第9話 1人の仕事は絶好のチャンス?

****


 じめじめとした暑さを感じるようになってきた月曜日の昼休み。

「こっちこっち! ここだよ!」

 はしゃぐカズに連れられて、四人は二階図書室前のトイレにやってきました。

 トイレの外にはガヤガヤと人だかりが出来ていて、どう見ても異様な雰囲気です。


「…で、今度はここのトイレがどうしたんだっけ」

 そう言いながらミオは顎が外れそうなほど大きなあくびをしました。

「ミオいつにも増して眠そうじゃん、どしたの」

 ショースケの問いかけにミオはもう一度あくびをして、目元をごしごし擦ります。

「んー…今度おれがいつもやってるゲームのオンライン大会があるから、ここのところそれの対策考えててねー」

「だめだよーちゃんと寝ないと! 健全な魂は健全な肉体に宿るんだから!」

 ショースケは偉そうに人差し指をピッと立てて得意げに振舞って見せます。


そこへ、図書室へ向かっていた同じクラスの洋平(ようへい)が通りかかりました。

 洋平はショースケたちを気が付くと、楽しそうにくすりと笑います。

「皆さんいつも元気だね。あれ、今日はタカヤさんはいないの?」

「うん、タカヤは学級委員の会に出席してるんだよ!」

 ショースケは妙にニコニコしながら答えました。


 そう、もしここにタカヤがいたなら…きっとショースケの先ほどの発言にほとほと呆れていたことでしょう。

 だってショースケは昨日も思い切り夜更かしして、四時間目の授業中うとうと舟を漕いでいたところを後ろの席のタカヤに起こされたのですから。

 しかしそんなタカヤは今はいません、ショースケは自由にのびのびと振る舞えるってわけです。


「な、なあ…やっぱり入るのやめねー…?」

 人だかりから少し離れたところから、レンが小さく声を漏らしました。

「何言ってるのレン! 例の話、これは絶対調査するべきでしょ!」

 カズはもうお目々キラッキラです。


「例の話…? 何の事かな」

 ピンと来ていない洋平に、カズはずずいと迫って嬉しそうに早口で説明します。


 そう、この時目木小学校は今日はあるウワサで持ちきりなのです。

『二階図書室前の男子トイレ、その一番奥の個室である掃除道具置き場から、何もいないのにガタガタ音がするらしい』

 大体の生徒はこのウワサを聞いてここのトイレに近づかないようにしているのですが…一部の物好きな生徒たちがこのトイレに集まってしまっている、というわけです。


 そしてその中の最たる一人であるカズは、朝からこのウワサが気になって仕方がありません。

 それこそ昼休みになるまで何を言っても上の空で、次の授業について尋ねた質問の答えが好きな食べ物だったくらいです。


「なるほど…和彦(かずひこ)さんが好きそうな話だね。そういうことならショースケさん」

 洋平はショースケの目をまっすぐ見据えました。

「くれぐれも気を付けてね」

「え、ええと…何でそれを僕に言うの?」

「うーん、何となく、かな」


 ショースケは思わずゴクリと唾を飲みました。

 洋平は妙に勘が鋭いのです。天気予報がどれだけ今日は晴れると言っても、洋平が雨が降ると言えば雨が降るほどです。

 そんな洋平にそう言われてしまったら…ショースケはとてつもなく不安になってきました。


「それじゃあ私は図書の本を借りてくるよ」

 洋平は廊下の先にある図書室へと入って行きました。


****


 さてトイレの外に集まっていた物好きな生徒たちはウキウキと順番に中に入っていきますが、どうも期待していたことは何も起こらなかったのか…残念そうに出てきては帰っていきます。

 そしてついにトイレの周りにいるのはショースケたちだけになりました。


「ねぇねぇ早く入ろう! 早く早く!」

 あくせくと手招くカズに、レンは心底嫌そうです。

「レン、タカヤがいなくて残念だったねー。チャンスだったのに」

 ミオはこそこそと小さな声でレンに耳打ちします。

「チャンス…? 何がだよ」

「例えば本当にガタガタ音がしたとするでしょ?そしたら『きゃー怖ーい』ってタカヤに抱きつけたじゃん」

「はぁ⁉ 誰がそんなことするか!」

 レンは顔を真っ赤にしながらミオの背中を一発ペチンと叩きました。


「ねー二人ともいつまでやってんの! もう入っちゃうからね!」

 カズはしびれを切らしたのか、一人でトイレに入っていきました。


 すると…

 トイレの奥からガタガタと音がして、カズが大きな叫び声を上げました。


「カズ⁉ 大丈夫⁉」

 ショースケは急いでトイレの中に駆け込んで…目を大きく見開き、口をぽっかり開けたまま固まってしまいました。


 だってトイレの一番奥の個室である掃除用具入れからは、二メートルはありそうな長ーいETが顔を出していたからです。

 赤い体に長い象のような鼻、小さな点のようないくつもの目、三本生えた角なのか耳なのかわからない突起…。 


 残念ながら間違いありません。つい三日前の金曜日、特急こすもに乗って時目木町にやってきたローナグ星人です。

 そんなローナグ星人はショースケを見た途端に小さな目をギョロリと大きくして、嬉しそうに体をぶんぶん揺らしました。


「わあ、ショースケ隊員だ! やっと会えましたー!」

 その大きな体が掃除用具入れに置いてあるデッキブラシに当たり、そのデッキブラシが倒れて壁に当たってまたガタリと音が立ちます。 

「ひゃあ、また鳴ってる! 誰もいないのに!」

 カズは瞳をこれでもかと輝かせています。


 どうやらローナグ星人はきちんとキラキラ粉を使用しているようで、カズには姿が見えていないようなのでショースケはひとまず安堵しました。


 しかしキラキラ粉はETが物に当たった音はほとんどの地球人に認識できないようにしてくれますが、物同士が当たった音はその対象ではありません。

 なので個室の中にギチギチに詰め込まれた掃除用具がローナグ星人が動くことによってぶつかりあって音を立て、それがカズたちに聞こえてしまっているのです。


「すみませんご迷惑おかけします! ところでタカヤ隊員はいないんですか⁉ 是非ご挨拶したいんですけど!」

 ローナグ星人はまだ体をゆらゆら揺らしています。


 …ショースケが何故しっかりローナグ星人のことを覚えていたかというと…実はこのET、超がつくほどの「宇宙警察マニア」なのです。

 三日前に特急こすもから降り立ったその瞬間から、ショースケやタカヤと写真を撮りたがったりサインを欲しがったり…そして二日前にはライトとショースケに会いたくて、ショースケの家の庭に侵入して出待ちをしたりとなかなか問題行動の目立つETなのです。


 ショースケがどうしたものかと頭を悩ませていると…

「ちょっとレンー、おれに抱きついても意味ないじゃーん」

 ガタガタ震えるレンを腰にひっつけたまま、ミオがトイレの中に入ってきました。

「いいいいいい今音してたよな⁉ 無理無理やっぱりお化けだって‼」

「もー歩きにくいなあ、おれも見に行きたいのに。ショースケちょっと代わってー」

 そう言うとミオはレンの腕を自分の腰から引き剥がして、ショースケの腰に巻き付けようとしました。

 するとレンは、急に平然を装ってまっすぐ立ち上がります。


「べ…別に怖くねーし?」

「なに。僕に抱きつくのはそんなに嫌なの」

 ショースケが顔をしかめてそう言うと、またローナグ星人が奥の個室で何かを倒してしまったのでしょう、ガタリと大きな音が鳴りました。


「ぎゃぁあああああああっ!!!!」

 レンは叫びながらショースケの腰にビトッと貼り付きます。

「うわぁ別に抱きつかれたいわけじゃない! 邪魔だよ、怖いなら教室帰ったらいいじゃん!」

「おれだけ帰ってお化けに呪われたらどうするんだよぉ…」

 レンはべそをかいて、目をしっかり瞑ったまま腕の力を強めます。

 ショースケは腰をぶんぶん揺すりましたが、ぎゅっとしがみついたレンは振り落とせそうにありませんので、仕方なくそのまま放っておくことにしました。


 さてどうしましょう。

 三人がいる手前、宇宙公用語で話しかけるわけにもいきませんし…

 ショースケは腰にレンをくっつけたまま、ローナグ星人をじーっと穴が開くほど見つめました。


 視線に気がついたローナグ星人は嬉しそうに声を出します。

「実はボク、お二人の日常の様子が見たくてここに侵入したんです! でも迷っちゃって隠れてたら、なにやらウワサが立ってしまったみたいで…引っ切り無しに地球人が覗きに来るから抜け出せなくなってしまいました!」

 なんて困った観光客なんでしょう、早急に宇宙警察本部に対策してもらわなければ。

 しかしさすがは宇宙警察マニア、宇宙公用語で話してくれたので翻訳機をつけていないショースケにも聞き取ることが出来ました。


 とりあえずショースケはズボンのポケットの中のエッグロケットを握って、タカヤにテレパシーを送ってみようとして…ふと、こんなことを考えました。

(待てよ、これは僕の評価を上げるよい機会なのでは?)


 先日ポスリコモスで見たところによると、タカヤはショースケより多くお給料をもらっているようです。

 それは言い換えればタカヤの方が高く評価されているということで…ショースケにとってこれは一大事です。

(ここは僕だってすごいんだぞってことを、タカヤにも本部にもわかってもらうチャンスなんじゃない⁉)


 そうと決まれば善は急げです。

 ポケットの中のエッグロケットをパッと手放して、ショースケは一人きりで仕事に臨むことにしました。

 さてさて、まずはカズたち三人にこのトイレから離れてもらわなくては。


「ねぇカズーミオー? とりあえず一回帰らない?」

 ショースケは声をかけますが、二人は目の前で起こっている不思議な事象にもう夢中で返事はありません。

 ショースケはむむむと頭をひねります。


(そうだ、この間ポスリコモスで買ったアルコンヌ花を使って、みんなを眠らせてその間にローナグ星人さんを脱出させるのはどうかな?)

 いいアイデアが浮かんだと、ショースケは嬉しそうにアルコンヌ花をエッグロケットから取り出そうとして…はたと気付きました。

 そういえば昔読んだ本によるとアルコンヌ花の眠らせる効果はかなり強力で、一度眠った生物は三日は目を覚まさないとか…。

(いやいや! それじゃだめだ、この後の授業も出れないじゃん怪しすぎる!)


 ショースケがもたもたと次の案を考えている間にも、カズとミオはローナグ星人が入っている掃除用具入れを全開にしてまじまじと観察しています。

「わあ、ほんとに何もいないよ! すごいすごーい!」

「いやーこのバケツの下かも。めくってみよー」

 本当にお化けだったらどうするんでしょう、怖いもの知らずな二人にはほとほと困ってしまいます。


 ローナグ星人は触られないよう短い六本の足で必死に壁を登って、天井と個室の壁の間で固まっています。

「ショースケ隊員この体勢すごくキツいです…助けてくださーい…」

 こうなったのはどう考えてもローナグ星人の自業自得ですが…ショースケも宇宙警察です、何もしないわけにはいきません。


(そうだ! みんなにここを離れたいと思わせればいいんだ!)

 ショースケはまたポケットの中のエッグロケットを探って、今度は丸くて茶色い玉を取り出しました。

(じゃじゃーん、クシュウニ! これが割れると、確か中からくさい臭(にお)いがぶわっと出てくるんだよね。そしたらきっと三人もここを離れたくなるだろうし…僕ってやっぱり天才だな)


 ショースケが意気揚々と、クシュウニを床に向かって投げつけようと振りかぶると…


「あわわわわやめてくださーーーい‼」

 突然ローナグ星人が大きな声で叫びました。

「そ、それクシュウニですよね⁉ そんなのここで破裂させたら大変なことになりますよ! ボクの長い鼻がひんまがるどころでは済みませんからね⁉」


 ショースケが昔読んだ本にはくさい臭いが出るとしか書いていなかったのですが…よく見るとクシュウニの裏には、宇宙公用語で書かれた小さな注意書きがあります。


『注意 この製品の臭いは十万サイオンです。取り扱いには十分気を付けましょう』

 サイオンとは宇宙警察で決められた臭いの強さの単位で、確か地球のカメムシが…七サイオンだった気がします。

 …ショースケは黙って、クシュウニをエッグロケットの奥の奥にしまいました。


(あぶないあぶない、大事件を引き起こすところだった…)

 ショースケは冷や汗を拭います。


「ショースケ隊員危なっかしいですねー…でもまたそこも新人宇宙警察って感じがしていいですね…!」

 ローナグ星人はなんだか嬉しそうですが体力はもう限界のようで、ゼーゼーと息をしながら壁と天井の隙間から今にも落ちそうです。


「ね、ねえ二人とも! もう帰ろうよ、ほら何もいないんだし!」

 ショースケは慌てて呼びかけます。

「んーそうだねぇ、音もしなくなったし。カズ帰ろうかー」

「えーもうちょっと見たかったなー」

 カズは不満そうに口を尖らせます。

「ほらレンも! いつまで僕の腰に貼り付いてるの、帰るから立って!」

 まだべそをかいているレンも引っ張って、ショースケは三人を連れてトイレから出てきました。


 幸いトイレ周辺には他に誰もいないようです。

(よし! このまま教室に戻って、また僕だけこっそりここに戻って来てなんとかしよう!)

 ショースケが教室への道を一歩踏み出すと…


 先ほどのトイレからドンガラガッシャーン!と大きな音がしました!


「わ! また音がした!」

 目をもう一度爛々(らんらん)と輝かせて戻ろうとするカズよりも先に、ショースケは急いでトイレの様子を確認して驚きました。


 どうやら天井付近で耐えていたローナグ星人が足を滑らせて、掃除用具入れの個室の中に落下してしまったようです。


 個室の扉は大きく開いて、中に入っていたデッキブラシやバケツなんかが辺り一面に散乱しており、落ちたローナグ星人は体を打ってしまったのか動けないようで、長い体を伸ばして床に横たわっています。


 今トイレの中に入られたら…確実にカズたちの体にローナグ星人の一部が触れて、透明な何かがいることがバレてしまいます。

 キラキラ粉を使っていても触れた感触を無かったことにはできません、それだけは何としても避けなければ!


 ショースケはトイレの入り口を塞ぐように立って、必死にカズとミオが入るのを阻(はば)みます。

「ねーショースケなんでそこに立ってるの! 僕も入らせて!」

「すごい音だったねー。今なら何かいるかもー」

 二人はどうにかして中に入ろうとショースケの体をぐいぐい押してきて、状況はまさしく絶体絶命です。


(どうしよ! 本部に大規模な記憶操作を頼まなきゃいけなくなったりしたら…僕の評価に大打撃だ!)

 ショースケが非常に自己中心的な心配事をしている間にも、カズとミオはショースケの腕の隙間からトイレの中を覗き込もうとします。

 もうダメだと、ショースケが目をぎゅっと瞑ると…


「あれ、皆さんまだここにいたんだね」

 借りてきた図書の本を持った洋平が、廊下から声をかけてきました。

「蓮(れん)さんはあそこで丸まってるし…ひょっとして何かあった?」

「あ! 聞いてよ洋平、ショースケがひどいんだよ! 僕らをトイレの中に入れてくれないの、すごい音がしたから見に行きたいのに!」

 カズはぷんぷんとしながら訴えます。


 洋平はカズとショースケを交互に見て…

 ショースケの必死にすがるような視線を察したのか、くすりと微笑んで口を開きました。


「ねぇ和彦さん。ここで何があったのか私すごく気になるな。よかったらこっちに来てお話してくれない?」

「え! やっぱり洋平も興味ある⁉ もちろんいいよ聞いて聞いて!」

 カズは嬉しそうに廊下にいる洋平の方へ飛び出していきます。


「それと未央斗(みおと)さん」

 洋平は今度はミオに視線を向けました。

「向こうの廊下で丸まってる蓮さんを助けてあげてくれないかな? ほら、蓮さんも私より気心の知れた未央斗さんに助けてもらいたいだろうし」

「えー、まったくもうレンはしょうがないなー」

 ミオはめんどくさそうに言いながらも、少し嬉しそうにニヤニヤしながらレンの元へ歩いていきました。


 そして洋平はもう一度ショースケと目を合せると、「どうぞ」と声を出さずに口を動かしました。

 この隙を逃す手はありません。

(ありがとう洋平! 後でお礼を言わないと!)


 ショースケはトイレの中に入りポケットからエッグロケットを取り出して大きくすると、すごい速さでダイヤルを合わせて引き金のようなスイッチを握り、トイレの入り口に何か液体を吹きかけました。

 すると液体は薄いガラスのようにピンと張って固まり、入り口に透明な膜ができます。

(この間買ったテワスヨンの骨を使って作った幻覚ガラス! このガラスを通して外から見たこのトイレはいつもの何事もない普通のトイレに見える…はず!)

 しかしうすーい幻覚ガラスはショースケが動いた振動だけで揺れるほどもろいです。

(問題は二分くらいしか保たないし、人が通ったらすぐ壊れるところ! とにかく急がないと!)


 ショースケは横たわったまま動かないローナグ星人の体をバシバシ叩きます。

「い、痛い! わ、でもショースケ隊員に叩かれた嬉しい!」

 ちょっと気持ち悪い反応ですが、ショースケは聞かなかったことにして続けます。

「よかった意識あるね! 動ける?」

「それが、落ちたときに怪我をしたのか体が痛くて…」

「わかった! ちょっと我慢してね!」


 ショースケはエッグロケットから太い針のついた筒を取り出しました。

 そしてそれをローナグ星人の赤くて長い体にぶっ刺します。

「痛っ!!!!!!」

 ローナグ星人はあまりの痛みで跳ね上がりました。

「これ超速効の痛み止め! もう動けるでしょう? まあ後から痛いの戻ってくるけどね」

「あ、本当だ…動けます! わーいこのままタカヤ隊員にも会いにいけるかも!」

 嬉しそうに床をにゅるにゅる這うローナグ星人に、ショースケはトイレの小さな窓を開いて外を見下ろしながら言います。


「そんな余裕無いよ、今すぐこの窓から飛び降りて! 幸い裏庭には誰もいないし」

「えぇ!? 飛び降りるって…無理無理ボクこの見た目で骨とかすごいもろいんですから! 大怪我しちゃいます!」

「いーいーかーらー飛び降りて! 僕がなんとかする!」

「いくらショースケ隊員のお願いでも無理があります!」

「後でスペシャルなサイン書いてあげるから! ほら、タカヤにもライトさんにも書いてって頼んであげる!」

「それはめちゃくちゃ欲しいですけど! あぁっ、やめて落ちるー!」


 ショースケがぐいぐいローナグ星人の体を押してなんとか窓から落とそうとしていると、トイレの外から声が聞こえました。

「ねぇ洋平も一緒に見に行こうよ! ガタガタ聞こえてすごいんだから!」

「私はそういうのはあまり見に行かない方がいいと思うけれど…」

「いいから! ほら入ろう!」


 もう一刻の猶予もありません。

「ごめん!」

 ショースケは暴れるローナグ星人を窓から突き落としました!


「いやぁああああああ!!!」

 叫び声を上げながら落ちてゆくローナグ星人に向かって、ショースケはエッグロケットのダイヤルを合わせて急いでスイッチを押します。

 するとローナグ星人の体を大きなシャボン玉のようなものが覆って、そのまま地面に落ちた衝撃を吸収してぽよんと音を立てました。


「いい⁉ もう学校来ちゃダメだからね!」

 ショースケは無事ローナグ星人が着地したのを見届けると、急いで窓を閉めました。


 そしてうすーい幻覚ガラスの膜が崩れて溶けたのと同時に、ウキウキのカズ、無理矢理連れて来られた洋平、そしてまだ震えているレンを腰に貼り付けたミオがトイレの中に入ってきました。

「わ、掃除用具が散らばってる! さっきまでこんなことなかったのに!」

 もうカズたちにどれだけ捜索されてもETが見つかることはありません。

 ショースケはどっと体中の力が抜けて、トイレの壁にベタリともたれかかりました。


「ショースケさん大丈夫?」

「あ、だいじょぶ…それより洋平ありがとね…」

「んー? 何が?」

 洋平は首を傾げてとぼけて見せます。

「それよりショースケさん、今度はちゃんとタカヤさんと一緒に来るんだよ?」

「え⁉ ええええと…何でタカヤと…?」

「何となく、かなぁ」

 ショースケはもう冷や汗が止まりません。

 一体どこまで勘が鋭いんでしょう…ショースケは怖くてそれ以上は何も聞けませんでした。


****


 教室に入ると、すでに学級委員の会から戻って来ていたタカヤが自分の席で次の授業の予習をしていました。


「あ、もう会終わってたんだー。タカヤがいないから大変だったよー」

 そう言うミオの隣で、レンはすっかりぐったりしています。


「レン大丈夫か?」

 タカヤは心配そうに顔を覗き込みます。

「べ、別にこれぐらいなんともねーよ…!」

「えー怖かったからなぐさめてーって言えばいいのにー」

 そう小声で耳打ちしてくるミオの背中をタカヤから見えないように一発ペチンと叩いて、レンはなんとかしゃっきり立って見せました。

「さっきまであんなにお世話してあげたのにひどいなーもー」

 ミオはブツブツ文句を言いながら自分の背中をさすります。


「ねぇねぇタカヤ聞いて! あのウワサ本当だったんだよ!」

 カズはあのトイレでいかに凄いことがあったかをそれはそれは嬉しそうにベラベラ喋りました。


 それを聞いていたタカヤはみるみる顔色が変わり、すぐにポケットの中のエッグロケットを握ってショースケにテレパシーを送ります。

(ショースケ! もしかしてETの仕業(しわざ)だったんじゃないか?)

(うん、まあね…この間のローナグ星人さんだったんだよ、僕らに会いたくて学校に忍び込んで来たんだってさ。あ、タカヤのスペシャルサインあげる約束しちゃったから考えといて…)

 疲れ切ってすでに自分の席に座っていたショースケはぐったりと応答します。


(え、スペシャルサイン…? よくわかんないけど大変だっただろ、怪我はないか? 何で俺を呼んでくれなかったんだ)

(えーと…だってさあ、タカヤは会に参加してたでしょ。途中で抜けたら、その…大変じゃん…)

 自分だけ評価を上げたかったという本当の理由は言えず、ショースケは言葉に詰まりながらしどろもどろに答えました。


(そっか。俺に気を遣ってくれたんだな、ありがとう。でも…)

 タカヤはポケットの中のエッグロケットを強く握って続けます。

(今度は俺も呼んでくれると嬉しいよ)

 ショースケはうつむきながら、エッグロケットを指先ですりすりといじりました。


(…それは、僕が一人じゃ頼りないから?)

 今回は何とか一人で乗り切れたものの、決して手際のいい仕事とは言えませんでした。

 本当にギリギリで凄く危なかったことも自分で嫌と言うほどわかっているショースケは、すっかり自信を無くしているようです。


 タカヤはそれに気がついたのか、前の席に座っているショースケの背中を優しい目で見つめました。

(ちがうよ、俺がショースケと一緒に仕事がしたいからだよ)

 …そんな綺麗事を言いながら、自分は何度もショースケを置いて特級としての仕事をしています。

 その事実を思うたびにタカヤの胸はじくりと激しく痛みますが…小さく一つ息を吐いて、いつものように何でも無い風を装い笑って見せました。


(…ごめん、今度はちゃんとタカヤのこと呼ぶよ。だって僕たちコンビだもんね)

 ショースケはポケットの中のエッグロケットを手放すと珍しく教科書を開いて、顔の前で広げて机に突っ伏しました。


「…そうだ! レン、カズ、ミオ。みんなに見てもらいたいものがあって…」

 タカヤは後ろの席から小刻みに揺れるショースケの肩に気が付くと、わざと大きめに声を出して三人を呼び、自分の机の上に視線を集めるのでした。

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