第17話 束の間の再会に愛を込めて

****


「ねぇタカヤ聞いた? 僕らがこの間、スイとティナと行った惑星ミッシェルの話」

 ポスリコモス行きの特急こすもに備え付けられているプヨプヨの座席に座って、ショースケは隣のタカヤに問いかけます。

「ああ、見慣れない生物が大量発生したらしいな」

「うん。危害を加えて来るわけじゃないんだけど、とにかく数が多くて宇宙警察も対処に困ってたみたい。あ、でも……数日前にまるで消えたみたいにパタリと居なくなったらしいよ、本当不思議だよねー」

 そう言いながら、ショースケはいつも持っているカバンの中からバナナを取り出し、皮を剥いてむしゃりと頬張りました。

「あ、タカヤもいる? 二本持ってきたけど」

「そうなんだ、じゃあもら……」

 ……無意識なのでしょうが、ショースケの眉が露骨に下がっていきます。

「……わないでおこうかな。ショースケが食べたらいいよ!」

「え、いいの⁉ わーい!」

 一本目をすぐに食べ終えたショースケは嬉しそうに、二本目のバナナの皮を剥き始めました。

 タカヤはそれを見てへにょりと笑うと、ふと思い出したように口を開きます。

「そういえばショースケ聞いたか? 宇宙警察のデータの一部が、何者かによって盗まれていたことが判明したって。具体的に何時盗まれたのかはわかってないらしい」

「あー、どうもそうらしいね。まさか最新技術で守られてるデータが盗まれるなんてびっくりしちゃったよ。えーっと盗まれたデータは確か、宇宙警察それぞれの配属先と……ここ数か月の、どの隊員がいつ、どこの星に行ったかの情報だっけ。そんなの何で欲しかったんだろう? 見当がつかないや」

「……ああ、そうだな」

 そう口に出しながら、タカヤが深く考え込んでいると……ポスリコモスへの到着を知らせるアナウンスが車内に響きます。

「え、もう着いちゃったの⁉ うぅ、どうしよう……今更緊張してきた……」

 ショースケはあからさまにソワソワし始めて、落ち着かないのかガバッと立ち上がり、もう出口へと向かっていきます。

「そんなに緊張しなくて大丈夫だって。あ、ショースケ? これ忘れてるぞ!」

 足下に置いてあった白い紙袋を持ったタカヤは、ショースケの後を追いかけようとして……一瞬動きを止めて座席に座り直しました。

「あ、紙袋! ありがとうタカヤ……タカヤ?」

「なんでもない。ほら、行こう?」


****


「タカヤー! ショースケくん! こっちこっち」

 ポスリコモス駅からゲートをくぐった先、たくさんのETたちで賑わう広場でヒカルは大きく手を振ります。

「兄ちゃん、迎えに来てくれてありがとう。あ!今日はエイギスさんも一緒に来てくださるんですか?」

 ヒカルの隣にはエイギスが立っており、その美しい見た目からたくさんのETの視線を集めていました。

「ええ、一緒に行きたいってヒカルにお願いしたの。ワタシも春子と諄弌に会いたいもの」

 そう、今日はタカヤとヒカルの両親、春子と諄弌がポスリコモスに帰って来る日です!

「……エイギスさんがいるなら僕もちょっと安心するよ。家族で集まるときに僕が居たら困るんじゃないかって不安だったもの」

 ショースケは小さな声で呟きながら、地球から持ってきた白い紙袋の中をちらりと確認しました。

 ……自分は会いに行けないからと、ライトからタカヤの両親に渡すように頼まれた有名なお店のおまんじゅう……どうやら崩れたりはしていないようです。

「大丈夫! 父さんも母さんもショースケくんに会うの楽しみにしてたから! さて、そろそろ約束の時間なんだけど…二人とも来ないな?」

 ヒカルは辺りをキョロキョロ見渡しますが……どうもそれらしき人はいません。

「んー……俺、もしかして…また待ち合わせ場所とか間違えてる?」

 ヒカルがポケットからメモを取り出してじろじろ確認していると……



「誰かー! 泥棒よ捕まえてー!」

 市場の方向から劈くような悲鳴が聞こえました。

 真っ黒なラバースーツのような服で顔まで覆われたETが、盗んだであろう壺を抱え、周囲のETたちを突き飛ばしながらこちらへ向かって来ます。

「ど、泥棒⁉ どうしようこっちに来る!」

 ショースケはエッグロケットを取り出そうと、カバンをわたわたと探りますが……片手に持った紙袋が邪魔でなかなか見つかりません。

 その間に他の三人が走り出します。

「兄ちゃん、エイギスさん! 泥棒の対処は頼んでいいですか!」

 タカヤはすぐに、突き飛ばされて怪我をしているETたちの元へ走って行きました。

「わかったわ、行くわよヒカル!」

「もちろん、エイギス。しかしあの泥棒も運が悪いな……まさか俺たち宇宙警察が集まってる方へ走ってくるなんて!」

 ヒカルは右腕に付けているポスエッグに触れて、その中から丸くてツヤツヤの玉を引っ張り出します。

「最近手に入れたばかりの自動追跡機能付き捕獲ボール! これを……こう!」

 思い切り振りかぶって、ヒカルは捕獲ボールを空へ向けて放り投げました。

 捕獲ボールは空中でピカリと一度光ったかと思うと勢いよく弾けて、中から大きな大きな捕獲ネットが飛び出します。

 その大きさは……なんと、広場が三分の一ほど埋まってしまいそうなほどで……

「ヒカル⁉ もしかして、投げる捕獲ボールを間違えてないかしら⁉」

「あぁああ! 本当だ、これ超大型モンスター用だった!」

 気付いたところでもう遅く……ヒカルの上にもエイギスの上にも、はたまたショースケとタカヤの上にも超大きな捕獲ネットが降ってきました。

「うわぁ⁉ 何これ、なんかベタベタして逃げられない!」

 ショースケはバタバタ藻掻きますが……この捕獲ネットには捕獲対象が逃げられないように接着剤のようなものが塗られています、そう簡単に抜けられません。

「うわぁあん……どうしよう、皆ごめん……」

 何とか抜け出そうと暴れたのでしょう、ヒカルは身動きも取れない程ネットでぐるぐる巻きになりながらしょんぼりと謝りました。

「大変なことになったわね……あら?」

 エイギスは頭に貼り付いた捕獲ネットごと首を持ち上げます。

「さっきの泥棒がネットに掛かっていないわ!」

「えぇ⁉ じゃあどこに……ってあぁ!」

 ショースケが頑張って首をもたげると……捕獲ネットの隙間の穴から、地面からぬるりと出てきた泥棒が遠ざかっていくのが見えました。

「あの泥棒、地面の中を移動できる道具を使ってたんだ! 大変、このままじゃ逃げられちゃうよ!」

 でも動けば動くほど捕獲ネットが絡まって貼り付いて……どうすることもできません。

「うぅ……誰か助けてー!」

 ショースケが思わずそう叫ぶと……


「はーい!」

 空から声が聞こえました。

「行くわよ! 諄弌」

「了解……春子」

 

 広場の側にある高い建物の上から、人影が二つ降り立ちます。

「諄弌はみんなを解放してあげて。私はあの子を捕まえにいくから!」

「……わかった」

 春子と二手に分かれた諄弌は、刀身が光で出来ている一本の剣を両手で構えて、大きく広がった捕獲ネットの上にふわりと浮かびました。

「と、父さぁあん……」

 身動きが取れないヒカルはべそべそと泣いています。

「お……ヒカル。久しぶりだな、いつぶりだ……?」

 諄弌は剣を降ろし、捕獲ネットにぐるぐる巻きのヒカルを見下ろしながらぼそぼそと話しかけ始めました。

「え、えーっと……一年半ぶりくらい?」

「……そうか、もうそんなに経つのか。元気でやってるか……? お、ヒカルちょっと大きくなったんじゃないか……? そうだタカヤは……」

「いやいや、父さん! 話は後でするからとりあえず助けて欲しいな⁉」

 その場に屈んでゆっくり話を続けようとする諄弌に、ヒカルは必死に叫びます。

「あ……そうか、そうだった」

 立ち上がって首をコキコキと二回鳴らして、諄弌はもう一度剣を構えました。

「……動くなよ」

 そう呟いて、目にも止まらぬ速さで何度か剣を振ったと思うと……次の瞬間には、ヒカルたちを捕らえていた大きな捕獲ネットは粉々に切り刻まれていました。

「……まだベタベタはするだろうが、これで動けるだろ」



「ありゃ、また地中に潜っちゃったみたいねー」

 泥棒の姿が見えなくなっても、春子はやけに落ち着いています。

「潜ってからの時間から考えて……移動範囲はこの辺り。障害物の有無、この後逃げるのに有利な経路……そう考えると」

 春子はスタスタと歩いて行き、ある一点で止まります。

「出てくるのはここ!」

 そう言ったのと同時に、春子の目の前の地面から泥棒がぬるりと飛び出して来ました!

「ビンゴね!」

 春子は背負っていた諄弌と同じ剣を二本、両手で一本ずつ構えると瞬時に泥棒に飛びかかります。

 尖った剣の先はゆらゆらと形を変えてロープのように伸びてしなって、春子はそれを器用に操り泥棒の体にぐるぐると巻き付けると、いとも容易く動きを封じてしまいました。

「一丁上がり! さて、お話は本部で聞かせてもらうわね」



「助けてくれてありがとう、父さん母さん……そしてごめんなさい」

 まだ体に捕獲ネットのベタベタを付けたまま、ヒカルはうずくまってどんよりと凹んでいます。

 エイギスはそんなヒカルの背中を、細い腕でツンツンとつつきました。

「こらヒカル、いつまでもそんな風にいないの。ほら、このスプレーを吹きかけたらベタベタは取れるから」

「うぅー…だって俺の所為でたくさんの人に迷惑を……」

「もういいから。はい、これ使って」

 ……ヒカルはやっと立ち上がってスプレーを受け取ると、体に吹き付け始めました。

 その様子を見ていた春子は高らかに笑います。

「あははは、ごめんねエイギス! うちの息子が世話になってるわ!」

「ううん、ワタシもヒカルにいっぱいお世話になってるから。春子、諄弌、久しぶりに会えて嬉しいわ! ワタシ、二人のおかげで宇宙警察として頑張ってるの」

「私も会えて嬉しいわーエイギス! 可愛い可愛い!」

 春子は背の高いエイギスのお腹周りをぎゅーっと抱きしめて、何度も頬ずりします。

 そんな二人を横目で見て、ほんの少し口元を緩めた諄弌は、近くで体にスプレーを吹きかけているタカヤの方へ歩みを進めました。

「……タカヤ、久しぶりだな。体はどうだ……」

「久しぶり、父さん。体は大丈夫だよ、何にも問題は無いかな」

 タカヤはいつも通り笑って見せます。

「…………そうか。ところで……」

 諄弌はいつも通りの無表情で、タカヤの背中の後ろに隠れているショースケをじーっと見つめました。

「ひっ……え、ええと……」

「父さん、この子が俺のコンビのショースケだよ。ほらショースケ、怖くないから」

「……そうか、君が肖造さんの孫か……」

 またまた、諄弌はショースケの顔を穴が空くほど見つめます。

「……あんまり似ていないな」

 そう言って、諄弌がふにゃっと口元を緩めると……後ろから春子が全速力で走って来て、タカヤの体をぎゅーっと抱きしめました。

「タカヤ、会いたかったー! 大きくなったわね、体は大丈夫?」

「母さん! う、うん。大丈夫」

「無事みたいで良かったわー……あら?」

 春子はタカヤの後ろで隠れるように屈んでいるショースケを見つけると……

「もしかして! あなたショースケくん⁉」

 潰れるぐらいの勢いで抱きついて、ショースケの体を高く持ち上げてしまいました。

「わ⁉ わわっ……」

「きゃー! なんて可愛いの!」

 春子がそのまま、嬉しそうにくるくる回るので……ショースケは目が回って、何が何だかよくわからなくなってきました。

「母さん! ショースケ困ってるから降ろしてあげて!」

「あ、ごめんねタカヤ! あんまり可愛いからつい……」

 春子はゆっくりと大切そうに、ショースケを地面に降ろします。

「ごめんね、自己紹介もせずにいきなり抱っこしちゃったりして。私は石越春子! こっちは夫の諄弌!」

 春子が諄弌の背中をぽんっと叩くと、ぼーっと空を見ていた諄弌は気が付いたのか頭を小さく一回下げます。

「ここで立ち話もなんだし……とりあえず本部内のカフェにでも行きましょうか! もちろんご馳走するわよ!」


****


 六人は宇宙警察本部の一階にあるカフェにやって来て、丸いテーブルを囲んで座ります。

「はー、久しぶりに食べるとここの極彩色のご飯も一層美味しいわねー!」

 お皿にてんこ盛りの色とりどりの丸いパンのような何かを口に運びながら、春子はご満悦で頬を押さえました。

「ほら、ヒカルもっと食べなさい! 前よりちょっと痩せたんじゃないの?」

「べ、別に痩せてないよ。むしろ前より太ったからちょっと減らして……って無理やり皿にのせないで⁉」

「いいから食べなさい! ほらエイギスも……って、エイギスは物を食べないんだったわね」

 椅子には上手く座れないエイギスは立ったまま、その様子を見下ろしてふわりと笑いました。

「あら? タカヤもあんまり食べてないじゃない! ほら、お皿貸して!」

 春子は今度はタカヤの皿を受け取ると、丸いパンのような何かをいくつものせて、山積みにして返します。

「食べれるだけ食べなさい! 余ったら母さんが食べてあげるから」

「あ、ありがとう……母さん」

 タカヤは眉を下げてへちょりと笑って、そのうちの一つを頬張り始めました。

「なぁショースケ? 良かったらこれ一緒に食べてくれないか? たくさんあるし……」

「……え? あ! うん、わかった」

 タカヤの隣に座るショースケは白い紙袋を膝の上にのせたまま、ずーっとそわそわしています。

「あ、そうか。それを渡すんだったな……父さん母さん、ショースケが二人に渡す物があるって」

「ん? 何かしら」

 春子と諄弌が同時にショースケの方を向いたので、ショースケはまた一段と、心臓がきゅっと握られたように緊張してしまいます。

「え、ええええ、えぇっと……」

「……俺たち、そんなに怖いだろうか……」

 諄弌は青いジュースを飲みながら、表情を変えずにしょんぼりとうつむきました。

「ほら! 諄弌ももっと笑って! ショースケくーん、怖くないわよー?」

 春子と諄弌は二人で両手をぶんぶんと振りますが……ショースケの顔は強張ったままです。

……見かねたタカヤはポケットの中のエッグロケットを握って、ショースケにテレパシーを送ります。

(どうしたんだショースケ。普段は初対面でもそんなに緊張してないのに)

(だってタカヤの両親なんだもん! タカヤだって僕のマムとダッドに会ったら絶対緊張するって!)

(そ、そうかもしれないけど……)

(もうタカヤがこれ渡して!)

 ショースケは紙袋をゴリゴリとタカヤに押しつけます。

「えーっと、父さん母さんこれ……」

「何かしら……あ! ここのおまんじゅう私たち大好きなのよー! 久しぶりに食べられるなんて嬉しいわー! ねぇ諄弌?」

「ああ……なぁ、ショースケ君……?」

 ショースケがあまりにも縮こまっているので、諄弌はいつもより笑おうとして……何とも言えない不気味な笑みを浮かべました。

「諄弌、その顔は怖いわよ」

 右隣の春子に片手でほっぺたをむにゅっと挟まれて、変顔状態のまま諄弌は話を続けます。

「……このおまんじゅうは……もしかしてライト君からだろうか……?」

 ショースケは物凄く諄弌の変顔が気になりますが……とにかくコクコクと頷きました。

「あ! そういえばショースケくんはライトくんと一緒に住んでるんだったわね! ねぇねぇライトくんは元気にしてる?」

 春子に目をキラキラさせて尋ねられたものの、ショースケが今日見て来たライトの姿は……何徹目かわからないほど目の下に隈を作り、おでこに冷却シートを貼ってエナジードリンクを飲んで、机に向かってよくわからない言葉をぶつぶつ呟きながら作業をしている姿だったので……はたしてそれが元気なのかショースケにはわかりません。

 頷くわけにもいかないので、ショースケは小っちゃく口を開きました。

「え、ええと……元気じゃない、かも……?」

「えぇ⁉ 元気じゃないの⁉」

 春子も諄弌もヒカルもタカヤもびっくりです。

「どういうことだショースケ⁉ もしかしてライトさん何か病気に……」

「え、病気⁉ もしかして……地球外の病気だったりしないかしら⁉ どうしましょう諄弌!」

「お、おお落ち着け春子……離して……あぁ、あんまり肩を揺するな首がもげる……」

「父さん大丈夫⁉ あ! お、俺、本部勤務だからライトお兄ちゃんに何か薬とか調達できるかも!」

 ……なんだか大事になってきているので、ショースケは慌ててブンブン首を横に振ります。

「い、いやいや! 疲れてはいたけど病気じゃない……です」

 ……四人は一斉にショースケの方を見て……

「よかったぁ……」

 ぺたりとテーブルに伏せました。

 その様子を見ていたエイギスは長い睫毛を揺らして、瞳をコロコロと大きく見開いています。

「皆が急に取り乱してしまったからびっくりしたわ……? 確かライトさんって……肖造のコンビの地球人よね?」

「え」

 今度はショースケが、目を零れそうなほどかっ開きました。

「えぇええええええ⁉ ライトさんってじーちゃんのコンビなの⁉」

「ショースケくん知らなかったんだ。タカヤからは言わなかったの?」

 ヒカルが問いかけると、タカヤは困ったように笑います。

「ライトさんは、肖造さんとのコンビはお互いの利益のために仕方なく組んでるだけだから絶対言わないで欲しいって……」

「あははは! ……ライトくんらしいわね」

 高らかに笑った春子がショースケが持ってきたお土産の箱を開くと……中には綺麗に並んだおまんじゅうが入っていて、その横には丁寧に整った文字で綴られた手紙が添えられていました。

 『春子さんと諄弌さんへ』と記されている青い封筒を手に取って開き、春子は嬉しそうに顔をほころばせます。

「ねぇショースケくん? ライトくんはね、私たちにとってもう一人の息子みたいな存在なの。ちょっと真面目すぎて心配な事も多いけど……とってもとっても優しい子」

 手紙の内容に一通り目を通して、春子は笑いながら手紙を諄弌に渡します。

「あはは! ショースケくんのお世話が大変なんですって。でもそれくらいがちょうどいいわよ、あの子は何でも根を詰め過ぎるところがあるし……ショースケくん、これからもライトくんのことよろしくね!」

「え、あ!」

 ショースケはキリリと表情を作って、かっこよく返事をしようとして……

「ひゃぃ!」

 ……今度は思い切り声が裏返り、しかもちょっと噛んでしまいました。

 少し緊張が解けて、やっと普通に喋れるようになってきたと思ったのに……ショースケはあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして、自分の太ももを見つめることしか出来ません。

すっかり丸まってしまったショースケの背中を、隣のタカヤは何とか元気付けようと必死に摩ります。

そんな二人の様子を、春子と諄弌が優しい目で見つめていると…天井のスピーカーから、大きな音でアナウンスが流れました。


『春子隊員、諄弌隊員。最上階の研究室へ至急向かってください』


「あら……もう時間なのね」

 春子は残念そうに、自分の皿の上にあるパンのようなものを全部ペロリと平らげて「ごちそうさま」と手を合わせます。

その隣で、諄弌は読んでいたライトから手紙をおまんじゅうの入っている白い紙袋の中に一緒にしまい、それを持って立ち上がりました。

「もしかして母さんと父さん、もう別の星に行っちゃうの?」

「そうなのヒカル。ごめんね、せっかく時間を空けてくれたのに……もう行かなくちゃ。会えて嬉しかったわ」

 慌てて立ち上がったヒカルをぎゅっと抱きしめた後、春子はタカヤの方へ歩いて来ました。

「タカヤ、元気そうで良かった。くれぐれも無理はしないこと、いいわね?」

 そう言って、今度はタカヤを抱きしめます。

「……うん」

 タカヤは春子の体を抱きしめ返そうかと腕を少し上げて……そのまま、力無くその手を下ろしました。

 春子がパッと顔を上げます。

「それじゃあ行ってくるわね! エイギス、ショースケくん、ヒカルとタカヤをよろしくね! ほら、行くわよ諄弌!」

「ああ、春子……それじゃあ、また」

 二人は振り返ること無くカフェを出て、真っ白な廊下の先へ消えていきました。



「残念だわ……もっと、お話したいことがたくさんあったのに」

 長い首を下げて、エイギスはしょんぼり項垂れます。

「二人とも忙しいな。さて、これをどうしよう……?」

 ヒカルの皿の上にはまだたくさん、パンのようなものが残っています。

「お、俺も……さすがにショースケと二人でもこんなには食べられないかな」

 タカヤも自分の皿の上の残りの数を見て苦笑いです。

「母さん残ったら食べてくれるって言ってたけど行っちゃったし……仕方ない、俺の同僚たちに食べてもらおう」

 ヒカルはカフェのカウンター向かい、半透明の袋をもらって戻ってくると、残ったカラフルなパンのようなものを二皿分、その中にパツパツに詰め込みました。

「さて、俺はとりあえずこれを同僚たちに届けて来ようかな」

「ワタシも一緒に行くわ、ヒカル。タカヤとショースケはこの後の予定はあるの?」

「いえ、予定は無いんですけど……」

 エイギスの問いかけに、タカヤは隣のショースケをちらりと見ます。

「うぅ……むちゃくちゃ緊張したよぉ……絶対変な子だと思われた、もう帰りたい……」

ショースケはテーブルに突っ伏し半ベソをかいていました。

「ライトさんもひどいや、あんな手紙書くことないじゃんか。僕すごく手が掛かる子だと思われちゃったよ……?」

 足をバタバタ鳴らしながらショースケはぐずり続けます。

「大体さ、僕だってライトさんのお世話いっつもしてあげてるのに! お腹出して寝てるときはお布団かけてあげてるし、肩叩きだってたまーにしてあげてるんだよ? 全く、帰ったら文句言ってやらないと……うぇえん……」

 そろそろ本格的に泣き出してしまいそうなショースケを、タカヤは慌てて肩を貸して椅子から立たせました。

「お、俺たち今日本部に泊まる予定で……明日もあるから、今日はもう休もうかと思います! ほら、ショースケ部屋行くぞ?」

「ううぅ……僕普段あんな子じゃ無いのにぃい……」

 タカヤはショースケの手を握ってヒカルとエイギスにぺこりとお辞儀をすると、カフェを後にしようと一歩踏み出して……ガクリとその場に跪きました。

「ごめんごめん、ちょっとつまずいちゃった。行こうか」


****


 透明なチューブのように伸びるエレベーターを、宇宙警察本部の最上階で降りた春子と諄弌は肖造の研究室の扉をノックします。

「来たか、準備が出来たぞ。すまんな、急かしてしもうて……久しぶりの息子たちとの再開じゃったのに」

「いいえ、少しでも会えて……本当に嬉しかったです。それで、私たちは何処へ向かえばいいんですか?」

 先程までとは打って変わって、春子はひどく真面目な顔で言いました。

「……お前たち二人に、ここへ一度戻るように伝えたときはまだ広い範囲しか絞れていなかったんじゃが……先日あることがあってな、遂に居場所が特定出来た」

 肖造が手をかざすと、暗い紫色の小さな惑星が大きなスクリーンに映し出されます。

「星の名前はオラブ星、ここからはかなり遠く離れた星じゃ。二人には今すぐこの星へ向かってもらいたい。詳しい情報は後で送るが……相手は何をしてくるかわからん、くれぐれも気をつけてくれ」

「……了解しました。……肖造さん?」

 諄弌は小さく、でもしっかりと口を開いて肖造を真っ直ぐ見据えます。

「……タカヤを、よろしくお願いします」

「……ああ、わかっとる。最新式のUFOを用意しておいた、ほんの少しじゃが今までのものより早く到着するはずじゃ」

「ありがとうございます。……それでは、行ってきます」

 春子と諄弌は深く礼をすると、研究室の扉をくぐって行きました。


****


 高速でワープを繰り返すUFOの中。

 窓の外にはマーブル模様に波打つ、虹色の景色が流れるばかりです。

「ねぇ諄弌? あの子たち、大きくなってたわね。特にタカヤ……離れたときはまだ八歳で……今は十歳なんだもんね。近くで、成長を見ていたかったわ」

「……ああ、そうだな」

「でも楽しそうにしてたわね。ショースくんのおかげかしら、ちょっと安心した……待っててね、タカヤ。私たちは絶対に……もう一つのコスモピースを見つけ出して、あなたを助けてみせる」


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