第7話 突撃!ポスリコモス②

****


 ヒカルとエイギスが宇宙警察本部に合鍵を使って入ると、その中では職員たちが大忙しで走り回っています。


 ヒカルは近くにいた職員に声をかけました。

「一体何があったんですか?」

 職員は紫色のガス状の体をかすませて、困惑している様子で答えます。

「どうにも最上階のエネルギー室で大量のエネルギーが一度に作り出されてしまったようで…。エネルギー貯蔵庫の一部が壊れてしまったみたいです。その影響でそこにあるエネルギーを使用していた本部の設備が全てストップしています」


「エネルギー室…」

 ヒカルはぽそりと呟き、エイギスの方を向きました。

「エイギス、俺ちょっと行くところがあるからエイギスは…タカヤを探してくれないか? 多分…図書室あたりにいるんじゃないかと思うから!」

 少し目を逸らしながらそう言うと、ヒカルは走り始めました。


「ちょっとヒカルどこへ行くの⁉」

 エイギスの呼びかけを遠くに聞きながら、忙しなく動いている職員の間をすり抜けていきます。

 エレベーターは全て貯蔵庫のエネルギーを使っていたので動きません。


「…無事でいてくれよ、タカヤ」

 ヒカルは最上階へ向かうため、途方もない数の階段を上り始めました。



「うーん…やっぱり来ないなぁ…」

 ショースケは一人、本部の前に座り込んでいました。

 待ち合わせ時刻を過ぎても、タカヤはやって来ません。

「何かあったのかな…テレパシーも応答が無いし…」

 じーっとしているとどんどん不安になっていきます。

 本部の中に入ろうと何度もチャレンジしてみましたが、さっきは自動で現れた扉がどうやっても現れないためどうすることもできません。


「はあ…何か裏口とかないかなぁ…」

 そう口に出した時、ショースケの頭の中にふと浮かぶものがありました。



 あれは何年前でしょうか。

 ショースケがまだ部屋に籠っていた頃です。


 ショースケの祖父、肖造(しょうぞう)が突然薄暗い部屋の扉をバーンと開けて入ってきました。

「ショースケ聞いてくれ! ワシはまたとんでもない発明をしてしまった!」

「じーちゃん急にどうしたの! びっくりしたじゃんか!」

 ショースケは読んでいた本を閉じて立ち上がりました。

 肖造は口を尖らせて眉をしかめます。

「これぐらいでびっくりするとは修行が足りんぞショースケ。ところでワシの発明、気になるじゃろ聞きたいじゃろ?」

「まあちょっとは聞きたいけどさ…。それで? 今度は何を作ったの」

 ショースケは両手で肖造の体を押し返しながら尋ねました。


「よくぞ聞いてくれた! まず話の前提として…自慢じゃないがワシは宇宙警察本部の裏口の鍵をいつも忘れる!」

「うん、本当に全然自慢じゃないね」

 目を輝かせて宣言する肖造にショースケは少し呆れ気味ですが、肖造はそんなことは一ミリも気にせず話を続けます。

「表の出入り口からは入れるんじゃが…あそこから入ると目立つからのう。と、いうことで! ワシは鍵が無くても本部の中に入れる仕掛けを作ったんじゃ! ショースケにもその手順を教えてやろう、まずは…」


 肖造は一つ一つ、その方法について詳しくショースケに語りました。

 ショースケはそれを大人しくうんうんと聞いた後、口を開きます。

「うん、よくわかったけど…。なんでそれを宇宙警察に何も関係ない僕に教えたの? 全くその情報の使い道が無いんだけど」

「だって関係ある奴に喋ったら絶対怒られるじゃろ。特にライトになんか知られてみろ、この上ないほど面倒なことになるわい」

 肖造はぎゅっと顔をゆがめて苦い顔をしました。


「なるほど…誰かになんとなく話したかったってことね…」

 ショースケはそう納得してまた視線を本に戻そうとしました。

「それだけじゃないぞ?」

 肖造はその本を奪い取ってショースケの目をまっすぐ見つめて笑います。

「お前には絶対後で必要になると思って教えておいたんじゃ」

 ショースケはその言葉に大きなため息をつきます。

「またそんなこと言う…何度も言うけど、僕は宇宙警察になんてなる気ないよ」

「いーや、お前は数年後には絶対宇宙警察になっとるわい! このワシが言うんじゃから間違いない! じゃから」


 肖造は大きな手でショースケの頭を優しく撫でました。

「気が済んだらいつでもこの部屋から出てこい」



「…まさか本当に必要なときが来るとはね。じーちゃんには適わないよ」

 ショースケはニヤリと笑って本部の裏口へと向かいました。


 裏口も正面と同じく、扉や鍵穴の一つもない真っ白な壁が続いているだけです。

 肖造は裏口の鍵を持っているらしいですが、宇宙警察のことですから普通の差し込むような鍵ではないのでしょう。


 ショースケがキョロキョロと少し辺りを見回すと、この本部の景観にはどう考えても似つかわしくない大きなたぬきの信楽焼が嫌でも目に入ります。

「じーちゃんこれ地球から持ってきたのかな…とりあえず、これを…引っ張る!」

 もちろんショースケの力で持ち上がるような重さではありませんが、何かの装置が作動したようなカチリという音がしました。


「ええと次は…」

 ショースケは近くに生えていた何ともカラフルでメタリックにギラギラしている木に触れます。

「この枝を三回上下に揺すって、四回横に揺らす」

 枝がさらにギラギラに輝いたのを見届けて、今度は本部の壁の方へ向かいます。


「それで壁をトントントトトンのリズムで叩いて…最後に合言葉、じーちゃんの好きな食べ物」

 ショースケは大きく息を吸いました。


「アジのなめろう‼」

 すると突然、ショースケの立っていた地面に穴が開きました。

 穴の中には真っ白な綿のようなものが敷き詰められています。


「え、なになに失敗した⁉」

 落ちてきたショースケの体がずっぽりとその綿の中にめり込むと、穴の中から音がします。

 何かが下から立ち上ってくるような…そして次の瞬間。


 ショースケの体は綿ごと空高くぶっ飛ばされました!


「ぎゃぁあああああああ⁉」

 叫び声とともに、ショースケは本部の最上階に開いた小さな扉の中へ落ちていきました。


****


 真っ暗なままの本部のエネルギー室では、タカヤが肩を落として立ち尽くしていました。

 そこへ重い扉を合鍵で開けて肖造が入ってきます。


「おーおー、タカヤ今回は派手にやったのお!」

 肖造はカカカと高らかに笑って、タカヤの肩をバンバン叩きました。

 タカヤは申し訳なさそうに目を伏せます。

「…ごめんなさい。ちょっと急いでやったらエネルギーを放出し過ぎてしまって…今頃職員さんたち困ってますよね」

「なぁに気にするな、ワシらが研究のために使うエネルギーを分けて欲しいと頼んどるんじゃから。それにうちの職員は優秀じゃからな、こんなの直すくらいちょちょいのちょいじゃ。ところでタカヤ」


 肖造はタカヤの目をまっすぐ見つめました。

「また、コスモピースの力が強くなったんじゃないか?」

 全てを見透かすような視線に、タカヤは一瞬ひるみます。


「…肖造さんには隠し事はできませんね。確かに前よりもずっと強くなってます。でも大丈夫ですよ、制御できないほどじゃありません」

 そう言ってタカヤが笑顔を見せると、肖造は眉かめて大きく息を吐きました。

「相変わらずいい子ちゃんじゃのうタカヤ。それだけ強くなっとったら力を使ってないときでも抑えるのは大変じゃろう。しんどいーって言って泣いたって誰も怒りゃせんのに」

「だってしんどくなんてないですから。ほら、コスモピースのおかげでエネルギーは無限にありますし」

 もう一度笑ってみせるタカヤに、肖造は心底困ったという顔で自分の頬をポリポリと搔きます。


「そういうことじゃないんじゃがのお…。ところでタカヤ、時目木町の仕事の方は順調か? ただでさえ他の仕事が多かったお前がそっちの仕事もやりたいと言ってきたときはワシはおったまげたぞ」

 肖造は疲れたのか床にどっかりと腰を落として続けます。

「ライトの奴はワシら本部がタカヤの仕事を無理やり増やしたんじゃと思い込んどるし…全く、タカヤの仕事好きっぷりにも困ったもんじゃよ」


 ごめんなさい、と眉を下げて、タカヤも肖造の隣に座り込みました。

「…ライトさんは俺のことすごく心配してくれてますから、自分で増やしたなんて言ったらもっと困らせそうで言えなくて」

 膝を抱えて、タカヤは真っ暗な部屋の奥を見据えます。

「…でも俺できるだけたくさん、この力でみんなの役に立ちたいんです。俺がまだ、使えるうちに」

 まるで自分にしか見えない何かを見ているようなうつろな目でそう話すタカヤの頭を、肖造は雑にわしゃわしゃと撫でました。


「わ、しょ、肖造さん?」

「辛気臭い話は終わりじゃ。そうじゃタカヤ、ショースケとのコンビはどうだ! あの子は面白いじゃろ? さすがワシの孫じゃな!」

 肩を組んできた肖造に戸惑いながら、タカヤはショースケと待ち合わせをしていたことを思い出しました。

「そうだショースケ! ああもう待ち合わせの時間過ぎてる!」

 タカヤはオロオロと立ち上がりました。


「でも直るまでここを動かないように言われてるし…エッグロケットはこの部屋には持ち込み禁止で置いてきちゃったからテレパシーも使えない…」

 動揺で視線を右往左往させた後、タカヤは深いため息をつきます。

「ショースケ怒ってるかな…」


 その様子を見た肖造はニンマリと口角を上げると、嬉しそうにタカヤの太ももをペチンと軽く叩きました。

「そんなもん後からいくらでも謝ったらええわい! のうタカヤ、ショースケと宇宙警察やるの楽しいか?」


 その質問にタカヤは少し頭をひねります。

「そうですね…楽しい、けど慣れないことも大変なことも多いです。ショースケって結構強情でこの間だってやめとけって言ったのに無理にスカイボードの速度を上げて二人で海に落ちたりするし…て、こんなこと肖造さんにする話じゃないですね」


 ハッと気が付いて恥ずかしそうにするタカヤに、肖造はいたく上機嫌です。

「そーかそーか! やっぱりあの子とコンビを組ませたのは大正解だったわい!」

「そ、そうですかね…ショースケといるとどうも調子が狂っちゃって」

 タカヤはいまいち腑に落ちません。


「…ワシはなタカヤ、ずっとお前の調子を狂わせたかったんじゃよ」

 肖造はニヤリと笑ってそう言うと、どっこいしょと重い腰を上げてエネルギー室を後にしました。

 


「ふぅ…ひどい目にあったよ」

 ショースケは自分が落ちてきた、今はもう閉じてしまった天井の扉を見上げながら立ち上がりました。

 一緒にふっ飛ばされた大量の綿が下敷きになってくれたおかげで怪我は一つもありません。


「全く、じーちゃんももっと安全に入れる仕掛けにしてくれればよかったのに。それにしてもここどこだろ?」

 ぼんやりと光る丸い灯りがふわふわ浮かんだこの部屋には、たくさんの書類が散乱しています。

 壁にも一面に資料が貼り付けられており、どうやら誰かの研究室のようです。


「何が書いてあるんだろ…あ、これ宇宙公用語で書いてある! 僕でも読めるじゃん!」

 ショースケはさっぱり整理されていない机の上に置いてある二枚の紙を手に取りました。

「なになに…一枚目はポポミル星の深刻な大気汚染への援助について。二枚目は、惑星トリスタルについて…わ、もしかしてトリスタル伝説かな!」

 ショースケは目をきらきら輝かせました。

 トリスタル伝説、ショースケも聞いたことがあるウワサ話です。


 惑星トリスタルには無限の命を持った生物が住んでいて、この宇宙が今から千年経ったとしても追いつけないほどの超高度な文明が栄えていたと。

 そしてその文明と生物はある日突然、跡形もなく消えてしまったと。


「へー! ちゃんと宇宙警察で調べられてるなんて、あの伝説本当なのかも!」

 嬉しそうに続きの資料を探そうとして、ショースケはここに来た目的を思い出しました。

「そうだタカヤ! 探しに行かなきゃ!」

 出口を探してキョロキョロしていると、後ろからジャキリと音がしました。


「動くな」

 聞きなじみのある声にゆっくり振り返ると、そこにはとにかく物騒な銃器をかき集めたような謎の大きな塊をショースケに向けた肖造が立っていました。

「え、じーちゃん⁉ 何その危なそうなの! しまってしまって!」

 ショースケが慌ててそう叫ぶと、肖造は塊の隙間から前を見て目が飛び出るほど驚きました。


「ショースケ⁉ 何でお前がワシの研究室におるんじゃ! どうやって侵入したんじゃワシの孫じゃとしても才能あり過ぎんか⁉ 怖っ!」

 肖造は震えてドン引きしています。

「いやいや! じーちゃんが何年か前に、僕にこの部屋への入り方を喋ったんでしょ! それの通りに入って来たの!」

「え」

 ショースケの言葉に肖造は唖然として手で口を押えました。


「なんも覚えとらん…。ワシそんな機密情報を孫に漏らしたんか…宇宙警察として大丈夫かワシ…」

 今度は自分自身にドン引きして震えている肖造を、ショースケは呆れ切った目で冷たく見つめました。


「…本当、じーちゃんにはいろんな意味で適わないよ。まあそれはいいとして、じーちゃんタカヤ知らない? 本部の中にいるはずなんだけど」

「ああ、タカヤか。タカヤならさっき…」


 そう言いかけて、肖造は大きく咳ばらいをしました。

「いや、やっぱり知らん。びっくりするほど見ておらんわ!」

 ショースケの目をじっと見つめて、肖造は堂々と嘘をつきます。

「じーちゃん嘘ついてるでしょ! さっきなんか言おうとした!」

「ついとらんもーん! ワシ何も知らんもーん!」

 子どものように誤魔化そうとする肖造の肩をショースケは両手で掴んで激しく揺すりますが、肖造は主張を曲げません。


 ショースケは頬を大きく膨らませました。

「むー! 教えてくれないならいい、自分で探しに行く!」

「おー行け行け。出口はそこじゃよ」

 肖造は奥にある扉を指差しました。

 ぷりぷり怒って扉の方へ向かいながら、ショースケはくるりに肖造の方を振り返ります。


「…じーちゃん久しぶりに会えて嬉しかったよ…また遊ぼうね」

 鋭くにらみながらもぽそりと呟いて、ショースケは扉をくぐり乱暴に閉めました。


「…ワシの孫は本当にかわいいのぉ、じゃが」


 肖造は顔をほころばせながら机の下に設置されたボタンに手を伸ばしました。

「今エネルギー室に行かれるのはちと困るのでな…。すまんのショースケ、しばらく迷っててくれ」

 そのままボタンを押すと、どこかでガチャリと音がしました。


『対侵入者用最上階迷路システム、作動します』


「さて、この部屋に入る方法も変えておかなければならんな。今のこの部屋はあまり見られたいものではないからの…」


****


「あれー、また行き止まりだ」

 肖造の研究室を出て十五分。ショースケは真っ白な廊下をただただ歩き続けていました。

 さっきの部屋に戻ろうにも右も左も前にも後ろにも、真っ白な天井まである高い壁が続くばかりでどっちが戻る道なのかすらわかりません。


「どうなってるんだろう、本部ってこんなに広かったっけ?」

 ショースケは疲れ切ってその場に座り込んでしまいました。

 地球から持ってきたジュースをカバンから取り出して一息ついていると、なにやら苦しそうな声が聞こえます。

 ショースケが恐る恐る声のする方の道を覗き込んでみると…


 そこには汗だくでゼーゼー言いながら横たわるヒカルがいました。

「…ヒカルさんこんなとこで何やってんの?」

 傍でしゃがみこんでショースケは尋ねます。


「お、俺だって聞きたいよ…。一階からこの最上階まで…やっと階段で上がって来たと思ったら…なんでこんな迷路みたいになってるんだ…。ショースケくんがどうしてここにいるのかも訳わかんないし…」

 呼吸を整えながらヒカルは頭を抱えます。

「僕がここにいる理由はまあいいとして…ここって普段はこんな廊下じゃないの?」

「当然だろ! こんなのだったら俺は毎日迷子じゃないか!」

 ヒカルならそうだろうなとショースケは妙に納得がいきます。


「まあ確かに…ところでエイギスさんは? 一緒じゃないの?」

「ああ…エイギスとはちょっと別行動してて。ショースケくんは俺だけじゃ不安?」

「え、うん」

 間髪入れずにそう答えるショースケに、ヒカルはうんうんと大きく頷きました。

「だろうね、俺も俺だけじゃすごく不安だよ!」

 ヒカルは残念なほど自信たっぷりに言いました。

「でも大丈夫、俺だって一応宇宙警察としてはショースケくんの一年先輩なんだから。ちゃんとここから二人で脱出してみせるよ!」

 まるで自分を鼓舞するように胸を張ってみせるヒカルに、ショースケは意外そうに目を見開きます。


「え、ヒカルさん宇宙警察になったの僕より一年早いだけなの?」

「俺は高校卒業してから宇宙警察になったからね。ていうか、試験めちゃくちゃ難しいのにその歳で合格したショースケくんとタカヤが異例中の異例なんだよ」

 信じられないという表情をショースケへ向けながら、ヒカルは右腕に付けているポスエッグの中から小さな種を取り出しました。

 透き通った薄いオレンジ色をしたその種をショースケは興味深そうに覗き込みます。


「なぁにこれ、綺麗だね」

「ケリヌスの種だよ。これはすごいよ、なんと壁に貼り付けるとそこに抜け穴を作ってくれるんだ。この迷路の壁に貼り付けながらまっすぐ進んでいけば、きっとすぐに出口に辿り着けるさ!」

 ヒカルがすぐ横にあった壁にケリヌスの種を貼り付けると、壁は丸い形にするすると溶けてすぐに隣の通路へ続く穴が開きました。

「すごい! 確かにこれならすぐ出られるかも!」

 ショースケが意気揚々とその穴をくぐろうとした時。


 大きな警報音と共に、機械の声のアナウンスが迷路中に響きました。

『迷路システムに異常を感知。侵入者の脱出を妨害します』


 どこかでゴトリと音がして、何かが近づいてくる気配がします。

「ちょっとヒカルさんどうなってるの⁉」

 ショースケはパニックになってヒカルに縋りますが、ヒカルはそれ以上に大パニックです。


「俺にもわかんないよ! 迷路システムなんてそんなの聞いたことないし…壁に穴を開けたのがまずかったのかな⁉ わーどうしよう助けてエイギス‼」

 あんまりにも慌てて半泣きになっているヒカルを見てショースケは逆に冷静になってきました。


「メソメソしないの! とにかく急いでここを離れよう、なにが来るかわかんないし」

 ショースケがヒカルの腕を掴むと同時に…


 目の前から道を埋め尽くすほどのどでかい鉄球が転がってきました。


「ぎゃぁああああああああ⁉」

 猛スピードでゴロゴロと迫って来る鉄球から二人は必死で逃げだしますが、無情にもその先は行き止まりです。

「どうしようどうしよう!」

 ブルブルと震えるショースケを背に、ヒカルは近づいてくる鉄球と向かい合いました。

「ショースケくんそこでじっとしてて!」


 ヒカルがポスエッグに触れると、その右腕を市場でも見せた大砲のような装置が覆いました。

 腕ごと大砲を迫りくる鉄球へ向けると、砲口にエネルギーが集まり始めます。

「一回も使ったことないけど…どうにかなれ!」


 ヒカルは集まったエネルギーの弾を鉄球に向かって放ちました。

 弾が当たった鉄球は音を立てて粉々に砕け散ります。


「よ、よかった…なんとかなった…」

 へろへろと座り込むヒカルに、ショースケは興奮状態で抱き着きました。

「すごいすごい! ヒカルさんありがとう、かっこよかった!」

「か、かっこよかった⁉ 本当⁉」

 ヒカルは嬉しそうに目を輝かせます。

「うん! 僕初めてヒカルさんのことかっこいいと思ったよ!」

「あ、初めて…」

 ちょっと切なそうなヒカルのことは特に気にせず、ショースケは元気に前を向いてヒカルの腕を引っ張ります。


「さ! 早くここから移動するよ。またさっきみたいなのが転がって来るかもしれないし」



 …そこから数十分。

 真っ白な迷路の中を右に曲がってまっすぐ進んで左に曲がって…。

 たくさん歩き回りますが一向に景色は変わらず出口も見当たりません。


「うう…本当に出口なんかあるのかな…?」

 くたびれたショースケがヒカルの背中にもたれかかると、ヒカルはそのままその場にうずくまってしまいました。


「一体どうなってるんだ…俺ここで迷って死ぬのかな。遺書書いてないのに…父さん母さんタカヤエイギスごめんなさい…」

 下を向いてブツブツ呟くヒカルがあまりにもネガティブなので、ショースケは元気に振舞うしかありません。


「縁起でもないこと言わないの! ほら立って立って!」

 ショースケがヒカルの肩をバンバン叩いていると…

 後ろから先ほどと同じようなどでかい鉄球が転がってきました。


「わ! また来たヒカルさん逃げるよ!」

 二人は近づいてくる鉄球から逃れようとしますがこんな時に限って分かれ道が無く、まっすぐに続く道を鉄球がどこまでも追ってきます。

「ねえヒカルさんさっきみたいに攻撃して壊してよ!」

 体力があまり残っていないショースケは息を切らしながら頼みますが、ヒカルは申し訳なさそうに叫びました。

「ごめん! あのエネルギー砲一発分しか持ってなくてもう撃てないんだ!」

「えぇ⁉ そんな!」


 そう声を出したと同時に、ショースケは疲れ切った足がもつれて転んでしまいました。

「ショースケくん‼」


 ヒカルもそれに気が付いてショースケを助けに戻りますが、鉄球はすぐそこまで迫っています。

 逃げられない、そう覚悟してヒカルがショースケをかばおうと抱きしめたその時。



「ヒカル!」

 遠くから輝くエネルギー弾が飛んできて、鉄球は二人の目の前で粉々に砕け散りました。

 なにが起こったのかわからず困惑する二人の後ろで声がします。


「大丈夫?」

 聞き覚えのある優しくて美しい声に、ヒカルはショースケを抱きしめたままボロボロ泣き出してしまいました。

「えいぎすぅう…」


 エイギスは左足にエメラルドグリーンのポスエッグが付いた、ヒカルの右腕とお揃いの大砲を装着していました。

「驚いたわヒカル、まさか最上階にいるなんて。貴方が言ってた図書室にタカヤはいなかったし…何かまた無理をしようとしてるんじゃないかと思って追って来たの」

 エイギスは紐のような細い腕でヒカルを撫でながら、ショースケに顔を近づけます。


「まさかショースケまでこんなところにいるなんて…怪我はない?」

「うん、大丈夫だよ。助けてくれてありがとうエイギスさん、あと少しで鉄球に潰されるところだったよ」

 ショースケはヒカルの腕の中から抜け出して息を吐きます。


「鉄球…? ああ、さっき攻撃してわかったんだけどあれは…」

 エイギスが何かを言いかけると、奥の道からまた大きな鉄球が転がってきました。


 ヒカルとショースケは大慌てで逃げようとしますが、エイギスはゆっくりと鉄球に向かって歩いていきます。

「危ないエイギス!」

「大丈夫よヒカル。だってこれ…」


 猛スピードで転がって来た鉄球はエイギスに当たって…


 ぽよん、と力なく跳ね返っていきました。


「鉄球に見えるように作られた、やわらかいおもちゃだもの」

「へ…? おもちゃ…?」

 ヒカルは目が点になっています。


「おそらく侵入者を驚かせるための仕掛けね。危害を加えるような攻撃をするなんて宇宙警察らしくないと思ったの」

 エイギスの言葉にヒカルとショースケは体中の力がどっと抜けて、折り重なるようにその場に倒れ込みました。

 それと同時に迷路中に機械の声のアナウンスが響きます。


「エネルギー貯蔵庫の修理が完了しました。最上階迷路システムを解除します」


 周囲を覆っていた白い高い壁はボロボロと崩れ落ちながら消えていき、いつもの最上階の景色へと戻っていきます。

「や、やったー! やっと出られたみたい!」

「本当だ…うう…俺死んでない…!」

 ショースケとヒカルが手を取り合って喜んでいると



「えっと…みんなここで何してるの…?」

 その様子をタカヤが遠くから不思議そうに見つめていました。


「タカ…「タカヤ‼」

 駆け寄ろうとしたショースケを押しのけて、ヒカルがタカヤに抱きつきました。

「タカヤ! ああ無事でよかった! 大丈夫かどこも痛くないか?」

「兄ちゃん! お、俺なら全然何ともないけど…」

「よかった…タカヤに何かあったら、俺は父さんと母さんに何て言えば…!」

 しがみついたまま離れないヒカルに、タカヤは少し困りながらも嬉しそうです。

「ありがとう兄ちゃん、心配かけてごめん」

 そんな二人にエイギスが近づいて、ヒカルをタカヤから優しく離します。


「こらヒカル、嬉しいのはわかるけどショースケともお話させてあげないと」

「うぅエイギス…だってだって…」

 涙声で今度はエイギスに抱きつくヒカルのことを気にしながらも、タカヤはショースケの方へ急いで駆け寄りました。

 そしてすぐに深く頭を下げます。


「ショースケごめん! 待ち合わせすっぽかした!」

 …ショースケはしばらく呆気にとられました。

 というのもいろいろありすぎて、そういえば待ち合わせをしていたというのを今思い出したからです。

「ああ、そういえばそんな約束してたね…」

「そんなって…ショースケ怒ってないのか?」

 不安そうな目を向けるタカヤのおでこに、ショースケは右手で一発デコピンしました。

 おでこを押さえて驚くタカヤに、ショースケ小さなため息をつきます。


「僕がそれぐらいで怒ってると思ってたなら、タカヤは僕のことまだまだわかってないね」

「え、ええと…ごめん」


「…心配した、すっごく」

 震える小さな声でそう呟いて、ショースケはタカヤに背を向けてエレベーターの方へと歩き始めました。

 タカヤは焦ってそれを追いかけます。


「ショースケ、その…心配かけてごめん! 迎えに来てくれてありがとう!」


****

 

「おお、お前らここにおったんか探したぞい」

 本部の一階にあるカフェで休んでいる四人のもとに肖造がやってきました。


「お、ショースケいいもん食っとるな、どれワシにも一口くれ」

「やだ、じーちゃん一口大きいんだもん」

 ショースケは手の中の紫色のクレープのようなものを見せびらかすように頬張ります。


「かーっ、けちくさいのお。いいもん、ヒカルのもらうから」

「え、何で俺の…? ううん仕方ないな…」

 ヒカルは二つある緑色のドーナツのようなものの一つを肖造の口の中に突っ込みました。

「肖造さん、俺のもよかったらどうぞ」

 タカヤも自分の赤いグミのようなものが入った箱を差し出します。


「お、ありがとう。そんな優しいヒカルとタカヤにいい知らせがあるぞ」

 肖造はもぐもぐと口の中のドーナツを飲み込んでから口を開きました。


「お前らの両親から久しぶりにメッセージが届いたんじゃ。今はセラパス星…ここからはワープを使ってでも数週間はかかるほど遠い星におるようじゃな」

 肖造は送られてきたメッセージを書き写した紙をヒカルに手渡しました。

 タカヤもそれを横から一緒に読みます。

「…俺たちに早く会いたいってさ。俺たちも早く父さんと母さんに会いたいよ、なあタカヤ」

「…うん。父さんと母さん、元気そうでよかった」

 そう言って寂しそうに笑いあう二人の肩を、エイギスは細い腕で優しく抱きしめました。


「えーと…エイギスどうしたの?」

 ヒカルは顔を真っ赤にしながら尋ねます。

「こうやってしてもらうと悲しい気持ちが少し楽になるのよって、貴方たちのお母さんの春子がワタシにもよくやってくれたの。どうかしら、少しは楽になった?」

「エイギスさん、ありがとうございます」

「ううん、楽になったっていうか余計にドキドキするっていうか…」

 お礼を言うタカヤの隣でヒカルは落ち着かないのか、もぞもぞと体を動かしました。


 その様子を見ていたショースケは、隣で青いジュースをぐびぐび飲み始めた肖造に声をかけます。

「エイギスさんもタカヤの両親のこと知ってるんだね」

「そりゃそうじゃ。エイギスは荒廃した星に一人でいるところをタカヤとヒカルの両親に助けられてここに来たんじゃからの。エイギスにとって二人は恩人じゃよ」

 ジュースを飲み干してピンク色の氷をボリボリ噛みながら肖造は答えます。


「へー…じゃあタカヤの両親に会ったことがないのは僕だけなんだ」

 話に入れずつまらなそうな顔をするショースケの肩を、肖造はカカカと笑いながらバンバン叩きました。

「なんじゃ寂しいのかショースケ! 全く仕方がないのう、そんなお前には他の奴が知らんワシのプライベートな秘密でも教えてやろう! ワシの背中のほくろの数は…」

「いや、全然知りたくないからいいや」


 いじける肖造は無視してショースケがクレープの最後のひとかけらを口に放り込むと、天井に取り付けられたスピーカーから大音量でアナウンスが流れます。

「ヒカル隊員ヒカル隊員! 大至急第三研究室へ来てください!」


「えっと…兄ちゃん呼ばれてるよ…?」

 タカヤが隣を見ると、ヒカルは顔面を真っ青にして固まっています。

 エイギスがいつもより低い声でヒカルの名前を呼びました。

「あなたもしかして…今日が提出期限の資料忘れてたんじゃないかしら?」

「そ…その通りです…」

 小さな声で答えると、ヒカルは急いで椅子から立ち上がりました。


「ごめんみんな俺行かないと! タカヤいつも寂しい思いさせてごめん! 今度休み取れたら絶対会いに行くからぁあああ!」

 そう叫んで走りながら、ヒカルはおそらく第三資料室の方へ消えていきました。

「ワタシも行くわ、ヒカルの資料は丁寧なんだけど不備が多いから確認しないと。ごめんなさいショースケ、見学はまた今度ね」

「うんわかった、約束ね」

 エイギスはにこりと笑うと、足早にヒカルを追いかけていきました。


「じゃあタカヤ、僕たちも行こうか」

 ショースケはくるりとタカヤの方へ向き直ります。

「行くってどこに?」

「決まってるじゃん、待ち合わせの続きだよ! タカヤと一緒に行こうと思って後回しにしたところがたくさんあるんだから、約束すっぽかした分全部付き合ってよね!」

 にっこり笑ったショースケはタカヤの腕をがっしりと掴みました。


「それじゃ、じーちゃんいってきまーす!」

 ショースケに腕をぐいぐい引かれながら、タカヤも肖造に小さく手を振ります。

「えっと、肖造さんいってきます!」

「おう、行ってこい。嫌と言うほど遊んで来いよー」


 大きなあくびをしながら二人を見送った肖造は青いジュースをもう一杯買って、鼻歌を歌いながら自分の研究室へ戻って行きました。

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