第2話 時目木池の怪しいウワサ

 暖かくて思わずお昼寝してしまいたくなるような放課後。


 タカヤとショースケは神社の近くにある時目木池(ときめきいけ)のほとりにやってきました。

 辺りはひとけもなく静まり返り、遠くの鳥の声がよく聞こえるほどです。


「ねえ、本当にいるのかなぁ」


 ショースケは怪しそうに、じとーっと周りを見渡します。


「うーん、詳しくはわかんないけどここには何かいる気がするよ」


 タカヤは何か感じているのか、いつも通りの袖なしの服と短パンを風に揺らしながら池の一点をじっと見つめて言いました。

 



 話は今日の昼休みにさかのぼります。


「タカヤ、なんで給食の牛乳は冷やされてるんだと思う?」


 タカヤの机に突っ伏しながらショースケは尋ねます。


「さぁ…腐らないようにするためじゃないか?」


 タカヤはいつもと同じように適当に答えました。

 この質問をされるのは数十回目なのですから当たり前です。


「いや僕はね? 冷たい牛乳が嫌いなわけじゃないんだよ? でもさ、常温の牛乳にしかないあのぬるっとした舌触りとか芳醇な香りとかそういうのが冷やされると失われるわけで」


 少々牛乳に思い入れが強すぎるショースケの話を右から左に聞き流しながら、タカヤは次の授業で提出する宿題のプリントを確認していました。


「二人は本当に仲良しだねぇ」


 隣の席の未央斗(みおと)が眠たそうに声を掛けました。


「起きてたのか、ミオ」


「んー、いま起きたの」


 ミオは隈だらけの目をこすりながら続けます。


「たしかタカヤは、ショースケが転校してくる前から知り合いなんだっけ?」


 ショースケは宇宙警察として活動するために、四年生が始まると同時に外国からこの町に引っ越してきました。


「いいなーなんか特別に仲良しって気がするよねー、ねぇレン?」


「なんでオレに話振るんだよ」


 近くにいた蓮(れん)はミオをじろりとにらみます。

 レンは最近タカヤとショースケが一緒にいると、いつもこのように機嫌が悪いのでした。


「いやー? 別になんでもないけどー?」


 ミオがニマニマ笑いながら顔を真っ赤にしていくレンを眺めていると


「ねぇねぇねぇ! 聞いて聞いて!」


 バタバタドタドタと慌ただしく和彦(かずひこ)が走ってきました。


「どうしたのカズ、また変なウワサでも聞いたの?」


 つい最近転校してきたショースケがこう言うほど、カズはいつもどこからかよくわからない情報を仕入れてきます。


「変じゃないもん! まぁウワサだけどさ、これ見てよ!」


 カズが握りしめていたしわしわの紙には、作者はカズであろう何とも言えないクオリティの絵が描かれています。

 真っ黒に塗りつぶされている地面から何かが突き出ているような絵ですが、なんのこっちゃかわかりません。


「なんだこれ?」


「なにってひどいよレン! どう見ても恐竜じゃないか!」


 どこからどう見ても恐竜に見えないことは確かですが…さすがにそこを責めるのはかわいそうなので、みんなは言いたいことをそっと胸にしまいました。


「なんかね、時目木池に恐竜がいるらしいんだよ! ぼくのお父さんの知り合いの友達の妹さんの息子さんが見たんだって!」


 …何もかもがとんでもなく怪しいウワサですが、とりあえず続きを聞きます。


「この絵みたいに池の中から恐竜が首を長く出してたんだってさ!」


 カズはテンションMAXでまくしたてます。


「なんかネス湖のネッシーみたいだよね! あ、時目木池だからトッシーかな⁉」


「…で、カズはトッシーを探しに行きたいんだね?」


 ミオが大きなあくびをしながら言いました。

 ショースケ以外の三人はカズとは保育園からの付き合いのため、次に言いたいことはなんとなくわかります。


「さすがミオ! ねぇねぇみんなで行こうよー!」


「うんうんわかった一緒に行くってさ、レンが」


「なんでオレが行くんだよ!」


「えーだっておれはゲームが忙しいもーん」


 ミオとレンが押し付け合いをしている横で、タカヤは一人考え込んでいました。

そして机の下から、こっそりショースケのひざをつつきます。


「ん?」


 ショースケが顔を上げると、タカヤはこっそり手の中に握っている小さくしたポスエッグを見せました。

 それを見てショースケもズボンのポケットの中に入れていたポスエッグを握ります。


(どうしたのタカヤ)


 二人は頭の中で会話を始めました。

 ポスエッグに備わっている便利な機能の一つで、コンビでテレパシーが使えます。


(カズの話だけどさ、なんか怪しいと思わないか?)


(いや、そりゃ怪しいよ。むしろ怪しくないところがないレベルだよ)


(そうじゃなくて…もしかしたらETかもしれないってことだよ)


「えぇ⁉」


 ショースケが思わず大きな声を出してしまったため、言い合いをしていた三人も驚いてタカヤとショースケの方を向きました。


「びっくりしたぁ、どうしたのショースケ」


 カズが目をぱちくりさせて尋ねます。


「え、えーと…その、あれ…タカヤの変顔がすごくてつい声が出ちゃった」


 非常に苦しい言い訳ですが、それを聞いた三人はそれどころではありません。


「え⁉ タカヤが変顔⁉」


 ミオは今まで眠そうだったのが噓のように立ち上がり


「見たことない! ねぇぼくにも見せて!」


 カズもメガネをかけ直しながら猛烈に食いつきます。


 タカヤは耳まで真っ赤にしながら、ものすごく何か言いたそうな顔で口をパクパクさせています。


(タカヤごめん、後でおわびするから)


 続きの言葉を聞くのは怖いので、ショースケはポスエッグから手を放しました。


 タカヤは覚えてろよと言わんばかりに一度ショースケをにらみつけると、ヤケクソで変顔を披露しておりました。


その間、ショースケは鬼のような形相で歯をギリギリ鳴らしているレンににらまれ続けることになりました。




「いや、ごめん本当悪かったよ」


 池の周りの砂場に腰かけながらショースケは謝りますが、タカヤは触れてほしくないのかそのことに関しては返事をしてくれません。


「おわびに何でもするって言ったら、タカヤがこの池をすぐ調査したいって言うから来たけどさ」


 おわびまで仕事関連とは、タカヤは本当に仕事熱心です。


「あんなのウワサじゃないの? そもそもETはキラキラ粉使ってるから地球人には見えないんだし」


 ショースケがそう言うとタカヤは驚いてやっと口を開きました。


「もしかして…ショースケこの間の話聞いてなかったのか?」


「この間?」


「ほら、ショースケの家でライトさんたちと話しただろ」


 ショースケは一生懸命思い出そうとしますが、その時おやつに出てきた苺のショートケーキがめちゃめちゃ美味しくてとにかく夢中で食べた記憶しか残っていません。


 タカヤはなんとなく察したのか小さくため息をつきました。


「最近UFOやワープを使って地球にやって来るETが問題になってるって話だよ」


 残念ながらどうもショースケはまだピンと来ていないようなので、仕方なくタカヤは続けます。


「特急こすもに乗って地球に来るには、キラキラ粉を使うとかその他にもいろんなルールを守らないと来られないだろ? だからそれを破るETは少ないんだけど…

 UFOやワープで来る中にはそもそもルールを知らなかったり、わざと地球に危害を加えるためにルールを破ったりするETがいるんだ」


 ショースケはなんとなく、大好きな生クリームの甘みを味わいながらそんな話を聞いたような気がしてきました。


「宇宙鉄道の駅はまだまだ無い星も多いし、宇宙警察も全ての星を管理できてるわけじゃないから仕方がないけどな。

 それに加えて、宇宙鉄道の駅があるような町はよく目立ってETを集めやすいから注意しろってライトさんが言ってただろ?」


「あー…うん思い出した思い出した」


「絶対ウソだ」


 ばれたか…と思いながら、これ以上追求されるとさらにボロが出そうなのでショースケは話を逸らします。


「ところで、どうやって池を調査する気?」


「そうだな…もし危険なETだったら刺激するわけにはいかないし…」


 タカヤは真剣に考え込みながら時折苦そうな顔をしています。


 おそらくコスモピースの力を使おうかと考えて、先日ライトさんに使い過ぎだとみっちり叱られたことを思い出しているのでしょう。

 もちろんショースケも一緒に叱られたので、むやみにコスモピースに頼ろうとは言いません。


「と…とりあえず釣りでもしてみる、か…?」


 いつも賢いタカヤが出したとは思えないガバガバの案ですが、他に方法も浮かばないのでショースケもそれに乗っかることにしました。



****



「釣り竿どうしよう、家にあると思うから取りに帰ってこようか」


 その場を離れようとするタカヤをショースケは待ったと呼び止めました。


「普通の釣り竿で恐竜釣れないでしょ、僕にいい考えがあるよ」


 ショースケはカバンから、小さくしていたポスエッグを取り出して大きくします。


 するとそのポスエッグは以前までとは大きく様子が変わっていました。

 今までのたまご型の部分にいくつも新しいパーツが取り付けられていて、まるでおもちゃの銃のような見た目をしています。


「ショースケついにポスエッグ改造したのか!」


「そう! だってポスエッグっていろんな機能あるけどさ、ボタンとかついてないから使いにくくてしょうがないでしょ? 使いやすくする専用の道具は高くてお金足りないし…」


 タカヤはショースケと一緒に専用の道具を売っているお店を訪れたときのことを思い出しました。

 確かに小学生の金銭感覚では目玉が飛び出すような価格が書かれていて、ショースケは実際に目玉が飛び出しかけていました。


「だから自分で作ってみたんだよ、名前は『エッグロケット』!

 どう? かっこいい?」


 ショースケはビシッとエッグロケットを構えて得意げです。


「ショースケって本当天才だよな…学校の宿題とかもちゃんとやればいいのに」


 こんなに天才なショースケですが学校の成績はてんやわんやです。

 ですのでタカヤはいつも勉強を教えたり、宿題をやらせたり頑張っているのでした。


「それはそれ、これはこれだよ」


 ショースケは堂々と開き直っています。


「それでね、改造してて知ったんだけど、ポスエッグには大量にものを収納できる機能があるみたいなんだ」


 タカヤは一瞬眉をしかめましたが、ショースケは気づかず続けます。


「だから中にしまっておいた地球外素材で作られた頑丈な糸をエッグロケットの先から出して、持ち手を伸ばしたら…これで釣り竿のできあがりだよ!」


 ちょっと見た目は特殊ですが、見事に釣り竿ができあがりました。


「おおすごい、すごいけど…」


「なに、なんか文句あるの」


 ショースケはむっと口を尖らせます。


「いや、まさかショースケが収納機能のことも知らなかったなんて…」


 タカヤは頭を抱えました。


「え、タカヤ知ってたの⁉ 言ってよ! 僕この間の帰り道にカバンに物詰めすぎて破いちゃってライトさんにすごい怒られたのに!」


「わざと使ってないんだと思って…そもそもポスエッグと一緒にもらった説明書にしっかり書いてあっただろ⁉」


「あんな分厚いの読めないよ! 厚さ十センチくらいあったじゃん!」


 いつまでも言い争いをしている場合ではありません、とりあえず釣りを開始しなくては。


「餌とか付けた方がいいよね、今日のおやつに持ってきたバナナでいっか」 


 ショースケはバナナを皮ごと糸の先に巻き付けました。


「恐竜ってバナナ食べるかな…」


 タカヤは不安そうですが、物は試しです。


 エッグロケットの釣竿を大きく振って、ショースケは池に釣り糸を投げ込みました。




「あ…アキコノペチュニ」


「ニッカルコピ星(せい)」


「イントルベシアント…そろそろ地球外しりとりも飽きてきたね」


 ショースケは大きなあくびを一つしました。

 釣りを始めて一時間、竿に動きはピクリともありません。


「やっぱり釣りじゃ無理があったかな…」


 自分がした提案だけに、タカヤは申し訳なさそうです。


「んー、一回引き上げて新しい作戦考えよっか」


 ショースケは釣り竿を握り、糸を中へ巻き上げました。すると


 バナナがありません。

 それどころかバナナを結んでいた結び目も無いのです。


 釣り糸はあの惑星ミッシェルの超強いモンスター、オンガイルゴンの力を持ってしても切れない! というキャッチフレーズで売られていました。



 池の中心部で音がしました。



 ショースケとタカヤが恐る恐る音の方を見ると


 そこには確実に地球の生き物では無いと一目でわかる、巨大なETが長い首をもたげていました。


「ぎゃっ」


 大きな声を出しそうになったショースケの口をタカヤがとっさに塞ぎます。


 巨大なETはまだ二人に気が付いてない様子で、空をぼんやりと眺めていました。


 大きな三つの目に固そうな黒いウロコが張り巡らされた首元、そしてとっても大きな口。

 コレはまずい。タカヤはそう確信していました。


(ショースケ聞こえるか?)


 タカヤがテレパシーを送ります。


(聞こえるけど…何あれ! 絶対ヤバい奴じゃん!)


 ショースケはカタカタ震えています。


 当然です、十級宇宙警察のショースケが相手にするようなETではありません。

とにかくここからショースケを逃がさなくては。


(ショースケにお願いがあるんだけど…ここからゆっくり離れて、安全な場所からライトさんを呼んでくれないか?)


(いいけど…タカヤはどうするの?)


(俺はETが逃げないように隠れて見張ってるから)


 少しでも安心させようとタカヤは笑って見せます。

 もちろん、ショースケが離れた瞬間にタカヤがETを対処するつもりです。


(わかった…でも無理しないでね)


 ショースケが離れようとしたその時。



「確かこの辺りだって聞いたんだけどなー」


 遠くから耳なじみのある声がしました。


「おいカズ、やっぱり行くのやめないか…?」


「あれー? レンびびってるのー?」


「び、びびってねーし! ミオこそびびってんじゃねーの⁉」


 その声に反応してETはさらに首をもたげ、声のする方へ視線を向けました。



 二人は考えるより先に体が動いていました。


 ショースケがエッグロケットを高く掲げ弾を一発発射すると、弾は空ではじけてキラキラ粉が池全体に散布されます。


 タカヤは一気にコスモピースの力を発動させると、池全体にシールドを張ります。


 異変に気が付いたETは、タカヤとショースケの方をじろりとにらみました。



 ETは大きな口をゆっくり開いて、三つの目を順番にピカピカと光らせました。

 牙は無く、のどの奥では小さな何かが渦巻きながら輝いています。


「ショースケ‼」


 何が起こったかわからないうちに、気が付くとショースケはタカヤに腕を掴まれ上空に引き上げられていました。


 今の今までショースケがいた場所には、首をぐんと伸ばし口を閉じたETの顔があります。

 そしてショースケが立っていたはずの地面は、ETの口の形に深くえぐられていました。


「大丈夫か⁉」


 大丈夫なわけありません、ショースケはもうチビりそうです。


 ETは首を引き上げると、また大きく口を開いて二人の方に襲い掛かってきました。


 タカヤはショースケを抱えたまま、空中で何度もそれを避けていきます。


「何なに⁉ 僕たちのこと食べようとしてるってこと⁉」


「どうもそうみたいだな…ショースケ、このETには『強制転送』を使おう! やり方はわかるか?」


 強制転送とは、ポスエッグに備わっているワープ機能を発動しETを直接宇宙警察本部へ送る方法です。


「さすがにそれはわかるけど…こうも暴れてたら使えないよ! もっとおとなしくさせないと!」


 なかなか二人を捕らえることができず逆上したETはさらに首を激しく振り、金属がこすれるような大きな鳴き声をあげます。


 タカヤはズボンのポケットに入れてあったポスエッグから、筒状の道具を引っ張り出しました。

 先端には太い針が飛び出しています。


「それってもしかして鎮静剤?」


「うん、かなり強力な成分のものだ。ショースケしっかり捕まっててくれ!」


 そう言うとタカヤは一気にスピードを上げて、ETの背中側に回り込みました。


 そしてETの首がこちらを向くよりも先に、びっしり生えたウロコとウロコのわずかな隙間に針を押し込みました。


「やった!」


 ショースケはタカヤの背中にしがみつきながら喜びましたが、タカヤは青ざめていました。


 針が奥まで刺さりません。まるで鉄に針を突き立てているような感触です。


 そしてタカヤが一瞬うろたえた隙をETは見逃しません。

 三つの目を同時にまぶしく光らせると、口から二人に向かって強い衝撃波を飛ばしました。


 タカヤは急いで避けましたが、その勢いでショースケの手がタカヤの背中から離れてしまいました。


 ショースケは真っ逆さまに池に落ちていきます。


 助けに向かおうとしますがETの視線はまっすぐタカヤを捕らえており、攻撃を避けるだけで精一杯です。


 そのままショースケは茶色い水の中に音を立てて吸い込まれていきました。



****



(どうしよう僕泳ぐの苦手なのに!)


 水はかなり濁っていますし、ショースケは水の中で目を開けられないので周りの様子もわかりません。


 ショースケはジタバタともがこうとして、とっさにあることを思い出しました。


 エッグロケットの後ろにつけたダイヤルをカリカリと回しスイッチを押すと、先端から大きなシャボン玉のような空気のかたまりが出てきました。

 ショースケはその中に急いで顔を突っ込みます。


「ぷはっ! 危なかった…」


 なんとなく楽しそうだからと付けた機能でしたが、まさかこんなに役に立つとは思いませんでした。


 首から上に大きなシャボン玉のようなものをつけたまま、ショースケは上を目指します。


 とりあえずこの水の中から出なくては。


 自力で水面に上がれるほどショースケに泳ぎの技術はありませんので、エッグロケットの先から下向きに空気を発射して上昇していきます。


 しかしいつまでも周囲が明るくなりません。

 水面が近づいているはずなのにおかしいなと感じ始めたとき、ショースケの体はなにか固いものに当たりました。


 エッグロケットのライトを点けて照らしてみると、それは真っ白でとても大きな何かの一部のようです。


 この池にあるこんな巨大なものといえば一つしかありません。

あのETのお腹です。


 外でタカヤが気を引いているのでしょう、ETは首を振るうことに集中しておりお腹はほとんど動いていないようです。


 これはチャンスです。今なら強制転送が使えるかもしれません。


 ショースケはやり方を思い出しながらエッグロケットを操作します。

 ダイヤルを握って思い切り引っ張ると、エッグロケットの先端から小さなブラックホールのような渦が生まれて次第に大きくなっていきました。


 強制転送の準備が完了するまでには十数秒程度かかります。


 ショースケがふう、と一息ついて辺りを見渡すと



 首を折り曲げて、水中からまっすぐこちらを見つめるETと目が合いました。


 ショースケが何かを行っていることに気が付いたのでしょう。


 そのままETは三つの目をニヤリと歪ませると、今までで一番口を大きく開きショースケに近づきました。


 ETが自分に迫って来るまでのその時間が、ショースケにはひどくゆっくりに感じます。


 声も出せず動くこともできません。

 まだ強制転送の準備も完了しておらず、武器は一つもありません。


 ショースケは目をぎゅっと瞑り歯を食いしばりました。



 まぶた越しに水の外で激しく何かが光った気がしました。



 …目を開けるとETは口を開けたまま動きを止めていました。

 苦しそうに首をくねらせて小さく鳴き声をあげながら、三つの目を大きく見開いています。


 ショースケは何が起きたかわからず呆然としていると、握りしめていたエッグロケットが煌々と輝いていることに気が付きました。


 強制転送の準備が完了したのです。


 ショースケは両手でエッグロケットを構えると、目の前の大きな口に向かって思い切りスイッチを押しました。


 エッグロケットに巻き起こっていた渦はさらに大きくなりながらビカビカと輝くと、巨大なETを一気に吸い込んで次第に小さくなりやがて消えていきました。



「やった…やったあ!」


 ショースケが急いで水から顔を出すと、空に浮かんでいるタカヤが見えました。


「タカヤー! やったよ! 転送でき…た…」


 あれはタカヤでしょうか。全身真っ黒で、目だけが赤と青に怪しく光っています。


「タカヤ…?」


 その声に気が付いたのか


「しょーすけ…」


 タカヤはゆっくり元の姿に戻ると、そのまま空から落ちてきました。


 ショースケは慌ててエッグロケットを操作し、水の上に大きなシャボン玉を二つ出してタカヤを受け止めます。


「タカヤ大丈夫⁉」


 ショースケはなんとか頑張ってタカヤを岸に上げました。


「俺はだいじょうぶ…ショースケが無事でよかった」


 タカヤの眉がへにょりと下がりました。


 おそらくETが急に動かなくなった理由は、タカヤが何かをしたからでしょう。

 一体何をしたのか、ショースケには見当もつきません。


 でもきっと聞いてもタカヤは答えてくれないでしょうし、何だか聞いてはいけないような気がして、ショースケはお礼だけ伝えることにしました。


「…ありがとうタカヤ、おかげで助かったよ!」


 タカヤはそれを聞いていつものように申し訳なさそうに笑うのでした。




二人とも疲れ切ってしばらくは動けずにいましたが、近くで鳴きだしたカラスの声にハッとして帰る支度を始めました。


ショースケはびちゃびちゃになった服を、タカヤのポスエッグに入っていた予備の服に着替えます。


「なんか袖なし短パンって落ち着かないや、ちょっと寒いし」


「ごめん、俺袖あるの苦手であんまり着ないから…今度は長袖の服も入れとくよ」


 タカヤが真夏のような服装を好むのはコスモピースの影響があるからだと、ショースケはいつの日かライトさんから聞きました。


二人が歩いて池を後にすると、なにやら近くでワイワイと声が聞こえます。



「ねえねえあれ何だったんだろう⁉ 急に目の前に透明の壁ができたよね!」


「確かに、見えない何かがあって池までの道が通れなかったよねー」


「や、やっぱりお化けなんじゃ…」


 カズとミオとレンの三人はおそらく、さっきタカヤが急いで張ったシールドの話をしているのでしょう。

 いくらキラキラ粉を使っても、体に触れた感触を無かったことにはできないのです。


 こうなっては仕方がありません、あれを使うしかないでしょう。


 タカヤはポスエッグを持って三人の背中に近づきました。そして


「みんなごめん!」


 そのまま一人ずつの頭にポンポンポンとポスエッグを当てました。


「わ! なになに⁉」


 三人が驚いている間に、すかさずタカヤはポスエッグを小さくしてポケットにしまいます。


「なんだタカヤか! ぼくたち今すごい話してたんだよ! えーっと…あれなんだっけ?」


 カズは首をひねります。


 ミオとレンもぴんと来ていない様子で、どうやら無事ETに関する記憶を消すことに成功したようです。


 もっと深くETに関わってしまった場合には宇宙警察本部の協力が必要ですが、これぐらい浅い関わりならポスエッグの力でなんとかなります。


 しかしタカヤは記憶の改ざんなんてすごく悪いことをした気がするため、できるだけ使いたくないのでした。


「ほらみんないつまでここにいるの、もう遅いんだし早く家に帰るよー」


 ショースケが手を叩いて促します。


 レンはそんなショースケを一目見ると目が飛び出るほど驚き、みるみる不機嫌になってショースケを鋭くにらみつけました。


「あれ、ショースケもいたんだー…ってどしたのその服装、タカヤとおそろい?」


ミオはニヤニヤ笑っています。


「え、えーと…まあイメチェンっていうか…ちょっと借りてるんだよ、うん」


ショースケはだんだんこの服装が恥ずかしくなってきました。


「へ―…借りてるねぇ…これは大変だねー、ねぇレン?」


「だから何で俺に話振るんだよ‼」


 ショースケは帰ったら絶対に予備の自分の服をポスエッグに入れるぞと固く心に誓い、これ以上服装に触れられないよう足早に家へ向かうのでした。

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