一度じろりと前を見ます。

 隣にいたティナも同様に目元を擦り、姿見の方から戻ってきたショースケは逆に目元を小さな両手で覆いました。

 三人の目の前には……真っ赤な体にまん丸の足が六つ生えた、太い眉毛のでっかい芋虫のようなモンスターが転がっています。

 真っ赤なモンスターは大量に付いた目をまばたきさせてウネウネと蠢きながら、何故かお尻の方に付いている口から声を出しました。

「ご、ごめんなさい……上手く想像できなくて……」

「その声やっぱりタカヤか……って、いやいや! 上手く想像できないにも程があるでしょ! かわいい姿って言われたよね⁉」

 ……今のタカヤの姿をかわいいと言う人は……おそらく地球では極々少数でしょう。

 あんまり直視したくないショースケは目元を手で覆ったままティナに問いかけます。

「ねぇ、これって変身をやり直す方法は無いの?」

「うーん、高級な変身スプレーだったら、専用のスプレーで変身を解くことができるんだけど……。この変身スプレーはお手頃価格だったから、地球の時間で二時間くらい経たないと変身が解けないの。ごめんね」

 ティナはしょんぼりと、モフモフの体を震わせました。

「……仕方ないわ、約束の時間も来ちゃったしこのまま行きましょう。ほら、行くわよ」

 大量のムッポンを持って、四人はスタッフルームの外へと出て行きました。


****


「こんにちはー! ポスリコモス遊園地へようこそ! 今日はいっぱい楽しんで行ってね!」

 ショースケは小さなうさぎの体でぴょんぴょん跳ねながら、来園者にムッポンを配っていきます。

「ショースケ、もうムッポンには慣れちゃったのね」

「だって変身したタカヤの方がよっぽどすごい見た目だったからね……スイ、何その目は」

「別にー? ……残念だわ、ちょっと可愛かったのに」

 聞こえないようにそう小さく呟いたスイも、その隣で笑顔を絶やさないティナも、一生懸命ムッポンを配りますが……

残念ながらそんな三人の前に集まってくる来園者はちらほらで、ほとんどの来園者は……

「あ、押さないでください……皆さんの分、ちゃんとありますから、ね?」

 赤くてでかい芋虫状の生物であるタカヤの元へ集まっていました。

「そうよね……よく考えたら、ポスリコモスはこのムッポンが大人気になるような星なんだもん……地球とはかわいいの感覚が違って当然よね」

 頭上で浮かんでわさわさと足を動かすムッポンを見つめながら、スイは小さくため息を吐きます。

「お姉ちゃんのネコちゃん可愛いから自信持って! ほら、お客さんが来たよー笑って!」

 そんなこんなで四人がムッポン配りに精を出していると……



「うぇえええん! 助けてー!」

 少し離れたところから大きな声が聞こえました。

 見ると、ガヤガヤと人だかりが出来ています。

「どうしたのかしら……あっ!」

 何かに気が付いたスイが、前足ではるか上を指さしました。

 園内に植えられている、それはそれは背の高いメタリックに輝く木の天辺に……小さなオレンジ色のETがしがみついています!

 そのすぐ側の枝には四人が配っていたムッポンが一つ絡みついていて、どうやらそれを取りたくて木に登ってしまい、降りられなくなったようです。

「大変! すぐに助けなきゃ、えーっとポスエッグから道具を……あれ?」

 ティナはいつも通り右手の人差し指に付けているポスエッグを見ようとして……そこにはモフモフのピンクの毛皮しか無いことに気がつきました。

「……まさか、ポスエッグごと変身しちゃった……?」

「そのまさかみたいね……私の腕にも指輪が付いてないわ」

 スイの右手にも、やわらかそうな肉球しか付いていません。

「俺もポケットに入れてたエッグロケットごと変身したみたいだ、ショースケもか?」

「う、うん。僕もカバンごと変身したみたい……」

 その場でウネウネ動くタカヤをショースケはやっと見慣れて来たのか、くりくりの赤い瞳を薄―く開いて見つめました。

 四人があたふたしている間にも、木の上にしがみついているETは大きな声で助けを求めます。

「ひっくひっく……たすけてー……」

「そ、そうだわ!」

 スイはしっぽをくるりと一回揺らすと、人だかりが出来ている木の根元へと走って行きました。

「スイ! どうするの?」

 ショースケたちもそれに付いていきます。

「私は今ネコなのよ? それならこの木くらい登って助けに行けるかも!」

 そう言って、スイは木に鋭い爪を立ててペタリと貼り付いて……そのままズルズルと滑り落ちてきました。

「あ、あら? おかしいわね、もう一度!」

 ……当然、二回目のチャレンジもさっきと結果は変わりません。

「お姉ちゃん、あのね……」

 ティナはもごもごと、言いにくそうに口を開きます。

「変身スプレーはプニプヨ星人の遺伝子を元に作られてて、見た目だけを変化させる道具だから……身体能力はお姉ちゃんのままなんだよ」

「そ……そういうことは早く言いなさいよ!」

 スイは全身毛だらけでよくわかりませんが、おそらく顔を真っ赤にしてティナの顔面に飛びかかりました。

「きゃーごめんごめん! だってお姉ちゃんすぐ飛び出しちゃうんだもん」

 モフモフの腕で、ティナはスイを抱き上げて優しく撫でます。

「で、結局どうしよう? ううー、エッグロケットさえあればすぐに助けてあげれるのに!」

 ショースケは真っ白な小さな足をその場でジタジタ鳴らしながら上を見上げました。

 木の天辺にいるETは声を出す元気をも無くしており、もうあまり時間がありません。

「……俺がコスモピースの力を使うよ」

「え、タカヤその見た目でも使えるの?」

「それはやってみないとわからないけど……何とか頑張ってみる。ショースケ、危ないかもしれないから周りにいるETたちをここから遠ざけてくれないか?」

「わかった! スイもティナも手伝って!」

 ショースケとスイとティナが三人で協力して周囲のETたちを遠ざけている間に、タカヤは芋虫状の体をとにかくウネウネと動かします。

(ええっと……ここが腕でここが足、か? と……とにかくやってみるしかない!)

「タカヤー! 準備できたよー!」

「わかった、始めるぞ!」

 タカヤは全身に力を込めて、コスモピースの力を発動させました。

 やわらかそうな体が内側から発光するようにギラギラと輝き、周囲の空気が共鳴してチカチカと光ります。

 体をぐいっと仰け反って、タカヤが木の天辺を鋭く睨むと……

「わ……! 見て、枝が!」

 ショースケが白い手で指した先では……小さなETがしがみついている枝と、ムッポンが絡みついている枝の二本がひとりでに折れて、ふわりと空中に浮かんでいました。

 そのままゆっくりゆっくり、枝は地面に降りて来ます。

「すごいわね……これがコスモピースの力……」

「ね、ね⁉ すごいでしょ!」

 初めてその力を目の当たりにして驚くスイに、ショースケは何故か自分のことのように自慢げに振る舞いました。

「ね⁉ ティナも初めて見たでしょ? コスモピースの力って本当にすごいんだから!」

「え、あ! うん、そうだねショースケくん!」


 三人がのんきに空を見上げていたその時……


 ゆっくりと降りていた枝が突然ガクンと揺れたかと思うと、枝はまるでコントロールを失ったかのように真っ逆さまに落ちて来ます!

「え、え⁉ 落ちてくる!」

 ショースケは慌てて枝を受け止めようと前に出ますが……落ちてくる枝は、少なくとも小さな白ウサギである今のショースケに受け止められるサイズではありません。

「危ないショースケくん! 下がって!」

 変身した三人の中ではまだ一番体が大きいティナが飛び出して、ショースケの上から枝を受け止めようとします。

「だめよティナ! あなたの大きさでも危ないわ!」

「でもお姉ちゃん! わたしが受け止めなきゃ枝の上のあの子が!」

 落ちて来る枝はもうすぐそこまで迫っています。

 ……スイは四本の足で、地面をぎゅっと踏みしめました。

「ダメよ、私は……もう傷ついたティナを見るのは嫌なの!」

 そう叫ぶと、スイは強く足下を蹴って、ティナの背中に突進しました!

 ティナはバランスを崩して押し出され、近くに居たショースケ諸共前方に転びます。

 ……枝は真っ直ぐに、小さなネコの姿のスイの上に落ちて来て。

「お姉ちゃん!」

「スイ!」

 ティナとショースケが急いで後ろを振り向くと……


 落ちてきた枝は、スイの頭のほんの数センチ上で浮いていました。


「ごめんなさい……この体で力が上手くコントロールが出来なくて。……怖い思いをさせてしまいました……」

 真っ赤な体をひねりながらタカヤは声を絞り出すと、枝をゆっくり地面の上に置きました。

 枝にしがみついていたオレンジ色の小さなETが、泣きながら降りてきます。

「うぇええん……こわかったぁ……」

「……うん、よく頑張ったわね」

 スイは小さな前足で小さなETの頭を撫でると、次に降りてきた二本目の枝に絡まっていたムッポンを尻尾で外して掴みました。

 そしてそのまま、そのムッポンを小さなETに渡します。

「もう手を離したらだめよ?」

「……うん、ありがとぉ」


****


「ふふん、やっぱり慣れ親しんだ体が一番だね! カバンもエッグロケットも戻ってきたし!」

 時間が経って変身スプレーの効果が切れたのが嬉しいのか、ショースケは薄暗いスタッフルームの中の姿見で自分の体と肩から提げたカバンをまじまじと眺めていました。

「ムッポン配りも無事に終わって良かったわ……ところで。ねぇティナ、何時まで私に抱きついてるつもり?」

「うぅうう……だってお姉ちゃんが無茶するんだもん! 怖かったよー!」

「私だってあなたが無茶するから怖かったわよ! ほら、お互い様なんだからもういいでしょ?」

「やだー!」

 ティナはスイの頬に頬ずりしながら、抱きしめる力を緩めません。

「全く……あら? そういえばタカヤは?」

「タカヤはトイレだってさ。でもなかなか戻ってこないね、トイレってここからそんなに遠かったっけ?」

 ショースケは姿見の中の自分を見つめたまま首をひねります。

「あ! じゃあわたしが飲み物買ってくるついでに探してくるよ!」

 ティナはやっとスイから手を離してぴょんっと立ち上がりました。

「飲み物なら私が買いに……」

「ダメ! お姉ちゃんまたいつ危ないことするかわかんないもの、ここで待ってて!」

 


 スタッフルームの扉をくぐったティナは賑やかな遊園地の中を歩きます。

 楽しそうなETたち、どう動くかの予想が付かない様々なアトラクション……歩いているだけでなんだかわくわくしてしまって、ティナは小さくスキップしながら飲み物の売っている売店へとたどり着きました。

「えっと、この青いのを二つと、赤いのを二つください!」

 腕いっぱいに飲み物を四つ抱えて、溢さないよう慎重に……今度はゆっくり元来た道を戻ります。

「そういえば……タカヤくんいないなぁ。トイレは売店よりスタッフルームに近いはずなのに」

 キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると……ふと、改修中のアトラクションがティナの目に留まりました。

 見上げるほど大きなそのアトラクションは、骨組みにこれまた大きな布が被せられていて、外からは中が見えないようになっています。

 ……急に、ざわざわと胸騒ぎがして。

「まさか、ね」

 ティナがそろりと、布をめくって中を覗いてみると……

 そこには、体を抱えてうずくまるタカヤがいました。

 肘と膝を地面に付けて、ひどく震えています。

「タカヤくん⁉」

 すぐに飲み物を地面に置いて、ティナはタカヤに駆け寄りました。

「どうしたの⁉ 大丈夫⁉」

「……あぁ、ティナさんですか」

 タカヤは誰から見ても一目瞭然に、無理やり笑って見せます。

「大丈夫ですよ、慣れない姿で力を使ったからちょっと疲れちゃって。すぐに戻りますね」

「大丈夫じゃないよ、こんなに震えて……」

「大丈夫ですよ」

「でも……」

「大丈夫だって言ってるじゃないですか!」

 急に声を荒げたタカヤに、ティナはビクリと怯みます。

「あ……ごめんなさい。でも本当に大丈夫なんですよ、ほら」

 真っ直ぐ立って笑って見せるタカヤを前に……ティナは遊園地の入り口で、タカヤが少しふらついたことを思い出しました。

「ねぇ、タカヤくん」

「なんですか?」

「それは……本当に、変身してコスモピースの力を使ったのが原因?」

「……」

「だって、特級になれるほどすごい力なんだもん……タカヤくんの体に何の影響も無いとは思えない。もしかして最近ずっと、体調が悪いの?」

「…………」

「……誰にも、ショースケくんにも言ってないの? ねぇ、相談してみようよ……そしたら少しは……っ」

 そこまで言って、ティナは口を噤みました。

 目の前のタカヤが、信じられないほど真っ暗な、闇のような目で自分を見ていたからです。

「……そろそろ戻りましょうティナさん、二人が心配します。あ、飲み物半分持ちますよ」

 タカヤは地面に置いてあった赤い飲み物を二つ手に取りました。

「ティナさん? 戻りましょう?」

「……タカヤくんは」

 青い飲み物を二つ手に取って、ティナは俯いたまま言います。

「タカヤくんは……本当にそれでいいの……?」

「……はい。これが、いいんです」

「そっか、それなら……仕方ないね」

 二人は布をくぐって、また賑やかな遊園地の道へ戻って行きました。


****


「二人ともおかえり、遅かったね?」

「あはは、ただいまショースケ。途中で来園者さんの道案内をしたりしてたから遅くなったよ」

「なんだそうなんだ、トイレ行って帰ってこないからお腹でも痛いのかと思っちゃったよ。あ、ティナ飲み物ありがとう!」

 ショースケはティナから青い飲み物を受け取って、美味しそうに飲み始めました。

「ティナも遅かったわね? 売店そんなに遠かった?」

「……ふふふー、実はちょっと迷っちゃって! うろうろしてたら時間が掛かっちゃった、ごめんねお姉ちゃん!」

「きゃっ! もう、また抱きついてきて。今日はいつも以上に甘えん坊なんだから」

 やわらかな手つきで、スイがティナのふわふわの頭を撫でます。

「……えへへ。ねぇ、わたしお腹空いて来ちゃったなー? そろそろ本部に戻ろうよー!」

「えー、僕ここ初めて来たから遊びたい! ねぇタカヤ遊んで帰ろうよー!」

 ショースケがタカヤの腕をぐいぐい引っ張って外へ出ようとするので、ティナは優しく手を握ってそれを止めます。

「ダーメ、ショースケくん。お仕事の報告をしに戻らないと!」

「うぅ……ジェットコースターみたいなやつ乗りたかったなぁ。また今度来ようねタカヤ、絶対だよ!」

「……ああ、そうだな」

 赤い飲み物を少し飲んで、タカヤは本当にいつも通り笑って見せました。


****


 四人は宇宙警察本部最上階にある、肖造の研究室を訪れました。

「ただいま戻りました博士。これお土産のムッポンです。博士が好きそうな見た目ですよ」

「おお、おかえり。ほう……噂には聞いとったが、これはなかなか面白いのう」

 肖造はスイから受け取ったムッポンの紐を椅子の背もたれに括り付けて、ゆらゆら揺らして遊んでいます。

「そうよ、ティナ。あなたお腹が空いてるんじゃなかった? 一階のカフェに何か食べに行く?」

「……あ、うん! 行きたい行きたい! そういえば昨日新メニューが出たよね」

「え、新メニュー⁉ ねぇねぇそれってどんなの?」

 食いしん坊なショースケはすぐに食いつきます。

「えっとねー、地球で言う鶏肉みたいな味の木の実がいーっぱい挟まったサンドイッチで……」

「食べたい! 行く! ねぇタカヤも行こう!」

「あ、俺は……」

 タカヤは鋭い視線を向ける肖造と目が合いました。

「……俺はツバサのことについて肖造さんに相談があるからここにいるよ。ショースケ、よかったら俺の分テイクアウトして来てくれないか?」

「えー、しょうがないなー。それじゃあ僕行ってくるからねー」

 スイとティナとショースケは、研究室の扉をくぐって階下へと降りていきました。



「……何でしょう、肖造さん」

「タカヤ、お前……コスモピースの力が抑え切れんほど強くなっとるな」

 ……タカヤは何も言い返しません。

「もし今、強い力を使うようなことがあったら……力が暴走してもおかしくない。のお、タカヤ」

 肖造は近くの椅子に深く腰掛けました。

「お前、しばらくこのポスリコモスに居れ」

 タカヤの目を真っ直ぐ見据えて、肖造は続けます。

「はっきり言う。お前の、コスモピースの在処がヤツにバレた。近いうちに……お前を狙って時目木町に何かがやって来るかも知れん。今のお前がそいつと相対したら……おそらく、無事では居れんじゃろう」

「……大丈夫です、やります」

「タカヤ!」

「だって他に誰が出来るんですか⁉」

 自分の服の胸元をぎゅっと掴んで、タカヤは肖造を睨みました。

「……やって来るのは多分、前に時目木池や惑星ミッシェルで会ったETより強力なものなんでしょう? 俺じゃない、他の宇宙警察でそいつらに勝てるんですか?」

「それは……」

「……時目木町には、俺の大事なものがたくさんあります。絶対、守りたいんです。やらせてください、例え何があっても……俺は勝ちます、勝って見せます。だから」

 

「……俺に何かあったときは……よろしくお願いします。肖造さん」

 ふわりと、タカヤは笑いました。

 まるでこれから起こることを、全部全部、わかっているみたいでした。


****


 ここはポスリコモスから、遠く遠く離れたオラブ星。

 一人のオラブ星人が住む少し変わった建物に、美しいオラブ星人とそのパートナーのETが二人で訪ねて来ました。

「おやー、おかえりなさいですねー。名前は確か……ココレヨさん、でしたっけー。逃げるのは止めたんですねー」

 住人のオラブ星人は怪しい蛍光色の薬品を混ぜながら続けます。

「アナタたちに私の遺伝子を混ぜた薬を持たせたのは正解でしたー。あの変身を見分けることができるのは……私の知る限り、コスモピースの力を持つ者だけですからねー」

 それを聞いたココレヨが冷静に口を開きます。

「つまり……やはり貴方は私たちを利用して、貴方の目的を達成したということですね? ……私たちに渡した薬を入れる箱に、盗聴器が仕掛けてあったんでしょう?」

「そうですよー、まぁ距離が距離ですからあまり正確には聞き取れませんでしたけどー。二人には感謝してますー、おかげで確証が持てましたー。これまで大変だったんですよー? 惑星ミッシェルに探査のための生物をいっぱい送ったりー、宇宙警察のデータを盗んだりー。でも……それも今回で終わりですー」

 ニタリと、オラブ星人のような何かは笑います。

「さー、私は最後の調整に忙しいんですー。帰ってもらっていいですかー?」

「わかりました……その節は、お世話になりました。今日はそれを言いに来たんです」

 ココレヨと小さなETは、すぐに外へと出て行きました。


「さてー、随分時間がかかってしまいましたが……もうすぐ完成ですー。大した材料は使えない環境ですがー……これならコスモピースの力とある程度は張り合えますかねー」

「やっと、やっとですー……やっと……この宇宙から消し去ることができますねー。コスモピース」


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