第13話 カズの優しい宝物
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「みんな! いらっしゃーい!」
玄関で待機していたカズは、ピンポンの音が聞こえてすぐに自宅のドアを開きました。
「まだ七月なのに暑いよねー。 さ、入って入って!」
「本当に暑かったよ…溶けるかと思った…」
ショースケはTシャツの裾で、額の滝のような汗を拭います。
「ショースケ、暑い暑い言い過ぎなんだよ! 余計に暑く感じただろ!」
「知らないよそんなこと。レンが勝手にイライラして暑く感じたんじゃないの」
炎天下の中歩いてきた疲れからか、レンとショースケはじろりと鋭くにらみ合いました。
「まぁまぁー、人様のおうちなんだからケンカしないでよー。…にしてもタカヤすごいねー、汗の一つもかいてないじゃんか」
ミオはタカヤの体を上から下までじろじろ見ます。
「あ、あはは…暑いの慣れてるから、かなぁ? そうだカズ、これ」
靴を揃えて玄関に上がって、タカヤはカズに茶色い紙袋を手渡しました。
「ブラウニー焼いてきたんだ。みんなの分と…カズのご家族の分も焼いてきたから後で食べてくれると嬉しいよ」
「え! ありがとう、タカヤの作ったお菓子美味しいからみんな喜ぶよ!」
カズがニコニコ笑いながらリビングに繋がる引き戸を開けると、玄関にクーラーの冷たい風がさーっと吹き込みます。
「ふわぁー涼しい…生き返った気分だよ」
急いでリビングに駆け込んだショースケは、両手で顔を扇ぎながらその冷気をふんだんに吸い込みました。
すると後ろから、タカヤがショースケの背中をぽんっと叩いて声をかけます。
「ショースケ、先にあいさつするぞ」
「あ、うん! そうだったね」
全員で奥の和室に入って、カズのお母さんの写真が飾られた仏壇の前に一列に並んで手を合わせてから、みんなは再びリビングに戻って来ました。
「麦茶どうぞー! あ、タカヤのくれたブラウニーも開けたよー」
「ありがとーカズー。おれもう喉カラカラだー」
ミオはカズがローテーブルに置いたばかりの麦茶が入ったグラスを一つ手に取って、待ってましたと言わんばかりに一気に飲み干しました。
「おいミオ! 立ったまま飲むなよ、行儀悪いだろ!」
そう注意したレンは座布団に座って、タカヤの焼いたブラウニーを一つ、誰よりも早く口に入れます。
「…うまい」
「そっか、よかった。レンがさ、前にナッツが入ったのが好きだって言ってたから今回はいっぱい入れてみたんだ」
「ふ、ふーん…? そうかよ」
隣に座るタカヤからわざと大きく目を逸らして、レンは嬉しそうに口元を緩ませたままブラウニーをもう一つ頬張りました。
「ねえねえ何するー? 今日はね、お父さんもおじいちゃんもおばあちゃんも弟も妹もみんなお出かけしてるから、ここはぼくらの城なんだよ!」
カズは麦茶をちびちび飲みながらえへへと笑います。
「僕、あんまり経験が無いんだけどこういう時は何をするものなの?」
両手にブラウニーを握ったショースケが尋ねると、向かいに座ったミオがギラリと目を輝かせました。
「それはやっぱりゲームでしょー。ほらやろー今すぐやろー!」
「えー…ゲームはミオの一人勝ちじゃねーか」
「みんなより何十倍も練習してるんだからおれだって勝たなきゃ困るよー? いいじゃんレン、やろうよー」
嫌そうに眉をしかめるレンの腕を、ミオはぐいぐい引っ張ります。
「…仕方ねーな、ちょっとだけだぞ」
「じゃあぼくの部屋に移動しようか!」
麦茶とブラウニーをお盆に載せて、みんなはカズを先頭に二階へと上がって行きました。
****
「ごめんね、ちょっと暑いけどしばらく我慢して」
グリーンのカーテンを閉めながら、カズはエアコンもスイッチを入れました。
窓から入った刺すような日差しでほかほかになっているカズの部屋には、たくさんの図鑑が入った本棚やゲーム機が繋がった小さめの古いテレビがあります。
ミオはまるで自分の部屋であるかのようにいそいそとゲーム機に近づいて、何にしようかとゲームソフトを探って…レンはそれを後ろからやれやれと眺めていますが…
タカヤとショースケの視線は窓際の棚の上に置いてある、怪しく光るまだら模様の大きな石にもう釘付けです。
二人は顔を見合わせました、だってあれはどう見ても…惑星シュレンティで採れる宝石、ラクトモンドだからです!
今から七日ほど前、宇宙警察本部からとある連絡が入りました。
「落とし物、ですか?」
タカヤが小さくしたエッグロケットを握りしめて応答します。
「はい。先日時目木町を訪れた宇宙的大富豪のマルーボさんから、大きなラクトモンドをそちらで落としてしまったとの連絡が入りました」
「わかりました、見つけ次第本部に送ります」
そう返事をして、タカヤはエッグロケットをポケットにしまいました。
「ショースケ、どこかでラクトモンド見たか?」
「見てるわけないじゃん。というか…それって誰かに盗まれちゃったんじゃないの? ラクトモンドってめちゃくちゃ高価な宝石でしょ。お金に目が眩んだETさんがいてもおかしくないよ」
僕だって欲しいもん、とショースケは自分のお財布事情のことを考えてため息をつきます。
「そうだよな…マルーボさんには申し訳ないけど、見つかる可能性は低いだろうな。しかもラクトモンドは地球の物質と似てるからコスモピースの力を使っても捜索が難しいし…」
頭を悩ませながら、タカヤも小さくため息をつきました。
…そんなラクトモンドがまさかこんなところにあるなんて!
「ね、ねぇねぇカズー?」
「なーに? ショースケ」
「あの石ってさー…どこで拾ったの?」
ショースケはラクトモンドを指さします。
「ああ! いいでしょあれ。一週間と少し前くらいに海辺で拾ったの! ぼくの宝物にしようと思って」
カズは大事そうにラクトモンドを撫で回しながら続けます。
「本当は学校に持って行ってみんなに見せたかったんだけど…この石片手で持てないくらい大きいし、見た目の割に重いから持って行けなかったんだー」
「そうなんだー…あのさ、急なんだけど…」
ショースケは言いにくそうに口をもごもごさせながら、ちらりとカズの方を見ました。
「その石、僕にくれたりしないかなー…なんて」
「えぇ⁉ ダメダメ、ダメだよ! すっごく綺麗だから、欲しくなるのはわかるけど!」
「だ、だよねー…」
ショースケはズボンのポケットの中のエッグロケットを握ってテレパシーを送ります。
(どうする? タカヤ。まさかこっそり盗むわけにもいかないし…)
(そうだな…どうしてもカズが渡さないなら、宇宙警察本部に頼んで記憶操作をしてもらわないといけなくなる。なんとか自分から手放して欲しいんだけど…)
「タカヤー、ショースケー? 準備できたよー早くやろうー!」
ゲームの起動が完了したミオは、テレビの前でそわそわと体を揺らしています。
とりあえず様子を見ながら考えようと、二人はエッグロケットから手を離してコントローラーを握りました。
****
「…タカヤちょっと下手過ぎない?」
「え、今落ちたキャラクターが俺の?」
「そうだよ! さっきからそう言ってるじゃんか!」
ショースケはやいやいとタカヤのプレイに口を出します。
「タカヤは大体何でもできるけどさー、ゲームだけは苦手だよねー」
またもや余裕で一位を取ったミオが、ブラウニーを頬張りながらニヤリと笑います。
「あはは…俺だって苦手なこといっぱいあるよ。ミオはやっぱりゲーム上手いな」
「当然。一日何時間練習してると思ってるのー。今度こそ大会で優勝目指してるんだからー」
ミオがそう言いながらさりげなくコントローラーを操作して、『もう一度プレイする』を選択しようとするのをレンは見逃しません。
「おい! ちょっとだけって約束しただろ!」
「まだ十回しかやってないじゃーん! ちょっとって二十回くらいでしょー?」
「そんなわけねーだろ! ほら、もう終わり!」
十回全部二位だったレンはむすっとしたままコントローラーを片付けます。
「えぇー…レンのケチー」
ほっぺをぷくーっと膨らませているミオの頭を、カズはよしよしと優しく撫でました。
「次は何するー? あ、トランプあるよーババ抜きしようよ!」
「え、ババ抜き…」
ショースケはぎゅぎゅっと眉をしかめました。
「なんだよ、ショースケ弱いのか?」
嬉しそうにニヤニヤ笑うレンに、ショースケはいやいやとすぐさま言い返します。
「そ、そんなわけないじゃん! 少なくともレンよりは強いんだから!」
「はぁ⁉ じゃあ勝負しようぜ」
二人はバチバチ火花を散らします。
「決まりね! じゃあ配るよー」
カズは慣れた手つきでカードをシャッフルすると、五つに分けて配り始めました。
「レンさー、早くジョーカー引いてくれない? 僕もう疲れたんだよ!」
「オレだって疲れたよ! ショースケこそ早く引けよ!」
お互い顔に丸出しで、弱すぎて決着が付かない二人は置いておいて…
「しかしタカヤ本当にババ抜き強いよねー、なんかコツとかあるのー?」
ミオがくつろぎながら尋ねます。
「コツかはわからないけど…相手が引いて欲しそうな方と逆を引く、とか。目線のクセとかを見て、引きたそうな場所にジョーカーを持って行くとか…かな?」
「へー…タカヤっていろいろ見てるんだね! ぼくはよくわかんないや」
カズは次に遊ぶ予定のすごろくを組み立てながらニコニコと笑いました。
…さてさて、いつまでも遊んでいるわけにはいきません。
「なぁカズ? ちょっとこの石触らせてもらっていいか?」
「いいよー! やっぱりタカヤもその石気になる? かっこいいよねー!」
タカヤはポケットの中のエッグロケットから小さな機械を取り出すと、それを手のひらに隠したままラクトモンドに近づきました。
大きなラクトモンドに機械をぎゅっと押し当てて、重さや材質のデータを取ります。
(…やっぱりマルーボさんが落としたラクトモンドで間違いなさそうだ。おそらくこの石にはキラキラ粉をかけて無かったんだな…さて、どうしよう?)
本部にカズの記憶を操作してもらえば、簡単にラクトモンドを取り戻すことができるでしょう。
しかし…
(記憶操作は便利なことだけじゃない…カズの中のラクトモンドと結びついてる記憶にも影響が出て、消えてしまったりする可能性がある。たとえば…今日みんなで一緒に遊んだこと、とか)
大事な友達の記憶です、出来ることなら手を入れたくはありません。
(そのためには…カズに自分からラクトモンドを手放してもらわないと)
タカヤはラクトモンドが飾ってある棚の前に立ったまま考え込みます。
その姿を、ショースケは残り二枚のトランプを右手に握ったまま後ろからじーっと見ていました。
(タカヤ、今ラクトモンドのデータを取ってたな…ってことは、あれが使えるかも!)
「おいショースケ早く引けよ…」
レンも残り二枚のトランプを握って、疲れ切った顔でショースケをにらみます。
「…ねぇレン。僕たち、かれこれ十分くらいジョーカーを引き合ってるじゃん?」
「…そうだな」
「正直もう疲れたよね…? だからさ、二人とも勝ったことにしない? 僕このままやってても終わる気がしないもの」
「……今回だけだぞ」
二人は同時に手の中のトランプを床に置き、レンはその場にぐったりと横たわりました。
ショースケは立ち上がり、大きく伸びをしながらわざとらしく声を出します。
「あー疲れた! 僕トイレに行きたいなーでも場所がわかんないからタカヤに案内してもらおうかなー!」
「あ、案内ならぼくがするよー? だってぼくの家だし」
カズが立ち上がろうとするので、ショースケは必死にタカヤに視線を送ります。
「い、いや! 俺が連れて行ってくるよ!」
カズが歩き始めるよりも先に、タカヤは急いでショースケを連れて部屋を出ました。
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熱がムンムンとこもった廊下で、二人はこそこそと話し合います。
「どうしたんだよ、ショースケ。何か良い考えが浮かんだのか?」
「正しくその通りだよ。タカヤさっき、機械でラクトモンドのデータ取ってたでしょ? あれちょっと貸してくれない?」
タカヤはエッグロケットの中から小さな機械を取りだしてショースケに渡します。
「このデータを、まずは僕のタブレットに入れて…そしてこれ!」
ショースケは白くてやわらかそうな、粘土のような塊を取り出しました。
「ふっふっふ…これねー、この間宇宙通販で買ったんだー。まあ見ててよ!」
青白い光を放つタブレットの画面の上に、ショースケが白い塊をのせると…
白い塊はみるみるうちに、カズの部屋に置いてあるラクトモンドそっくりに姿を変えていくではありませんか!
「わ…っ! すごい!」
「でしょでしょ? この偽物のラクトモンドを、本物のラクトモンドと取り替えればいいんだよ! でも…」
「でも?」
タカヤは首を傾げながら偽物のラクトモンドを持ち上げてみて…ショースケの言いたい続きがなんとなくわかりました。
「…これ、すごく軽いな」
「そうなんだよ…重さはコピー出来なくて。カズが持ったら一瞬で異変に気が付くだろうけど…まぁ、それさえ誤魔化せれば大丈夫だと思うよ」
「うーん、地球外物質をカズの家に置いておくのは不安だけど…とりあえずマルーボさんにラクトモンドが返すのが最優先だもんな」
二人の話し合いが終了したタイミングで、部屋の扉が開いてカズがぴょこっと顔を出しました。
「あれ、そんなところにいたの? なかなか戻ってこないから心配してたんだよ」
「えーっと…ちょっとお腹壊しちゃってさー! あ、タカヤもお腹壊したから二倍時間がかかったんだよ。ね、タカヤ!」
「え…あ、ああうん! そうなんだよ!」
「そうなの? 大丈夫?」
カズが不安そうに眉を下げるので、二人はいやいやと両手をぶんぶん振りました。
「もう治ったんだ、だから大丈夫だよ。ほら、部屋に戻ろうショースケ」
****
「次オレの番ねー。えーっと、六。いちにぃさん…」
ミオが自分の紫色のコマをぴょこぴょこと動かします。
みんなですごろくをやっている間にも、ショースケはちらちらと頻繁に棚の上のラクトモンドを確認していました。
隙を見て偽物のラクトモンドと取り替えなければなりませんが…問題はそんなタイミングがあるかどうかです。
だってここはカズの部屋、タカヤとショースケが二人きりになれる可能性は極めて低いでしょう。
「おい、次ショースケの番だぞ」
「あ! ごめんごめん」
レンに言われてショースケはサイコロを転がします。
…考え事ばかりしているためか出目は一ですし、振り出しに戻されるしでショースケの青いコマの進み具合は散々です。
一番にゴールして、みんながすごろくにまだ集中している間にこっそり取り替える…という方法はどうやら使えそうにありません。
…と、その時。
ピンポーン、とカズの家の呼び鈴が鳴りました。
「お客さんかな? ぼく、ちょっと見てくるね」
カズが立ち上がって部屋を後にします。
「あ、じゃあオレはその間にトイレ行ってくるー」
ミオもカズに続くように扉をくぐったため、部屋にはタカヤとショースケとレンの三人だけになりました。
これはラクトモンドを取り替える絶好のチャンスです!
(タカヤ! 何でもいいからレンの注意を逸らしておいてくれない?)
(え! …わ、わかったやってみるよ)
ポケットの中のエッグロケットから手を離して、タカヤは隣に座るレンの目を後ろから両手で覆いました。
「レン? だ、だーれだ!」
「な、何だよ急に! 誰って…タカヤに決まってるだろ!」
「あはは…正解」
そう言って笑いながらも、タカヤは一向に両手をレンの目から離そうとしません。
ショースケはその間にラクトモンドを取り替えようとしますが…思ったより重かったのか、もたついて時間がかかっています。
「タ、タカヤ何で手離さねぇんだよ!」
「え、ええっと…俺がもう少しレンとこうしてたいから。ダメ?」
「なっ…! だ、ダメじゃねぇ、けど…」
レンがニマニマと緩む口元を必死に抑えているうちに、ショースケはやっとラクトモンドの取り替えが完了したようです。
タカヤがレンの目元から手を離すと、同時に扉が開いてカズとミオが帰ってきました。
「ただいまー! お客さんね、隣のおばあちゃんだった! この前おばあちゃん家の庭の草引き手伝ったから、お礼にってお菓子を渡しに来てくれたの。お礼なんていいのにねー!」
カズはニコニコと元居た場所に座り直します。
「カズって本当に優しいよねー…あれー? レンなんかいいことあったー?」
ニヤニヤ尋ねてくるミオに、レンはぶっきらぼうにそっぽを向きながら答えます。
「べ、別に何もねぇよ! それよりすごろく、次カズの番だぞ!」
「あ、そうだった! …あれ?」
レンからサイコロを受け取ろうと左を向いて…奥にある棚が目に入ったカズはぴたりと動きを止めました。
「石の向きが変わってる…誰か触った?」
「え…さ、触ってないよ! カズの勘違いじゃない⁉」
ショースケは一生懸命、精一杯しらを切ります。
「えー、だってこの尖った部分は右にあったはずだもの。ほら、こんな風に…」
元あった形に戻そうと、カズは立ち上がって石を両手で持ち上げて…そのまま五回、パチパチとまばたきをしました。
石をゆっくり置いて、もう一度持ち上げて…それを三回繰り返したあと、カズはみんなの方にくるりと振り返って今日一番の大声を上げます。
「なんか…すっっっごく軽くなってる!」
「え、えー⁉ そんなわけないじゃーん!」
滝のような冷や汗をかきながら、ショースケは何とか誤魔化そうと声を絞り出しました。
「石が軽くなんてなるかよ」
「だってレン、ぼくこれを海辺から持って帰るの大変だったのに…今の重さならすいすい運べちゃうよ! あっ! もしかして…」
カズは目をキラキラキラッと輝かせます。
「えへへー実はぼく最初から怪しいと思ってたんだー。この石ってさ、もしかして特別な石なんじゃないかなぁ⁉ 例えば…宇宙から来たとか!」
…ショースケはもう思いっきり目を逸らすことしかできません。
「えー宇宙からー? 隕石ってことー?」
ミオが近づいてツンツンと石をつついてみます。
「ふふー…実はぼくのお父さんの知り合いにそういうの研究してる人がいるんだー! その人に頼んだら調べてもらえるかも!」
ニコニコ笑うカズを見ながら、タカヤはポケットの中のエッグロケットを握ります。
(…なあショースケ。あの偽物のラクトモンドって何で出来てるんだ?)
(…グラクラ星に住むET、ユラトブレのウロコからだよ。調べられたら…まぁ大騒ぎになるだろうね)
大変なことになってしまいました、さてどうしましょう!
(とにかく調べられるのはまずい! ショースケ、ラクトモンドをもう一度本物と取り替えて何とかしよう!)
(こんなにみんながラクトモンドに注目してるのにどうやって取り替えるのさ⁉)
(ええーっと…えーっと…!)
タカヤはたくさん考えますが…なかなか良い案が浮かびません。
(それに取り替えちゃったら、ラクトモンドをマルーボさんに返せないよ! 何か別の方法を考えないと…)
ショースケも胸の前で腕を組んで必死に頭をひねります。
(ううん、カズに石を何かと交換して! って頼み込むとか…? でもでも、そんなに僕らがあの石を欲しがるのも怪しいし…!)
いっぱい考えすぎて、ショースケの頭はもうパンク寸前です。
(うーんうーん、ああもう! いっそのことマルーボさんがカズの前に現れて、『それは自分のものだから返して』って言ってくれたらいいのに! そしたらカズは優しいから、絶対返してくれると思うのになぁ…)
そう考えて深―いため息を吐いたショースケが顔を上げると…驚いたような表情のタカヤと目が合いました。
そして途端に、タカヤはにっこりと笑います。
(どしたのタカヤ、そんな顔して)
(ショースケのおかげでいい作戦を思いついたんだ! 協力してくれないか?)
****
「ごめん、急なんだけど…俺、用事を思い出したから帰らなきゃ」
すごろくを一番にゴールしたタカヤが立ち上がると、カズは眉をしょんぼりと下げながら駆け寄って来ます。
「えー⁉ タカヤもう帰っちゃうの? せっかく遊びに来てくれたのに…」
「ごめんな。また遊びに来させてもらってもいいかな?」
「もちろんだよ! あ、お見送りに行くね!」
カズもレンもミオも、タカヤを見送るために部屋から出て行きます。
ショースケは念のため、棚の上の偽物のラクトモンドを本物と取り替え直してからみんなの後を追いました。
「それじゃ、また学校で。今日はありがとう」
午後三時を回っても弱まることの無い日差しの中、タカヤは大きく手を振りながら角を曲がって見えなくなりました。
「バイバーイ…うぅ、やっぱりタカヤって毎日忙しそうだよね。せっかく今日は長く一緒に遊べると思ったのに」
タイル張りの玄関前で、カズはがっかりと肩を落とします。
「昔はそんなことなかったのにねー、なんかおれたちに内緒で習い事でもしてるのかなー? ねぇショースケなんか知らない?」
「し、知らないよ! それよりさ、えーっと…あの雲! なんかすごく変な形してない⁉」
ミオの問いかけに激しく首を横に振ってから、ショースケは空を指さしました。
「別に普通じゃねーの。なぁ暑いから早く中入ろうぜ? ずっと見送られてもタカヤも困るだろ」
「いやいやいや! よく見て変な形だから!」
家の中に戻ろうとするレンを、ショースケは腕を引っ張って引き留めます。
「なんだよ! 別に変じゃねーって!」
「いやすごく変! 変だからまだ帰らないで!」
「んー…そんなに変かなぁ…?」
カズとミオも不思議そうに空を見上げていると…
「どこに行っちゃったのかしら…」
白いワンピース姿の女性が長い髪を揺らしながら、カズの家の前を通りかかりました。
「あ…そこのアナタたち。ちょっとお話いいですか?」
女性は困ったような表情を浮かべて、辺りをキョロキョロ見回してから首を傾げます。
「どうしましたか?」
カズは目をきょとんと丸くして問いかけました。
「実は私、探し物をしていて…海辺でまだら模様の大きな石を無くしてしまったんです。それで…いろんな人に聞いて回っていたら、この辺りで見かけたって言われて。何か知りませんか?」
「え! ええっと…ちょっと待っててください!」
女性の今にも泣き出しそうな潤んだ瞳を見たカズは、すぐに玄関の扉を開けて二階へと駆け上がります。
そしてさっきよりも何だか重くなった気がするラクトモンドを不思議そうに抱えて、玄関前に戻ってきました。
「もしかして…この石のことですか?」
「あ!」
女性は嬉しそうに顔をほころばせると、カズから石を両手で受け取ります。
「間違いありません、私の無くした石です! アナタが持っていてくださったんですね。本当にありがとうございます!」
大切そうに石を抱いて、女性は深々とおじぎをすると角を曲がって帰って行きました。
その姿が見えなくなっても手を振り続けるカズに、ミオが話しかけます。
「まさか海辺で拾った石に持ち主がいたとはねー…カズ残念だったねー、宝物にするんだーってすごく気に入ってたじゃん」
「え、全然残念じゃないよ? 確かにあの石はかっこよかったけど…お姉さんの元に戻れて石もきっと喜んでるもの!」
さも当たり前のように、カズはニコニコと笑います。
「ふーん…カズって本当に優しいよねー」
その屈託のない笑顔に釣られて、ミオもへにゃりと顔を緩ませました。
「なぁもう部屋に戻っていいか…? おれもう暑くて…」
「わ! レン顔真っ赤! 早く入って麦茶飲もう!」
カズが玄関の扉を開けると、みんなは滑り込むように急いで家の中へと入っていきました。
****
(タカヤ、上手くいったね!)
ショースケはカズの家のリビングで麦茶を飲みながら、ポケットの中のエッグロケットを握ります。
(ああ、ショースケのおかげだよ。これでカズも本部の記憶操作を受けなくて済むはずだ)
白いワンピースの女性は辺りに誰も居ないことを確認してから赤いエッグロケットにラクトモンドを収納すると、なにやら怪しい薬品を体に吹きかけて……タカヤへと姿を変えました。
(この間ポスリコモスに行ったときに買っておいた変身スプレーが役に立ってよかったよ)
そうタカヤは笑いますが…この変身スプレー、ショースケの記憶が正しければめちゃくちゃ高価だったような…。
考えるのも怖いので、ショースケは別の話題を切り出します。
(ねぇタカヤ、石も無事に取り戻せたんだしもう一回遊びにおいでよ。みんな寂しがってるからきっと喜ぶよ)
(うーん…ありがたいけど、俺この後本当に用事があるんだ)
(え、何の?)
(あはは、ちょっとツバサと遊ぶ約束してるだけだよ。じゃあショースケまた明日)
ポケットの中のエッグロケットから手を離して…タカヤはもう一度エッグロケットを強く握ります。
「はい、フラモ星で巨大なモンスターが暴れてる…すぐに向かいます。UFOは…いつもの場所ですね。了解しました」
****
「ねぇカズー? これって昔の写真?」
ショースケはグラスの中の麦茶をグッと飲み干すと、壁にたくさん飾ってある写真の中の一枚に目をやりました。
「そうだよー! ぼくらが三年生になったばかりのときにあった遠足の写真!」
写真にはお弁当を食べながらピースをするカズとミオと、少し俯いているレンが写っています。
「あれ、タカヤがいないね? このときはタカヤと一緒にお弁当食べなかったの?」
「あ、そういえばタカヤそのとき入院してたからいなかったね!」
カズはショースケの分の麦茶のおかわりをなみなみと注ぎながら思い出します。
「え! 入院⁉」
「ショースケは聞いてないんだ? タカヤは三年生になってすぐ、二ヶ月くらい入院してたんだよ! ねぇミオ?」
「そーそー、まぁおれたちは病院の名前も教えてもらえなかったからお見舞いにも行けなかったけどねー。レンは特にすっごく心配してて、毎日お手紙書いてタカヤのおうちのポストに入れてたよねー…わっぷ」
レンは眉をつり上げ顔を真っ赤にさせて、ミオの口を片手で塞ぎながらショースケをにらみます。
「おい、ショースケ! さっきまでの話タカヤには言うなよ!」
「え、レンが毎日手紙入れてたこと?」
「そ、それもだけど! タカヤが入院してたって話だよ! タカヤが自分からショースケに話してねーのに、オレたちが勝手に話したって知ったら困るかもだろーが」
「なるほどねー…わかった言わないよ」
ショースケは残り二つになったタカヤが焼いたブラウニーを遠慮無く頬張りながら、また壁に飾ってある写真たちに目線を戻しました。
「ねぇねぇ、まだちょっと時間あるけど何するー? あ! 実はさっきまでは出してなかったんだけど、四人用のゲームソフトがあるんだー。よかったらそれやらない?」
「やる! やるやるすぐやろー!」
カズの提案にミオはすぐさま瞳をギラつかせます。
「えー、またミオの一人勝ちじゃねー?」
「大丈夫だよレン、これは勝ち負けのゲームじゃなくて協力するゲームだから。じゃあもう一回ぼくの部屋に行こうか! ほら、ショースケも行こう?」
「うん! あ、その前に…最後のブラウニーいただきまーす!」
階段を上る三人の背中を、ショースケは口をもぐもぐさせながら急いで追いかけました。
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