第1話 迷子のETを捜索せよ!

「はぁあー…何回見てもやっぱりかっこいい…!」


 ショースケは自分の部屋のベッドに寝転んだまま、手の中のバッジを穴が開くほど見つめていました。


「ショースケいつもそれ見てるよな」


 タカヤは近くで本を読みながら、見慣れたその光景を眺めています。


「だって僕がこれが欲しくてどれだけ勉強したと思ってるの!」


 丸に星が入ったようなデザインのそのバッジは、宇宙警察の試験に合格した証です。


 地球では採れない珍しい金属で出来ており、そのなんともいえない輝きがショースケはとってもお気に入りなのでした。


「んー、でもやっぱりここだけは気に入らないんだよね…」


 バッジを裏返すとそこにはしっかり『霧谷(きりたに)ショースケ 十級』と書かれています。


 級は宇宙警察としてのレベルを表すものです。


 特級から十級まであり、つまり十級とは一番下ということです。


「十級って! これじゃあ特級になれるまで何年かかるかわかんないじゃんか!」


 ショースケはほっぺを膨らませてむすーっとバッジを睨みつけますが、当然そこに書かれた文字が変わったりすることはありません。


「僕はじいちゃんと一緒にお仕事がしたくて宇宙警察になったのに…」


「ショースケのおじいさん特級だもんな」


 タカヤは苦笑いを浮かべながらショースケをなだめます。


「タカヤだって僕と同じ十級でしょ。もっと上になりたくないの?」


「うーん…ショースケが上に行きたいなら協力するよ」


 少し考えて、タカヤはそう答えます。


 このタカヤの向上心の無さがショースケの悩みの一つです。


 宇宙警察は基本的に決められた二人組、コンビで行動しなければなりません。


 タカヤとショースケはこのコンビですので、何事も二人で頑張っていく必要があります。


 上の級になればなるほど行ける星も受けられる依頼も増えていくのに…全くタカヤには困ったものだと頭を悩ませているのです。


「うー…とりあえず頑張るしかないかぁ」


 ベッドから起き上がって頭をプルプル振り、ショースケはバッジを胸に付けます。


 そしてその姿を鏡で見て、またニマニマと嬉しそうにするのでした。


「あれ、タカヤはバッジ付けないの?」


「うん。付けなきゃいけないわけじゃないから家に置いてきたよ」


「ふーん、僕タカヤがバッジ付けてるとこ見たことないや」


 僕はこんなに付けたくてたまらないのに変なのと思いながら、ショースケは仕事の確認を始めることにしました。


 お気に入りの青い椅子に腰かけて、机の上に置いてあるタブレット端末に手をかざし何やら入力すると、空中にいくつも青白い画面が浮かび上がります。


「すごいな、これもショースケが作ったの?」


 ショースケは発明が趣味で、何かと作ったものをタカヤに見せて自慢しています。


「僕が作った、って言いたいところだけど、さすがの僕でもまだここまでは作れないや。これはじいちゃんが作ったのをもらったの」


 画面の操作をサラサラと続けて何かないかと隅々まで確認しますが、仕事の依頼は一つも入っていません。


 二人に仕事がないということは、先日この町を訪れたETたちは問題なく楽しい観光旅行をしているということです。


 そもそもお仕事の依頼は宇宙警察から支給されているたまご型の道具『ポスエッグ』を通じて脳内に直接送られてくるようになっているため、いちいち確認する必要もありません。


 もしかしたら手違いで連絡が来てないだけかも? なんて淡い期待は儚くも砕け散ったのでした。


「まあ、俺たちの仕事が無いに越したことはないから」


 タカヤは笑ってそう言いますが、早く級を上げたいショースケには大問題です。


 なんせ宇宙警察のお仕事は歩合制。


 つまり活躍すればするほどお給料も級も上がります。


 でもタカヤの言う通り問題なんて起こらない方がいいに決まってるし…


 でもお仕事はしたいし…ショースケは頭を抱えてうんうん悩んでしまいました。


 その時。


 二人の頭の中にピリピリと音が鳴りました。


耳ではないところから音が聞こえるという経験はなんせ初めてですので、得体のしれない気持ち悪さからショースケがオロオロしていると、タカヤが冷静に近くに置いてあった赤と青のポスエッグを手に取り、青い方をショースケに渡してくれました。


『タカヤ隊員、ショースケ隊員、通報が入りました! 場所は時目木駅、至急現場へ向かってください!』


「了解しました!」


 タカヤがしっかり返事をするとすぐに本部からの通信は切れてしまいました。


「ショースケ行くぞ! 走れるか?」


 タカヤは慣れた手つきでポスエッグを小さくしてズボンのポケットに入れると、緊張で足を震わせているショースケに手を差し出します。


「と、当然! こんなの武者震いだよ!」


 ショースケは自分の太ももを強めに一発叩いて震えを止めると、差し出された手を振り払って立ち上がりました。


「さあ、行こう! 僕らの初仕事だ!」


***


 時刻は午後一時。宇宙鉄道時目木駅、この町的に言うと時目木公園の時計台の上で


 ショースケはベンチに突っ伏して滝のような汗をかいていました。


 いくらショースケの家から走って来られる距離とはいえ、時計台は山の上。


 一気に走ってきたら運動が苦手なショースケはこうなるでしょう。


「大丈夫か?」


 一方のタカヤは汗ひとつかかず呼吸の乱れも無く、通報者をキョロキョロと探していますが見当たりません。


「タ…タカヤがっ、走るのがっ、速すぎるからでしょ…っ!」


 ゼーゼー言いながらショースケはタカヤをにらみます。


「ごめん、これでもゆっくり走ったんだけど…やっぱり途中でおんぶした方がよかったんじゃないか?」


 タカヤが大真面目に答えます。


「そんな恥ずかしいことやってもらうわけないじゃん!」


 確かにタカヤは途中でショースケを気遣いおんぶしようかと提案してきたのですが、どれだけ疲れていてもそれはショースケのプライドが許しませんでした。


「うぅ…なんか移動手段考えないと…」


ショースケがもう一度ベンチに突っ伏そうとしたとき


「モチャコルグリェブデポ」


 なにやら耳元で小さな音が聞こえました。


 顔を上げてよーく見ると、そこには小指の爪先ほどの小さな小さなETが立っていました。


 ショースケは驚いて叫んで尻もちをつき勢いよく後ずさりして、反対にタカヤはETの方に急いで駆け寄り、目線を合わせるため腰を屈めました。


「気が付くのが遅れてしまってごめんなさい、宇宙警察です。あなたが助けを必要とされている方ですか?」


「メケメケプリグキョ」


「なるほど、お名前はモフォッフォさんとおっしゃるのですね」


 ショースケも会話に参加しようとしますが、残念ながら一生懸命勉強した宇宙公用語では無いようなので、バッグをガサガサ漁って急いでイヤホン型翻訳機を装着します。


「来てくれてありがとう宇宙警察さん」


 モフォッフォさんというらしいそのETは真っ黒な体に生えたたくさんの指らしきものをピルピル揺らし、一つだけの目からポロポロ緑色の液体を流し始めました。


「一緒に観光に来た弟と連絡が取れないのです」


「それは大変ですね! いつから連絡が取れないんですか?」


「地球の時間で三十分前です」


ショースケとタカヤは一瞬目を合わせました。二人とも気持ちは同じでしょう。


「私たちクユビロ星人は時間の感じ方が地球生物よりも長いのです! 大体二倍に感じるのですよ! 大問題なのです!」


 それでも一時間です。どうやらこのモフォッフォさんはかなり心配性なようです。


 しかし通報を受けた以上、『連絡に気づいてないだけなのでは』と言って放置するわけにもいきません。


 とりあえず情報を集めてみることにしました。


「えっと…どの辺りにいるとか、なんとなくの場所とかわかりませんか?」


ショースケが訪ねます。


「それが今日は一日別行動をしていまして…どの辺にいるのかさっぱり見当がつきません。ほら、四十分前に来た連絡もこの通りですし」


 そう言ってなにやらうにょうにょ動く物体…おそらく彼らの星では連絡手段であろう何かを見せられますが、ショースケには何を見ればいいのかすらわかりません。


 おそらく場所には全く関係ないことが書かれているのでしょう。


「え、えーと…それで、弟さんということは…あなたと同じ見た目を…?」


「はい、もちろんクユビロ星人です! 私より少し小さいですけど!」


 ショースケはさすがにどこか遠くを見ながら黙ってしまいました。


 この時目木町には宇宙警察本部によって大きな結界が張られているため、特急こすもに乗ってやって来たETがこの町の外に出ることはできないようになっています、が。


 それでも町一つなのでかなり広いですし、探す相手は小指の爪先より小さいのです。


「わ、わかりました、捜索してみますね! もし弟さんから連絡が入りましたら私たちにお知らせください!」


 気が遠くなってきたショースケの肩を支えて、タカヤがぎこちない笑顔で答えます。


「ありがとうございます宇宙警察さん! よろしくお願いします!」


 モフォッフォさんの目から流れていた液体は止まり、その顔…多分顔であろう部位には笑顔が戻りましたが、時計台を降りていく二人の顔は反対にとっても曇っていました。


さて、これからどうしましょう。


****


 時目木公園の遊具の前で、二人は途方に暮れていました。


 捜索するとは言ったものの一体どこから探したらいいのでしょう。


 その辺の人に聞き込み…はできません。


 何故ならETたちはこの町にやって来る際に約束事として、地球にいる生物の九十九パーセント以上に認識されなくなる粉、『キラキラ粉(こ)』を使っています。


 地球の文明が発展し、ETたちの存在に自分たちで気が付くまで、ETや宇宙警察の存在を今の地球生物に明かしてしまうことは第一級の禁止事項になっているからです。


 じゃあ観光に来たETたちに聞けば…ってそもそもそのETたちがどこにいるかわからないのでした。


「んー…よし! とりあえずあれ使ってみよう!」


ショースケはカバンの中の荷物をポイポイ放り出して、底の方からなにやらステッキのようなものを取り出しました。


「ショースケそれ何だ?」


 タカヤも見たことが無いものです。


「よくぞ聞いてくれました! これは地球外物質探知機! 地球にはない物質に反応したら教えてくれるマシーンだよ。僕の最新の発明品さ!」


 ショースケは得意げに見せびらかします。


「二メートルくらいまで伸ばせるように作ってあるから、高いところだって探せるよ! まあちょっと探知の範囲は狭いけど、何かヒントくらいみつかるかなって」


「へー! すごいな、やっぱりショースケは天才だ!」


「うへへへ、そうでしょそうでしょ」


 自信満々にニヤニヤ笑いながらショースケは探知機の設定を始めました。


「えーっと、ポスエッグやバッジに反応したら困るから、僕たちの持ち物には反応しないように設定して…よし! 準備完了!」


「あ、ショースケちょっと待っ」


 タカヤが何かを言いかけたのと同時に、ショースケは嬉しそうに探知機のスイッチを入れました。


 その瞬間。


 ビガビガビガガビビビビビビビビビビガガガビビ!


 探知機は狂ったように鳴り始め、タカヤに猛烈な反応を示します。


 そしてそのままボンボンと音を立てながら、部品がいくつも外れて壊れてしまいました。

 ショースケは口をポカンと開けたまま呆然としています。


 忘れていました、タカヤは規格外に超強力な地球外物質の塊だと。


「え、ええと…ごめん、気づくのが遅かった…」


 タカヤは気まずそうに謝りながらショースケの方を見てぎょっとしました。


 ショースケは目に今にも零れ落ちそうな涙を浮かべてプルプル震えています。


「まだ一回も使ったことなかったのにぃ…」


 大きな両目から涙がこぼれ落ちました。


「ただの伸びる棒になっちゃったじゃんかぁ…」


「ご! ごめんショースケ泣かないで! 俺どうしたらいい⁉」


 タカヤがオロオロしながらハンカチを差し出します。


「…じゃあコスモピースの力使ってよ」


 目を真っ赤にしたままむすっとした顔でショースケが詰め寄ると、タカヤはもう一度ぎょっとして慌てて目線を逸らします。


「僕の発明品も壊れちゃったし、もうモフォッフォさんの弟を探すにはそれしかないでしょ? それとも町中歩き回って探すつもり?」


「そ、それはそうだけどさ…あんまり使うなって言われてるし…」


 タカヤは視線を右往左往させて困ってしまいました。


「あんまり、でしょ? 今は大事なときだもん、大丈夫大丈夫!」


 ショースケは他人事のように言います。


「うぅ…叱られるときはショースケも一緒にいてくれるか?」


「それはやだ、ライトさん怒ったら怖いもん」


 うだうだ言って踏ん切りがつかないタカヤにショースケは畳みかけます。


「あーあ、探知機作るの大変だったのになぁ…いろいろ調べて素材集めてやっと完成したとこだったのに…」


「わ! わかったやるよ…」


 タカヤは少々人が良すぎるため、良心に訴えられると極端に弱いのでした。



「じゃあちょっと離れてて」


 二人は誰かに見られることがないよう、念のためキラキラ粉を体にかけます。

タカヤは目を閉じて集中し始めました。


「ねえねえ、具体的にはどんな力を使うの?」


 ショースケはずっと気になっていたコスモピースの力に目を輝かせて興味津々です。


「んー、モフォッフォさんたちクユビロ星人はどうも氷点下くらい体温が低いみたいなんだ。だからその温度帯で、尚且つ動いてるものを探そうと思ってる。今この町に旅行に来てるクユビロ星人は二人だけだから、反応があったらおそらくそれが弟さんだ」


 そんなことまでできてしまうのかと、ショースケはもう羨ましくて仕方がありません。


 タカヤが見ただけで体温までわかってしまうのも、走っても疲れないのも睡眠が必要ないのも寒さを感じないのも、はたまた初めて聞く言語も理解できてしまうのも、全てタカヤの体の中に埋め込まれているコスモピースという石の膨大なエネルギーによるものです。


 そしてその力をさらに解放させることでもっとすごいことができるようになるとショースケはタカヤから聞いており、自分がもしその力を持っていたら絶対にタカヤみたいに出し惜しみしたりしないのにと常日頃から思っておりました。


「それじゃあ、始めるよ」


 目を閉じたまま、タカヤは小さく息を吸いました。


 するとタカヤの周りにだけ強い上昇気流が発生し、髪の毛や服を大きく揺らし始めます。


 体全体がまばゆいほどに輝き、周りの空気がそれに共鳴するようにチカチカと光ります。


 まるで吸い込まれてしまいそうなほど美しい光景に、ショースケは息を飲みました。


 しばらくすると光りが収まり風が止んで、タカヤはゆっくりと目を開きます。


 するとその瞳は先ほどまでの澄んだ黒い瞳では無く、赤と青の二色の星が無数に浮かんだ宇宙のように変わっていました。


 ショースケはその様子に少し怖気づいてしまいましたが、なんとかタカヤに尋ねます。


「ど、どう? なにかわかった?」


 タカヤは少しぼんやりとした後、ハッと我に返ったようにショースケの方を向きました。


「あ、うん! 大体わかったと思う!」


 それを見てショースケは少しホッとしました。


 だって今のタカヤはまるで人間じゃないみたいですから。


「ここから結構離れた場所にそれらしい温度の反応を見つけたんだけど…反応自体はあまり動いてないのにどんどん距離が離れていってるんだ」


「なんでだろ、乗り物にでも乗ってるのかな?」


「もうちょっと詳しくわからないかやってみるよ」


 タカヤがもう一度集中し始めると、二人の頭の中でピリピリと音が鳴り始めました。


「どうしました?」


 ポスエッグを手に取りショースケが応答すると


「宇宙警察さん大変です! さっき弟から連絡があって!」


 モフォッフォさんです。ひどく慌てています。


「一言、助けてって送ってきたんです!」


「ショースケ!」


 タカヤが大きな声で呼びかけます。


「さっきの反応の周りの温度も調べてみたんだけど、多分これ海の上だ! 弟さんは流されてるのかもしれない!」


****


「海⁉ どうしようここからじゃ間に合わないかも!」


 慌てるショースケの横で、タカヤは大きく息を吸いました。


 その息を強く吐き出したと同時に、タカヤの体が先ほどよりも一段階強く光り、より強い上昇気流が立ち上ります。


 目の中の宇宙をより黒く禍々しく輝かせて、タカヤはショースケの腕を掴みました。


「時間がない! ごめんショースケ後で謝るからちょっと我慢してくれ!」


 そう言ってショースケを引っ張ってお腹周りを抱きかかえると、タカヤは一直線に空中へ浮かび上がります。


 そしてそのまま、空を切るような超スピードで海へ向かって飛び始めました。


 速度はジェットコースターの比ではありません。


 あまりの速さにショースケは怖いと感じる余裕すらなく、目を開けることもできません。


 そして何が起こってるのかもよくわからないうちに、二人の体は海の上をふわふわと浮かんでいたのでした。


「いた! あそこだ!」


 タカヤが目を向けた先には小さな葉っぱが一枚浮かんでいます。


 ショースケがよーく目を凝らすと、確かにその上にはゴマ粒のような小さな真っ黒な体のETが見えました。


 間違いありません、モフォッフォさんの弟さんです。


「たすけてー…」


 弱弱しい声が聞こえます。


 落ちないように必死で葉っぱをつかんでいたのでしょう、体力もあまり残っていないようです。


「タカヤ、もっと近づいてくれる? 今の距離じゃ届かない!」


「ごめん、これ以上は近づけない!」


 タカヤはひどく焦っています。


「俺はいま体を浮かせるように周りの空気を巻き上げる力を使ってるから、これ以上近づいたら水を一緒に巻き込んで波を起こしてしまう可能性がある! そしたら弟さんは葉っぱから振り落とされてしまうかもしれない!」


 ETまでの距離は大体三メートル。


 タカヤは必死に考えました、何か使える力はないか。


 コスモピースは無限の可能性を秘めた石。まだ知らない、使ったことがない力だってたくさんあるはずです。


 でもそれをここで試すことは、目の前のETを…ショースケを危険にさらすことになります。


(どうする、どうしよう、でも…俺がやらなくちゃ)


「タカヤ!」


 ハッと我に返って声の方を向くと、ショースケは壊れた地球外生物探知機の棒を持っていました。


「僕の足掴んでひっくり返して! それで届くかもしれない!」


 タカヤは一瞬戸惑いましたが、ショースケの意図を理解すると


「わかった!」


 ショースケの両足首を掴んで逆立ちのようにひっくり返しました。


 海の上で宙ぶらりんになりながら、ショースケは探知機だった棒を思い切り伸ばします。


 棒は二メートルほど伸びて、浮かんでいる葉っぱのすぐ近くまで届きました。


「やった、届いた! さぁこれにつかまって!」


 ですが、波もタカヤの飛行もぴったりその場に止まっているわけではありません。


 棒も葉っぱもゆらゆらと揺れて、ETは上手く捕まることができないようです。


「どうしよう…でもこれ以上できることが…うぇ、きもちわるぃ…」


 しばらくひっくり返っているんですから、ショースケも頭に血が上って限界です。


「ショースケ大丈夫か⁉ 一回引き上げるぞ!」


「い、いや! このままやる!」


 頭の気持ち悪さをこらえて、ショースケはまっすぐETを見つめました。


 目から緑色の涙をいっぱい流して、ブルブル震えて、怖くてたまらないのでしょう。


「大丈夫だよ」


ショースケは今出せる一番優しい声で語りかけます。


「僕らが絶対助けるから、だから、一緒に頑張ろう?」


 ETとしっかり目が合って、ショースケがにっこり笑ったその時。


 波とタカヤの飛行の揺れが重なり、葉っぱと棒が触れ合った一瞬。


「今だ!」


 ショースケが叫ぶと同時にETは揺れる葉っぱから手を放し、棒の先端をしっかりと掴みました。


 そのままゆっくりと棒を縮めると、ショースケは左手で優しくETを包みこんで胸に引き寄せます。


「迷子の弟さん、無事、保護、しましたぁああえあえ…」


 宙ぶらりんで限界を迎えたショースケを、タカヤは急いで引き上げ胸の前で抱きかかえました。


「ありがとうショースケ、お疲れさま」


 タカヤは力なく握られたショースケの左手からETを預かると、来た時とは比べ物にならないほどゆっくりゆっくり公園の方へ飛んでいきました。

 

****


 空はもう日が傾き始めており、あたりは少し薄暗くなってきました。


 無事に出会えたモフォッフォさんと弟さんを手を振って見送り、二人はゆっくり帰路につきます。


「ショースケ体調大丈夫か?」


 タカヤが不安そうに尋ねます。


「これぐらい大丈夫だよ、タカヤは心配性だな」


 ショースケはすでに足取りも軽くピンピンしており、今だって次の発明に使えないかとその辺に落ちている木の枝を物色しておりました。


「今日は本当にありがとう、救助が無事成功したのはショースケのおかげだよ」


 タカヤが申し訳なさそうに笑って言います。


「で、でしょー? やっぱり僕ってすごいよねー!」


 ショースケはうへへと笑いながら照れ隠しに足早に進み、枝をさらに拾い集めます。


「でもさ、コスモピースの力って本当にすごいね! あんなことまでできちゃうんだ!」


 嬉しそうにショースケは続けます。


「あれだけすごいんだもん! きっと僕たちすぐに上の級に行けると思わない?」


「あはは…そうかな」


「そうだよ! 絶対そう!」


 大きな石や葉っぱも拾ってカバンにしまっていくため、ショースケのカバンはもうパンパンです。


「まあタカヤの力だけに頼るわけにもいかないし、僕ももっと頑張るけどさ」


 詰めこみ過ぎたカバンの重みにふらつきながら、ショースケはタカヤの方へ振り返りました。


「ねえタカヤ」


 沈んでゆく夕陽を背に、ショースケはニヤリと笑って見せます。


「僕たち、絶対一緒に特級になろうね!」


「…うん、そうだな」


 それがひどく眩しくて、タカヤは少し目を細めました。





「ただいま」


 真っ暗な一軒家の鍵を開けて、タカヤは部屋の明かりをつけます。


「オカエリー タカヤ オカエリー」


 奥から白くて丸っこい体をしたロボットが、三本の触覚を揺らしながらタカヤを出迎えました。


「ただいま、ツバサ。お留守番ごくろうさま」


「コレクライ ヘッチャラ ダヨ! アレ タカヤ ナンカ ツカレテル」


 ツバサと呼ばれるロボットはタカヤの足元をくるくる回ります。


「うん、やっぱり周りに被害が出ないように力を抑えて使うのは難しいや。もっと勉強して練習しないと」


「エー タカヤ モウ ジュウブン ガンバッテル ジャナイ」


 ツバサは表情は変わらないものの不満そうです。


「あはは…まだまだだよ」


 タカヤは洗面台へ向かい手洗いうがいを済ませてタオルで拭くと、ツバサの頭を撫でました。


「ちょっと部屋に行ってくるね」


 足早に階段を上り自分の部屋の扉を開けると、タカヤはすぐに机に向かいます。


(今日はもっとできることあったな…風を起こさずに飛ぶ方法を考えて、物体を浮かせる方法も探さないと…)


 文字がびっちりと書かれて真っ黒なノートに、タカヤはさらに文字を書き込んでいきます。


 ふと、机の上に置いたままのバッジが目に入りました。


 ショースケが胸につけて喜んでいたものとおそろいのバッジは、スタンドライトの灯りを反射して重く鈍く光っています。


「…知ったらショースケ、怒るかな」


 裏にはもちろん、こう書かれています。


『石越タカヤ 特級』

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