第16話 消えた乗客、消せない気持ち

****


「なぁココレヨ、あの薬は持ったか?」

「…持ちましたよ。これを誰にも見られないように、列車を降りる直前に飲んで…変身すればいいんですよね。本当に、上手く行くでしょうか…?」

「大丈夫だって、計画は完璧だ。それに、薬をくれた人も言ってただろ? 絶対バレないって」

「でも…」

「でもでも言うなよ! …オレはこれからも、ココレヨと一緒にいろんなところを旅したいんだ。ココレヨはそうじゃないのか?」

「それは…私もキミと一緒に…」

「…それならやるしかないだろ。ほら、時間だ。先に行くよ、一緒だと疑われる。…じゃあ、また時目木駅で会おうな、ココレヨ」


****


 日中の刺すような暑さと打って変わって、少し湿った風が吹いている金曜日の午後十時五十分。

 タカヤとショースケは今週も、時目木公園の時計台の上で特急こすもがやって来るのを待っていました。

「そういえばショースケ、夏休みの宿題は進んでるか?」

 夜空に浮かぶ夏の大三角形を見上げながらタカヤが問いかけます。

「うん。一個もやってないよ」

 ショースケは手元のタブレットでパズルゲームをしながらさらりと答えました。

「えぇ⁉ えっと…余裕を持って終わらせるために、何日にこれをやるとか…一緒に計画した、よな?」

「したよ、予定通りに進んでないだけ」

「そ、そっか…」

 現実から目を逸らすように、タカヤは今度は下を見下ろします。

 ポツンと立った街灯に照らされた芝生の上では、一週間の時目木町旅行を楽しんだであろうETたちが、タカヤたちと同じく特急こすもの到着を待っていました。

 何本もの手にお土産をたっぷり抱えたET、思い出話に花を咲かせるET、はたまた帰りたくないのかちょっとむすっとした顔で佇むET…。

 そんなETたちが何事も無くこの町を楽しんでくれたことがタカヤは嬉しくて、思わず顔をほころばせました。

 その隣でショースケはパズルゲームで負けそうになっているようで、高速で指を動かしていましたが…

「あぅ…」

 画面には『You Lose』の文字が浮かんで、ショースケはそれから早く目を背けたいのかタブレットをカバンの中に戻します。

「…僕のことばっか言うけどさぁ、そういうタカヤは終わってるの? 夏休みの宿題」

 パズルゲームで負けた悔しさも相まって、ショースケはつい拗ねたような口調でタカヤに尋ねてしまい…すぐにそのことを後悔しました。

 このスーパーウルトラ優等生、時目木町が生んだ完璧超人である石越タカヤが、夏休みが始まって数日経った今日までに宿題が終わってないはずがありません。

 おそらく夏休みが始まる前に終わっているとかそういう話をされるのでしょう、ショースケが耳を塞ごうとしていると…タカヤから返ってきたのは予想外の言葉です。

「…いや、実はまだ一つ終わってなくて。教室の壁に貼るらしい、自己紹介を書くプリント」

「え、あれでしょ? 誕生日とか趣味とか好きな食べ物とか、自分の長所とか書くやつ。あんなのちゃちゃっと書いたらいいじゃん、僕なら二分で書けるね!」

 二分で書けるなら今すぐ書けばいいのに…きっとショースケはこのプリントを最終日の夜中に泣きながら書くことになるのでしょう。

「あはは…ちゃちゃっと、書けたらよかったんだけどな…」

「えーなになに? 自分の似顔絵が上手く描けないとか? しょうがないなー僕が代わりに描いてあげてもいいよー?」

 …ちなみに偉そうに言っているショースケの絵の実力は…先生に「すごく独創的だね」と言われるくらいです。

「あ、ありがとう…似顔絵はもう描いたからいいかな」

 タカヤが困ったように笑っていると…夜空がキラリと光りました。


****


 シャラシャラと貝殻を擦り合わせたような音が辺りに響いて、空から特急こすもが滑るように降ってきます。

「時目木駅、時目木駅ー」

 キラキラと現れた天の川のようなレールの上に、特急こすもはゆっくりと停車しました。

「タカヤは今から乗るETさんたちのチェックをしてくれる? 僕は降りてきたETさんたちをチェックするよ」

「ああ、わかった」

 ドアがシューっと開いて、中からたくさんの色とりどりなETたちが降りてきます。


 …その中に小さなハエが一匹混ざっていましたが、ショースケは気が付かず…ハエは体のコントロールが利かないのか、街灯の天辺へとふらふら飛んでいきました。


 イヤホン型翻訳機を片耳に入れて、ショースケは降りてきたETたちを一人一人、本部から送られている情報と照らし合わせて間違いがないか確かめていきます。

 毎週やっていることです。今まで問題があったことはありませんし、今日もいつも通り『異常なし』と言ってさっさと家に帰るつもり、だったのですが…

「あれ…?」

 ショースケはもう一度、本部から送られているETの情報をタブレットで確認します。

「ショースケ、どうかしたか? 時目木駅から乗るETさんたちは問題無かったから、もう特急こすもに乗車してもらったよ」

「いや…なんか一人足りないような…?」

「足りない?」

 二人はタブレットを見ながらもう一度、降りてきたETたちをチェックしていきます。

 …やっぱり一人…オラブ星からやって来ているはずのオラブ星人、ココレヨさんがいません。

「まだ降りてきてないだけかな? あ、座席で寝ちゃってるとか!」

「確認しないとな」

 ショースケは一番前の車両のドアから、タカヤは一番後ろの車両のドアから特急こすもに入ります。

 すでに乗車している、これから時目木町を発つ予定のETたちにも協力してもらって、二人は座席の隙間から机の下、はたまた天井に張り付いてないかまで隈なく捜索しましたが…どうにもココレヨさんらしき人は見当たりません。

 特急こすもの外に戻って来たタカヤとショースケは同時に首を傾げました。 

「ポスリコモス側の手違いか…? 本部に確認してみるよ」

 タカヤはエッグロケットを取り出して、後ろに付いたダイヤルを回します。

「はい、こちら宇宙警察本部。どうしましたか? タカヤ隊員」

「お忙しいところすみません、特急こすもの乗客について確認したいのですが…」


「…はい、そうですか。わかりました」

 タカヤはエッグロケットをポケットに戻しました。

「どうだった? タカヤ」

「それが…ココレヨさんは確実に、ポスリコモス発の特急こすもに乗ったらしいんだ」

「えぇ⁉ じゃあどこ行っちゃったの?」

「わからない…けど、このままじゃ特急こすもは動かせない。俺は列車の中のETたちに事情を説明してくるよ」

 タカヤはもう一度、足早に特急こすものドアをくぐって行きました。

 ショースケがその間にタブレットでココレヨさんについて確認していると…その近くで、時目木町旅行にやって来たばかりの赤いETが声を上げます。

「すみませーん、まだここを離れたらいけないんですかー?」

 続いて隣の緑色のETも細い触手を揺らしました。

「ワタクシ今のうちに、この町で行きたいところがありますので…もう移動を始めたいのですけれど…」

 わらわらと集まってくるETたちに、ショースケは慌てて事情を説明します。

「ご、ごめんなさい。実は乗って来たはずの方が一人消えちゃって…! みなさんからお話が聞きたいので、まだここに居てもらわないといけないんです…」

 それを聞いたETたちの反応は様々ですが…一人の小さな青いETが、ショースケのタブレットの画面を覗き込んで大声を出しました。

「あ! オレこの人見た!」

「え、この人って…ココレヨさん⁉」

 ショースケは青いETにしっかり画面を見せます。

「ああ。遠くの座席からだったけど…オレ、視力には自信があるから間違ってないと思う。確かにあの列車に乗ってたよ、消えたなんてびっくりだな」

 青いETは一本生えた角をキラリと輝かせながら言いました。

 するとその様子を見ていた周辺のETたちが…

「あら、その方ならワタクシも見ましたわ」

「ぼくも見ました」

「あ、わたしも!」

「見た見たー!」

 なんと全員、口々にそう言うではありませんか!

「え、え⁉ 全員見たの⁉」 

 ショースケが驚いていると、先ほどの赤いETが耳をくるくる回して嬉しそうに話します。

「その人…ココレヨさん、って言うんですか? 体が大きくて目立っていたのもそうなんですけど…全身が黒い宝石みたいにキラキラ光っていて、つい見惚れてしまったんです」

 周りにいるETたちがそれに同意します。

「そうなの! オラブ星人が美しいって噂は聞いたことがあったけど、あんなに綺麗だなんて驚いちゃった。ねぇ?」

 ふわふわのピンクのETが伸縮しながら、隣の白いETに話を振りました。

「うんうん、それに振る舞いに気品があったよ。さすが王子様だよね」

 白いETが頭の天辺の口を開いてそう言ったので、ショースケは思わず尋ねます。

「え、王子様? このココレヨさんって王子様なの?」

「そうだよ、ボクはオラブ星の近くの星の出身だから知ってるんだ。ココレヨ様は確か…もう少ししたら王様になるはずだよ。そうか、この地球から…というかポスリコモスからもオラブ星はとーーーっても離れているから、キミたちが知らないのは当然だね」

 今度は足下にある二つ目の口を開いて、白いETは得意げに笑いました。

 …その後ろで小さな青いETが、角をわずかに震わせたのに気が付く人はいません。

 ショースケはタブレットで、急いでオラブ星について調べます。

「オラブ星…ポスリコモスから最新のワープ機能を使っても、地球時間で数週間かかるほど遠く離れた国。…うーん? そんな遠くの星の王子様がなんでこの時目木町に?」

 ショースケがより詳しく調べようとタブレットを操作していると…一体いくつ口があるのでしょう、白いETは右の口と左の口で同時に喋り始めました。

「オラブ星はかなり厳しい星だからね。王様になったらめったに星から出られなくなるだろうから、そうなる前に最後にゆっくり旅行に来たんだと思ってたんだけど…まさか消えてしまうなんてね。一体どうしたんだろう?」

 たくさんの口をうねうね尖らせて、白いETは不思議そうです。

 

 …小さなハエは体が上手く動かせないのか、街灯の天辺に一生懸命しがみついていました。


****


「ただいまショースケ、何か進展はあったか?」

「あ、おかえりタカヤ。実はね…」

 ショースケは先ほどETたちから聞いたことをタカヤと共有します。

「なるほど、王子様か…とにかく、もう少し調べてみないとな。乗客が急に消えるなんてどう考えても変だ」

「そうだよね…あ、もしかしたら! 透明マントとか、変身スプレーとか…何か道具が使われてるかも!」


 …小さな青いETがピクリと小さく反応して、ほんの少しショースケから距離を取ります。


「確かにその可能性は高いな。どうする? 乗客たちの荷物を調べさせてもらうか?」

「ふっふっふ…その必要は無いんだなー! 見てよこの新しい道具…」

 タカヤの発言に、ショースケは待ってましたと言わんばかりに意気揚々とカバンに手を突っ込みました、が…

「あ、それとも俺が見てみようか?」

 …次にタカヤが何気なく発したその言葉で、ピタリとその手を止めました。

「え、見てみるって…もしかしてコスモピースの力ってそんなこともできるの? さすがにちょっとズル過ぎない?」

 ショースケは眉間にぎゅぎゅっとしわを寄せて、口元をこれでもかと歪ませます。

「多分出来ると思うんだけど…そ、そんな顔しないでくれよ…」

「えー…だってさぁ、この間の依頼もその前の依頼もタカヤのコスモピースでなんとかなっちゃったんだもん。なんかもう僕いらなくない?」

「いらなくないって! えーっと…ご、ごめん…」

 わかりやすく拗ねてしまったショースケに、タカヤは謝ることしか出来ません。

「…タカヤがライトさんに内緒でいっぱいコスモピースの力使ってるーって…ライトさんにチクっちゃおうかなぁ」

「ごめんって! お願いだからそれだけはやめてくれ! ショ、ショースケの新しい道具見たいなー、見せてくれよ!」

 タカヤが頼み込むと…ショースケは小さくため息を吐いた後、カバンからエッグロケットを取り出しました。

 その中からさらに、双眼鏡のようなものを引っ張り出します。

「これだよ、新しい道具。この間じーちゃんにもらったの」

 ショースケは双眼鏡を覗いて辺りを見渡し始めました。

「これはね、例えば透明マントや変身スプレーなんかを使ってたり、はたまたメグさんみたいに他の生物に変身してたり…とにかく、見た目が本当の姿とは違う姿になっている生物や、そういう道具を使った痕跡を見分けることができる発明品なんだ。例えばあそこの白いETさんは…本当は紫色の体なのに白く見えるように変身してるみたいだね」


 …小さな青いETは何度も、チラチラと街灯の天辺を見ます。

(大丈夫だ…あの薬をくれた人が言ってた。あの薬はすごいものだから…最新の機械でも変身を見破ることはできないって。大丈夫だぞココレヨ、大丈夫…)


「すごいな、そんなこともわかるのか」

「びっくりしてくれなくていいよ。タカヤだってわかるくせに」

 ショースケはまだ機嫌を損ねているのか、頬を膨らませながらタカヤの方を向いて…思わず飛び出しそうになった声を必死に飲み込みました。

 …双眼鏡越しに見たタカヤは…黒々としたぐちゃぐちゃの闇が渦巻いています。

「どうしたショースケ?」

「い、いや…なんでもない! じゃあこれでいろいろ見てみようか!」

「うん…?」


****


「んー…変だなぁ」

 ショースケは双眼鏡を覗きながら、特急こすもの中を何往復も歩き回ります。

「ショースケ、やっぱり何も無いか?」

「うん、そういう道具を使ってるETさんは何人かいたけれど、その中にココレヨさんはいなかったよ。何か使われた痕跡みたいなのも見えないし…」

 …双眼鏡越しにタカヤを見ると怖いので、ショースケはわざと大きく目を逸らします。

「そっか。…一体どこに行ったんだろうな」

「とりあえず僕はもう一往復、列車の中を探してみるね」

「わかった。俺は外でもう一度聞き込みしてみるよ」

 タカヤが一番後ろのドアから特急こすもの外へ出ると…ガヤガヤと話をしているETたちの中で、小さな青いETが一人、街灯の天辺を不安そうにじっと見上げていました。 

 …見つめる先には、どうやら小さなハエが一匹止まっているようです。

 コスモピースのエネルギーの影響で恐ろしいほど視力を高めることができるタカヤが見逃すことはありません。

「…こんばんは、ご不便をおかけしてしまって申し訳ありません」

 突然タカヤからそう話しかけられた青いETは、驚いて声を上げました。

「わっ! びっくりした…ほ、本当だよ! 早く町の観光に行きたいのに、ココレヨってやつも迷惑なことするよな」

 青いETは怒りながら顔を背けます。

「…そうですか」

 タカヤはにこりと笑って、また特急こすもの車内に戻りました。


****


「ショースケ、ちょっといいか? 頼みがあって…外の街灯の天辺をその双眼鏡で見てみてくれないか?」

「街灯? いいけど…」

 ショースケは特急こすものドアの隙間から、街灯の天辺を双眼鏡越しに覗きました。

「んー…特に何もないけど?」

「え、…ちょっと貸してくれるか?」

 タカヤも双眼鏡を受け取って確認してみますが…特に変わった様子はありません。

「ほ、本当だ…」

「どうしたの? 何かあったの」

「実は…」

 周りに聞かれないように、タカヤはショースケに耳打ちします。

「外にいる体の小さい青いETさんなんだけど、おそらくココレヨさんの仲間だ」

「え、仲間?」

「うん。話を聞いたら『ココレヨってやつも迷惑なことするよな』って…。ココレヨさんが自分で消えたのか、事件に巻き込まれたのかはまだ誰もわからないはずなのに。あのETさんの口ぶりは、まるでココレヨさんが自分から消えたことを知ってるみたいだった」

「な、なるほど…」

「それで、その青いETさんが街灯の天辺をチラチラ見てたから…てっきりそこに変身したココレヨさんがいるんだと思ったんだけど…」

 タカヤは眉毛をハの字にして考え込みます。

「えーっと…念の為に言って置くけど、この双眼鏡は壊れてないと思う…よ?」

 ショースケは双眼鏡を通して、恐る恐るタカヤを覗きながら言いました。

 …タカヤが人間の形に見えないのはきっとコスモピースの影響でしょう、やっぱり黒くてぐちゃぐちゃです。

「いや、壊れたとか疑ってるわけじゃないんだ」

 そう言っていつも通り、申し訳なさそうに笑ったタカヤでしたが…ある恐ろしい可能性が、不意に頭を過りました。

(まさか…)



 ショースケがもう一度特急こすもの中の痕跡を探しに戻った間に、タカヤはこっそりと外へ出て…目を閉じてコスモピースの力を発動させます。

 そして赤と青の星々が煌めく瞳で街灯の天辺を見上げて…息を呑みました。


****


「みなさん、お待たせしました。もうこの場を離れていただいて構いません」

 外で待っていた、これから時目木町旅行に出かけるETたちにタカヤは笑いかけました。

 ETたちは嬉しそうに、歩いたり走ったり、飛んだり転がったりしながらその場を離れて行きますが…

「…あなたは移動されないんですか? 早く出かけたがっていたのに」

 一人残った小さな青いETに、タカヤは話しかけます。

「で! 出かけるさ…ただちょっと、ここから見える星が綺麗だからもう少し見ていこうと思ったんだ」

 そう言って青いETは再び、街灯の方をちらりと見上げます。

「…慣れない変身であそこから動けなくなってしまったココレヨさんのことが心配なんですよね? …思ったように動けなくて当然です…普通の、見た目だけの変身じゃない」

 タカヤはコスモピースの力でふわりと宙に浮かぶと、街灯の天辺に降り立ち、一匹のハエを手に優しくのせて地上に戻ってきました。

「…変身には薬を使ってますよね? その薬はどこで手に入れましたか?」

「な、何のことだよ…オレは知らないぞ!」

 青いETは角を揺すって必死に否定します。

「そうですか…それなら、この生物を宇宙警察本部に送っても構いませんよね?」

 ポケットからエッグロケットを取り出して…タカヤは冷たい目で、その銃口を小さなハエに向けます。

「そ、それはっ…。わ、わかった認めるよ…そいつはココレヨだ。薬は…オラブ星で名前も知らない人にもらったんだよ…元に戻す薬ももらってある。これ…」

 消え入りそうな声で青いETは答えると、旅行カバンから透明な液体の入ったカプセル状の薬を取り出しました。

 タカヤの手のひらから小さなハエがふらふらと飛び立って、青いETの持つ薬の上にぴたりと止まると…小さなハエの体に薬がスルスルと吸い込まれていきます。

 そしてハエはみるみるうちに、黒く輝く大きな体のオラブ星人…ココレヨさんへと姿を変えました。

「…助けていただきありがとうございます、宇宙警察さん。そして…ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした」

 ココレヨは跪き、深く頭を下げます。

「キミにも…悪いことをしました。私の我が儘に付き合わせてしまった…本当にごめんなさい」

「何でココレヨが謝るんだよ…逃げようって、最初に提案したのはオレだ。ココレヨが王様になったら、二人で旅が出来なくなる…ココレヨと一緒に居られなくなる。オレはそれが嫌で…」

 小さな青いETは、小さな小さな涙を流しました。

「…なぁ宇宙警察さん」

「何ですか?」

 タカヤは屈んで、できるだけ青いETと目線を合わせます。

「…オレたちを見逃してくれないか? ココレヨと一緒に居たいんだ…頼むよ…」

「……」

 少しだけ考えた後、タカヤが口を開こうとすると…先に口を開いたのはココレヨでした。

「私は…旅が好きな、自由なキミが好きなんです」

 ココレヨは細い指で、青いETの涙を拭います。

「ですから…私の所為でキミを縛るのが怖くて…キミに嫌われてしまうかもしれないと思うと、どうしても言い出せませんでした」

「ココレヨ…?」

「私は…オラブ星で王になります。その隣に…キミが居て欲しい」

 ふわりと、優しい風が吹き抜けました。

「…旅にはもう行けないかもしれません。自由だって利かないかもしれません。それでも…我が儘だとわかっていても、私はキミの側にいたい」

 街灯の光に照らされて、ココレヨの体が一際黒く美しく光って…

「私のパートナーになってくれませんか」

「ねぇタカヤー? やっぱり特に痕跡無いよー! もーどこ行っちゃった…ってうわぁあああ⁉ ココレヨさんいる⁉」

 …なんとこんなタイミングでショースケが戻ってきてしまいました。

「ショ、ショースケ! ちょっと静かにしててくれ、今大事なところなんだ!」

 タカヤが急いで駆け寄り、ショースケの口を両手で塞ぎます。

「もが…ひゃひふんひょひゃひゃや!」

「すみませんお二人とも! 続きどうぞ!」

 タカヤはそう言いますが…ココレヨも青いETも、なんだか可笑しくて笑い出してしまいました。

「あははは! …なぁ、ココレヨ?」

「ふふふ…はい、なんですか?」

「帰ったら…オラブ星のこと教えてくれよ。オレさ、まだあんまり知らないから…お、王様のパートナーになるなら、知っておかなきゃだろ?」

「…! わかりました…ふふ。厳しくしますよ?」

「そ、そこは優しくしてくれよ…」


「えーっと…なんかわかんないけど上手く行ったって…こと?」

 やっと解放されて喋れるようになったショースケは、タカヤの方を不思議そうに見ます。

「ああ、そうみたいだ」

 満点の星空がまるで祝福するように、チカチカと明るく瞬いていました。


****


 さて、随分遅れてしまいましたが…特急こすもは無事に、夜空に吸い込まれるようにポスリコモスへと出発しました。


「お二人には本部でお話を聞かせていただく必要があるので、このまま本部へ転送させていただきますね」

 タカヤはエッグロケットを操作して、転送機能を作動させます。

「はい。たくさんの方に…多大なる迷惑をかけてしまいました。本当にごめんなさい」

 ココレヨと青いETは申し訳なさそうに、宇宙警察本部へと転送されて行きました。


「ねぇタカヤ、それにしても変だと思わない?」

「ん? 何がだ?」

 暗い帰り道を歩きながら、タカヤはショースケに聞き返します。

「だってあの二人、逃げるつもりならわざわざこの町に来ること無いじゃない? タカヤが言うには、変身できる薬を持ってたんでしょ? それなら変身して、普通に町で暮らしていれば良かったじゃん。わざわざ身分証明が必要な異星旅行に来るなんておかしいよ」

「確かに…そう言われるとそうだな」

「それにしても…変身してたなら、なんで薬を使った痕跡すらこの双眼鏡で見えなかったのかなー? これは最新式のはずなのに…じーちゃんに言っておかないと」

「あはは…そう、だな」

「あ、僕の家こっちだからここでお別れだね。じゃあタカヤ、また明日ねー!」

 ショースケはパタパタと、月明かりでぼんやり照らされた道を走って行きました。

「ああ。また明日」

 …タカヤはそのまま、暗闇で目を伏せます。

(あの薬は…普通の変身薬じゃない。見た目だけじゃなくて、体の作りを丸ごと別の生物に変身させる薬だ。見た目を変化させてるわけじゃないからショースケの双眼鏡でも見えなかったし…ココレヨさんは慣れないハエそのものの体を上手く動かすことが出来なかった…)

 夜中の独特な匂いを吸い込んで…ふぅっと息を吐いてから、タカヤは見慣れた家路を歩き始めました。

(あの変身は…トリスタル星人の…あの人の変身と同じだ)


****


 真っ白な宇宙警察本部の一室で、ココレヨたちは尋問を受けています。

「『特急こすもに乗って、地球の時目木町へ向かって…そこで薬を使ってみせること』…それが、あの薬をもらう条件だったんです」

「怪しいとは思ったよ、妙に具体的だし。でも…他に縋る物も無かったから。それにしても絶対バレないって言われてたのに、あの宇宙警察さんにバレるなんて…オレたち、薬をくれたあの人に騙されたのかな。まぁ今となっては別に構わないけどさ」

「え、薬をくれた人の特徴…? 私と同じオラブ星人で、特に変わったことは…あ、でも…語尾を伸ばすような珍しい喋り方をしていましたね」

「残った薬…あるよ、あるはずなんだけど…あれ? 絶対ここに入れたんだけど…。一緒にもらった、薬を入れる箱ごと無くなってる。どこかで落としたか? いや、そんなはず無いのに…」


****


「オカエリ オカエリ タカヤー!」

 家に帰ってリビングに入ると、早速ツバサが駆け寄ってきてタカヤの足下をぐるぐると回ります。

「ただいま、ツバサ。お留守番ご苦労様」

「コレグライ ヘッチャラ! タカヤ コソ オシゴト オツカレサマ!」

 手洗いうがいを済ませて、タカヤはツバサを抱っこするとリビングのソファに座りました。

 …目の前のテーブルの上には最後に残った夏休みの宿題、自己紹介を書くプリントが置いてあります。

 誕生日六月十七日、血液型A型、そして似顔絵…そこまでしか空欄は埋まっていません。

 何日も前からその状態のプリントを見て、タカヤが小さくため息を吐くと…


 突然、しんとした部屋に固定電話の着信音がプルプルと鳴り始めました。

 タカヤは立ち上がり、急いでコードレスの受話器を取ります。

「あ! タカヤ? オレだよヒカル!」

「兄ちゃん?」

 タカヤの家の固定電話は肖造によって改造されているため、ポスリコモスからでも繋がるようになっています。

「うん! 久しぶりだなー元気にしてたか? あ、そっちって今何時? 俺の予想ではお昼くらいなんだけど」

「えっと…夜中の二時前かな」

「え」

 地球とポスリコモスの時間はかなり流れ方が違うため、こういうことが起こるのは日常茶飯事です。

「ご、ごめん…タカヤ。もしかして寝てた?」

「あはは…大丈夫だよ、俺寝る必要ないから。それで、兄ちゃんどうしたの?」

「そうだ! あのさ、もう少ししたら父さんと母さんがポスリコモスに一時的に帰って来るらしいんだ! だから久しぶりに家族みんなで会わないかと思って!」

「そうなんだ! …うん、俺もみんなに会いたいな。楽しみにしてる」

 タカヤとヒカルがしばらくお話していると…後ろで退屈そうにしていたツバサか、急に触覚をピンと伸ばして声を出しました。

「ソウダ。ボク ヒカル ニ ミセタイ モノ アッタンダッタ! チョット マッテテ。 ニカイ ニ オイテアル カラ」

 そう言って四本の足をバタバタ動かしながら、ツバサはよいしょと二階へ上がっていきます。

 タカヤはそれを笑顔で見送って…ふと、テーブルの上のプリントが目に入りました。

 …いけないことなのはわかっています。

でも、タカヤには…他に手段が思いつきません。

「…なぁ、兄ちゃん? 俺、兄ちゃんに協力して欲しいことがあって」

「お? なになに、タカヤが頼ってくれるなんて嬉しいなー」

 …受話器越しのヒカルの声は嬉しそうです。

「実は学校の宿題で、家族に質問してみようっていうのがあって…兄ちゃんに聞きたいんだけど、いい?」

「もちろんいいよ!」

「…ありがとう、それじゃあ…」

 タカヤはリビングのソファに座り、左手で受話器を持ったまま、右手で鉛筆を握りました。

「兄ちゃんの趣味は?」

「えーっと…強いて言うなら読書かな?」

「じゃあ…長所は?」

「え! えーっと…あ、笑顔がいいねとは言われるよ!」

「好きな食べ物は?」

「ハンバーグだよ」

「…小学生のとき好きだった教科は?」

「えー何だったかなー、理科とか?」

「そっか、それじゃあ次は…」

 タカヤはヒカルの答えを、次々と自分の自己紹介のプリントに書いていきます。


「ありがとう、兄ちゃんのおかげで助かったよ」

「これぐらいならお安いご用さ。また頼ってくれよ」

「…うん、また頼らせてもらうよ」

 心底安心しながらも、胸がチクリと痛んで…。

タカヤは書き終わった自己紹介のプリントをもう見なくて済むように、書いた面を内側に二つ折りして、クリアファイルの中に仕舞いました。

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トッキューコスモ‼ 林代音臣 @rindaiotoomi

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