第6話 突撃!ポスリコモス①
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金曜日の午後十一時、時目木公園の時計台の上。
今週も宇宙鉄道時目木駅に特急こすもがやってきました。
タカヤとショースケは慣れた様子で、そこに集まったETたちをチェックしていきます。
「よし、今回も異常なしっと!」
ショースケはタブレット端末から本部へ連絡すると、嬉しそうにタカヤの方へ近づいてきました。
「お仕事終わり! さあタカヤいよいよだよ!」
胸につけたバッジを光らせて浮足立ってぴょんぴょんするショースケに、タカヤは少し驚いた様子です。
「今日は元気だなショースケ、いつもはあんなに眠そうなのに」
「ふふん、今日はこれからのためにいーっぱいお昼寝してきたからね。バッチリだよ」
ショースケが自慢げにしていると、特急こすもからアナウンスが聞こえました。
「お待たせいたしました。まもなく発車いたします」
「わ、もう出発するって! ほらタカヤ早く乗ろう!」
二人は急いで特急こすもの中に乗り込みました。
一番近くにあったゼリーのようなプヨプヨの座席に腰かけると同時に、もう一度アナウンスが流れます。
「扉が閉まります。ご注意ください」
プシューという音がしたかと思うと、特急こすもはふわりと浮き上がり、夜空に吸い込まれるように走り始めました。
こんなに速く飛んでいるのに車内は一切の揺れもなく、まるで地面に座っているようです。
周りを見てみると、時目木町の観光旅行から帰る途中であろうETたちがちらほら座っていますが、みんな疲れているのかとても静かにこの時間を過ごしていました。
タカヤも静かに過ごそうかと深く座席に座り直すと、隣のショースケはもりもりとバナナを頬張っていました。
「あ、タカヤも食べる? 二本持ってきてるからあげようか」
「いや……ショースケが食べたらいいよ」
「え、いいの。やったー」
一本目をあっという間に食べつくし、二本目の皮を剝きながらショースケは足をパタパタと揺らしています。
タカヤはそんな様子を見ながら思い出したように口を開きました。
「そういえば俺たちがいない間の時目木町での仕事はライトさんが代わりにやってくれるんだよな。お礼にお土産買って帰らないと」
何が好きだろうと思考を巡らせているタカヤをショースケはバナナをもぐもぐしながら横目で見ます。
「タカヤは真面目だなー。うーん、僕はお土産は生クリームがたっぷりのったケーキがいいと思うな」
「それはショースケが食べたいだけだろ」
呆れた顔をするタカヤにバレたーと笑って、ショースケは食べ終わったバナナの皮をカバンにしまいながら前を向きました。
「しかしあれだね。特急こすもはずっとワープし続けてるから、景色も代り映えが無くてつまんないね」
楕円型の大きな窓から見える景色は、常に虹色の空間がうにょうにょと動いているだけです。
「面白い動画とか流してくれたらいいのになぁ。それにしても、じーちゃんはなんでわざわざ宇宙を走る列車を作ったんだろう」
そう、この特急こすも……そして宇宙鉄道そのものを作ったのもショースケの祖父、霧谷肖造(きりたにしょうぞう)です。
「さあ……なんかロマンがあるからじゃないか?」
「僕はめちゃくちゃ大きくてピカピカ光るUFOとかの方がよかったと思うな、かっこいいし」
二人が取りとめもない話をしている間にも、特急こすもはぐんぐん進んでいきます。
ショースケはふいに立ち上がりました。
「ねえここにいても暇だし、ちょっと探検しようよ」
列車の奥へ歩いていったショースケを追うためタカヤも座席を後にします。
真っ白な床はまるで布団の上のようになんだかふかふかしていて歩きにくく、タカヤは少し足を取られてもたもたとしました。
ショースケは二号車へ続く扉を開いてさらに先へ進みます。
「うーん、号車が変わったからって特に変わったところはないね」
二号車も二人が乗っていた一号車と同じようにやわらかいゼリー状の座席とこれまたやわらかそうな机が並んでいるだけです。
「もっと遊園地みたいにド派手にしたらきっと楽しいと思うな。よし今度じーちゃんに言ってみようっと」
「……肖造さんならやりかねないな」
タカヤは苦笑いを浮かべます。
二人が二号車の空いている座席に座り直すと同時に、車内アナウンスが流れました。
「本日は特急こすもをご利用いただき、誠にありがとうございます。まもなくポスリコモスに到着します。お降りの方はお忘れの物のないようご注意ください」
ポスリコモス、今日の二人の目的地で宇宙警察本部のある星です。
「わーい着いたみたい! ねえタカヤ出口の前に立っとこうよ」
ショースケはまた座席からぽよんと立ち上がって、今度は一号車に戻ります。
「そんなに焦らなくてもポスリコモスは逃げないぞ?」
タカヤもそれを追いかけて、やわらかい床をまたふわふわと進んでいきました。
「ポスリコモス、ポスリコモス」
アナウンスと同時に扉が開いて、ショースケは一番に外へ飛び出しました。
「ひゃー! 久しぶりに来たけどやっぱりポスリコモスはいいなー!」
空中に浮かぶ何だかやわらかそうな真っ白な建物、本でしか見たことがない種類のたくさんのETたち、聞いたことがない言語の歌、丸いカラフルな飴玉を敷き詰めたような道、そして嗅いだことのない甘いような酸っぱいような不思議な匂い……。
「これだよこれ! 僕のまだ知らないものがたくさん集まってる、たまんないね!」
夢見心地のショースケにタカヤは後ろから声をかけます。
「ショースケ、まず街へのゲートをくぐりに行かないと」
「おっと、そうだったね」
二人は列をなしているETたちの一番後ろに並びました。
列が少しずつ進んでいく間に、エッグロケットを準備します。
エッグロケットの一部として組み込まれているポスエッグは、宇宙警察としての身分証明書になるからです。
ゲートの横についている機械にエッグロケットをかざすと、どうやら問題なく認証されたようで特に止められることも無く二人は街へ足を踏み入れました。
「さて、まずはどこに行く?」
タカヤが尋ねると、ショースケは目を輝かせてエッグロケットを頭上に掲げました。
「もちろん、これに決まってるよ!」
ショースケの手の中のエッグロケットをよく見てみると、ポスエッグの半透明の部分の中に液体が溜まっているのがわかります。
これは宇宙警察としてのお仕事を頑張って手に入れたお給料です。
本部ではこの液体を好きな惑星のお金に両替することができるのです。
「僕はもちろんここ、ポスリコモスのお金に替えるよ! ここでしか買えない道具や材料を探すんだー! タカヤは?」
「うーん、俺はとりあえず貯蓄しようかな」
「えー夢が無いの。まあいいや、とりあえず行こ!」
二人はここからでも見えるほど街の中でひときわ大きくて目立つ建物、宇宙警察本部を目指して歩き始めました。
辺りはとても賑やかで、出店が出ていたりパフォーマンスをするETがいたりとまるで地球のお祭りのようです。
ショースケはキョロキョロと忙しく首を振ります。
「わ、見てみて惑星シュレンティで採れた宝石だって! あ、こっちはニッカルコピ星で作られたお菓子! どんな味がするのかな?」
「ショースケ、あんまりよそ見してると迷子になるぞ」
タカヤが注意してもショースケの興奮は収まらないので、タカヤは仕方なくショースケの腕を掴んで引っ張り始めました。
「えー、もっとゆっくり見せてよタカヤのけち」
「ショースケが最初に本部に行くって言ったんだろ。ほら、もう目の前だ」
遠くから見ても十分大きかったのに、近くで見るとその大きさは目の中にはとても建物の全てを収めることができないほどです。
白くて渦を巻いたような外観、数えきれないほど取り付けられた色とりどりの窓。
そしてあちこちから伸びる透明なチューブのようなエレベーターの中では、本部の職員であろうETたちが滑るように高速で移動していきます。
「はえー……いつ見ても圧倒されちゃうや」
ショースケが夢中でその様子を見上げているとどこかから声が聞こえてきました。
「タカヤ隊員、ショースケ隊員! お待ちしておりました!」
すると目の前の白い壁に突然大きな扉が出現して、二人を歓迎するようにひとりでに開き始めました。
「えええ、なんで僕たちが来たこと知ってるの⁉」
「さっきゲートにエッグロケットを認証させたからだよ。本部にもその連絡が行ってたんだろ」
驚くショースケを横目にタカヤは慣れた様子で中へと入っていきます。
建物内はこれまた真っ白で、辺りには本部の職員の制服に身を包んだETたちがそれぞれの仕事を忙しそうにこなしていました。
「ねえねえタカヤ、あの制服って確か宇宙服の代わりにもなるんだよね! いいなー僕も欲しいな!」
「そうだな、地球外での仕事を任されることがあったら支給されるかもしれないな」
タカヤは周りに目もくれず、目的の場所に向かって歩いていきます。
ショースケはその様子が少し不満なようで、タカヤの顔をじとーっと覗き込みました。
「それにしてもタカヤってせっかくポスリコモスに来たっていうのに全然ウキウキしてないね。もっと僕みたいに驚いたり感動したりしたら?」
「あはは……俺は赤ちゃんのころからここに来てるから。あんまり珍しくないんだよ」
「えー、それってタカヤの家族が宇宙警察だから? いいなー僕もじーちゃんにもっといっぱい連れて来てもらっとくんだった。家で引きこもってる場合じゃなかったよ」
二人の声が少し大きかったでしょうか、周りの職員からの視線を感じます。
ショースケはそれに気が付くと少し恥ずかしくなったのか、おしゃべりをやめてやっとまっすぐ歩き始めました。
透明なチューブのようなエレベーターに乗って上の階へ辿り着くと、そこには大きな大きな機械がありました。
機械の中にはたっぷりの液体が入っていて、プクプクと沸騰したようにいつまでも泡が立ち込めています。
タカヤは機械の下から伸びた排出口の前に立ちました。
「これが両替の機械だよ。まずは俺からやらせてもらうな」
そう言ってポケットからエッグロケットを取り出して機械に近づけようとすると、ショースケは何かに気が付いたようで大きな声を出しました。
「え、待って待って! なんかさ、タカヤのエッグロケットの中の液体……僕のより多くない?」
「へ? あー……き、気のせいじゃないか?」
「いーや、絶対多いって! ほら見てよ!」
ショースケはタカヤの持っているエッグロケットと自分のエッグロケットを密着させて比べます。
……これは当然のことで、タカヤは特級宇宙警察としてショースケには内緒で特別な任務もいくつもこなしているからです。
しかし特級であることはショースケには絶対秘密にするように言われているのです、こんなところでバレるわけにはいきません。
「お、俺のポスエッグ赤いから、ショースケの青いポスエッグより多く見えるだけじゃない……かなぁ?」
「いや、色ではこんなには変わんないでしょ」
失敗です、膨張色だからという理由で誤魔化すにはさすがに無理がある差でした。
次は何て言おうかとタカヤが必死で頭を悩ませていると、先にショースケが口を開きました。
「……まあ、お仕事でもタカヤがコスモピース使ってくれたからなんとかなったときいっぱいあったし……そういう差なら仕方ない、かな」
ショースケは少し不満そうですが、自分でも納得する理由なようです。
タカヤは今すぐ大きな声で「そんなことない、ショースケのおかげで解決できたこともいっぱいあった!」と言いたいところですが……。
そうしてしまうと、また新しい言い訳を考えなければならなくなりそうなので何も言えません。
「あはは……そういうこと、なのかな……」
なんだか申し訳ない気持ちを抱えながら、タカヤは両替機にエッグロケットを近づけました。
するとエッグロケットの中の液体だけが機械の中にするりと吸い込まれていきます。
両替機の中にたっぷり溜まった液体から大きな赤い泡が一つ立ち上るのを見届けると、タカヤはショースケの方を振り返りました。
「おまたせ、次はショースケの番だ」
「え、それだけ? なにか出てきたりしないの?」
ショースケは不安そうに自分のエッグロケットを抱きしめます。
「ああ、俺は貯蓄したから何も出てこなかっただけ。ショースケの時はちゃんと出てくるから安心してくれ」
タカヤはそう言って近くに備え付けてあったカゴをショースケに持たせます。
「このカゴを排出口の下に置いて……あとはエッグロケットを近づけたら始まるから」
……そうは言われても実際に出てくるところを見ていないのでいまいち信用できません。
ショースケは疑いの眼差しを両替機に向けたまま、おそるおそるエッグロケットを両替機に近づけました。
タカヤの時と同じように、エッグロケットの中の液体が機械に吸い込まれていきます。
すると今度は、両替機の中の液体に小さな青い泡がいくつも立ち上りました。
液体が大きく波打ち、白くチカチカと光り始めます。
「え、なになに⁉」
ショースケが慌てていると排出口のチューブが大きく膨らみ、そこから置いていたカゴの中に真っ白なコインがドバドバと落ちてきてチリンチリンと音を立てました。
「お、無事ポスリコモスのお金に両替できたみたいだな」
タカヤが近づいてきて、跳ね返って外に落ちたコインを拾ってカゴの中に戻しました。
ショースケはエッグロケットの中に出てきたコインをしまいながら声を弾ませています。
「わーい! 思ってたよりずっといっぱい出てきた、これだけあったらいろいろ買えちゃうよ!」
あれにしようかこれにしようか、ショースケの頭の中はもうお買い物のことでいっぱいです。
「ショースケはこれから買い物に行くよな?」
「うん! ってあれ、タカヤは行かないの?」
ショースケの問いかけにタカヤは一瞬言葉を詰まらせましたが、すぐにいつものように笑って答えます。
「俺はちょっと本部で用事があって……しばらく別行動にして、二時間後くらいに本部の前に集合にしないか?」
「いいよ! じゃあその後、約束してたようにタカヤのお兄さんと僕のじーちゃんに一緒に会いに行こうか!」
ショースケは足をパタパタさせて今にも飛び出して行きたい様子です。
「あんまりお金使い過ぎないように、気を付けて行って来いよ」
「タカヤまでライトさんみたいなこと言わないでよ。大丈夫、じゃあ行ってくるねー!」
ピョンピョンと飛び跳ねながら、ショースケはエレベーターに乗りこんで下の階へ降りていきました。
その姿が見え無くなるまで手を振って、タカヤはぽつりと呟きます。
「……そろそろ行くか」
透明なエレベーターをいくつも乗り継いで宇宙警察本部の最上階にたどり着いたタカヤは、厳重に閉ざされた分厚い扉の横に備え付けられた機械に手をかざしました。
すぐにピピッと音がして、重い扉がゆっくりと開きます。
明かりの一つも点いていない真っ暗なその部屋の中へ、タカヤは迷うことなくまっすぐ歩いて行きました。
「タカヤ隊員、お待ちしておりました」
部屋の天井に取り付けられたスピーカーからの声にタカヤはすぐに返事をします。
「すみません、二時間後にコンビと待ち合わせをしているんです。なので少し急ぎで済ませてもいいですか」
そう言うとタカヤはコスモピースの力を解放しました。
その瞳に映った宇宙と二色の星々は地球で見せているよりも何倍……いや何十倍も黒く濃く、恐ろしいほど禍々しく輝いていました。
****
さて、ショースケはウキウキで街へ繰り出してお店がたくさん集まっている市場へやって来ました。
辺りはETたちでごった返していて、よそ見をしていたらすぐ誰かとぶつかってしまいそうです。
気を付けて進んでいると、とあるお店が目に入りました。
「あ、タカヤがこの間使ってた『みがわりスライム』が売ってる!」
そういえばポスリコモスで買ったと言っていたのを思い出しました。
便利そうだったし自分も持っておいてもいいかも、と立ち寄ったショースケは思わず値札を二度見してしまいました。
「え⁉ こ、これこんなにするの⁉」
何度も見直しますがどうやら見間違いではないようです。
「タカヤって……お金持ちなのかも……」
ショースケは大人しく、すごすごとそのお店を後にしました。
「うーん……ここで買い物したらすぐにお給料が無くなっちゃいそう」
市場の大通りのお店はどうも高くていいものばかり置いてあるので、ショースケは細い路地に入ってみることにしました。
そこではETたちが地べたに布を敷いて、その上に訳アリの商品を並べて売っているようです。
なんだか怪しい雰囲気ですが、驚くべきはその値段。
先ほど大通りで見たものとそっくりなものが半分以下の価格で売られているのです。
少し尻込みしているショースケに、黒い布を頭から被った店主が声をかけました。
「お兄ちゃん興味あるの? こっちおいで、安くしとくぜ」
そう言ってショースケを呼んで店の前に座らせると、奥に置いてある風呂敷包みから次々と商品を出して並べていきます。
「わー! マルコル石にテワスヨンの骨、それにアルコンヌ花のつぼみまである! しかもこんなに安くていいの?」
ショースケは瞳を輝かせて次々と商品を手に取り購入していきました。
店主はその様子を見てガハハと笑い声を上げます。
「お兄ちゃんお目が高いね! じゃあこんなのもどうだい?」
店主はポケットをゴソゴソと探り、真っ青な果実を差し出しました。
「これなぁに? 僕見たことないや」
ショースケはきょとんとした顔で果実を見つめます。
「はは、やっぱり知らないか! これはクヤドマの実。実が熟しきる前のこの青い時期に食べるとすっげー美味しいんだぜ」
美味しい、という言葉に食いしん坊なショースケはビビッと反応しました。
「本当⁉ 食べてみたい!」
「いいぜ。じゃあこれをひとつタダでやるから、美味しかったらもっと買ってってくれよ」
ニヤリと笑った店主が、青いクヤドマの実をショースケに手渡そうとした時。
「待ちなさい」
声の主は後ろから近づいてくると、ショースケの隣に跪いて店主の方を見据えました。
歳は二十歳くらいでしょうか。宇宙警察本部の職員の白い制服を身にまとった、ここでは珍しい地球人の青年です。
ショースケがその顔を見てびっくりしている間に、青年は店主を問いただしました。
「ちょっと店主さん。このクヤドマの実、まだ熟していませんよね? この果実が熟す前の青い状態は食べるとひどい依存性があるので、販売してはいけないと決められているのはご存じですか?」
それを聞いてショースケは目を大きく見開き驚愕します。
「ええ⁉ 何それ僕を騙そうとしたってこと⁉」
ショースケがにらみつけると、店主は明らかにうろたえ目を泳がせます。
「そ、そーなのかい? いやー……知らなかったなあ⁉」
あまりにも明らかな嘘にショースケが呆れていると、隣の青年は手を口元に当てて考え込みながら口を開きました。
「え、知らなかったんですか。それなら仕方ないかなぁ……?」
なんと、あろうことか青年はこんなにわかりやすい店主の嘘を信じてしまったようです。
ショースケは慌てて大きな声を出します。
「いやいやいや! どう考えても嘘に決まってるじゃん!」
「え、嘘なの⁉ そうなんですか店主さん!」
青年は店主にもう一度問いただそうとしますがショースケがそれに割って入ります。
「この人に聞いても、捕まりたくないんだから嘘ですーなんて言うわけないじゃん! お兄さんちょっと純粋過ぎない⁉」
とにかくこの店主を逮捕しなくては。
目の前の青年はなんだか危なっかしいので、ショースケは自分のエッグロケットを取り出しました。
それを見て青年は目を丸くします。
「君、宇宙警察だったのか! あ、よく見たらバッジもつけてる!」
青年はすぐに自分の右腕につけたオレンジ色のポスエッグに触れました。
すると青年の右腕をすっぽり覆う、大きな大砲のような筒状の装置が現れます。
おそらくショースケたちにとってのエッグロケットのようなものでしょう。
「それなら君の言うことを信じさせてもらうよ。では店主さん、詳しいお話は本部で聞かせてもらいますね」
そう言うと青年の右腕の装置の先から白い小さな渦が現れて、逃げようとした店主はその中に吸い込まれていきました。
右腕の装置をポスエッグの中に収納して、青年はすぐにショースケに頭を下げます。
「ありがとう! すごく助かったよ! 俺こんなんだからさ、いつもはコンビと一緒に行動してるんだけど今日は……その、この人込みではぐれちゃって……」
青年は肩を落としています。
ショースケは改めてそんな青年の顔をまじまじと見つめました。
雰囲気的になんだか信じられませんが、見覚えのあるこの顔つきは間違いないでしょう。
「いや……僕こそ助けてくれてありがとう……。あのさ、もしかしなくてもタカヤのお兄さんだよね?」
タカヤの名前を聞いて、青年はバッと顔を上げました。
「え、そうだけど……ああ! もしかして君がショースケくんか!」
青年はタカヤとそっくりな顔で、でもなんだか締まりなくへにょりと笑いました。
「いつもタカヤがお世話になってます……って、たった今俺もお世話になっちゃったけど。俺は石越(いしごえ)ヒカル。会えて嬉しいよショースケくん!」
「うん、僕も嬉しいよ。まあ本当はヒカルさんにはタカヤと会いに行く予定だったんだけどね」
ショースケの言葉を聞くと、ヒカルは何かを察したようです。
「タカヤも来てる……ってことはなるほど、そういうことか……」
「え、何どういうこと?」
不思議そうなショースケに、ヒカルは何でもないと胸の前でわたわたと両手を振って見せました。
ふと時計を見るとまだタカヤとの待ち合わせ時刻までは一時間ほどあります。
「僕これからどうしようかな。買い物もある程度はできたし……あ、ちょっと早いけどタカヤを探しに行こうかな?」
ショースケが考えていると、ヒカルが慌てた様子で口を開きました。
「ね、ねえショースケくん! ここで会ったのも何かの縁だし、よかったら俺の仕事場を見学しに来ない? タカヤの用事もしばらくは終わらないだろうし!」
ショースケは目を輝かせました。
というのもショースケは本部で働いている祖父と仕事をするのが将来の夢ですから、本部で行われていることにはものすごく興味があります。
「行く行く! やったぁいいの⁉」
ショースケはその場で何度か跳ねて、ふと気が付きました。
「あれ、僕タカヤが用事でいないってヒカルさんに言ったっけ……?」
「え、あーそれは! なんとなーくわかるんだよほら兄弟だし!」
そわそわしながらも腕を組んで、ヒカルはいかにも本当っぽく振舞ってみせます。
「僕、兄弟いないからわかんないや……そういうものなのか」
怪しいとは思いつつも、それを確認する術がショースケにはありませんのでここは大人しく引き下がります。
ヒカルは冷や汗を拭うと、ショースケににっこり笑いかけました。
「よし! じゃあ本部に行こうか!」
そこからショースケは頑張りました。
まずは一歩目を踏み出した瞬間に何もないところですっ転んだヒカルを起こして膝に付いた汚れを払ってあげました。
次はヒカルが人込みでETにぶつかってしまったので相手に一緒に謝り、その次は何やら高そうなピカピカの壺を買うように誘導されているヒカルを助け、そのまた次は隣にいた背の高いETがこぼしてしまったドロドロなジュースを頭から被ったヒカルを一生懸命タオルで拭いて……。
最終的にショースケは自分がタカヤにやられたように、ヒカルの腕を掴んで引っ張って市場を後にしました。
ヒカルは面目ないというように、片手で顔を覆っています。
「ごめん……いつもはここまでじゃなくて……。これの半分くらいなんだけど……」
半分あったら十分大変だろうとショースケは思いますが、ヒカルにとっては大きな差のようです。
「うう、弟のコンビにはいいとこ見せたかったのに。は、そういえば!」
ヒカルは何かを思い出してバッと顔を上げました。
「ショースケくんってたしかライトお兄ちゃ……ゴホン、ライトさんと一緒に暮らしてるんだよね? どうかその……さっきまでの失態は内緒にしてくれないかな……?」
「へー、二人は知り合いなんだ。しょうがないなあ……ライトお兄ちゃんには言わないであげるよ」
ショースケはニヤリといじわるに笑いました。
「ありがとう……って! その、お兄ちゃんも出来れば言わないで欲しいんだけど! さっきのはつい昔のクセで呼んじゃって!」
ヒカルは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして懇願します。
「だーめ。これはライトさんが喜びそうだから伝えとくよ」
「うぅ……今日はもう散々だな……」
ヒカルがしょんぼりと大きなため息をついていると、周りのETたちが急にざわざわとし始めました。
どうやら遠くから歩いてくるETを見ているようで、ショースケもそちらを向いてみるとざわめいている理由がよくわかりました。
そのETはとにかく美しいのです、まるで生き物ではないみたいです。
すらっとまっすぐ伸びた背はショースケの倍くらいあり、耳はうさぎのように、首は馬のように長くて、水晶の中に色とりどりの宝石をばらまいたような角が二本生えています。
額についた楕円型の宝石はオパールのような輝きを放っており、足は金属のような素材で出来ていて太ももから足先に向けて円錐のように細く尖っていました。
そして長いまつ毛のついた大きな瞳をまばたきするたびに、あまりの神々しさに辺りのETたちは時が止まったように静かになるのでした。
そんなETは二人のすぐそばまでやって来て背中をゆっくり曲げると、その細い鼻筋を俯いているヒカルに近づけました。
「やっと見つけた、とっても探したわヒカル」
口は無いようですが体から発せられたその美しい声に、ヒカルは顔を上げました。
「エイギス……!」
その見た目に圧倒されてショースケは今まで気が付きませんでしたが、エイギスと呼ばれたETはヒカルと同じ本部職員の制服を身にまとっています。
「え、もしかしてその人がヒカルさんの……?」
ヒカルはやっとしゃっきり立ち上がり、嬉しそうに口を開きました。
「うん、俺のコンビのエイギスだよ! エイギス、こちらはショースケくん。俺の弟のコンビなんだ」
それを聞くとエイギスは今度はショースケに鼻先を近づけました。
「あなたがタカヤのコンビなのね、はじめましてショースケ」
そう言って笑うエイギスからはなんだか花のようないい匂いがして、ショースケはちょっとくらくらしました。
「ところでヒカル」
エイギスはまたヒカルの方を向いたかと思うとヒカルが右腕につけているポスエッグを顔をしかめてじっと見つめました。
「あなたもしかして市場で何か珍しいものを買わなかった? なんだか怪しい匂いがするわ」
「えーっと、買ったのはこれだけだけど……エイギスに似合うと思って」
ヒカルは少し照れくさそうに、ポスエッグから赤い花のついた頭飾りを取り出しました。
それを見てエイギスはやっぱり、と納得します。
「ヒカル、これはラフコの花。持っているとちょっとした不運に見舞われることが増えると言われているわ。もしかしてワタシと離れてからいろいろあったんじゃないかしら?」
あまりにも図星を突かれたヒカルは何も言えず黙ってしまいました。
エイギスはショースケを申し訳なさそうに見つめます。
「きっとショースケがヒカルを助けてくれたのね。本当にありがとう、なんてお礼を言ったらいいかしら」
エイギスと目を合わせるとちょっと緊張するので、目を逸らしたままショースケはいやいやと首を振ります。
「確かにすっごくいっぱい助けたけど! お礼は二人の仕事場を見学させてくれるので十分だよ」
「まあ! 私たちの仕事場を見に来てくれるの? 嬉しい、歓迎するわショースケ」
エイギスは頭の後ろに生えたリボンのような髪をひらりと揺らしながら、右足を軸にしてコンパスのようにくるりと回って方向転換すると、本部へ向かって歩き始めました。
ショースケとヒカルもそれに続きますが、ヒカルはうなだれて元気がありません。
「……ごめんエイギス。また迷惑かけた……」
俯いているヒカルにエイギスはゆっくり近づいて、背中をぐっと曲げると鼻先をヒカルの頬にぴっとりとくっつけました。
そのまま優しく目を閉じて、すりすりと頬をすり合わせます。
「今回のプレゼントはちょっと受け取れないけれど、ヒカルのその気持ちがとっても嬉しいわ。いつもありがとう」
それを受けて、ヒカルは幸せそうにへにょりと笑いました。
「どういたしましてエイギス」
……その様子を顔を赤くして、ショースケは少し離れて薄目で見ています。
「え、二人ってそういう関係? 続きは家でやってくれない?」
その言葉にヒカルは耳まで真っ赤にして弁明します。
「い! いやいやそういう関係じゃなくてっ……その、まだ!」
「まだ、ってことはその気あるんじゃん! やっぱり家でやって!」
ヒカルとショースケがやいやいと言い合っているのを、エイギスがきょとんとした顔で眺めていると……
突然ヒカルとエイギスのポスエッグがピカピカと光り始めました。
「なんだなんだ⁉ いつもはこんな光り方しないのに」
ヒカルが焦っているとエイギスは遠くに見える本部の方を向いて驚いた声をあげました。
「見て、ヒカル! 本部の様子がおかしいわ!」
色とりどりだった窓はすべてが真っ黒になっており、あれだけたくさんのETが行き来していたチューブ状の透明エレベーターの中も誰も通っていません。
「何かあったんだ、急いで戻ろうエイギス! ショースケくんはここにいてくれる?」
走り出そうとするヒカルの腕をショースケはぎゅっと掴みました。
「待って! 僕も連れてって、タカヤが本部の中にいるの! 迷惑かけないようにするから!」
ショースケは必死で頼み込みますが、二人は聞き入れてくれません。
「ダメだよ、なにがあるかわからない。本部の職員以外を巻き込むわけにはいかないよ」
「ごめんねショースケ。タカヤのことはワタシたちが探すから、ショースケはここで待っていて」
そう言うとヒカルとエイギスは本部へと走って行きました。
一人取り残されたショースケは、様子の変わった本部を不安そうに見つめながら、タカヤと約束した待ち合わせ場所に行ってみるのでした。
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