第14話 プニプヨ料理でお大事に!
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まだまだ暑ーいある日の真っ昼間。
黒くて凸凹のアスファルトは、さんさんと降り注ぐ熱をこれでもかと吸収して恐ろしい温度になっています。
熱された鉄板のようなその上を、タカヤはパタパタと急いで走っていました。
コスモピースの力を手に入れてから暑いやら寒いやらという感覚が無くなったタカヤにとって、今日の最高気温がどうだのということは特に影響はありませんが…今手に持っている保冷バッグの中に入っている手作りアイスクリームには多大なる影響があります。
「うーん、ちょっと溶けちゃったかもな…」
不安そうにバッグの中を覗きながら、タカヤはショースケの家の呼び鈴を鳴らしました。
はーい、と声が聞こえて重厚なドアが薄く開き、ショースケが隙間からちらりと顔を出しましたが…
「どうしたショースケ、何かあったのか?」
タカヤが思わずそう聞いてしまうほど、その顔は疲れ切っています。
「もう大変なんだよ…とりあえず入って」
靴を何足も出しっぱなしにしていても問題なさそうなほど広い玄関に入ると、なにやら奥の部屋から声が聞こえます。
「ルルさん、この本に書いてある適量とは正確には何グラムのことを言うんですか?」
「さぁ…私にもわかりませんが、こういうのはライトさんが入れたいと思う量を入れたらいいのではないかと」
「そうはいきません、数ミリグラムの差が効き目に大きな違いを生むかもしれないんです。やはりここはグラム数を変えた試作を繰り返すことによって正確な値を割り出した方が…」
「それでは日が暮れてしまうどころでは済まないような…」
引き戸の隙間から聞こえるルルの困り声を聞いて、ショースケは何度目かわからない大きなため息を吐きました。
「…と、まぁこういうわけなの」
「ど、どういうわけなんだ…?」
さすがに来たばかりで状況が掴めないタカヤに、ショースケは説明し始めます。
「実は昨日から、メグさんが体調を崩しちゃって。どうも脱皮の時期を迎えたらしいんだ」
「そういえばプニプヨ星人って定期的に脱皮をするんだったな」
「そうそう。それでね、プニプヨ星人がスムーズに脱皮するためにとっても有効な薬代わりの料理があるらしくて。本で調べたら、幸い材料はある程度ライトさんの実験室に揃ってるみたいだったし、それを作ろうって話になったんだけどっ…!」
ショースケは乱暴に引き戸を開いてズカズカとキッチンに入ると、腕を思いっきり伸ばしてライトを指さしました。
「ライトさんが! 真面目すぎて! 全然作業が進まないのー!」
「うわぁ! びっくりした…あ、タカヤ君いらっしゃい」
ライトはいつもと変わらない笑顔を浮かべながら、何やら精密そうな大きな量りでミリ単位の計測をしています。
「まだその粉量ってんの⁉ だーかーら、その粉はラバラの実二つ分くらいの量入れたらいいって書いてるんだから目分量で入れたらいいじゃんか!」
付箋がたくさん貼ってある分厚い本を開いて、ショースケはライトの顔の前にぐいっと押し出します。
「いや、ラバラの実は大きさに結構バラつきがある実なんだから、どの大きさが正しいのかきちんと見極めないと。そもそも、その本に書かれているラバラの実が熟しているかいないかで大きさが多少変わって…ああ待って? さっき量ったデキオウの葉を粉末にしたものも、もしかしたら青い葉じゃなくて紫の葉のことだったのかも…やっぱり一から作り直した方が」
…ライトの口が止まらないのでショースケはもう泣きそうです。
「…と、いうわけなんだよタカヤ。わかってくれた?」
「あ、あぁうん。なんとなく…あの、ライトさん?」
タカヤはへにょりと笑顔を浮かべながら、右手に持った保冷バッグを胸の高さに掲げました。
「俺、家でアイスを作って持って来たんです。今から一緒に食べてくれませんか?」
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「このバニラアイス美味しいね。タカヤ君は本当に料理が上手だね」
小さな金属のスプーンでもう一口、ライトはアイスを満足そうに頬張ります。
「いえ、レシピ本を見てその通りに作ってるだけですよ。ごめんなさい、ちょっと溶けちゃってましたね」
「やわらかくて食べやすいから、僕はこれぐらいがちょうどいいと思うけど」
ライトが使っているものと同じ小さなスプーンで大きく抉るようにアイスを掬ったショースケは、それを一気に口に入れて…案の定、キーンと痛んだ額をゴシゴシ擦りました。
「本当に美味しそうですね、私もいつか食べてみたいです。メグも食べられたら良かったんですけれど…」
物を食べる必要の無いアンドロイドのルルは、心配そうに二階にあるメグの部屋を天井越しに見上げます。
「かなり具合悪そうだもんね…脱皮中は食欲も無くなるらしいし。だから早く料理を作って渡そうって言ったのに…!」
ショースケがじとりと睨むと、ライトは申し訳なさそうに目を逸らしました。
「ごめん…気になることがあったら細かく追求しないと気が済まなくて…。でも、ショースケ君は大雑把すぎるよ! ちゃんと量が記載されている材料も全然量ろうとしないし!」
「ちょっとくらい多くても少なくても一緒でしょ。お腹に入れちゃったら何とかなるってじーちゃんも言ってたし」
「いやいやならないよ! もっと具合が悪くなったらどうするんだ!」
また言い争いを始めた二人を前に、ルルとタカヤは困ったように笑い合いました。
「ごめんなさいタカヤさん、今日はずっとこのような感じで…」
「いえ、お構いなく…そうだ! メグさんに食べていただくお料理、何か俺も力になれることありますか?」
「まぁ! 手伝ってくださるんですか? タカヤさんが協力してくださるなら百人力です」
ルルは嬉しそうに両手を合わせると、料理の作り方が載っている本をキッチンから持ってきてテーブルの上に置きました。
「このレシピ本はプニプヨ星のものなんですけれど、どうも普通のプニプヨ語をかなり崩して書いてあるみたいで…解読だけでかなり時間がかかってしまっているんです。メグに聞こうにもずっと眠っていますから難しいですし…タカヤさん読めませんか?」
「うーん、ごめんなさい。俺はコスモピースの力でETさんたちが伝えたいことはなんとなくわかるんですけど…書かれた文字はこの力では読めないんです」
すみません、とタカヤは肩を落とします。
「ふーん、タカヤというか…コスモピースにも出来ないことがあるんだね」
ショースケはカップの底に残ったアイスを一滴も残さないようにスプーンでかき集めながら、意外そうに言いました。
「あはは…俺がコスモピースの力を引き出せてないだけかもしれないけどな」
タカヤがいつものように申し訳なさそうに笑う様子を少し気にかけながら、ライトは空になったアイスのカップを置いて、ごちそうさまと手を合わせます。
「美味しかったよ、タカヤ君ありがとう。さて…料理の続きをしないとね」
腕まくりをしてキッチンへ向かうライトを、ショースケは待ったと強く呼び止めました。
「ライトさんもうキッチンに行かないで! 全然作業が進まなくなるから!」
「なっ…! き、気を付けるから! それならいいだろ?」
「ダメ! ライトさんそう言って気を付けられたこと今まで無いじゃん!」
…図星を突かれたライトは何も言い返せず口をつぐみます。
すると話を聞いていたルルがふわりと微笑んで、椅子からゆっくりと立ち上がりました。
「みなさん、ここは二手に分かれて作業をするのはどうでしょう?」
いつもの見慣れたメイド服に身を包んだルルは、背中についた大きなリボンを揺らしながら続けます。
「私とタカヤさんがお料理を、ライトさんとショースケさんがレシピ本の解読をそれぞれ担当するんです。そうすればより早く、メグに料理を届けることができるのではないでしょうか?」
「確かに、それは良い考えですね。僕はキッチンに入らない方が良さそうですし…」
しょんぼりと俯きながらライトは納得しましたが…
「えー、僕お料理担当がいいなー。その方が楽しそうだもん、タカヤ代わってよ」
ショースケが唇を尖らせるので、ルルは自分の頬に片手を添えて首を小さく傾げます。
「あら? ショースケさんはとってもとーっても賢い方ですから、さぞかし解読がお得意だろうと思ったんですけれど…料理の方がいいですか?」
それを聞いたショースケは、ニヤニヤしながら胸の前で腕を組みます。
「ま、まぁ? 僕すっごく賢いし? 解読くらい朝飯前だけど?」
「さすがショースケさん、期待してますね! ではタカヤさん、私たちはキッチンの方へ行きましょうか」
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「タカヤさん、そこに置いてあるピンク色の液体を取っていただけますか?」
「これですね、どうぞ。ルルさん、頼まれていたオーリョの茎のみじん切り終わりました」
ルルとタカヤは着々と、レシピ本の解読が済んでいるところまで料理を進めていきます。
「本当、タカヤさんが来てくださって助かりました。ライトさんもショースケさんも頑張ってくださったんですけれど…その、あの調子でしたから如何せん作業が進まなくて」
小さくふぅっと息を漏らすルルの隣で、タカヤはあははと苦笑いしながら次の工程に入ります。
「えーっと、出来上がったポノムとレガフルを鍋に入れてフヨルキギュする…。えーっと…?」
首を深く傾げるタカヤの頭の中は?マークでいっぱいです。
「タカヤさん、ポノムは先ほど作ったこのピンク色の練り物のことです。レガフルはここに置いてある青い草と、タカヤさんが刻んでくださったオーリョの茎を混ぜたもの。フヨルキギュは…何でしょう? 私にもわかりません」
ルルは奥の本棚から古びてボロボロのプニプヨ星辞典を持って来て開きます。
「あ、ありました! フヨルキギュは…プニプヨ星に生息するET、ニュムニュムに変身してその背中の翅の鱗粉をできるだけたくさん振りかけること…だそうです」
「へ、変身ですか…」
タカヤは眉をしょぼんと下げて困ってしまいました。
「メグも地球人に変身していますし、プニプヨ星人は変身が得意ですからそういう調理法もあるんですね…しかし、困りましたね。私たちは変身出来ませんし」
ルルも口元に手を当ててしばらく考え込んでから…あっ! と高い声を上げました。
「ニュムニュムと言えば、先日この家で生まれて本部へと送り返したETですよね? それならライトさんの実験室にその鱗粉が保存されているかもしれません。ライトさんはニュムニュムの体を検査していらっしゃいましたし」
「なるほど…! 変身しなくても本物を入れることが出来れば先の工程に進めますね!」
「はい! ではタカヤさん、ライトさんの実験室を訪ねてニュムニュムの鱗粉があるかどうか確認して来ていただけますか? 私は少しメグの様子を見てきますね」
「わかりました!」
****
タカヤが実験室の扉をノックして…返事が無いのでゆっくり開くと、中ではショースケとライトがまたもや言い合いをしています。
「だーかーら! この文字のこの部分は絶対横棒だって! ライトさんはもっと柔軟に考えないと!」
「いーや! これは斜めの部分が崩して書かれているだけだ、それならこの文章の意味も通るだろ⁉」
「あのー…二人とも?」
その声で、やっと二人はタカヤがいることに気がついたようです。
「タカヤ君ごめんね、気がつかなかった。どうしたの?」
「実はニュムニュムの鱗粉が必要で…ライトさん持ってませんか?」
「ああ、この間採取したから持ってるよ。今出すからちょっと待ってて」
ライトは奥の棚を開いて鱗粉が入った瓶を探し始めました。
「タカヤ、料理の進み具合はどう?」
「かなり順調に進んでるよ。解読はどうだ? ショースケ」
「いやー…これがかなり大変で。ミミズみたいなむっにょむにょの文字で書かれてるから全然読めなくてさー、この実験室にあったプニプヨ星の辞書と照らし合わせながら頑張ってるところだよ」
ショースケはライトが日頃使っているキャスターの付いたふかふかのデスクチェアにドカリと腰掛けて、その場でくるくると回ります。
「あ、この机の上に解読出来たところまでのレシピ置いておいたよ」
「ありがとう…あれ?」
レシピの隣には厚さ十センチはあると思われるポスエッグの説明書が、重そうな文鎮で開きっぱなしにされています。
宇宙警察になってポスエッグを受け取るのと同時に、この説明書は配られるのですが…小さな文字が全ページに渡ってびーっしり書かれたそれを最後まで読んだという隊員は、タカヤを含めてもごく少数でしょう。
しかしよく見てみると…ライトの机の上に開かれたそれには、赤いペンでたくさんの修正が施されています。
「おまたせ。これがニュムニュムの鱗粉だよ…ってああ、それ?」
ライトは瓶を一つ持って戻ってくると、分厚い説明書に目をやります。
「今度改訂しようと思って。五章の収納機能の説明、もっと詳しくしようと思ってるんだ。隣に置いてあるのがその原稿だよ」
…確かに隣には恐ろしい高さの紙束が積み上がっています。
「ま、まさかこの説明書…ライトさんが書いたの?」
「そうだよ。僕が宇宙警察になった頃はまだポスエッグの説明書って無くて…あったらきっと便利だろうと思って頑張って作ったんだ。ショースケ君ももちろん読んでくれたよね?」
「えーっと…」
まさか開始二ページでやめたとは言えません。
「そ、それよりさぁ! レシピ本の解読を進めなきゃだよね! さっきのこの文字、やっぱりライトさんの解釈が合ってるんじゃないかなぁー?」
「お、ショースケ君もそう思ってくれる? じゃあ続きの解読に移ろうか、あと少しだし頑張ろう!」
…タカヤは鱗粉の入った瓶を受け取ると、扉の前で深くお辞儀をして実験室を後にしました。
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「おかえりなさい、タカヤさん」
「ただいま戻りましたルルさん。メグさんの様子は如何でしたか?」
そう聞かれると、ルルはしょんぼりと目を伏せます。
「メグはとっても具合が悪いようで…ETの姿ですっかりしおれてしまって、喋ることもしんどいみたいです。早くお料理を作ってあげないと」
「それは大変ですね! 急ぎましょう」
タカヤがもらって来たニュムニュムの鱗粉を鍋に入れようとしたところで…ルルは少し言いにくそうに口を開きました。
「その、タカヤさん? 私さきほどこの辞典を見ていて思ったのですけれど…」
ルルはプニプヨ星辞典を開いて、『変身』という項目を見せます。
「どうやらプニプヨ星人の変身は表面的な見た目のみ、らしくて…つまりメグも地球人に変身してはいるものの、内側はプニプヨ星人のまま変わっていないそうなんです」
「と、いうことは…?」
「その…見た目だけニュムニュムに変身しても、中身はプニプヨ星人のままなのですから…レシピに書かれている鱗粉とは、プニプヨ星人の体の一部のことなのでは…?」
…キッチンは数秒沈黙に包まれて…、先にルルが口を開きました。
「…きっと勘違いですね! もしそうなら私たちは、眠っているメグの触手を一本切断させてもらわないといけなくなってしまいますから。えーっと確かこれは…出来るだけたくさん入れるんでしたね!」
そう言ってふわりと笑うと、ルルは鍋の中にタカヤがもらって来たニュムニュムの鱗粉を全部投入しました。
鍋の中はその途端に、ギラギラと輝くドブのような色に変わります。
「こ、これ…食べられるんでしょうか」
何とも言えない異臭が立ちこめるキッチンで、タカヤは不安そうにルルを見つめました。
「…プニプヨ星人の味覚は地球人とは違うでしょうから大丈夫ですよ。ええ、きっとそうに決まってます」
ルルはいつものやわらかい笑顔とは打って変わって、妙に真剣な面持ちで鍋にガチャンと蓋をします。
「さ、さて! これから三十分は煮込みの時間ですね…そうだタカヤさん、この辞典に興味深いことが書いてあったんですよ!」
鍋の中に出来上がりつつある現実をあまり直視したくないのか、ルルは古いプニプヨ星辞典に視線を移しました。
「タカヤさんはトリスタル伝説ってご存じですか?」
「…はい、聞いたことはありますよ。それがどうかしましたか?」
「その昔、惑星トリスタルという星に住んでいたと言われるトリスタル星人は、それはそれはすごい変身能力を持っていたそうです。地球人で例えると…細胞の一つ一つまで変身させることが出来て、本当にその生物そのものになれたらしいですよ。ふふ…案外近くにいらっしゃるかもしれませんね」
ボゴボゴと怪しい音を立てる鍋を極力視界に入れないように、明後日の方向を向きながらルルは笑います。
「…あはは、ルルさんは面白いことを仰いますね」
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「解読できたよー! …って何この臭い!」
ショースケはキッチンに繋がるリビングに入って、開口一番に叫びました。
後から入ってきたライトもぎゅっと眉をしかめます。
「お疲れ様でした、ライトさん、ショースケさん。料理の方は……この通り、とっても順調ですよ!」
ルルがわざとらしいほどニコニコと笑うので、タカヤも隣で引きつった笑顔を浮かべるしかありません。
「順調、なの…これ?」
ショースケは蓋を少し開けて鍋の中を確認しました。
煮込んだことによってドロドロになったそれはもはや例えの言葉すら浮かばない、生まれて初めて見る物体です。
「……えーっと…それでですねルルさん」
ライトは鍋の中の物体からすっと目を背けて、解読したレシピ本のメモを差し出しました。
「どうもこの料理は、プニプヨ星ではお祭りのときに大人数で作られていたらしくて。その…最後の調理行程がですね…」
顔を赤くしながら、ライトは二つ咳払いをして…息を吸ってから声を出しました。
「料理の入った鍋を中心に置いて、その周囲で輪になってみんなで踊りまくる…というものだそうです」
「…はい?」
あまりに予想外の言葉に、ルルは笑顔を貼り付けたまま首を傾げます。
「いや、僕だって信じたくなかったですよ! でもどうやらプニプヨ星人は踊りが好きな陽気な種族らしくて…解読したらそう書いてあったんですもん…」
ライトはリビングテーブルに添えられた木製の長椅子に腰掛けて、頭を抱えて項垂れました。
「と、いうわけなんだよ。タカヤ」
ショースケはタカヤの右手首をぎゅっと掴んで、ずずいっと詰め寄ります。
「タカヤも踊ってくれるよね?」
「え、えええと…わかった、わかったから…」
耳まで真っ赤にして目を潤ませながらも、タカヤは断ることが出来ない性分なので首を縦に振りました。
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テーブルや椅子を少し離れたところへ移動させて、蓋をしても尚怪しい臭いを放つ鍋をリビングの中心に置いて…準備は完了です。
「あ、そうだ…」
ライトは虚ろな目で半笑いを浮かべながら、ポケットの中から小さな機械を取り出しました。
「プニプヨ星の祭りで歌われている歌があるらしくて…一応それも準備して来たよ…」
機械のスイッチを押すと、にゃろにゃろと聞いたことの無い音楽が流れ始めます。
…どうやら歌詞は『にゃろにゃろ』だけのようです。
「なんだろうこの…中途半端に乗れないリズムは…」
ショースケがゆらゆらと揺れながら踊りを模索していると、ライトは覚悟を決めたのか両手でパンッと自分の頬を叩いて目を見開きました。
「とやかく言ってても仕方が無い! もうヤケだ始めるぞ‼」
各々自由に踊り始めて五分、鍋にまだ変化は見られません。
「うう…もう疲れてきた…それにしてもルルさん踊り上手だね」
片足で立ったままくるくる回っているルルの方へ、ショースケは視線を向けます。
「私は博士が作った最高傑作ですから、踊りも多少は出来るように作られているんですよ。ええと…ライトさんは…」
「何ですかルルさん」
とにかく必死にぎこちなく体を動かしているライトは、恥ずかしさのあまり睨むようにルルを見ました。
「いえ…独創的な動きでとっても可愛…素敵です! 是非動画を保存させていただきたいんですけれど!」
ルルは興奮を隠し切れず、目をキラキラ輝かせてねだりますが…
「頼むから勘弁してください!」
もちろん一秒も待たずに断られてしまいました。
…踊り始めて十分、鍋の中から何やらプツプツと小さな音が聞こえ始めました。
「あ! 音が聞こえる…よかった、ちゃんと踊ってる意味あったんだ…!」
タカヤは両腕を頭上で揺らしながら、嬉しそうに足でピコピコとリズムを取りました。
「本当だよ。これで何も起こらなかったら僕たち、ただ輪になって踊ってる愉快な集団だもんね」
ショースケはその辺にあったタオルを振り回つつ腰を振っています。
その時、突然鍋からボコボコと音がして、立ち上った大きな泡が鍋の蓋を吹っ飛ばしたかと思うと…鍋の中身は眩しい虹色の光を放ちました!
「わわわ! なになに⁉」
タオルを両手で持って、ショースケは思わず目を覆います。
「この光は…! 料理が完成したんだ!」
ライトがゼーゼーと息を吐きながら、嬉しそうに声を上げました。
「え、やったー! どれどれ、何か虹色に光ってたし…美味しそうにできたかなー?」
ショースケを先頭に、四人はわくわくと鍋の中を覗き込んで…一斉に表情を曇らせました。
だってそこにあったのは…ギラギラと眩しく輝きながら異臭を放つ、ドブ色のドロドロだったからです。
「…どうやら踊ったところで、見た目に変化は無いみたいですね。さ、さて!」
ルルはお玉を使って、大きな深皿に鍋の中身を残さず掬い取りました。
「あとはこれをメグに食べてもらうだけですね! それでは部屋に持って行って来ます!」
ルルはパタパタと階段を上がっていきました。
…ライトとタカヤとショースケも、ルルに続いて階段を上り少し離れたところから様子を窺います。
「メグ、起きられますか? 脱皮を円滑にするという料理を作ってきましたよ」
「…あノ、ルル…?」
「はい?」
「ワタシの知っている料理と随分見た目が違うのですガ…」
「気にしないでください、大事なのは効き目です。さあ、あーんして」
「あノ…」
「あーんしてください」
…言葉にならないメグの悲鳴が響きます。
「え、えーと…僕は肖造おじさんから何か連絡が入ってたから、それを確認して来ようかなー…」
「そ、そうだタカヤ! 新しく見せたい発明品があるんだ、僕の部屋に見に来てよ!」
三人はそれぞれ、その場を離れて行きました…。
****
空になった深皿を持って、ルルは一階のリビングに戻ってきました。
「あら? ライトさん、ここでコーヒーブレイクなんて珍しいですね。いつもは実験室で召し上がっていらっしゃるのに」
「ちょっとルルさんにお話したいことがあって。そうだ、その…メグさんは大丈夫でしたか?」
湯気が立ち上るコーヒーカップを片手に、ライトは少し不安そうに尋ねます。
「そのことなんですが、何とあの料理を食べてすぐにメグの体が白っぽくなって、するすると皮が剥け始めたんです! プニプヨ星で食べていた料理でもここまでの効果は無かったって、メグもとっても驚いていました!」
ルルは嬉しそうにライトの隣に座りながら、まあ…と言葉を付け足します。
「味は今まで食べたものの中で、比べようもないくらい一番不味かったそうですが」
「な、なるほど…とにかく、メグさんの体調が少しでも良くなったみたいでなによりです」
「はい、顔色も良くなって安心しました! それでライトさん、私に聞かせたいお話とは何でしょう?」
ルルはライトの顔を覗き込みます。
「そうなんです! 実は…」
ライトはコーヒーカップをソーサーの上に置いて、表情をぱぁっと輝かせました。
「肖造おじさんから連絡があって…! コスモピースに関する手がかりが見つかったそうなんです!」
泣きそうに目元を歪めながら、くしゃりと笑ってライトは続けます。
「やっと…、やっと、タカヤ君をコスモピースから解放してあげられるかもしれないんです…! だから嬉しくて」
「…ライトさんは、そのために寝る間も惜しんでたくさん頑張って来られましたもんね。私も嬉しいです」
「頑張るのは当然です。だって…タカヤ君は僕の所為で、コスモピースに翻弄されることになったんですから…。あの子を元の体に戻すためなら僕は何でもします」
ライトはそのまま、まだ熱い残りのコーヒーを一気に飲み干しました。
「そうだ、タカヤ君が帰る前にコスモピースの検査をさせてもらわないと。すみませんルルさん、ちょっと準備をして来ますね」
ライトが口元を緩ませたままリビングを出て行くのを、ルルは幸せそうに見送りました。
…階段の上でその会話に聞き耳を立てていたタカヤは、その場で小さくため息を吐いてからショースケの部屋へと戻って行きました。
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