第3話 ショースケの家へいらっしゃい!

 ここはショースケの家の応接間。

 天井まである背の高い本棚が壁一面に所狭しと並べられていて、その中には見たことない文字で書かれた本がみちみちに詰まっています。


 タカヤはその部屋の中央に置かれた腰がどっしりと沈むほどやわらかいソファにちょこんと座り、落ち着かないのか辺りをそわそわ見回していました。


「そんな緊張しないでよ。この部屋に来るのだって初めてじゃないでしょ?」


 隣に座っているショースケは反対にどっかりと足を開いてリラックスしています。


「ごめん、やっぱりここに来るとドキドキしちゃって…」


「まぁこの部屋に来たときは大体ライトさんに叱られてるから、タカヤが落ち着かないのもわかるけどね。あ、そういえば…」


 ショースケはポケットをごそごそ漁ると、小さなロケットのようなものがついたキーホルダーをタカヤに渡しました。


「タカヤの分のポスエッグ、僕とおそろいのエッグロケットに改造終わったよ。小さくするとキーホルダーになるようにしたからカバンとかにつけてね」


「え、もうできたのか? ありがとうショースケ、本当に一日でやってくれるとは思わなかったよ」


「一日以上ポスエッグ預かったらタカヤが不安でしょ? 頑張ったんだから感謝してよね」


 冗談っぽく言ってますが本当に頑張ったのでしょう、ショースケの目元にはちょっと隈ができています。


「もちろん、いつも感謝してるよ。俺とコンビ組んでくれてありがとう」


「う…そりゃどーも」


 タカヤは恥ずかしげもなく素でこういうことをさらりと言ってくるので、ショースケはどうも調子が狂ってしまいます。


 二人が喋っていると、コンコンとノックの音が聞こえました。

 扉が開いて、黒いメイド服に身を包んだルルが、長い髪をなびかせながら入ってきます。

 手に持ったお盆の上には生クリームが添えられた美味しそうなケーキが見えて、ショースケは目を輝かせました。


「ショースケさん、タカヤさん。ライトさんは今ちょっと本部からの連絡に対応していますのでちょっと待ってあげてくださいね」


 ソファの前の見るからに高級そうな分厚い机の上に、ルルはケーキとティーカップを三つずつ置いていきます。


「わーいシフォンケーキ! 僕これ大好き! いただきまーす」


 ショースケは急いで胸の前で手を合わせると、さっそくケーキをほおばり始めました。


「ルルさんいつもすみません、ありがとうございます」


 ティーカップに紅茶を注いでくれているルルにタカヤが申し訳なさそうに頭を下げると、それを見てルルはふわりと笑いました。


「私こそ、いつもショースケさんと仲良くしてくださってありがとうございます。ショースケさんいつもタカヤさんのお話ばっかりしてるんですよ」


「ちょっとルルさんなんか恥ずかしいからあんまり言わないでよ」


 ショースケは照れているのか、タカヤと反対方向を見ながらまた一片ケーキを口に突っ込みます。


「あらあら、ごめんなさい」


 ルルが口に手を添えてふふふと微笑んでいると、また扉がコンコンとノックされました。


「ごめん、待たせたね」


 来人(らいと)はパタパタとスリッパの足音を立てながら部屋に入ってくると、タカヤとショースケの正面に置いてあるソファに座りました。


「ライトさん、お疲れさまです!」


 タカヤは立ち上がってぴしっと挨拶します。


「タカヤ君、いつも言ってるけどそんなにかしこまらなくていいから。ほら、座って」


「ねぇこのシフォンケーキすっごい美味しいからライトさんの分ももらっていい?」


「ダメに決まってるだろ。ショースケ君はもうちょっとかしこまってくれる?」


 ライトはショースケにじとりとした視線を向けた後、気を取り直してルルが今注いでくれたばかりの紅茶を口に含みました。


「えっと、それで今日は確かこの間のことについてのお話ですよね…?」


 タカヤがおずおずと話を切り出すと、途端にライトは厳しい顔つきになります。


「うん、君たちが宇宙警察本部に強制転送したETのことだよ。…二人とも無事で本当によかった」


 ライトが首からネックレスのように下げた小さな紺色のポスエッグを触ると、空中に大きな画像がいくつも表示されました。

 どうも全て、先日のETについてまとめられた資料のようです。


「二人の話に出てきたETののどの奥に見えた小さな渦、おそらくそれはワープ装置だ。あのETは池の中の魚や虫なんかの地球生物をどこか遠くの星へ運んでいたと僕は考えてるよ、目的はわからないけどね」


 ライトは指先で資料を入れ替えながら説明します。


「ショースケ君ももし食べられていたら、今頃得体のしれない星へ連れていかれていただろう」


「ふぉわ…」


 ショースケは口いっぱいにケーキを詰めながらも全身に鳥肌が立つのを感じ、思わず身震いしました。


「それで、あのETはどうなりました?」


 タカヤの質問にライトは答えにくそうに口を開きます。


「…実は転送された直後にETの体がすぐに溶け出して、跡形もなく消えてしまったらしいんだ」


「ふぉふぁふぁ⁉」


「ショースケ君、飲み込んでから喋りなさい」


 いつものことなのでしょう、ライトは流れるようにショースケを注意して続けます。


「だからETの詳しい調査はできなかったらしい、ただ」


「ただ…?」


 タカヤが不安そうな眼差しを向けます。


「おそらく宇宙警察に連れていかれた場合に証拠を残さないために自動で消えるようプログラミングされていた、何者かによって作られた生き物だろうとのことだよ」


 そう言ってライトがもう一度ポスエッグに触れると、空中の画像は順番に一つずつ消えていきました。


「作られた生き物…なんでそんなのがこの町に…」


 タカヤは下を向いて真剣に考え込んでしまいました。


「まあ…どこの誰がやったのかはわからないけれどかなりの重罪であることは確かだから、ここから先は本部が捜査してくれることになったよ。だからそんなに気にせずに今まで通り過ごしてくれたらいいからね」


 ライトがこれ以上不安にさせないように笑って見せると


「むぐむぐ…んっ。大丈夫大丈夫、なんとかなるって」


 口っぱいに入れていたケーキをやっと飲み込んで、ショースケがしゃべり始めました。


「うん、ショースケ君にはもうちょっと気にして欲しいかな」


「だって今考えたってしょうがないじゃない」


 ショースケはまだ手を付けていなかったティーカップに手を伸ばし、ミルクと砂糖がたっぷり入った紅茶をズズズとをすすりました。

 その様子を見て少し緊張が解けたのか、タカヤも思い出したようにシフォンケーキを食べ始めます。


「おいしい…!」


 へにょりと笑ったタカヤを見て、ショースケはでしょでしょと嬉しそうにはしゃぎます。


 二人のそんな様子をあたたかく見守りながら、ライトは少し冷めた紅茶を一気に飲み干しました。

 タイプの全く違う二人がコンビを組むと聞いたときはどうなることかと思いましたが、なんとか上手くいっているようで一安心です。


 開いた窓からはさんさんと明るい日差しが差し込み、やわらかな春風がケーキの甘い香りをさらに漂わせました。


「ライトさん、紅茶のおかわりはいかがですか?」


 隣に座るルルが笑いかけます。


「はい、お願いしますルルさん」


 部屋にはこの上ないほどあたたかい時間が流れていました、が。


「いやーでもこの間は本当に危なかったよねー」


 ショースケが上機嫌で口を開き


「僕は食べられそうになるし、タカヤはコスモピース使って真っ黒になっちゃうし!」


 そう話したその瞬間。



 部屋の空気は一瞬で凍り付きました。


「ショ、ショースケそれは…っ」


 タカヤはティーカップを持ったまま固まり、顔が真っ青になっていきます。


「まっくろになった…?」


 ライトは眉をピクピクひくつかせながらにーっこりと笑っています。

 ショースケにはわかります、これはめちゃめちゃ怒っている顔です。

 こんなに怒っているところを見たのはショースケのランドセルの奥からくちゃくちゃに小さくなった提出期限が昨日のプリントが見つかった時以来です。


「ちょっと向こうの部屋で詳しく調べさせてくれないかな…ねぇタカヤ君?」


 タカヤはビクリと肩を震わせます。


「い、いやぁライトさん、これから僕とタカヤちょっと用事があって」


 あまりにもタカヤが怯えているのでショースケは助け舟を出しますが


「ショースケ君、僕のシフォンケーキあげるからちょっと黙っててくれる?」


「え、くれるの! やったータカヤいってらっしゃい」


 あっさりと買収されてしまいました。


 ショースケが嬉しそうに二回目のいただきますをしている中、タカヤは為す術なくライトに連れられて行きました。



****



 さて、タカヤとライトが応接間を離れて五分ほど経った頃。

 ライトがくれたシフォンケーキをぺろりと完食したショースケは今頃罪悪感に苛まれておりました。

 まあケーキ一つで怯える友達を売ってしまったんだから当然でしょう。

 なんて言って謝ろうかとショースケがあれやこれやと考えていると


「ライトさん大変でスー‼」


 急に扉がバチコーンと開いて、ピンク色のくらげのようなプニプニしたETが入ってきました。


「あれあレ⁉ ライトさんいないんですカ⁉」


「メグさん、姿が元に戻っちゃってるよ」


 ショースケがそう伝えると


「わワ、本当でスこれは失礼しましタ」


 メグと呼ばれるETはポポンッと、ルルとお揃いのメイド服に身を包みピンクの髪をお団子にまとめた女性に変身しました。


「いやーやっぱり気を抜くと戻っちゃってダメですネー」


 頭を搔きながらメグはえへへと笑います。


「ところでライトさんに用があったの? ライトさんならタカヤとお話するからって実験室に行っちゃったよ」


「あラ、そうですかそれは邪魔しちゃいけませんネ」


 メグはうーんと考えます。


「仕方なイ。じゃあこの際ショースケさんでもいいからきてもらえませン?」


「そんな言い方されるとすごく行きたくないけど…なんかあったの?」


 ショースケが面倒くさそうに返事をすると、メグは思い出したのかまたバタバタ慌て始めました。


「そう! 大変なんです! お花が…『モジェリ』が枯れてしまいそうなんでス!」




 メグに連れられてショースケは地球外の植物がたくさん植えられている温室にやってきました。

 その一番奥に、明らかにぐったりとしなびた花が一本あります。


「これがモジェリ? 初めて見るよ」


 ショースケは祖父にもらったタブレットを取り出してモジェリについて調べ始めました。


「そうでス! ワタシの故郷の星の花なんですヨ!」


 メグは自慢げです。


「モジェリ…あ、あった。えーとなになに? 宇宙風邪の特効薬になる唯一の花…」


 調べた画像に写るモジェリはまっすぐ伸びた茎のてっぺんを囲むように白い花びらが浮かび、その周りには天使の輪のようなものが光っているとても綺麗な花でした。


「プニプヨ星にしか生えていないため、より広範囲で栽培できるように研究が進められている。地球生物には超猛毒…え⁉ 毒⁉」


 ショースケは急いでモジェリと距離を取ります。


「はイ。花びら一枚飲んだら即死でス」


「先に言ってよ! 触るところだったじゃんか!」


「触ったくらいで死んだりしませんヨー、まったくショースケさんはビビりですネ」


 メグは見せつけるようにモジェリをちょんちょん触りました。


「それニ、この子にはまだ毒はありませんから安心してくださいヨ」


 スカートをふわりと揺らしながら、メグは話を続けます。


「ここではライトさんが地球生物でも安心して飲める毒の無いモジェリを作る研究をしてるんでス。まあ地球生物が宇宙風邪にかかることは無いとは言われてますけどネ」


 二人がそうこうしている間にも、弱ったモジェリはさらにしなびていきます。


「あわわわワ大変でス急がないト!」


「え、どうしたらいいの⁉ 水とか肥料とか⁉」


「地球の植物じゃないんですかラ、そんなの意味ないでス! ショースケさんちょっとそのタブレット貸してくださイ!」


 メグはショースケからタブレットを奪い取ると、何やら急いで入力して調べた動画をモジェリの前に突き出しました。


 …画面の中では今をときめく若手俳優が、爽やかな笑顔を浮かべてなにやら喋っています。

 しなびていたモジェリはそれを見たのか、ほんの少しだけ持ち直しました。


「…えーと?」


 ショースケは目の前で起こっていることが理解できず、人差し指を額に当てて考え込んでいます。


「このモジェリ、かっこいい人間が好きなんでス」


 メグは真面目な顔で続けます。


「ここでモジェリを育て始めた時、環境や育て方が違うからか全然大きくなってくれなくテ。ワタシもう疲れちゃっテ、ヤケクソで大好きなアニメ『ビューティー☆学園 ~古今東西イケてる老若男女大集合~』をここで流していたんでス」


 ショースケはいろいろ突っ込みたいのをぐっと堪えます。


「そしたらモジェリ気に入っちゃったみたいでぐんぐん成長したんでス。今ではさっきみたいにモジェリが好きそうなモノを定期的に見せないとしなびてしまうようになってしまいしタ」


「そ、そうなんだー…」


 ショースケはわかったようなわかりたくないような複雑な気持ちです。


「じゃあ今までみたいにアニメ見せてあげたらいいんじゃない?」


「いやーそれが今は二次元より三次元が熱いみたいデ。ワタシとは馬が合いませんネ」


 メグは心底困ったという風に両手を広げました。


「だからライトさんにお世話をしてもらおうかとお願いしに行ったんでス」


「なんでライトさんに?」


 不思議そうにショースケは尋ねます。


「よくわかりませんガ、モジェリはライトさんのことをかっこいい人間だと認識してるみたいなんでス。ライトさんがお世話当番の日はすごく機嫌がいいんですヨ」


 その時、温室の扉が開く音がしました。


「お二人さん何をなさっているんですか?」


 後ろからやってきたルルが二人の間を覗き込みます。


「ルル! 大変なんでスまたモジェリが弱ってテ」


 メグがモジェリを見せると、ルルはショースケが今まで見たこともないほど冷淡な目をしました。


「ああ…またこの花ですか。私にいい考えがありますよ」


 ルルは自分の右の二の腕を強く掴んでひねりました。

 するとルルの右腕はガチャガチャと音を立てて、みるみるうちに鈍く光るガトリング砲へと変化していきます。


「…ライトさんに色目を使うような困ったさんな花は、二度と咲けないように潰してしまえばいいと思うんです」


 ルルはいつもと同じように口に手を添えてふわりと笑いました。


「いやいやいヤ! ダメですヨこの花すごく貴重なんですかラ!」


 メグは慌ててルルを取り押さえます。


「勝手に枯れたことにすればいいじゃありませんか」


 ルルは左腕もマシンガンへ変形させようと準備しています。


「やめて家に穴開いちゃうから!」


 ショースケも止めようと必死です。


 ルルはショースケのおじいさんが作った超高性能アンドロイドです。戦闘能力も高く、暴れれば家に穴が開くどころでは済まないでしょう。


 メグがルルの耳元で叫びます。


「ルル! このモジェリの花はライトさんが研究してるんでス。無くなったらライトさんが悲しみますヨ‼」


 …するとルルはやっと正気に戻ったのか、しょんぼりしながら腕を元の姿へガチャガチャと変形させました。


「うう…ライトさんを悲しませるわけにはいきません…」


「ルルさんて優しいけどライトさんが絡むと本当に過激だから怖いよ…」


 ショースケが怯えながらふとモジェリを見てみると、モジェリは潰されそうになったのがよっぽど怖かったのか、もう地面すれすれまで茎が曲がって茶色くなっていました。


「ねぇこれまずいんじゃない⁉」


 ショースケは大慌てでさっきの若手俳優の動画を見せますが、モジェリはピクリとも元気になりません。


「わわわワもう枯れそうでス! じゃあショースケさん頼みますヨ!」


「えぇ⁉ 僕⁉」


「ライトさんの代わりに連れて来たんですからそりゃそうでス! なんとかやっちゃってくださイ!」


「なんとかって言われても…」


 しかしここでショースケにある画期的なアイデアが浮かびました。


(僕ってかっこいいしし余裕なのでは?)


 ショースケは自分の頭脳に超自信があるのと同様に、元スーパーモデルの母譲りのビジュアルにもめちゃくちゃ自信がありました。

 これはやってみるしかないでしょう。


 ふうっと一つ息を吐くと、ショースケは金色の前髪をサッと払いモジェリに向かって渾身のキメ顔を披露しました。

 確かな手ごたえを感じたショースケは勝ったと確信しましたが…

 モジェリはへにょりと曲がったまま動きません。


「どうやラ子どもには興味がないみたいでス」


 それをメグは冷静に分析し。


「ショースケさんとってもかわいらしかったですよ」


 ルルはまるで母のようなあたたかい目で見守りました。


 ショースケはあまりのこっ恥すかしさに顔を真っ赤にしてうずくまりましたが、ここでめげるようなタイプではありません。

 むしろ負けず嫌いに火が付きました。


「僕が子どもだからダメなんだね? それなら考えがあるよ」


 三人は一度温室の外へ出て作戦を立てることにしました。



****



 ショースケは急いで自分の部屋に向かうと、何やら丸い玉のようなものを持って戻ってきました。


「おかえりなさイ、ショースケさん。何ですかそレ?」


 メグが覗き込んだその玉はカラフルなミラーボールのような見た目をしています。


「ふっふっふ、これは僕が作った3D映写機だよ! 見てて」


 ショースケが3D映写機を空にポンと投げると、それはくるくる高速で回って光りだし目の前にショースケがもう一人現れました。


「わあ、ショースケさんが二人!」


 ルルは目を丸くしています。


「これは立体映像をリアルに空中に映し出す機械だよ。映し出したものは僕と同じ動きをするように設定してあるんだ。どう? すごいでしょ」


 ショースケはいつも通り鼻を高くしながら3D映写機を手の中に戻しました。


「確かにすごいですガ…これを一体どう使うんでス?」


 メグには全然ピンときません。


「まあそう焦らないでよ。この機械にタブレットの機能を組み合わせるのさ」


 そう言うとショースケは爆速でタブレットに何かを入力し始めました。


「このタブレットには物や生物が未来にはどうなるか、ある程度正確に予測してくれる機能があるんだ。だからこの機能に僕自身を入力して3D映写機に送れば…」


 ショースケの手を離れた3D映写機がもう一度高速でくるくると回転すると、そこにはショースケの面影を残した二十歳くらいの青年が現れました。

 背はスラリと高く、今のショースケと同じように金色の髪をサラサラと揺らしています。


「まあ! 少しライトさんに似てますね」


 ルルはなんだか嬉しそうです。


「僕とライトさんはちょっと遠いけど一応親族だからね」


 ライトはショースケの父のいとこで、ショースケにとってはいとこおじにあたります。


「さて…準備は整ったし、今度こそ絶対あの花に僕のことかっこいいと認めさせてやる!」


 ショースケはめちゃくちゃ燃えています。


「なんか目的変わってませン? ショースケさん」


「だって僕がかっこよくないわけがないもの」


「はア…その精神はワタシも見習いたいですネ」


 メグの顔は見るからに呆れていますがそんなことショースケには関係ありません。



「たのもー!」


 ショースケは勢いよく温室の扉を開けてズンズン奥へ進んでいきました。

 くにゃりと垂れて元気のなかったモジェリは3D映写機に映った大人ショースケを見ると、ピクリと少し頭をもたげて反応しました。


「おオ! 手ごたえありですヨ!」


 メグは目を輝かせます。


「当然でしょ、さあ行くよ! ヘイそこのへにょへにょにしなびたキミ!」


 ショースケと大人ショースケはさっきと同じように、金色の前髪をサッと払い渾身のキメ顔をモジェリに向かって繰り出しました。


「僕が一緒に遊んであげてもいいよ?」


 華麗にウインクを決めて、ショースケは今度こそ絶対に勝ったと確信しました。


 モジェリの花は少しずつ色が元に戻り、ピクピクとちょっと体制を立て直し

 …そのままもう一度しなびてしまいました。


「あれ⁉ なんでなんで! 意味わかんない!」


 ショースケはオロオロとその様子を見つめます。


「おかしいですネ…あ、もしかしたラ」


 メグが近づいて、ショースケの肩を優しくポンと叩きました。


「あんまり趣味じゃないのかもしれませン」


「しゅ、しゅみじゃない…?」


 ショックでブルブル震えるショースケの隣でメグは続けます。


「よく考えたらこのモジェリ、アニメ見せてるとき礼儀正しくて優しくて甘い言葉で褒めてくれるーみたいなタイプのキャラに強く反応してたんでしタ」


「いやいや僕十分優しくて礼儀正しいでしょ⁉ なに、褒めたらいいの⁉ かわいいかわいい!」


 ショースケはもうヤケクソです。


「…たぶんそういうところが趣味じゃないんだと思いますヨ、ショースケさん」


 残念ながら、どう考えてもモジェリの理想とはかけはなれたタイプです。

 ショースケはよろよろと立ち上がり近くの机に手をついて体を支えると、深く息を吐きだして言いました。


「ねえルルさん、もうこの花潰れていいんじゃないかな…?」


「あらショースケさん、意見が合いましたね」


 ルルは胸の前で手を合わせてにっこりと微笑みました。


「いやいヤ何言ってるんですカ! ダメですヨ‼」


 メグが両手を広げて立ちモジェリを守っていると



「どうしたんですかこの騒ぎは」


 話を終えたであろうライトとタカヤが温室にやってきました。


「あ…タカヤ…僕ってかっこいい…?」


 ショースケと3D映写機に映った大人ショースケは全く同じポーズでどんより凹んでいます。


「う、うん。ショースケはかっこいいけど…え⁉ これ誰⁉」


「これ大人の僕。面白いでしょ…タカヤも後でやってあげるね…」


 そんな二人のやり取りの横でメグは急いでライトに駆け寄ります。


「ライトさんやっと来てくれましたネ、もう大変なんでス!」


「一体何が…ってええ⁉ すごくしなびてるじゃないですか!」


 ライトはすぐに部屋の奥へ向かい、花の様子を細かく確認しました。


「そうなんでス! 今までで一番弱ってテ…ライトさんが近づいても元気にならないなんテ…」


 メグはもう泣きそうです。


「…これはもう、栄養剤を使うしかないかもしれませんね…」


 ライトは考え込んだ後、真剣な面持ちで言いました。


「え、栄養剤とかあるの⁉ だったら早く使ったらよかったじゃん!」


 ショースケは急にシャキッとして、僕あんなに頑張ったのに、と文句タラタラです。


「…栄養剤を使えバ、確かにこの子は元気になりまス」


 悲しそうにメグは目を伏せました。


「でもそれは同時に研究の失敗を意味しまス。栄養剤に含まれている成分ハ、地球生物にとって猛毒になる成分ですかラ」


 ライトは近くの引き出しから小さなビンを取り出します。


「メグさんが毒の原因に代わる新しい栄養を発見してくれた時は成功するかもと思いましたが…やはり難しかったのでしょうね」


 ビンの中身はおそらく栄養剤でしょう。


「貴重な花です、枯らすわけにはいきませんから」


 さっきまでの明るいムードが嘘のように、周囲はしんみりとした空気に包まれました。


「ごめんなさいライトさん…私が花をびっくりさせてしまったから…」


 ルルは自分が銃を向けて、花を弱らせる追い打ちをかけてしまったことに強く責任を感じているのか俯いたままです。


「いえ、数日前からこの花はかなり弱っていたんです。こうなったのはひとえに僕の力不足です。もっと研究が必要ですね」


 そう言って笑ったライトがスポイトで栄養剤を吸い上げていると


「あのー…」


 後ろでタカヤが声を出しました。


「それってモジェリの花ですよね?」


「え、タカヤこの花のこと知ってるんだ」


 ショースケはびっくりです。


「うん、ちょっと見たことがあって。えっと、俺出来るだけやってみましょうか?」


「やってみるって…もしかしてコスモピースかい?」


 ライトは少し複雑そうな顔をしました。


「はい、コスモピースのエネルギーの一部をモジェリの花に送れば少しは元気になってくれるかもしれません。あっ、大丈夫ですそんなに大変じゃないですから!」


 タカヤは何か思うところがあったのか、手を胸の前でわたわたとさせます。


「ライトさん、やってもらいましょうヨ! ワタシまだこの研究諦めたくありませン!」


 メグの強い意志に押され、しばらく悩んだ末ライトはやっと首を縦に振りました。


「…くれぐれも無理はしないでくれよ、タカヤ君」


「わかりました。じゃあやってみますね!」


 タカヤの瞳に赤と青の星が無数に浮かびました。


 周囲の空気がコスモピースと共鳴して、タカヤが花に手をかざすとより一層チカチカと銀河のように輝きます。

 モジェリに光が降り注ぎますが、どうにも動きはありません。


「おかしいな…十分エネルギーは分けたはずなんですけど…」


 タカヤは不思議そうにモジェリを見つめて、顔を花に近づけて優しく囁きました。


「どうしたの、まだ元気でない? 君の咲いた姿が見たいな。モジェリってすごく綺麗だよね」


 その瞬間、ショースケは見逃しませんでした。

 モジェリの花がピクリと動いたのを。


「タカヤ! ちょっとそこ動かないでね」


 ショースケは急いでタブレットを操作すると、タカヤの頭上に向かって3D映写機を投げました。


 映写機がくるくる回って光ったかと思うと、タカヤの隣にはこれまたタカヤの面影を残した二十歳くらいの青年が現れました。


「え、え、えぇ⁉」


 状況がいまいち飲み込めないタカヤの横で、モジェリの花はまたピクピクと反応しています。


「説明は後でするからタカヤ! とにかくその花のこと褒めまくって!」


 モジェリの理想の『優しくて礼儀正しくて甘い言葉で褒めてくれるタイプ』、ショースケと性格が全く違うタカヤなら出来るかもしれません。


「褒める? わ、わかった! やってみるよ!」




 そこからはもうすさまじい時間でした。


 タカヤの口からは平然と、聞いているこっちが恥ずかしくなって歯が浮くような甘い褒め言葉がこれでもかと飛び出しまくります。

 その威力は弱っていたモジェリがグングン立ち上がり、しなびる前の二倍以上大きくなった程でした。


「も! もういいもういい! タカヤストップ!」


 ショースケは必死に訴えます。


「え? でもまだ言うことあるし…ほら、こんなに大きく育ってまた一段と美しく」


「これ以上は僕らがもたないから!」


 タカヤが周りを見てみると、他のみんなは顔をトマトのように真っ赤にしておりました。


「どうしたんですか、みなさん。この部屋暑いですか?」


「タカヤ君…その力絶対悪用しちゃダメだよ…?」


 ライトは手のひらで顔をパタパタ扇ぎながら言いました。


「コスモピースの力ですか? 悪用なんてしませんよ!」


 タカヤは澄んだ瞳を輝かせています。


「これがタカヤさんの天然たらしっぷリ…なんて末恐ろしい子なんでしょウ…」


「私も力が抜けてしまいました…」


 メグとルルも何だかぐったりしています。


「タカヤ…何ていうか…今のままでいてね…」


 ショースケはタカヤの肩をポンと叩きました。


「え、よくわかんないけど…うん…」


 天井すれすれまで大きく育ったモジェリの花は、明るい日差しに照らされてイキイキと小躍りしておりました。



****



「えータカヤ帰るの? 泊っていけばいいのに」


 広い玄関に敷いてあるふわっふわのマットを足でいじりながら、ショースケは不満そうに口を尖らせます。


「ありがとう。気持ちは嬉しいんだけど、ツバサが家で待ってるから」


 もらった手土産がたっぷり入った紙袋を両手に下げて、タカヤは申し訳なさそうに笑いました。


「タカヤ君本当に車で送っていかなくていいの? 荷物だって僕らが増やしちゃったから重たいだろ?」


 ライトは心配そうです。


「大丈夫です、家まで近いし。それに俺歩くの好きだから」


 そう言ってタカヤがまたへにょりと笑うと


「ショースケさーん? ちょっと手伝ってもらえまスー?」


 リビングからメグの声が聞こえました。


「はーい。ごめんタカヤ僕行かなくちゃ。じゃあまた学校でねー!」


 ショースケは大きく手を振ってリビングへ向かって行きました。


「うん、また!」


 タカヤも大きく手を振り返します。


「じゃあライトさん、今日はありがとうございました!」


 しっかり挨拶してドアを開き、玄関から外へ踏み出すと


「タカヤ君」


 いつもより少し低い声で呼び止められて、タカヤは振り返りました。


「…くれぐれも、気を付けてね」


 ライトは真剣な目をしていました。

 それが、この後の帰り道のことだけを言っているわけではないのだということはわかっています。


「…はい」


 そう一言返事をして、タカヤは走り始めました。

 すぐそばに見える駅からはちょうど電車がベルを鳴らして、遠い町へと出発していきました。




 今から数時間前のこと。


 使い方の見当もつかない器具があふれている薄暗い部屋の真ん中で、タカヤは診察台に寝かされコードのついた吸盤を体中にくっつけられていました。


「やっぱり…コスモピースの数値がかなり乱れてる。相当無理したな?」


 ライトはコードの繋がった機械を慣れた手つきで操作しながら、小さなため息を一つつきました。


「ごめんなさい、俺ショースケを助けるのに必死で…あんまり覚えてなくて」


 タカヤは申し訳なさそうに目を逸らしています。


「それはわかるけど…見た目にひどく変化が出るなんてどう考えても使いすぎだ」


「ごめんなさい…」


 謝るばかりのタカヤにライトは少し困った様子です。


「…僕はね、コスモピースの力を一切使うなと言いたいわけじゃないんだよ」


 ライトは診察台に近づき、横に置いてある椅子に座りました。


「本来、時目木町の警備はタカヤ君のご両親、二級宇宙警察の春子(はるこ)さんと諄弌(じゅんいち)さんの仕事になるはずだった。だから本当は十級のショースケ君が選ばれるような仕事じゃないことはタカヤ君も知ってるよね」


 タカヤは静かに頷きます。


「それが実際には選ばれているのはもちろんコンビを組んでいるタカヤ君、君が特級だからだ。そして君の特級という評価はコスモピースの力を含めて設定されている」


 だから使わないわけにはいかないとわかってるんだ、とライトは少し複雑そうに笑いました。


「宇宙警察は人手不足だ、本部はタカヤ君がコスモピースの力を使うことを求めてる。当然だ、こんなに魅力的な力は他に無い。でも…」


 ライトは立ち上がり、タカヤの体についた吸盤を外し始めます。


「その力は強大過ぎて…君の体に恐ろしいほど負担をかけている。もし使い過ぎて暴走すればタカヤ君は…おそらく無事では済まないだろう。僕はそれがすごく気がかりだ」


「ライトさん…ごめんなさい、いつも心配かけて」


 吸盤を全て外してもらうと、タカヤは診察台から起き上がり服を直します。


「タカヤ君だってコスモピースの力を使えって言われたり使うなって言われたり、板挟みで困ってるだろ?」


 ライトはまた無理に口角を上げました。


 タカヤは俯いたままブンブンと首を振ります。


「ライトさんが心配してくれるの、すごく嬉しいです。俺のこと思ってくれてるのもわかってます」


 服の胸元を両手でぎゅっと握りながら、タカヤは顔を上げました。


「…でも、父さんと母さんがこの仕事受けられなかったのは…今も俺のために宇宙を旅してくれてるからだから」


 黒い透き通った瞳が、真っすぐライトを見つめました。


「俺、二人の代わりをしっかり果たしたいんです。だからその…き、気を付けてコスモピース使います! ちょっとだけ使わせてください!」


 タカヤは深く頭を下げました。

 周囲の機械についたランプがピカピカと数回光り、何かが起動するようなごく小さな音が聞こえました。


「…立派な宇宙警察になったね。タカヤ君」


 短い沈黙の後、ライトは口を開きました。

 声が少し震えていました。


「わかった、僕もできるだけサポートさせてもらうよ。でもこれだけは覚えておいて」


 下げたままのタカヤの頭に、ライトの温かい右手が触れます。


「タカヤ君になにかあったら悲しむ人は君が思っている以上にたくさんいるんだ。だから、自分のこと大事にするんだよ」


 そう言って一度袖で目元を拭うと、ライトは扉の方へ歩いて行きました。


「さあ、みんなのところへ戻ろうか」


 薄暗い部屋の中に明かりが差し込みます。

 光が当たってはっきり見えたライトの顔は、いつも通り笑顔でした。

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