特別短編1 タカヤの朝
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時刻は朝六時。
空はうっすらと明けてきて少し開いた窓から小鳥たちの声が聞こえます。
キッチンにだけ点いた明かりの下では、包丁がまな板に当たるトントンという小気味よい音が響いていました。
コンロにかけてある片手鍋からフツフツと泡が立ち上ると、タカヤは火を消して冷蔵庫から味噌を取り出します。
スプーンですくった味噌を鍋の中に溶かし、そのスプーンのまま汁をすくってふーふーと少し冷ましてから口に入れると、タカヤは満足そうに口角を上げました。
「うん、おいしい」
一人分の味噌汁をお椀によそいテーブルへ運ぶと、向かいの席にはロボットのツバサが座ろうと白い体を伸ばしていました。
「タカヤ オハヨー ネエネエ モチアゲテー」
どうやら体が小さくて椅子に届かないようです。
「はいはい、ちょっと待ってね」
タカヤは布巾で手を拭くと、ツバサ専用のクッションを持ってきてテーブルの上に置きました。
「椅子の上じゃツバサの顔が見えないだろ? だからこっちに座って」
ツバサを両手で優しく持ち上げてクッションに置くと、タカヤは用意した朝食の前に座ります。
「いただきます」
「ハイ オアガリー」
しっかり手を合わせて、タカヤは綺麗に巻けた卵焼きを口に運びました。
「ボクモ タカヤ ノ ツクッタ ゴハン タベテミタイナー」
ツバサは頭の三本の触覚をゆらゆら揺らします。
「うん、俺もツバサに食べてほしいな」
タカヤは小さなお皿を食器棚から取って来ると自分の卵焼きを一つその上にのせてツバサの前に置きました。
「これで気持ちだけでも食べられる?」
「ワーイ タカヤ アリガトウ」
ツバサは表情こそ変わらないものの、嬉しそうにじっくりと卵焼きを眺めています。
「ソウイエバ タカヤッテ コスモピース アルカラ ゴハン タベナクテモ ダイジョウブ ナンダヨネ?」
「うん、そうなんだけどさ」
一口味噌汁を啜ってから、タカヤが口を開きます。
「俺、料理するの好きだから。それに……」
「ソレニ?」
「父さんと母さんと兄ちゃんが帰って来たときに美味しいごはん食べさせてあげられるように練習したいんだ」
少し寂しそうに笑って、タカヤは誤魔化すようにツバサの頭を撫でました。
ツバサはそんなタカヤの目をじーっと見つめます。
そして触覚を突然にょーんと長く伸ばして、タカヤの頭をわしゃわしゃと撫で返しました。
「わ、わわっ! どうしたのツバサ」
くすぐったそうに笑うタカヤを見て満足したのか、ツバサは触覚を元の長さに戻してまたゆらゆらと揺らし始めました。
「ヨカッタ タカヤ ワラッタ」
「えー、ずっと笑ってただろ?」
漬物をポリポリ噛みながら、タカヤは不思議そうです。
「ミンナ ハヤク カエッテキタラ イイノニネ」
「……俺はお仕事頑張ってるみんなのことが好きだから。ツバサは俺と二人だと寂しい?」
「マサカ! ボク タカヤ ト イルノ タノシイ スキ」
「ふふ、俺もツバサといるの楽しくて大好きだよ」
ツバサの前に置いておいた卵焼きを最後に口に入れて、タカヤはもう一度手を合わせました。
「ごちそうさまでした」
テーブルからツバサを降ろし、鍋に残った冷めた味噌汁に蓋をして冷蔵庫にしまうと、タカヤはすぐに使い終わった食器を洗い始めます。
キッチンには眩しい朝日がいっぱいに差し込んで、テーブルと同じデザインの四つの椅子を照らしました。
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