第8話 不思議なタマゴと大事な思い出

****


「うん、美味しい」

 ショースケの家のリビングで、ライトは青紫色のやわらかそうなものを飲み込んで口を開きました。

「ニッカルコピ星のお菓子だったよね、何だかガムとチョコとグミとマシュマロの中間みたいな味がするよ。どこかで食べたことがあるような、んー…忘れちゃったな」

 首をひねるライトを見ながら、タカヤはくすっと笑います。


「ポスリコモスで買ってきたお菓子、ライトさんのお口に合ってよかったです。皆さんの分も買ってきたのでたくさん食べてくださいね」

 持ってきた大きな袋から全く同じお菓子をもう二箱取り出して、タカヤはテーブルの上に嬉しそうに置きました。

 ライトは一瞬固まり、わかりやすく苦笑いをします。

「あ、こんなに…? えっと、ありがとう…あはは」


「ねぇねぇライトさん、ところで…」

 ショースケが話を切り出します。

「ずっと気になってたんだけどそれは何?」

 ライトの座っている長椅子の右隣りには、何やら分厚い瓶に入れられたド派手なショッキングピンクの丸い玉があります。


「ああこれ? ちょっと開けてみようか」

 ライトは玉を瓶から取り出すと、テーブルの上に置きました。

 玉はもの凄くやわらかいようで、テーブルに吸い付くようにぺちょりと垂れて楕円型に変形します。


「本当に何これ…でっかいゼリー?」

 ショースケがおそるおそる玉をつつこうとすると、それはショースケの指が触れる前にプルプルとひとりでに動き始めました。

「うぇぇぇ! 動いてる!」

「あはは、これはタマゴだよ。孵化(ふか)直前のね」

「タマゴ、ですか?」

 タカヤも興味深そうに覗き込みます。


「昨日の真夜中に突然肖造おじさんから宇宙宅配便が届いてね。その中にこのタマゴと…この手紙がっ、入ってたんだよ!」

 ライトはポケットの中から手紙を引っ張り出すと、ぶっきらぼうにテーブルの上に叩き付けました。

 ショースケはそれをおずおずと手に取りタカヤと目を通してみます。


『ライトへ 

 このピグモスのタマゴ、もうすぐ産まれそうなんじゃがワシ忙しいから代わりにしばらく面倒見てちょんまげ!

 あとお茶漬けの素(もと)無くなったから送って♡ 

 じゃあよろぴくブイブイ ✌』


「…なんていうか、じーちゃんらしい手紙だね」

 ショースケは手紙をそっと元の場所に戻しました。

「本当に肖造おじさんは自分勝手に…僕だってやることいっぱいあるっつーの! なにがお茶漬けじゃい‼」


 タカヤは目を丸くして、声を荒げながら手紙を引きちぎってゴミ箱に突っ込んでいるライトを見ています。

「久(ひさ)しぶりに見た…こんなライトさん…」

「そう? いつもこんな感じだよ」

 ショースケは見慣れているのか、平然とニッカルコピ星のお菓子を口に運びました。

「はぁはぁ…失礼、見苦しいところを見せたね」

 肩で息をしながら、ライトは長椅子に座り直します。


「なんですカ、ライトさん騒々しいですヨ」

 パタパタと足音が近づいてきて、奥の部屋からリクルートスーツに身を包んだメグとルルがやってきました。

「あれ、メグさんルルさんどこかへ行かれるんですか?」

 見慣れない服装をしている二人にタカヤが問いかけると、その答えはショースケの口から返ってきました。


「違うよタカヤ、あれはメグさんが昨日見たお仕事アニメに影響されてルルさんも巻き込んでコスプレしてるだけ。いつものメイド服だってメイドさんのアニメが好きすぎて着てるだけなんだから」

 ショースケは呆れたような口調で続けます。


「しかもメグさんもルルさんもメイドさんコスプレのまま外に出かけるし。じーちゃんが貸してくれてるこの家だって妙に大きくて、僕学校で超お金持ちなんじゃないかっていうウワサが立ってるんだから勘弁して欲しいよ」

「いいじゃないですカ、お金持ち! アニメでもクラスに一人はいる重要なキャラですヨ。あ、これ美味しいですネ」

 メグは悪びれる様子もなく、タカヤのお土産のお菓子を一つ頬張りました。


 その間にルルはライトの左隣にこれでもかと密着して座ります。

「博士が送ってきたピグモスのタマゴの様子はどうですか? ライトさん」

「ええ、かなり動いていますからもうすぐだと思います…ところでルルさんちょっと近くないですか?」

「ごめんなさい、私アンドロイドですからそういうこと疎くて…。あら? ここ、ちょっと色が変わってきてません?」

 ライトの肩に頭を寄せながらルルはタマゴを指差しました。


 確かに先ほどまでショッキングピンク一色だったタマゴには、所々に青い点が出てきています。

 そして青い点同士がくっつきながら次第に大きくなっているようです。

「青…? 変だな。ピグモスは黄色い体をしているはずなんだけど」

 ライトは眉をひそめました。

「わわわ、これってもう産まれるってこと⁉」

 ショースケはテーブルから身を乗り出してその様子を見つめます。

 全員の視線が注がれる中タマゴはどんどん青く染まっていき、むにょんむにょんと波打つように変形したかと思うと…


 つぶらな黒い瞳のETが生まれました。


 丸い体はタマゴに浮き出た点と同じ青色で、鳥のようなクチバシがついています。

 背中についた蝶みたいな翅を揺らし、まん丸の四本の足を動かしながら、ETはよたよたとショースケに近づいてきました。


「ムィムィ…?」

 小さな声で鳴きながら首を傾げるその姿は、まるでマスコットキャラクターのようです。

「かっ! かわいい!」

 ショースケが手を伸ばしてETを抱きしめようとすると…


「危ないショースケ君!」

 ライトが大きな声を出すよりも先に、ルルが生まれたばかりのETを両手で掴んで持ち上げます。

 するとETは小さなクチバシの奥から、鋭く生えそろった牙のある大きな口をずるりと出してルルの右腕に噛みつきました。


「ひっ⁉」

 ショースケは思わず隣のタカヤに抱きつきます。


「ルルさん大丈夫ですか⁉」

「大丈夫ですよライトさん。私、博士の最高傑作ですもの。こんなやわな牙に負けるような作りじゃありません」

 ルルは涼しい顔で笑いながらETを腕から引き剥がすと、元々タマゴが入っていた瓶の中に入れて蓋をしました。


「ごめんなさいメグ。貸してくれたスーツに穴が空いてしまいました…」

「いやいヤそんなこといいですヨ! それよりライトさん! その生き物…あの憎きニュムニュムじゃありませんカ!」

 メグは怯えながらルルの後ろに隠れました。

 瓶の中で青いETはムィムイと鳴きながら暴れています。


「ニュムニュム…って僕聞いたことあるよ」

 ショースケはタブレットを操作して急いで調べます。

「えーっと、ニュムニュム。タマゴは草食でおとなしいピグモスのものによく似ているため要注意。性格は凶暴。とにかく雑食で何でも恐ろしいほど食べながら、地球時間の半年ほどかけて成体になる。同じ星に住むプニプヨ星人が大好物…プニプヨ星人って!」


 みんなは一斉にメグの方を見ました


「…ソイツは恐ろしい生き物でス。茂みなんかに潜んでいテ、油断しているところを襲ってきまス。ワタシも星にいたころ食べられそうになったことが何度カ…」

 ガタガタと震えるメグの背中を、ルルがやさしくさすります。


「肖造おじさん…本当にとんでもないものを送ってくれたなぁ…!」

 ライトが怒りを抑えながら頭を抱える横で、なにやらバリバリと嫌な音がします。

 …目をやると、ニュムニュムというらしいETが中から瓶をかじって食べていました。


「ひぃぃぃい! どうしよう出てきちゃう!」

 ショースケは先程噛まれそうになったことを思い出してパニックです。

 ライトは瓶に空いた小さな穴を近くにあったクッションで塞ぎながら言いました。


「このETはお腹が満たされるまで止まらないんだ! ショースケ君、タカヤ君! ゴミでも土でもなんでもいいから食べられそうなものを探してきてくれないか!」

「わ、わかりました!」


****


 タカヤとショースケは靴を履いて広い庭へ出ると、三つ建っている倉庫のうちの一つ、赤い屋根の倉庫の扉を開けました。

 中にはほこりがごっそり積もった段ボール箱やすっかり古びてボロボロになった得体の知れない道具がいっぱいです。


「ここにはじーちゃんが昔使ってたものが置いてあって、僕もここからいろいろ掘り出して発明の材料に使ったりしてるんだ」

 ショースケは手慣れた様子でズンズン奥へと進んでいきます。

「そういえばスカイボードも倉庫から見つけたって言ってたな。でもいいのか? ここの中の物ETに食べさせて」

 人の家の倉庫ですから、タカヤはどこから手をつけていいのかわかりません。


「いいのいいの、じーちゃんが全部いらないって僕にくれたんだから。それに僕もこの赤い屋根の倉庫の中のめぼしい物は全部回収しちゃったし」

 そう言いながら、ショースケはその辺の物を手当たり次第自分のエッグロケットの中に放り込み始めました。


 タカヤも見よう見まねで放り込んでいると、古い棚の奥に他よりも少し新しそうなダンボール箱を見つけました。 

 黒い油性マジックで雑に『ポスリコモス 大掃除』と宇宙公用語で書かれたそれを開いて、タカヤはびっくりして息を呑みました。


「な、なあショースケ! この中のものって俺がもらってもいいか?」

「んー?別にいいけど。タカヤが欲しがりそうなものなんてあったっけ?」

 ショースケは作業を続けながら適当に返事します。


 タカヤはダンボールの中から取り出した一枚の紙を折り目の通りに優しく折って、他のものと混ざらないようにズボンのポケットの奥に大事にしまいました。



 さて、そのままポイポイとエッグロケットに倉庫の中の物をいっぱい詰めて、二人は家の中に戻りました。


「あ! 二人ともやっと戻ってきましたネ! もう食べさせるものが無くて困ってたところでス」

 柱の陰に隠れているメグの視線の先のニュムニュムは、リビングテーブルをボリボリかじっています。


「冷蔵庫の中の物から明日出す予定だったゴミ袋まで食べさせましたガ全然止まりませン。壁や床を食べられるよりマシですかラ、仕方なくテーブルを食べさせていたところでス」

 テーブルもすごい勢いで口の中に吸い込まれて、今にも無くなってしまいそうです。

 タカヤとショースケは慌ててエッグロケットの中から、先ほど集めてきた物たちを引っ張り出しました。


 部屋の中には倉庫から一緒に連れてきた大量のほこりがブワッと舞い上がって、ライトはゴホゴホと咳き込みます。

「…すごいほこりだね。でもこれだけあればしばらくは大丈夫そうだ、ありがとう二人とも。さあニュムニュム、次はこれを食べなさい」

「ム…ムイィ…」

 ニュムニュムは目を細めながら背中の翅を広げて一瞬ためらいましたが、しぶしぶ錆びたスコップからかじり始めました。

 どうやら何でも食べられるニュムニュムの目から見ても、倉庫からやってきたほこりまみれの物たちは食欲をそそられる物ではないようです。


 ショースケはまた噛まれたりすることがないように、遠くからじーっとその様子を観察しています。

「ふーん、意外とグルメなんだね…って、なんかさっきより大きくなってない?」

 確かに隣に置いてあったティッシュ箱より小さかったニュムニュムの体は、ショースケが両手でやっと持てそうなほどの大きさになっています。


「ニュムニュムは食べれば食べるほど体が大きくなるらしいからね。この食欲のまま半年過ごすんだから恐ろしいよ、落ち着いたら早く本部に送り返さないと」

 ライトがET図鑑を読みながら解説している声を聞きながら、タカヤはもっと食べやすいようにと、倉庫から持ってきた物をニュムニュムに近づけてあげようとしました。


 その時。

 ぽろっとタカヤのポケットから四つ折りされた紙が落ちて、ニュムニュムの方へつるりと滑っていきました。

 タカヤは急いでそれを拾おうと手を伸ばして…


「危ないタカヤ君!」


 …ライトの声が届く前にニュムニュムはタカヤの右腕に噛みつき、そのまま腕の先を引きちぎって飲み込んでしまいました。


「あ」

 血の一滴も出ない真っ黒な宇宙が渦巻いたようなちぎれた腕の断面を見ながら、タカヤは一音だけ声を出しました。


 周りはもう大混乱です。


「たたたたたたたた…たかやうでが…!」

 ショースケは今にも泡を吹いて失神しそうです。

「タカヤ君大丈夫か⁉ ルルさん、向こうから治療道具を! メグさんは本部へ連絡…」

「ご! ごめんなさい失敗しました! 俺なら全然大丈夫です、ほら!」


 タカヤは腕の断面からじわりと真っ黒な霧のようなものをにじませて腕の先を成形すると、そのまま無くなった部分をすっかり再生させてしまいました。

 そしていつものように眉を下げて申し訳なさそうに笑ってみせます。

「ね? 指もちゃんと動くから大丈夫です。それより…」

 タカヤはニュムニュムに視線を向けました。


「俺の体を飲み込んでしまったってことは、コスモピースのエネルギーの一部を体に入れてしまったってことだから…」

 ニュムニュムは苦しそうに体をよじらせて、大きく目を見開いたかと思うと

「ムィムィムムムム!!!!」

 聞いたことのない声量で鳴きながら、その体は突然数十倍に大きく膨れ上がりました。


 手足には鋭い爪が生え、いままで無かった尻尾がにゅるりと長く伸びて、背中の翅がバサッと大きく開いて…。


「これは…成体へと変化してる! コスモピースのエネルギーが膨大過ぎたんだ! みんな、危ないから僕の近くへ!」

 ライトが自分の首から下げていた紺色のポスエッグに触れると、ポスエッグは大きな盾のように形を変えました。


 ライトの身長と同じくらいあるその盾の後ろへみんなが隠れたのと同時に、ニュムニュムはその大きくなった体から強力な衝撃波を放ちました。

 リビングの窓ガラスが弾けて割れて、机や扉がガタガタと音を立てて今にも飛ばされそうです。

 ニュムニュムは顔をギュッとしかめて、息を荒くして暴れています。


「わわわわごめんなさい! 俺のせいで!」

「謝るのは後だタカヤ君! どうやらエネルギーの暴走を抑えることができないみたいだ…早くコスモピースを吐かせないとニュムニュムの命も危ない! みんな、協力してくれ!」

「協力って…何すればいいの! これだけ暴れてたら何もできないよ!」

 ライトの背中にがっしりしがみつきながらショースケが声を上げました。


 ニュムニュムは体を大きく震わせながら、二回目の衝撃波を放つ準備をしています。

「ここでもう一度やられたら家が保たない! とりあえず始めるよ!」

 ライトが盾の裏についたパネルを慣れた手つきで操作すると、盾は模様の白い線に沿ってピカピカと輝き始めました。


「ルルさん、催吐薬の準備をしていただけますか!」

「そう言うと思ってもう持って来てますよ、ライトさん」

 ルルはふわりと笑います。


「さいとやク…? 何ですかそレ」

「説明は後で外からします! メグさん、タカヤ君ショースケ君、ルルさんのサポートを頼んだよ!」

 ライトがそう言うと、大きな盾がビカッと目も開けられないほど眩しく光りました。


****


 …ショースケたちが目を開けると、そこは見たことがないだだっ広い真っ白な空間でした。

 目の前ではニュムニュムが大きな体をくねらせながら今にも衝撃波を放とうとしています。


「ルルさんお願いします!」

「かしこまりました、ライトさん」

 どこからともなく聞こえたライトの声に反応したルルは両腕を合わせて四角い盾のようにガチャガチャと変形させると、タカヤたちの前に立って飛んできた衝撃波を弾き返しました。


 腕も元の形に戻しながら、ルルは三人に笑いかけます。

「それでは皆さん、行きますよ?」

「いやいやいや行きますよって何⁉ そもそもここどこ僕わかんない!」

「ワタシも何にもわかりませン! さいとやくって何ですカ説明してくださイ!」

 ショースケとメグがギャーギャー騒ぎ立てます。


 ライトは誰もいなくなったボロボロのリビングにキラキラ粉を撒きながら口を開きました。

「そこは僕のポスエッグの中だよ、ポスエッグにある収納機能を応用して作ったシェルターだ。今から君たちには、ルルさんがニュムニュムに催吐薬…つまり飲み込んでしまったコスモピースの一部を吐かせる薬を飲ませるための手助けをしてもらいたい」


「それならライトさんがやってよ! 僕ニュムニュム相手にしたくない怖いもん!」

「ワタシだって! 食べられたらどうするんですカ!」

 二人は余計にギャイギャイ叫びます。


「僕がポスエッグの中に入ったら君たちを外に出してあげられなくなるんだ! 頼むよ協力してくれ!」

「ショースケさん、メグさん…?」

 ルルが聞いたことが無い低い声を出しました。


「ライトさんに…協力していただけますよね…?」

 左腕をマシンガンに変形させながら、ルルは真っ黒な瞳を大きく見開いています。


「あ、はい…協力します…」

「すみませンごめんなさイ…」


 タカヤはその様子を、戦慄(せんりつ)しながら少し離れて見ていました。



「それでは改めて、皆さん行きますよ? タカヤさんとショースケさんはニュムニュムを保定する係をお願いします。メグは…私と一緒に来ていただけますか?」

 ルルはふわりと笑ってメグの二の腕をもの凄い力で掴みました。

「ヒッ! いやでスたすけテー!」

 メグはそのままルルにずるずると引きずられていきました。


 ニュムニュムは必死にエネルギーの暴走を押さえようとしているのか、その場で大きな鳴き声を上げながらのたうち回っています。


「ねぇタカヤ、ほてーって何?」

「保定っていうのは、薬を飲ませたりするときに暴れないようにしっかり押さえておくことだよ。さて、どうするかな…」


 タカヤの頭には先日やったように背中から大量の触手を出してニュムニュムに巻き付けて押さえ込む…という方法が一番に浮かびましたが、化け物じみたその様子をショースケにはあまり見られたくありません。


「ふふふ…ここは僕の発明品の出番みたいだね」

 ショースケはにやりと笑うと、エッグロケットを取り出しました。

「エッグロケットに搭載した新しい機能…捕獲ネットを使おう!」

「捕獲ネットっていうと…虫取り網みたいなものか?」

「そう、前に釣りしたときに使った頑丈な糸を細かく組み合わせて作ったんだよ! すっごく時間かかったんだから褒めて!」

 突き出してきたショースケの頭を、タカヤはとりあえずよしよしと撫でます。


「えへへ…よし! じゃあさっそく…」

 ショースケはエッグロケットの後ろ側のダイヤルを回して、ニュムニュムに銃口を向けてビシッと構えました。

「捕獲ネット…発射!」

 ドーンと大きな音がして放たれた捕獲ネットは空中でバッと広がって…

 ニュムニュムから遠く離れた場所にそのままぽとりと落ちました。


「ショ、ショースケ…?」

「…うーん、僕に射的の才能は無いみたいだね。お祭りで挑戦するのはやめておくことにするよ」


 ショースケは外国の映画のように、両手を広げて肩をすくめて見せます。

 捕獲ネットを発射したときの音を警戒したニュムニュムは、鋭い牙が生えた口をガバッと開いて二人の方へ向かってきました。

「おびゃびゃびゃこっち来る‼」


 タカヤはすぐにコスモピースの力を発動させると、ショースケのお腹周りを抱きかかえて空中に浮かび上がりました。

「はぁ…助かったタカヤありがと…」

「ショースケ…悪いけどちょっと我慢してくれ」

「へ?」


 タカヤは自分のエッグロケットから黒いペラペラのシールのようなものを取り出すと、それをショースケの目元にベタッと貼り付けました。

「んぇ⁉ 何これ取れないし何にも見えない! ねぇタカヤ⁉」


 ショースケが何とか剥がそうと踏ん張っている間に、タカヤは背中から無数の触手を出すとニュムニュムの体に巻き付け始めました。

 今度こそかじりとられないようにまずは長い首にぐるぐる巻き付けて固定してから口、体、腕、足…

 全身をぐるぐる巻きにされたニュムニュムは身動きがとれません。


「ルルさん保定完了しました!」

「え、したの⁉ わかんない見せて!」



「さすがタカヤさん、素晴らしいです」

 ルルはメグの腕を掴んだまま、ニュムニュムの口元に近づきました。

 ですがニュムニュムは口を開いておらず、このままでは薬を飲ませられません。


「さあメグ、あなたの出番です」

「ま、まさカ…」

「プ二プヨ星人の姿に戻ってください」

 ルルはいつも通りふわりと笑いました。


「い! いやですいやでス怖いでス‼」

「大丈夫ですよ、タカヤさんが保定してくれていますから」

「そういう問題じゃないでス! ルルは捕食者の恐ろしい目を向けられたことがないからわからないんでス‼」


「メグ」

 ルルは食い込むほど力強くメグの腕を握りました。

「やってくれますよね???」

 前門の虎、後門の狼。

 メグにもはや選択肢は残されておりません。


 おそるおそる、メグはピンク色のくらげのようなプニプヨ星人の姿に戻りました。

 それを見たニュムニュムは目をギラリと輝かせて、口をこれでもかとガバッと開きました。


「オビャラフキジュニュメルモニョポ⁉」


 メグが恐怖のあまり言葉にならない悲鳴を上げている間に、ルルはすかさず催吐薬をニュムニュムの喉の奥に放り込みました。


「メグ、お疲れ様でした。この薬は超即効性です、もう効き始めると思うのですが…」

 弱り切って呆然としているメグを抱いて、ルルはニュムニュムと距離をとります。


 するとニュムニュムは目を見開いてブルブルと震え始めたかと思うと、大きな口から今まで食べたものたちを一気に吐き出しました。

 その中にはおそらくコスモピースの一部であろう、真っ黒な固まりが混ざっています。

 タカヤは背中から生えた触手の一本で、すかさずそれを回収して自分の体に収めました。


 食べたものをほとんど吐き出してしまったニュムニュムはどんどん体が小さくなり、生まれてすぐくらいの大きさの幼生に戻って、疲れたのかその場でぐったりと眠り始めました。


 タカヤはコスモピースの力を解いて、ショースケの目元に貼り付けていたシールを剥がします。

「わ、やっと剥がれた! ってなんか全部終わってるし…なんでタカヤいじわるしたの僕も見たかったのに」


 ショースケのじとりとした目線にタカヤがなんて言い訳しようか困っていると、ルルが助け舟を出します。

「あら、ショースケさんニュムニュムの牙がお顔の三センチ前くらいまで迫っていましたけど…見たかったですか?」


 それを聞いたショースケは全身にぶわっと鳥肌が立ちました。

「い、いや…それは見なくてよかったかな…」

「それなら目隠ししておいてよかったじゃありませんか。さ、みんなで戻っておやつの時間にしましょう? 今日はショートケーキを買ってあるんです、ショースケさんの好物ですからニュムニュムに食べさせず取っておいたんですよ」


 ショースケは複雑そうな表情を浮かべていますが、気持ちはだんだんケーキのほうに引っ張られているようです。

 タカヤがルルの方を向いて小さく会釈をすると、ルルはパチンとウインクをして見せました。



****


 ショースケの家のリビングに戻ると、ライトが掃除をしたのか部屋はある程度元の様子に戻っていました。

「窓は仮の素材を入れてるだけだし、食べられたテーブルなんかは戻ってこないけどね」

 ライトはあははと苦笑いをしながら本部と連絡を取っていました。

「ニュムニュムも弱ってるみたいだし、このまま本部に送って治療してもらうことにするよ。みんな苦労かけたね」

「苦労なんてもんじゃないでス…ワタシ二回ほど命の危機を感じましタ」

 メグはまだ気力が戻っていないのか、ETの姿のまま隅の方でうずくまっています。


「みなさん本当にすみませんでした! その、いろいろ弁償させてください!」

 タカヤが深く頭を下げると、ライトが近づいてきてにーっこり笑いながらタカヤの肩をポンと叩きました。

「タカヤ君は何も気にしなくていいよ、こんなタマゴ勝手に送り付けてきたのが悪いんだ。弁償も修理も全部肖造おじさんにやらせるから、ね?」

 有無を言わせない圧を感じるライトに、タカヤは何も言い返せません。

「うぅ…肖造さんごめんなさい…」


「それにしてもタカヤも不用心な時があるんだね。凶暴なETの前に腕を出すなんて」

 ショースケは呆れながらも不思議そうです。

「うん…ちょっと大事なものを落としちゃって。でもこの騒ぎでどこかに行っちゃったみたいだ」

 タカヤが残念そうに目を伏せると…


「…えーっと…」

 ライトが恥ずかしそうに頬を掻きながら口を開きました。

「タカヤ君が探してるのはもしかしてこれ? さっき掃除してたら見つけたんだけど…」

 四つ折りにされた古いその紙を見て、タカヤは目を輝かせました。

「は、はい! それです…よかった、あった!」

「何それ何それ。僕にも見せてよ」


 ショースケが近寄って覗き込もうとすると、ライトは誤魔化すように二つ大きな咳払いをしました。

 タカヤはその様子を見てくすっと笑うと、紙をもう一度、大事にポケットの奥にしまいました。


「悪いショースケ。これは秘密」

「えー! 見せてくれたっていいじゃん、今日のタカヤは秘密が多いなー」

 ショースケはむすっと頬をいっぱいに膨らませましたが、ルルが運んできたケーキの甘い匂いで瞬時に顔をほころばせると、キッチンの方へパタパタ走っていきました。


****


「ねぇタカヤ君、もう謝らなくていいから泣かないで」

 まだ新しい宇宙警察本部職員の制服に身を包んだライトは、タカヤの小さな体を抱き上げてあやします。

「だってぇ…らいとおにーちゃんがおれのことかいてくれたのにぃ…」

 タカヤは目を真っ赤に腫らしながら、ライトの制服の肩のあたりでぷくぷくの頬をこすって涙で濡らしました。


「あはは、そんなに上手に描けたわけじゃなかったんだけどなぁ」

 少し照れくさそうに、ライトはタカヤの背中をポンポンと叩きます。


「本当にどこで落としちゃったんだろうね、いっぱい探したのに見つからないや。さっき大掃除をしてる肖造おじさんの研究室に行ったから…もしかしたらそこの紙と混ざっちゃったのかな。とにかくまた描いてあげるから、ね?」

 ライトは優しく笑いながら、タカヤの目にいっぱい溜まった涙を片手で拭ってあげました。


「ん…ごめんなさぁい…」

「あはは、だからもう謝らなくていいったら。そうだタカヤ君、お部屋でお菓子食べようか。ヒカル君がね、肖造おじさんに珍しいお菓子をもらったんだって。確かニッカルコピ星のね…」

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