第11話 惑星ミッシェル冒険記②

****


「なんか…様子が変だ」

 イアル山のふもとで、タカヤは足を止めました。


 この辺りはオンガイルゴンの住処(すみか)が多く集まっている場所であり、本来であればたくさんのオンガイルゴンたちがウヨウヨしているはずです。

 しかし周囲は静まりかえり、強い風が砂を撫でる音が聞こえるだけです。

 一番近くにあったオンガイルゴンの住処…今は何の気配も無い洞窟に入ってみてタカヤは目を見張りました。


 中には人工的な無数の穴が掘られていて、どうやら何者かに荒らされた様子です。

(どういうことだろう、他の住処も確認しないと)

 タカヤは飛び回って住処だったものをいくつも確認しますが、どれも同じようにひどく荒らされ穴だらけになっていました。

 調べていくうちに、タカヤはあることに気がつきます。


(…この穴、もしかしてアズール石が掘り返されてる? 食べるものが無くなったから、オンガイルゴンたちは荒れていつもと違う場所に他の食べ物を探しに行ってるのかもしれない。ええと、オンガイルゴンが次に目指す可能性が高い食べ物は…)


 全身に悪寒が走ると同時に、タカヤはコスモピースの力をより強めて体中を眩しく輝かせながら飛び出しました。


(ショースケたちが危ない!)


****


「よし、これだけ採ったら十分かな!」

 エメラルド色に光るコール石を、両手で持ちきれないほどエッグロケットの中にしまってショースケはご満悦です。

「そうね、そろそろ戻りましょう…か…」

 スイは遠くにいる何かに気がついて、ピタリと動きを止めました。


「どうしたのスイさん、何かあった…」

 ショースケも同じ方向を見て口を開けたまま固まります。


 …何やら大きな生物が、コール石をまるでビスケットのように軽くバリバリと食べています。

 濃いピンク色でブツブツといぼのある皮膚、ショースケの腕より長そうな黒くて鋭い爪、どんな物でもすり潰してしまえそうな大きな顎…そしてこちらに気がついてギロリと睨んだ細いその瞳。


 図鑑で見た姿に間違いありません、オンガイルゴンです!


「逃げるわよ!」

 スイはショースケの腕を掴みスカイボードの元へ走ると、恐怖で固まっているショースケを後ろに乗せます。

「運転方法は…私たちのと同じね!」

 右のハンドルをギュルリとひねって、スカイボードは限界速度で地面を滑り始めました。


「どどど、どういうこと!? オンガイルゴンはここにはいないんじゃなかったの⁉」

 ショースケがちらりと後ろを振り返ると、大きな体のオンガイルゴンがこれまた大きな口を開いて、恐ろしい速さで二人を追いかけて来ているのが見えます。

「私だってわかんないわよ! このままじゃ追いつかれるわ…ショースケ、何とか足止めできないかしら!」

「ええっと!」


 振り落とされないように左手でスイの腰元をぎゅっと握ったまま、ショースケは片手でエッグロケットの中を探ります。

「よーし、これだ!」


 かなり近くまで迫っているオンガイルゴンの真っ青な口の中に、ショースケは茶色くて丸い玉を投げ入れました。

 オンガイルゴンはそれを大きな顎でぐちゃりと噛み潰し飲み込みます。


「やった! それはクシュウニだよ、これであまりの臭いに動けなくなるはず…なのになんでぇぇぇ!」

 一切スピードを緩めること無く、オンガイルゴンはさらに近くに迫ってきました。


「あんたクシュウニ使ったの⁉ オンガイルゴンは嗅覚がかなり鈍感なんだから効かないわよ!」

 オンガイルゴンが再び口を大きく開くと、強烈なクシュウニの残り香がショースケとスイを襲います。


「うぇ…あんたなんてことしてくれんのよ…」

 スイの運転するスカイボードが少しふらつきます。

「ご、ごめん…ってうわ追いつかれる! ええいなんとかなれ!」


 ショースケはエッグロケットのダイヤルを片手で合わせて、後ろを振り向いて構えます。

「くらえ! 捕獲ネット!」

 人差し指でスイッチを握ると、大きな網がエッグロケットの先から飛び出してオンガイルゴンの体を覆いました。


「やった、当たった! どうだ、そのネットの材料の糸はオンガイルゴンでも千切れないってキャッチコピーで売られてたんだから!」

「そんなのあるなら最初から使いなさいよ!」

「だ、だって思いつかなかったんだもん!」


 オンガイルゴンは網が足に絡まってモタモタと暴れており、二人が乗ったスカイボードからどんどん引き離されていきます。


「やった! これでもう大丈夫でしょ」

 ショースケが安心したのもつかの間。


「ォオオオオオオォオオオオオン!!!!」

 オンガイルゴンがもがきながら、空をつんざくような声を上げました。


「まずい! 仲間を呼んでるわ!」

「えええ⁉ もう捕獲ネット無いよ!」

 地面が揺れて、四方八方から足音が近づいて来ます。


「前からも来る! 隠れるわよ!」

 スイはスカイボードを岩陰に止めて、右手人差し指につけたポスエッグから真っ白な布を引っ張り出しました。

「ショースケ、スカイボードしまって、早く!」

 慌ててエッグロケットの中にスカイボードをしまったショースケの体をぐいっと引き寄せて、スイは自分たちの上から白い布をかけました。

「これって、透明シーツ…? かぶったら相手から見えなくなる…」

 ショースケが小さな声で尋ねると、スイはショースケの口を右手で塞ぎます。

「静かに。オンガイルゴンは耳がいいんだから」


 足音がドカドカと近づいてきます。

 一体何匹集まっているのでしょうか…十、いや二十…とにかくたくさんいることは音だけでわかります。

 もし見つかれば勝ち目は無いでしょう。


 ポケットに手を滑らせる布の音すら聞こえてしまいそうで、ショースケはエッグロケットを握ってタカヤにテレパシーを送ることすらできません。

 スイはカタカタ震えるショースケの体をぎゅっと抱きしめました。



 …そのまま五分ほど、二人はシーツの中で身を寄せ合っていました。


 オンガイルゴンたちはなかなかにしぶとく、透明になっている二人のすぐそばをまた大きな足音がドカドカと通り過ぎていきました。


(一体いつまでこうしてればいいんだろう…)

(もうちょっとだから。我慢しなさい)

 ショースケとスイはお互い目だけで言いたいことはなんとなくわかります。


 すると、少し離れた場所にいるであろうオンガイルゴンが大きな鳴き声を出しました。

 足音が少しずつ、二人から離れていきます。


(しめた、あいつら諦めたわね)

 もう少し我慢すれば、安全にここから逃げられるでしょう。

 二人が少しだけホッとした、その時。



 スイのポスエッグが、ポーポーと聞いたことの無い音を立てました。

 この音は…

「ティナ…?」

 緊急事態、コンビが助けを求めているときの音です。


 その音を耳にしたオンガイルゴンの集団は、一同に二人の隠れたシーツのある位置を振り返りました。

 一匹が空気を震わせて大きく吠えます。


「見つかった…! ごめんショースケ、ここは責任取るから逃げなさい!」

 スイがシーツの中から飛び出して右手人差し指につけたポスエッグに触れると、ポスエッグは水色の弓へと形を変えます。

「スイさんはどうするのさ!」

「私はここで足止めする、あんたはティナのところへ行って!」

「無理だよやられちゃうよ!」


 スイは指先から鎮静剤の塗られた光る矢を何本も取り出して、オンガイルゴンに向けて放ちます。

 ですが相手は超強力なモンスター、少量の鎮静剤では大人しくなってくれません。

「何ぐずぐずしてるの早く‼」

「やだ‼」


 ショースケはダイヤルを合わせたエッグロケットを、オンガイルゴンの大群に向けて構えます。


「スイさんだけ置いていくなんて絶対やだ! 僕は宇宙警察だもん、もう…誰かを置いて逃げたりしない!」

 エッグロケットの先に、エネルギーが光を帯びて集まっていきます。

 そしてその輝きが最高潮に達した時。


「くらえっ!」

 スイッチを握ると大きなエネルギーの塊がすごいスピードで射出され、オンガイルゴンたちの前で激しく弾けました。

 あまりの衝撃に、反動でショースケは尻もちをつきます。


「大丈夫⁉ ショースケ」

「えへへへ…すごいでしょ。前に他の隊員さんが使ってるのを見て僕も買ってたんだよね、エネルギー弾…」

 スイの手を借りてショースケは立ち上がり前を見ました。


「ただ…残念だけどあんまり効かなかったみたいだね…。今の僕が出来る、精一杯だったんだけどなぁ…」

 ショースケの攻撃にオンガイルゴンたちはひるみ、五秒ほど立ち止まったあと…すぐにもう一度その細い目を開いてさっきまでより一段と鋭く二人を睨みました。


 深く息を吐いた後、ショースケは天を仰いで口を開きます。

「…ねぇスイさん、僕かっこよかった?」

「そうね…もう『さん』付けしなくていいわよ」

 スイがショースケに優しく笑いかけました。


 大きな爪で弾かれた地面の小石の音が聞こえるほど、オンガイルゴンがもうすぐそこまで迫ったその時。



 空から何かが降ってきて、二人の目の前にぽとりと落ちました。

 途端にオンガイルゴンたちはその場でごろりと横になって、まるで猫のように体をくねくねと擦り始めます。


「え、え、どうしたんだろう…これのせいかな?」

 ショースケは恐る恐る目の前のものを拾い上げました。

 緑色のリボンが付いた白い小袋は、どう考えても自然に降ってきたものでは無いでしょう。

 二人は空を見上げますが、怪しいものは何も見当たりません。


「なんだかよくわからないけど…私たち助かったみたいね…。は! そうよティナ!」

 一息つく間も無く、スイは焦りながらティナにテレパシーを送りますが返事はありません。

「そうだったティナさん! とにかくここから離れてタカヤと連絡を取ってみなきゃ! 乗ってスイ!」


 落ちてきた小袋をポケットに突っ込んだショースケが急いでスカイボードを取り出すと、二人はそれに飛び乗って限界速度でティナの元へ向かうのでした。


****


「ギリギリ間に合って良かった…!」


ショースケとスイが走り去った後の地面に降り立って、タカヤはかぶっていた透明シーツを脱ぎます。

 すると周囲にいたオンガイルゴンたちは小袋の効果が切れたのか、目が覚めたように立ち上がりタカヤの方をギロリと睨みました。


「…こんにちは、オンガイルゴンさんたち。少し大人しくしててもらえませんか」

 先ほど二人を仕留められなかった苛立ちも募っているのでしょう、言葉が通じるわけも無くオンガイルゴンの大群は大きな鳴き声を上げて地面を震わせます。


「…もう一回言いますね」

 タカヤが目を大きく見開くと、周囲の空気が共鳴するようにギラギラと輝き始めます。

 瞳の中で赤と青の星々が流れて消えてまた輝きながら、体の周りに発生した強い上昇気流がタカヤの髪や服を大きく揺らしました。

「大人しくしててください」


 確実に自分たちより強い生き物を前にしてオンガイルゴンたちはたじろぎ、その場から一歩も動けません。


「…ありがとうございます」

 タカヤが瞳の深い黒を歪ませてにっこりと笑ったのと同時に、タカヤのエッグロケットがブルブルと振動しました。

 ポケットから取り出して左手で握ると、ショースケからのテレパシーが届きます。


(タカヤ⁉ よかったタカヤは無事なんだね! ねぇティナさんはどうしたの⁉)

(ティナさん…? いや、ちょっと離れたところで作業してたから。何かあったのか?)

(どうしたもこうしたも、ティナさんが助けを求めてるんだよ! あ、僕らもすぐ行くから危ないからタカヤも一緒に)

 ここまで聞いて、タカヤはすぐにポケットにエッグロケットをしまって手を離しました。


 …嫌な予感がします。

 コスモピースの力をより強めて、タカヤはショースケたちよりも早くティナと別れた場所へ向かうのでした。


****


 タカヤはティナと別れた、ヤワクの実が採れる花畑に到着しました。

 まだショースケたちは到着していないようです。


 真っ白な花畑に降り立って、タカヤはすぐに異変に気がつきました。

 何百とある白い花の中心に実っていたヤワクの実が、すべてもぎ取られているのです。

(ティナさんがこんなに採るはず無い…)

 その時。



 後ろでガサリと音がしました。

 …全く気配がありませんでした、タカヤが驚いて振り向くと…


「キ」

 真っ黒で毛むくじゃらの猿のような体のETが、六本の腕をぶら下げてタカヤをじっと見ていました。

 ETの胸には虹色の玉のようなものが埋め込まれていて、まるで心臓のようにドクドクと脈を打っています。

 …カメラのレンズのような、赤くて吸い込まれそうな一つしかない瞳と目が合って、タカヤは全身に鳥肌が立つのを感じました。


 これはヤバい。

 以前に時目木池で見た、あの首の長いETと同じ…いやそれ以上の何かです。


 ショースケたちが入って来られないように、そしてETから外の様子が見えないように、タカヤは急いで頑丈なシールドを周囲に張ります。


 ETはそれに特に動じること無く、近くに何十個も転がっている赤いゼリービーンズのような大きな袋をまずは一つ握りました。

 そして信じられないほど口を大きく縦に開くと、その袋を順番に丸呑みしていきます。

 ETの喉の奥には小さなブラックホールのような渦が巻いており、袋はどんどん渦の中に吸い込まれているようです。


 袋は半透明で中身はよく見えませんが…今飲み込んだのはどうやら石がたくさん入った袋で、手に持っている袋には…黒くて小さい何かがぎっしり入っていて。

 そして奥に転がっている袋の中には…


「ティナさん‼」

 タカヤは背中から無数の触手を伸ばしてティナの入った袋を掴むと、自分の方へ引き寄せました。

 ETはそれに気がついて声を発します。


「キ、キ、キ」

 一切感情のこもっていない目をタカヤに向けて、ETは大きな口の端を引き上げてグニャリと笑います。

 そして六本の腕をぐるぐる回して、ぐっと体を逸らしたかと思うと…

 次の瞬間、ETはものすごい速さでタカヤに迫り拳(こぶし)を振るってきました。


 タカヤはティナの入った袋を抱き上げて、止まない拳の雨を次々と避けていきます。

(どうする⁉ 強制転送を使うか…だめだ余裕が無い!)

 何度も攻撃を避けられて猛り狂ったETは、より速く、そしてより強く拳を振るいながら、タカヤの体が吹き飛ぶほどの衝撃波を何発も放ってきます。



 外から声が聞こえてきました。


「ねぇ、スイこれなんだろう?」

「なにかしらね…ガラスのドームみたいだけど中は見えないわ」



(…勝たなきゃ、ここで)

 タカヤは触手を使って周囲に張ったシールドに小さな隙間を空けて、ティナの入った袋を外へと逃がしました。



 辺りを見て回っていた二人はすぐに赤い袋を発見します。

「ティナ⁉ 大丈夫⁉ すぐ出してあげるから!」

「眠ってるだけみたいだよ、よかった…」



 …どうやらティナは無事なようです。

 タカヤは安堵して、そして両腕の袖をぎゅっと上までまくりました。

 このETには生半可は力では勝てないでしょう…今までで一番、いやそれ以上の力が必要になります。


 コスモピースの力を出せる限界まで発動させると、タカヤの体を目も開けていられないほどの眩しい光が包みます。

 全身がひどく痛み、呼吸が乱れて、耳がキーンとして、目がチカチカと霞みます。

 体中が自分のものではないように黒く染まって、さらに波打つようにじわじわと変形していくのがわかります。


 …この黒くドロドロしたものは自分の腕でしょうか? それとも足、いや背中から出した触手でしょうか。

 もうそれすら、今のタカヤには判断できません。

 途切れそうな意識の中で、タカヤは大きな口を開いて向かってくるETの胸の辺りに手を伸ばしました。


****


 …どれぐらい時間が経ったのでしょうか。

 目の前には液状に溶けたETが、地面に黒い染みを作っていました。


 体中が心臓になったように、バクンバクンと全身が震えます。

 霞んだ視界から見える黒い何かは、一体自分のどの部分なのか見当もつきません。


(苦しい…)

 そのまま目を閉じてしまいそうになった時。


  タカヤのズボンの左ポケットの中で、エッグロケットがブルブルと震えました。

 ショースケからの通信です。

 その音で、タカヤはハッと再び目を開きます。


(だめだ…まだ…俺にはやらなきゃならないことがある…!)


 幸いタカヤが周囲に張ったシールドはまだ機能しているようです、外からは中の様子はわからないでしょう。

 大きく息を吸って吐いてを繰り返して、タカヤは崩れた体の再生を図ります。


 体の一部が溶けてしまい形が変わっているようなので、無限に湧いてくるコスモピースのエネルギーを使って新たにパーツを作ります。

 左腕を作って、右足を作って…すでに原型を留めていない元のパーツは体に取り込んで。

 真っ黒だった体は、少しずつ人間の形を取り戻していきます。


 …ふと、自分の右腕が何かを握っていることに気がつきました。

 虹色でドクドクと脈打つその球体は、ETの胸元についていたものです。

 よく覚えていませんが…おそらく消えそうな意識の中でETから捻り取ったのでしょう。

 タカヤはその球体を右のポケットに突っ込みました。


 そしてやっと息が整って、二本の足で地面に立って、ETの残した地面の黒い染みもずるりと体に取り込んで、タカヤは周囲に張っていたシールドを解除しました。


「…あれ、ショースケたちがいない。もうUFOに帰ったかな」

 おそらくティナの治療をするため、一足先にここを離れたのでしょう。


 ちょうどいいです、こんな弱った姿は見せられません。

 少しふらふらとした足取りのまま、タカヤはまだ周囲にいくつも転がっている、ETが飲み込もうとしていた赤いゼリービーンズのような袋の中身を確認しに行きます。


「これ、アズール石だ。それもこんなにいっぱい…あのETがオンガイルゴンの住処を荒らしたんだな。こっちにはヤワクの実がぎっしり入ってる…」

 残っていた袋をエッグロケットの中に全て詰め込んで、タカヤはまず白い花畑に飛んで行きました。

 そこで袋に入っていたヤワクの実を、全て元あった場所の近くに返します。


 さて…次は大量のアズール石を、イアル山にあるオンガイルゴンたちの住処に返さなければなりません。

 タカヤは少し朦朧(もうろう)としながらよろめいて、地面に倒れそうになりましたが…そのまま両足にぐっと力を入れて強引に体制を立て直しました。


「…行かなきゃ」


 そして再びコスモピースの力を使って目を黒々と輝かせると、すごいスピードで飛んでいくのでした。


****


「あ! タカヤやっと帰ってきた! どこ行ってたの、テレパシー送っても返してくれないし」

 ショースケはUFOの中で、横になっているティナのそばに座っていました。

「ごめんごめん、ちょっとバタバタしてて…テレパシー気が付かなかったよ」


「…あ、タカヤくんだ。おかえりなさい」

 ティナは首だけをタカヤの方に向けてへにょりと笑います。

「ティナさん大丈夫ですか? ごめんなさい、大変なときに側にいられなくて…」

 辛そうにうつむくタカヤの頭に、ティナはそっと温かい手をのせました。


「んーん。…ありがとう、タカヤくん」

 そこまで声にのせて、その先は声を出さずにティナは口を動かしました。


『たすけてくれて』

 そのまま、ティナは目を閉じて眠ってしまいました。


 運転席に座るスイが声をかけます。

「話は済んだ? さっさとポスリコモスに帰るわよ、この星なんか様子がおかしいし」


 スイがピピピとパネルを操作すると青いUFOの機体はふわりと宙に浮いて、まっすぐ空へと吸い込まれていきました。


****


「うぇえええええええん! じーちゃん怖かったよぉおおおおお」

 肖造に会って早々、ショースケは泣き出して肖造にべったりくっついたまま離れません。

 ティナをすみやかに医務室へ運んだあと、肖造の研究室でスイは惑星ミッシェルで起こったことを事細かに説明しました。


「そうか…危険な目に遭わせてしまったな、ワシの調査不足じゃ。みんな、ほんっとーにすまんかった!!!」

 肖造はスイとショースケとタカヤを同時にむぎゅーっと抱きしめます。

「かわいいお前らに何かあったら…ワシは悔やんでも悔やみきれんわい…」

 声を震わせて、肖造は一人一人にずりずりと頬ずりしました。

「疲れたじゃろう? 今日はもう休め、後のことは本部でなんとかするからの」




 スイとショースケがベッドの中で泥のように眠っている頃。


 タカヤは肖造と研究室の奥の扉をくぐって、資料室に入ります。

 肖造が一階のカフェで二つ買ってきた青いジュースを飲みながら、タカヤはスイとショースケの知らない、惑星ミッシェルで起こったことを話しました。


「そうか…何者かがアズール石を掘り尽くしてしまったから、オンガイルゴンたちは暴れておったんじゃな。山のアズール石の生成を促進する薬を早々に開発せんとな…」

「…黒くて、毛むくじゃらで…見たことが無いETでした。雰囲気が…以前時目木池から強制転送したあと、本部で溶けてしまったらしいETとよく似ていました」

 タカヤはエッグロケットを探りながら続けます。

「これ、そのETが使っていた赤い袋の切れ端です…それと」

 今度は右のポケットに手を突っ込んで、虹色のドクドク脈打つ球体を取り出しました。

「…ETの胸に付いていたパーツです。何かはわからないんですけれど…」


 肖造はそのパーツを見て、少しの間息をするのを忘れてしまいました。

「これが…ついておったのか」

「?…はい」

「そうか…」

 肖造は虹色の球体を受け取って、頑丈そうな透明のケースの中に入れました。


「タカヤも相当無理したじゃろう。ライトに診てもらわんといかんな」

「い、いえ! 大丈夫です、なんともありませんでしたよ。だから、ライトさんには言わないでください…困らせたくないんです」

「そうはいかん。…困るくらいさせてやってくれんか、あいつもいろいろ悩んでおるんじゃ。さて、タカヤ」

 優しい笑顔を向けて、肖造は資料室の扉を開きます。


「お前ももう休め。…みんなを守ってくれて、本当にありがとうな」

「あはは、全部コスモピースの力のおかげですよ。この力のおかげでみんなを助けられたんだから。…肖造さん」

 タカヤは肖造の目をまっすぐに見つめます。


「あの日、俺にコスモピースの力をくれて、ありがとうございます」

 そう言って笑うと、タカヤは肖造の横を通って資料室の扉をくぐりました。


「肖造さんは休めって言ってくださいましたけど…この力があれば休む必要なんてありません。次の仕事を頼まれてるんです、行ってきますね」

 タカヤは一度だけ振り返ってぺこりとお辞儀をします。

「ジュース、ごちそうさまでした」



 肖造は一人きりになった資料室で、パイプ椅子に座り直しました。

 小さなテーブルの上には、タカヤが飲み干した青いジュースの入っていたグラスが置いてあります。

 肖造はそれをぼんやり見つめながら、自分のグラスに残るジュースを飲み干して、中に入っていたピンク色の氷をガリガリと噛み潰しました。


 …タカヤのグラスに残った積み重なったピンク色の氷が溶けて崩れて、静かになった部屋にカランと音が響きます。

「ワシは…そんな力お前にやりたくなかったよ。タカヤ」


 小さな呟きは、誰にも聞こえることなく消えていきました。


****


「…春子と諄弌(じゅんいち)か。繋がってよかった、今はどこにいる? …そうか、そんな遠くか」

 肖造は薄暗い研究室で、光る画面に向かって話しかけます。


「一度ここに戻ってきてくれんか。二人に…向かって欲しい場所がある。手がかりが見つかったんじゃ」

 


 少しだけ言葉を交わして画面が真っ暗になると、肖造はタカヤが渡してきた虹色の球体の入ったケースを手に取り、独り言を呟きます。

「…エネルギーの塊じゃろうな。コスモピースには遠く及ばんが…ワシの作り出せるものよりも数倍…いや、数百倍は優れている」

 球体が放つ虹色の光が、暗闇の中で肖造の真剣な顔を照らしました。

「…こんなものを作れる種族は…ワシは一つしか知らんなあ…!」


****


 遠い遠い星の、とある一室。

 一人の生物がぼんやりと考え事をしています。


「おかしいですねー、惑星ミッシェルに送った子が帰って来ませんー。前に地球に送った子も帰ってこなかったのに、困りますねー…仕方ない、また作りますかー」


「でも妙ですねー、あの子に敵うモノなんてあの星に…いいえ、この宇宙にほとんどないはずですのにー。もしあるとすればそれは…」



「…やっと、近づけたかもしれませんー。コスモピース」

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