第12話 本部の騒ぎは大増殖中⁉
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「オヨヨー? ナンダカ スゴク ネテタ キガスルー!」
肖造の研究室の机の上で、ツバサはバタバタ四本の足を動かしました。
「うむ、これでメンテナンスは完了じゃな」
肖造はツバサを抱きかかえると、タカヤにほいっと手渡します。
「おかえりツバサ」
「ヨク ワカンナイ ケド、タダイマ タカヤー! スキスキ」
タカヤの腕の中でツバサが幸せそうに体をよじるのを、肖造はほっとした様子で見つめました。
「無事に部品を交換出来てよかったわい。タカヤとショースケが必要な材料を取ってきてくれたおかげじゃな」
「エ! ソウナノー? アリガトー タカヤ! ……ショースケ」
「なんで僕だけ小声なの」
側にいたショースケはじとりとツバサをにらんだ後、ふと何かを探すように辺りをキョロキョロ見回します。
「そういえば…スイとティナは? さっきまでいたのに」
不思議そうに首を傾げるショースケの丸い頭を、肖造はカカカと笑いながらぐりぐり撫で回しました。
「二人なら外に仕事に行っとるよ。ワシはもう少し休んでからの方がいいんじゃないかと言うたんじゃが…どうにも負けたくない相手がおるらしい。はて、誰と誰のことじゃろうなぁ」
肖造はとぼけて両手を広げます。
それを聞いたショースケは、撫でられてぼさぼさになった髪を整えながら、嬉しそうににやりと笑いました。
「ふーん、そうなんだー…僕らも負けてられないね、タカヤ!」
「あ、ああ。そうだな」
甘えん坊なツバサに触覚でほっぺたをムニムニ揉まれながら、タカヤはなんとか返事します。
「おお、そうじゃったタカヤ。今回、ツバサに使っておるエネルギーの塊(かたまり)をワシが開発した最新式に取り替えておいたぞ」
肖造の言う「エネルギーの塊」とは、地球で言う電池のようなものです。
このエネルギーの塊を使うことによって、ツバサは自由に動くことが出来るのです。
「ふふふ…今度のエネルギーの塊には新しく、超激しく発熱できる機能をつけたんじゃ! やろうと思えばツバサの背中で目玉焼きが一瞬で焼けるようになったぞ。面白いじゃろー、でも強い力じゃから使いすぎには注意するんじゃぞ」
「オオ! スゴーイ! タカヤ、ボクノ セナカデ リョウリ スル?」
「いや…台所でするからいいかな」
嬉しそうにおしりをぷりぷり振るツバサを撫でながら、タカヤは困ったように笑います。
話を聞いていたショースケは、呆れて深いため息を吐きました。
「じーちゃん、いつも使いどころに困る機能付けたがるよね…」
「だってぇー! 変な機能付けないと面白くないんじゃもん! 仕事で頼まれる発明は全部真面目でつまらんしー」
たっぷり溜まった書類の山の前で、肖造は子どものようにジタバタ駄々をこねました。
「全くもう、じーちゃんって天才だけど本当に困ったさんだよね。そんなんじゃ僕がさっさと特級になって、じーちゃんのお仕事取っちゃうよ?」
自信満々に人差し指を立てながらショースケは続けます。
「ふふん、僕めきめきと発明の腕を上げてるんだから、すぐに追いついちゃうんだからね!」
「ワシ仕事したくないもーん。さっさと追いついて、ワシの仕事を代わりにやっとくれショースケ」
肖造は現実から目を背けるように、書類の山と反対方向に置いてある椅子にどっかりと座って大きなあくびを一つしました。
「ふわぁ…。ところで、二人はこれからどっかへ出かけるんか?」
「あ、はい! 兄ちゃんとエイギスさんの仕事場の見学に行こうと思います」
ツバサにまたもやほっぺたを揉まれているタカヤが答えると、ショースケは待ってましたと言わんばかりにキラキラと目を輝かせます。
「そうなの! 前に見学できなかったから今度こそ是非って声をかけてくれたんだー!」
待ちに待った宇宙警察本部のお仕事見学に、ショースケはウキウキとその場で小躍りを始めました。
「やっぱり憧れるよねー本部でのお仕事! もしかして僕、『君はとっても優秀だから是非うちに来てくれ』なーんてスカウトされちゃったりして! うひゃー、そのときはごめんねタカヤ!」
ハッピーな妄想が止まらないショースケをタカヤと肖造は温かく見守りますが、反対にツバサの視線はとっても冷ややかです。
「ショースケ アタマ オハナバタケ」
「こらツバサ、そういうこと言わない」
「オット。クチガ スベッタ」
タカヤに強めに抱きしめられて、ツバサは触覚で自分の口を塞ぎました。
しかしいつもは聞き捨てならないそんな言葉も流せるほど、今のショースケは上機嫌です。
「えへへー。そろそろ約束の時間じゃない? ほらタカヤもツバサも行くよ! あ、じーちゃん、スイとティナによろしく伝えといて!」
タカヤの背中をぐいぐい押しながら、ショースケは出口に向かいます。
「お、押さなくてもちゃんと行くよ。じゃあ肖造さん、行ってきますね。俺からもよろしくお伝えください」
「おー、行ってこい行ってこい。さて、ワシはちょっくら昼寝でもするかのぉ…」
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透明なチューブ状のエレベーターに乗って、ショースケとタカヤとツバサは宇宙警察本部の二階へやってきました。
いつもながら廊下も扉もどこもかしこも真っ白で、少し目がチカチカするほどです。
「あ! いたいた。タカヤ、ショースケくん!」
二人を見つけて遠くから手を振って走ってくるのは、この宇宙警察本部では珍しい地球人、タカヤの兄のヒカルです。
「兄ちゃん! 迎えに来てくれたん…だっ⁉」
何も無い廊下のど真ん中でヒカルが見事にすっ転んだので、タカヤは急いで駆け寄りました。
「兄ちゃん大丈夫⁉」
「あはは…大丈夫…。うぅ、俺っていつもこんなだなぁ…」
へにょりと眉を下げて、ヒカルはその場に座ったままガクリとうなだれます。
「マッタクー ヒカル カワッテナイネ」
タカヤの腕の中から、ツバサがぴょんっと飛び出してヒカルの膝の上に体をのせました。
「え…わ、ツバサだ! 久しぶり!」
「ヒサシブリ ジャ ナイヨ。 ヒカル ゼンゼン カエッテ コナイ カラ タカヤ ガ サビシイ ジャン」
ツバサは三本の触覚をぶんぶん振り回して、ヒカルの胸をペチペチ叩きます。
「あたたた…ごめん、俺要領悪くて仕事遅いから全然帰れなくて。時間の流れも地球とは違うから難しいし…。で、でも! 今度こそ絶対帰るからさ!」
「ソウイウノ モウ ナンカイメ?」
「う…ごめんなさい…」
「ま、まあまあ! ツバサもいるし、俺は一人で大丈夫だから! それに…」
タカヤは屈んで、しょんぼりうつむくヒカルの顔を覗き込みました。
「俺はお仕事頑張ってる兄ちゃんのこと、すごくかっこいいと思ってるよ」
「タ、タカヤぁ…ありがとう!」
ヒカルはぐずぐず涙ぐみながらタカヤに抱きつきます。
「うぅ…あんなに甘えん坊だったのにいつのまにかこんなに立派になって…兄ちゃんは嬉しいよぉ…!」
その様子を、廊下を通る本部職員のETたちは何事かとチラチラ見ながら通り過ぎて行きます。
「ちょっとヒカルさん、見られてるから! 全く、これじゃどっちがお兄さんかわかんないよ」
ショースケがヒカルの腕を引っ張って立たせていると…
「うふふ…もう、こんなところで何してるの?」
「あ、エイギスさん! 見ての通りだよ、ヒカルさんがまた泣いてるの」
金属がコツコツ当たるような足音を鳴らして現れたエイギスは、二メートル以上ある長い体ぐっと曲げて、自分の紐のように細い腕でヒカルの涙を拭ってあげました。
「もう、泣かないの。二人が来るから良いところ見せるんだーって、あんなに準備して張り切ってたじゃない。ほら、ワタシたちの仕事を見学してもらうんでしょ?」
「あ…そうだ、そうだった!」
ヒカルは目元をぐいっと拭って立ち上がり、膝についていた汚れを払います。
「ごめんごめん…改めて、俺たちの仕事場へようこそ! どこから案内しようかな。傷ついたETたちを保護してるあの部屋がいいかな。それとも貴重な資料がたくさん集まってるあの部屋が…」
ポケットからびっしり書かれたメモを取り出して、ヒカルがウキウキと考えを巡らせていると…
廊下中に大音量でアナウンスが響きました。
「至急至急。手の空いている隊員は強制(きょうせい)転送室(てんそうしつ)に集まってください。繰り返します…」
近くを歩いていた宇宙警察たちは皆、慌てた様子で一つの方向へと向かっていきます。
「えぇ⁉ うう、これからって時に…」
ヒカルはしょんぼりと、メモをポケットに戻しました。
「強制転送室ってことは…何か危険なものが送られてくるのかも。仕方がないわ、二人を案内するのは後回しね。ワタシたちも急ぎましょう、ヒカル」
「わかったよエイギス…。そうだ、タカヤとショースケくんも一緒に来てくれないかな? 隊員って言ったから多分本部職員じゃなくても大丈夫だし、おそらく人数がいる仕事だと思うから!」
そう言い残して二人は走り出します。
「俺たちも急いで行くぞ、ショースケ」
タカヤはツバサを抱き上げながら声をかけました。
「えーっと…僕たちここで待ってない?」
「どうしたんだ? いつもはすぐに行きたがるのに」
「…だって危険なものかもって、エイギスさんが言ってたし…」
先日危ない目にあった経験が、ショースケは結構なトラウマになっているようです。
「大丈夫、何かあったら俺がショースケを守るから」
「でもでもでもぉ…」
踏ん切りがつかないショースケは、なかなかその場を動こうとしません。
見かねたツバサがタカヤの腕の中からぐぐっと身を乗り出して、触覚でペチペチとショースケの頭を叩きます。
「ショースケ! シッカリ シナサイ! トッキュウ ウチュウケイサツ ニ ナルンデショ! ボク モ イッショ ニ イッテアゲル カラ」
「わ、わかった行くよ…うう、出来るだけ怖いのじゃありませんように…」
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広い広い強制転送室には、数え切れないほどの宇宙警察たちが集まっていました。
部屋の真ん中には大きなワープ装置が取り付けられていて、その中心では虹色のブラックホールのような渦が次第に大きくなっていきます。
「いたいた。ショースケくん、タカヤ、ツバサ」
先に到着していたヒカルとエイギスが、手招きしてショースケたちを部屋の奥に呼びました。
「ここにあるこれを、とにかくいっぱい持っておいて。ポスエッグにも入るだけ収納しておくといいよ」
「何これ…入れ物?」
ヒカルが指さした先で天井に届くほど山積みになっているのは、片手で収まるくらいの大きさで円柱型の、しっかり蓋が閉まる透明なケースでした。
一体何に使うのかよくわからないまま、ショースケはそれをエッグロケットの中へたくさん放り込んでいきます。
「これが渡されるってことは、強制転送で送られてくるのはもしかして…」
「え、タカヤわかったの? 僕にも教え」
ショースケがそこまで喋ったところで、ワープ装置の虹色の渦がバチバチと音を立てて光り始めました。
「ニッカルコピ星からの強制転送開始。放出します」
アナウンスが聞こえて、驚いたショースケが一度だけまばたきをして目を開いた時には…
視界一面に何十、いや何百? それすらわからないほど無数のクリーム色のおまんじゅうのようなETが現れていました。
「わわわ⁉ こ、これってもしかして…」
「チュマウンよ! ショースケ、渡したケースに一体ずつチュマウンを入れていって!」
エイギスに言われたとおり、ショースケは周囲にいるチュマウンをむにゅりと片手で掴んでケースに入れて蓋をします。
チュマウンは惑星ヌマンアに生息しているETで、その最大の特徴は…チュマウン同士が二つくっつくと増殖して倍の四つになるところです。
そしてその四つがまたくっついて八つに、そして八つが…と、とにかく放っておくと恐ろしいほど数が増えてしまう生物なのです。
「惑星ヌマンアには天敵もいるし生態系のバランスが取れているから、そこまで数が増えたりしないんだけど…今回みたいに他の星に連れて行ってしまうと収集がつかなくなるんだ!」
ヒカルがまた一つチュマウンを掴んでいる間にも、目の前で二体のチュマウンがくっついて倍へと増殖していきます。
捕まえても捕まえても、数は減るどころか変わっていないようにしか見えません。
「マッタク コレジャ ラチガ アカナイヨ」
「うーん、どうしたらいいんだろう…」
頭の触覚三本を器用に動かしながらチュマウンを捕まえているツバサの横で、タカヤは手を動かしながら考えます。
コスモピースの力を使って背中から無数の触手を出したら、一体ずつチュマウンを捕まえることができるでしょう。
しかし、コスモピースの力のことを知っているのはごく少数の宇宙警察だけなのです。こんな大人数が集まる場所で使ったらパニックになってしまいます。
「うう、疲れた…。こんなんだったらチュマウン吸引機とか発明しとくんだったよ…」
ゼーゼー息を吐きながら、ショースケはまた一つケースの蓋を閉じました。
他の宇宙警察たちにも疲れの色が見え始め、捕まえる速度が追いつかなくなり、部屋の中のチュマウンの数は少しずつ増えていきます。
「何だかおかしいわ。チュマウンの増殖スピードはこんなに速かったかしら? もっとゆっくりだったと思うんだけど…」
あまり器用では無い細い腕を必死に動かしながら、エイギスは長い首をひねりました。
「そうなの?」
ショースケは汗を拭いながら尋ねます。
「ええ、ワタシ前にも一度、こんな風にチュマウンを捕まえてケースに入れる仕事をしたことがあるんだけど…そのときは今よりも少ない人数で全て捕まえることができたのよ」
「え、それじゃおかしいじゃんか! 一体どういうこと?」
「そうね、あくまでワタシの考えなんだけど…このチュマウンたちは進化してしまったのかもしれないわ」
「進化⁉」
大きな声を出したショースケの目の前で、また二つのチュマウンが四つにポンッと増殖しました。
「ニッカルコピ星は、チュマウンたちの故郷の惑星ヌマンアより大型の肉食生物が多いの。気温だってかなり低いし…。そんな過酷な環境で繁栄するために、増殖のスピードが上がってしまったんじゃないかしら」
エイギスが話している間にも、どんどんどんどん部屋の中は増殖したチュマウンで埋まっていきます。
「アー ウマルー タスケテ タカヤー」
「ツバサ⁉ 大丈夫か!」
体の小さなツバサを、タカヤはチュマウンの海から引っ張り出しました。
チュマウンはもうタカヤとショースケの腰元まで埋まるほどたっぷり増えてしまい、しかもまだ増殖を続けています。
「まずい! このままじゃ俺たち埋まっちゃうぞ!」
ヒカルがそう声を上げたとほぼ同時に、どうやら危険を感じた隊員の一人がこの強制転送室の扉を開いたようです。
大量のチュマウンがこの時を待っていたと言わんばかりに、出口に向かって一気に流れ込んでいきます。
「どわわわ! 流される!」
「ショースケくん!」
チュマウンの流れに足を取られて転びそうになったショースケを、ヒカルがなんとか抱き上げました。
「緊急事態 転送されたチュマウンが本部内に大量に放出されました。隊員たちはすぐさま捕獲に向かってください」
アナウンスが大音量で本部内に何度も繰り返されます。
大勢の隊員たちがバタバタと大慌てで、この強制転送室からチュマウンが逃げた廊下へと飛び出していきました。
「ワタシたちはとりあえずこの部屋に残っているチュマウンを捕獲しましょう!」
「わかったよエイギス!」
ショースケを優しく地面に降ろしてから、ヒカルはまた一つ透明なケースの蓋を閉じました。
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「うぁああ…疲れたぁ…」
チュマウンが一体ずつ入れられた透明なケースが山積みになっている強制転送室で、ショースケは大の字になって寝転びました。
「もう腕がビキビキだよ…僕何回蓋を閉めたんだろう」
「お疲れ様、ショースケ」
そう言って隣に屈んだタカヤは、わかっていたことですがとてもピンピンしています。
「…ほんと、コスモピースの力ってすごいよね。全然疲れてないじゃんか」
妬ましそうな目を向けるショースケに、タカヤは眉を下げて笑って見せました。
「フタリトモ オハナシ シテル バアイ ジャ ナイヨ。マダ オワッテ ナインダカラ」
ツバサが近づいてきて、頭の触覚で二人をペチペチ叩きます。
「ツバサの言う通り、ここにいたチュマウンが全部捕まえられたのは、ほとんどがこの部屋の外に出て行っちゃったからだもんなぁ」
ため息をつきながら口を開いたヒカルは、疲れ切った腕をぐーっと伸ばして扉の方をちらりと見ます。
「俺たちも早く追いかけなきゃだけど…疲れたし休んでからじゃダメかな? エイギス」
「ダメよヒカル。ほら行きましょう?」
エイギスは紐のような黒い腕を、ヒカルの右腕にぐるりと巻き付けてぐいぐい引っ張りました。
「わかったわかったよ…うぅ、エイギス体力底なしだもんなぁ」
ヒカルはしぶしぶ重い足を動かします。
「ショースケ、俺たちも行くぞ」
「えーもう行くの⁉ 僕腕が限界だよ…」
タカヤはツバサを片手で抱っこすると、空いている方の手でショースケの手首を掴んで扉の外へと引っ張って行きました。
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「うわぁ⁉ 何あれ!」
真っ白な廊下を少し進んだ先に見えた異様な光景に、ショースケは驚いて声を上げました。
何十体というチュマウンが、廊下のど真ん中で一カ所にぎゅっと集まり、こんもりと高い山を作っています。
そしてその山の内側から…風の音と聞き間違えるほど小さな声が聞こえました。
「誰かが中にいるみたい、急いで対処しましょう!」
エイギスが左足につけたポスエッグの中から透明なケースを大量に取り出します。
そのケースを手に取って…みんなは先ほど嫌と言うほど繰り返した、チュマウンを一体ずつケースにしまって蓋をする作業を再び始めました。
「うぅ、腕がもうヘトヘトなのに…」
ショースケは文句を垂れながらチュマウンを一体掴んで…びっくりして目を見開きました。
「あれ⁉ なんでこのチュマウンこんなに冷たいの⁉ 氷みたい!」
先ほどまでのチュマウンはお風呂のお湯くらい温かかったのに…まるで同じ生き物では無いみたいです。
「しかも…今度はくっついて四つに増えたりしないね?」
不思議に思いながら、ショースケが冷えた手でどんどんケースを閉じていくと…
チュマウンの山の中心から、ぐったりとした黒いETの宇宙警察が出てきました。
「大丈夫ですか! バルエン星人さん!」
タカヤはすぐさま黒いETを山の中から引っ張り出します。
「バルエン星人さん…え、この人が?」
ショースケの知っているバルエン星人は、赤くて火が燃えているような見た目をしているはずなのですが…この宇宙警察はまるで炭ように真っ黒です。
「チュマウンたちに熱を吸われてしまったのね」
残りのチュマウンをケースにしまいながらエイギスは続けます。
「チュマウンは増殖するときのエネルギーとして体の熱を使うの。そして体温が低くなって増殖が出来なくなると、他のところから熱を奪って体を温めようとするのよ。バルエン星人の体は表面温度がとても高いから狙われてしまったみたいね」
「でも…どうやらたくさん集まりすぎて、チュマウンたちが増殖できるほど温まることはできなかったみたいですね」
タカヤがふぅっと息を吐きながら、ここにいる最後の一体のチュマウンをケースに入れて蓋を閉めました。
「よし! これでここにいたチュマウンたちは全部捕まえられたね。あとは…」
ヒカルは廊下の端でぐったりと横たわっているバルエン星人をよいしょとおんぶします。
「とりあえずこの人を休めるところに連れて行かないと。ええっと…確かこの部屋にはベッドがあったはず!」
ヒカルが手をかざして扉を開くと…
「わー! 開けるなー‼」
部屋の中から大きな叫び声と共に、これまたドバドバと大量のチュマウンたちが飛び出してきました!
チュマウンたちはヒカルたちの横をどんどんすり抜けて、廊下の先へと逃げていきます。
「なんで開けるんだよヒカル! もう少しだったのに!」
透明なスライムのような宇宙警察が、ふよふよと浮かびながらヒカルに怒りをぶつけます。
「ご、ごめん…この人を寝かせてあげたくて。ここで何してたの?」
部屋の中にあるベッドにバルエン星人を寝かせて、ヒカルは申し訳なさそうに尋ねました。
「チュマウンたちは今、体の熱が足りなくて増殖できないだろ? だから温度が高いところへ寄って来るんだ。そこで!」
透明な宇宙警察は丸くて赤い玉を取り出して見せます。
「このやけどするほどアツアツのファヤイ玉を使って、チュマウンたちをおびき寄せて、部屋の扉を閉めて一気に捕まえる!…って作戦だったんだよ! たった今失敗したけど!」
やわらかそうな体をプクーッと膨らませたまま、宇宙警察はしょんぼりと波打ちました。
傍にいたエイギスが長い体を腰から折り曲げて頭を下げます。
「本当にごめんなさい…でもすごく良い作戦ね。ねぇヒカル、ワタシたちもやってみない?」
「やるのはいいけど…そのためにはチュマウンを引き寄せられるくらいの熱が必要だ。うーん、何かいいものあったけ」
ヒカルがポスエッグの中を探ろうとすると、エイギスは長いまつげを揺らしながら首を振りました。
「道具を使うよりもっと高温を出せるものがあるわ。…ワタシがその熱の発生源になるの」
「え。まさかエイギス、あの機能を…⁉」
ヒカルは目を丸くします。
「んー…エイギスさん、そんなに熱そうには見えないけど?」
ショースケは上から下まで、まじまじとエイギスを見つめました。
先ほどのバルエン星人のように体が燃えているわけでもありませんし、どちらかと言えば見た目は冷たそうです。
「ふふ。ワタシ、ちょっと珍しい生物なのよ。そしてそこの貴方…ツバサだったわよね」
エイギスは首をぐっと曲げて、タカヤに抱えられているツバサに目線を合わせました。
「ネェネェ モシカシテ エイギス、ボク ト オソロイ?」
「そうよ。だからツバサ、貴方にも協力して欲しいの」
「ワーオ。ソウイウ コトナラ ガッテン ショウチ!」
ツバサは嬉しそうに触覚をゆらゆら揺らします。
「決まりね。じゃあ早速、チュマウンたちがたくさん集められそうなところへ行きましょう?」
エイギスは真っ白な廊下を早足に進み始めました。
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一階の広いエントランスはいつもなら本部職員たちで溢れているのですが、今日はみんなチュマウンの捕獲に向かっているのかとても静かです。
「ここならたくさん集められそうね。それじゃあ始めましょうか、危ないから離れていてね」
エイギスはしなやかな両腕を、胸元についた大きなひし形の宝石にかざしました。
すると宝石は鮮やかな水色に輝き始め、明るいはずの本部内が薄暗く感じるほど、眩しい光を放ちます。
「わぁ…綺麗…ってうわぁ⁉ 熱い!」
ショースケはエイギスから急いでもう三歩ほど距離を取りました。
「ワタシの体は、この胸に付いたエネルギーの塊のおかげで動いているの。これは肖造が発明した最新式で、激しく発熱できる機能がついているのよ。そして…」
エイギスはツバサと目を合せながら、にっこりと笑います。
「ツバサ、貴方にも同じものが使われているのよね」
「ソウトモ!」
ツバサはタカヤの腕の中から飛び出すと、エイギスと同じように体を水色に光らせながら体温を上げていきます。
「うーん…肖造さんからエイギスのエネルギーの塊に発熱機能を付けた、って聞いたときは一体どこで使うんだと思ったけど…まさか役に立つ日が来るとはなぁ」
少し離れたところから、ヒカルは熱を増していく二人を心配そうに見つめました。
その隣で、ショースケは眩しそうに手で目元を覆いながら尋ねます。
「それにしても、動くためにエネルギーの塊が必要なんて、エイギスさんって不思議な生物だよね…僕が見たどの図鑑にも載って無いし。一体どこの星から来たの?」
「…ワタシは見つけてもらった時、自分の名前しか覚えていなくて。だからワタシ自身、何者なのかよくわからないの」
少し悲しそうに、エイギスは目を伏せて笑いました。
エイギスの水晶を散りばめたような模様の角が水色の光を反射してキラキラ光って、リボンのような髪がふわりと舞って。
その姿はやっぱりとても、この世のものとは思ないほど美しいのでした。
「…記憶が無くたって、エイギスはエイギスだよ。俺の大事な…その、コンビ! だよ」
「ふふ、ありがとうヒカル。さぁ、足音が近づいて来たわ。みんな、捕獲をよろしくね」
エイギスとツバサがさらに体の温度を上昇させると…
前から後ろから横から斜めから、そして上からも次々と本部中のチュマウンたちが押し寄せて来るではありませんか!
そしてそれを追いかけてきた大勢の宇宙警察たちもこのエントランスに集結して、全員で大量のチュマウンを次々と捕まえてケースに入れていきます。
「すごい、さっきよりずっと人数が増えてる… これなら全部捕まえられるかも!」
ショースケは喜びましたが…残念ながらそう甘くはありません。
どこかで熱を奪ったチュマウンがまた増殖を繰り返したのでしょう。取っても取っても取り切れないほどの恐ろしい量が押し寄せて、まるで終わりが見えません。
そして掴み損ねたチュマウンたちが、高温を発しているエイギスとツバサの体にまとわりついてその熱を奪おうとします。
「オワー スワレルー」
「ツバサ、エイギスさん! 一度温度を下げよう、このままじゃまた熱を吸われて増殖する!」
「ワカッタ タカヤー!」
ツバサはすぐに体の温度を下げて、タカヤの胸に飛び込みました。
しかし…
「うぅっ…!」
エイギスが突然、苦しそうに声を上げました。
「エイギス⁉ 一度温度を下げるんだ! エイギス!」
ヒカルが何度も叫びますが、エイギスにその声は届きません。
エイギスは頭を抱えて、うめき声をあげながら体温をさらに激しく上昇させていきます。
エイギスの胸の宝石から放たれる水色の光は目も開けていられないほど眩しく強まり、熱を奪おうと近づいてきたチュマウンたちが慌てて離れていくほどの高温になっていきます。
「エイギス!」
「兄ちゃん近づいたらダメだ! 危ないから下がって!」
タカヤはヒカルの腕を必死に掴みます。
「ど、どういうこと? 何が起こってるの…うう、熱い…!」
「エネルギーが暴走してるんだ! ショースケも急いでここを離れるぞ!」
もうエイギスにはとても近づけないほど、エントランスには熱風が吹き荒れています。
タカヤは急いでみんなを連れて出口へ向かいましたが…増殖したチュマウンたちが本部の外へ逃げるのを防ぐため、出口は封鎖されていました。
大量に押し寄せて来た他の宇宙警察たちも、開かない出口の前で熱風に襲われながら苦しそうに助けを求めます。
「コノママジャ ミンナ ヤラレチャウヨ」
「…大丈夫、俺が守るよ」
迷っている暇はありません。
カタカタ震えるツバサを抱きしめて、タカヤはコスモピースの力を解放するため、瞳を輝かせようとしました。
****
眩しい水色の光の中で、エイギスは夢を見ていました。
ひどく痛む頭の中に、霞がかったような景色がが浮かびます。
(ワタシは…以前にもこれくらい…ううん、これとは比べものにならないくらい強いエネルギーを発したことがある…ような…)
(ワタシの名前を呼んでる…貴方たちは、誰? ワタシに似た見た目…)
(貴方は…あぁ、そうだ。ワタシに名前をくれた貴方の名前は…)
「アィーシャ…」
****
「何をしとるんじゃエイギス」
エレベーターを降りてきた肖造は、ズカズカと高温の熱を発するエイギスに近づいていきます。
「え、じーちゃん⁉ 近づいたら危ないよ!」
「平気じゃよショースケ。ワシこれでも特級なんじゃから」
肖造は大きなあくびをしながら、ズボンのポケットからグレーのポスエッグを取り出して握りました。
そしてそのポスエッグは、肖造の身長よりも長い杖へと姿を変えます。
そしてエイギスの隣まで近づくと…
「ほれ、ちょっと寝ておれ」
そう言って杖の頭を、エイギスの胸の宝石にポンッと当てました。
その途端…エイギスから出ていた光と熱はまるで電池が切れたようにピタリと収まり、エイギスはその場にふわりと倒れ込みました。
「エイギス!」
ヒカルが急いで駆け寄って、エイギスの長い首を抱き上げます。
「心配はいらん、ちょっとエネルギー源を取り除いただけじゃ。後で返しちゃる…さて」
肖造は長い杖の先に付いたポスエッグから、それはそれは大きな掃除機のような機械を取り出しました。
「あとは、あいつらじゃな。一気に行くぞい!」
機械のスイッチをポチッと入れると、周囲に溢れかえっていたチュマウンたちが一気に浮かび上がり、次々と機械の吸引口に吸い込まれていくではありませんか!
そして機械の後ろから、吸い込まれたチュマウンが一つ一つケースに入れられた状態でぽんぽん飛び出してきます。
「よし、これで大丈夫じゃろ」
肖造は今度は小さなあくびをして体を伸ばしました。
「いやいやいや! じーちゃん!」
そのまま研究室へ帰ろうとする肖造を、ショースケは後ろからガッシリ捕まえます。
「こんな便利な機械持ってるならもっと早く貸してよ! 僕らチュマウンをちまちま一つずつ捕まえててめちゃんこ大変だったんだから!」
「別に持っておったわけじゃないぞ? さっきチュマウンが増えて大変ーっていうアナウンスがあったじゃろ。じゃから作ったんじゃ。寝ぼけとったから三十分くらいかかったがの」
「ワーオ サスガ ボクノ ハカセ。テンサーイ」
タカヤの腕の中で、ツバサは嬉しそうに触覚を揺らしました。
「さ、三十分…⁉ 三十分でこれ作ったの…⁉」
ショースケは機械と肖造の顔を交互に何度も見ます。
「おっとそうじゃ。エイギスにエネルギーを返してやらんとな」
肖造はもう一度、杖の頭でエイギスの胸の宝石をポンッとつつきました。
エイギスが長いまつげを揺らして目を覚まします。
「エイギス‼」
「…ヒカル…? ふふ、今度はどうして泣いてるの?」
「だってエイギスが暴走しちゃって…! 呼びかけても全然治まらなくて…お、俺…何も出来なくて…!」
ぼろぼろ止まらないヒカルの涙を、エイギスは細い腕で拭ってあげました。
「ごめんなさい、迷惑をかけて…。そうよワタシ…何かを思い出しそうになって…、それで頭が痛くなって…エネルギーが制御できなくなったの」
それを聞いた肖造は、急に真剣な目つきに変わります。
「何か思い出したんか、エイギス」
「そうなんだけど…ごめんなさい、また忘れてしまったみたい」
「そうか…それがええわい」
肖造は長い杖を今度は小さなポスエッグへと変えると、ズボンのポケットの奥にしまいました。
「ほんじゃ、ワシは研究室に戻って昼寝のやり直しするから後よろぴくー」
頭を片手で乱暴にガシガシ掻きながら、肖造はエレベーターの方へと消えていきました。
「エイギス、もう立って大丈夫なの?」
「ええ、どこも痛くないわ。心配しないでヒカル」
「そっか…それならよかった」
ヒカルが安心してへにょりと笑ったのを、タカヤは隣でそっくりな笑顔を浮かべて嬉しそうに見つめました。
「肖造さんの機械のおかげでチュマウンも全て捕まえられたみたいだし、無事に済んで良かったなショースケ。…ショースケ?」
「ううん…じーちゃんとお仕事するにはあれが三十分で作れなきゃいけないのか…。僕いつまでもじーちゃんに追いつけないような気がしてきたよ…」
ショースケはうずくまり、地面にのの字を書いて凹んでいます。
「だ、大丈夫だってショースケ!」
タカヤが一生懸命励ましますが、今のショースケにはいまいち届きません。
「ショースケ メンタル ヒンジャク」
「ツバサ! そういうこと言わない!」
「オット。クチガ スベッタ」
ツバサはわざとらしく、触覚で自分の口を塞ぎました。
「むぅ…しかももうこんな時間なんだ。またバタバタしてたら帰る時間になっちゃったよ」
ショースケは立ち上がって、タブレットを確認しながらため息を吐きます。
「え⁉ 二人とももう帰るの⁉」
ヒカルがガッカリとうなだれたのを見たエイギスは、タカヤとショースケに顔を近づけてこっそりと耳打ちしました。
「ねぇみんな? まだ時間はあるかしら」
「ええっと…帰りを少し遅らせればなんとか」
タカヤが小声で返します。
「今からでもよかったら、ワタシたちの仕事場を見学してもらいたいんだけれど。ほら、ヒカルがね? すごく一生懸命二人のために準備していたからどうしてもやらせてあげたくて」
エイギスは小さな手を胸の前で合わせました。
「ワタシのお願い、聞いてもらえないかしら」
「ショースケどうする?」
「そりゃー僕は見学させてもらいたいよ。地球に遅く到着する問題は…まだ宿題が終わってないことくらいだよ」
「え⁉ 本部に来る前にやっておく約束だっただろ!」
「世の中、そう思ったようにはいかないものだよタカヤ。お昼寝したくなっちゃったんだから仕方ないじゃん」
いつも通りの言い合いをしている二人の横をすり抜けて、ツバサが触覚でうつむくヒカルの膝をツンツンつつきます。
「アー ボクタチ スッゴク ヒカル ノ シゴト ケンガク シタイナー」
「え! 本当⁉」
ヒカルは顔を上げて、瞳をぱぁっと輝かせました。
「じゃ、じゃあ! やっぱりまずは貴重な資源がたくさん置いてあるあの部屋から…!」
「ヒカル、あんまり走ったらまた転ぶわよ?」
「大丈夫だよエイギス! 今度は気を付けるから!」
ぱたぱたと嬉しそうに駆けだして行ったヒカルの背中を、みんなは微笑ましそうに後ろから追いかけるのでした。
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