第5話 雨上がりの秘密

****


 さっきまで降っていた雨が止んで、あちこちに出来た水たまりにお日様が映って光っている土曜日の午前十一時。


「ターカーヤー!」


 大きなリュックを背負って、ショースケはタカヤの家のピンポンを鳴らしました。


 奥からパタパタと足音が近づいてきて、ドアが開いてタカヤがぴょこっと顔を出します。


「ショースケいらっしゃい。早かったな、てっきり昼過ぎに来ると思ってたよ」


「だってお泊まりだよ! 僕友達の家にお泊まりなんて初めてだから、楽しみでめちゃめちゃ早起きしちゃったよ!」


 ショースケはニコニコで背中のリュックをぶんぶん揺らして見せました。


「そっか、そう言ってもらえると俺も嬉しいよ。ほら、荷物重いだろ? 入って」


「わーい! おじゃましまーす」


 タカヤに招かれてショースケが中に入ると、玄関までなにやら甘い匂いが充満していました。

 よく見るとタカヤは赤いエプロンをしています。


「タカヤ何か作ってたの?」


「うん、ショースケに食べてもらおうと思ってクッキーを焼いてたんだ。まだ焼けてないからちょっと待ってくれよな」


「クッキー! やったぁ僕クッキー大好き!」


 ショースケは鼻をくんかくんかさせながら手洗いうがいを済ませて、リビングに荷物を降ろしました。


「そういえばショースケ、昼ご飯は食べてきたのか?」


「うん、ルルさんが僕の分だけ早くオムライスを作ってくれたの。あっ、もしかしてタカヤまだだった…? ごめん」


 ショースケは不安そうに表情を曇らせます。


「ううん。俺も今食べたところだから大丈夫だよ」


「そうなんだ、よかったぁ」


 本当は食べていませんが、タカヤはコスモピースのエネルギーでご飯を食べなくても大丈夫なので小さな嘘をつきました。


 タカヤは背中のエプロンの結び目を揺らしながらキッチンへ向かうと、冷蔵庫を開いてショースケに尋ねます。


「ショースケ、冷たい牛乳と麦茶どっちがいい?」


「牛乳がいい! やっぱり甘いクッキーには牛乳が一番だよ」


「じゃあ俺も牛乳にしようかな」


 キッチンでタカヤが二つのグラスに牛乳を注いでいるのを待っている間、ショースケは棚の上に並べてある四人写った家族写真を見ていました。


「へー、この人たちがタカヤの家族か。確かみんな宇宙警察なんだっけ」


 写真にはタカヤの父と母と兄が写っています。

 ショースケもライトに聞いた程度で詳しくは知りませんが、タカヤの兄は宇宙警察本部で、両親はもっと遠くの宇宙でそれぞれ忙しなく働いているらしくめったにこの家には帰って来られないそうです。


「こういうの見てると僕もマムとダッドに会いたくなるね。今度の長いお休みのときに飛行機に乗って会いに行こうかな」


 ショースケがそんなことを考えていると、階段の方からガタリと音がしました。


「カイダン ノ オソウジ オワッタヨ タカヤ ホメテー」


 引き戸の隙間から、ロボットのツバサがリビングへと入ってきます。


「ゲ、ショースケ モウ キテル。ボク ト タカヤ ノ ラブラブ セイカツ ガ」


 ツバサは表情を変えることは出来ませんが、露骨に嫌そうに三本の触覚を揺らしました。


「お、ツバサじゃん久しぶり。どう? 今日こそ分解させてくれる気になった?」


 ショースケはツバサの大きさに合わせて目線を落とすと、悪い笑顔を浮かべます。


「ショースケ イツモ ソウイウ。コワイ」


 ツバサは呆れたようにウロウロと辺りを動き回ります。


「心配しなくても分解し終わったらちゃんと元に戻してあげるよ。僕はじーちゃんの作ったロボットの中身が見たいだけだから」


 ショースケが指をワキワキしていると、ツバサはちらりとキッチンの方を見て何かを思いついたのか触覚をまっすぐピーンと伸ばしました。


「ソウダ ショースケ。ブンカイ シタカッタラ ボクヲ ツカマエテ ミナ」


 ツバサはそう言うと四本の足でバタバタとキッチンの方へ逃げていきます。


「え、捕まえたら分解させてくれるの⁉」


 ショースケはそんなツバサを追いかけると、あっけなく捕らえて両手で持ち上げました。


「キャー ツカマッター」


「自分から言ったくせに簡単に捕まり過ぎじゃない?」


 ショースケはツバサをひっくり返して、まじまじと見つめながら白いボディを触ります。


「へー、つなぎ目とか全然無いんだ。ロボットなのにやわらかくてあったかいし、これは中身がますます気になるね」


「ヤメテー オナカ サワラナイデー タスケテ タカヤー!」


 ツバサがわざとらしい大きな声を出したところに、ちょうどタカヤがお盆にグラスとちょっとしたお菓子をのせて戻って来ました。


「あ! ショースケまたツバサが嫌がることしてるのか!」


 急いでお盆をテーブルの上に置いて、タカヤはショースケからツバサを取り返して抱き上げます。


「全くショースケは…。ツバサ、変なことされてないか?」


「オナカ サワラレタ カラ タカヤ ガ ナデナデ シテ ウワガキ シテー」


 ツバサはすりすりとこれ見よがしにタカヤに甘えます。


 ショースケはやっと気が付きました、自分はツバサがタカヤに甘えるためのダシにされたのだと。


「ツバサ…僕を利用したね…?」


 ロボットに良いように使われてしまったという悔しさでブルブル震えるショースケを、ツバサはタカヤにお腹を撫でてもらいながら一瞥しました。


「エー ボク ワカンナーイ」


「タカヤ! 騙されちゃだめだよ、このロボット策士なんだから!」


 ショースケとツバサがやいやい揉めていると、オーブンレンジから音がしました。


「お、クッキーが焼けたみたいだ。二人ともとりあえず揉めるのは後にしておやつにしよう、な?」


 タカヤは抱っこしていたツバサを降ろして、キッチンの方へ向かいました。


 残されたショースケとツバサはお互い目を合わせずにソファに少し離れて座ります。


「…後で絶対仕返ししてやるから。覚悟してよねツバサ」


「デキルモンナラ ヤッテミナ」


 表情が変わらなくても嘲笑われていることはなんとなくわかるので、ショースケは悔しくて髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きむしりました。



「おいしーい!」


 さっきまでの苛立ちはどこへやら、ショースケはもりもりと焼きたてのクッキーを頬張ります。


「そんなに喜んでもらえて嬉しいよ。いっぱいあるからたくさん食べてくれよな」


 タカヤは嬉しそうに牛乳のおかわりをショースケのグラスに注ぎました。


「わー嬉しいなあ! 家ではもうやめとけってライトさんに止められちゃうから、お腹いっぱいクッキー食べてみたかったんだよ!」


 友達の家にお泊りして、あたたかな日差しが開いた窓から差し込んで、目の前には食べ放題のクッキーが並べられて…まさに絵に描いたような幸せな休日です。


「んー…それにしてもさ」


 クッキーを両手に持ったまま、ショースケは机の上に置いてある自分のエッグロケットに目をやりました


「最近本当にお仕事無いよねー。いや、何事も無い方がいいのはわかってるんだけどさ」


 確かにここ一週間ほど、ショースケのエッグロケットは鳴っていません。


「もしかして僕のエッグロケット故障してたりして! タカヤのは鳴ってたり…って、それならタカヤが教えてくれるか。僕たちコンビだもん、一人で行くわけないもんね」


 タカヤは牛乳の入ったグラスを両手に握ったまま一瞬肩を震わせました。


 その隣でショースケは口の中にクッキーを二つ入れたまま、牛乳を口に含みます。


「んー! やっぱり牛乳とクッキーは相性抜群だね! ほら、タカヤもやってみなよ…タカヤ? 聞いてる?」


「あ、ごめん! ぼーっとしてた。あはは…心配しなくてもショースケのエッグロケットは壊れてないよ。俺のも…ずっと鳴ってないから」


 タカヤはクッキーを小さくかじって口に入れると、少し強く噛み砕きました。


「やっぱりそうだよねー。平和が一番だけど、たまにはお仕事したいなぁ、早く特級になりたいし」


 口を尖らせるショースケに、タカヤはいつものように眉を下げて困ったように笑って見せました。



「ふぁー…美味しかったお腹いっぱい…」


 ショースケは満足げにソファに横になり、腕を上げて体をぐーっと伸ばしました。。


「ショースケ、クッキー食べたら宿題するんじゃなかったのか?」


 タカヤは食器を片付けながら声をかけます。


「うーん…確かにそう言ったけどぉ…お昼寝してからにするぅ…」


 ショースケはそのままうとうと目を閉じて、夢の世界に旅立ってしまいました。


 ツバサが丸い触覚でショースケのほっぺたをプニプニつつきますが、起きる気配はありません。


「ウーム、ヒトノ イエデ ココマデ ノンキニ イラレル ノハ サイノウ ダネ」


「あはは、それだけ安心してくれてるってことだろ? 俺は嬉しいよ」


 タカヤが重ねた食器をお盆にのせて、キッチンへと運んでいると…


 タカヤの頭の中でピリピリと音が鳴り響きました。


 早足でキッチンへと向かいテーブルの上にお盆を置いて、タカヤはすぐにポケットの中のキーホルダー型のエッグロケットを握りました。


「タカヤ隊員、こんにちは。今回は特級のあなたへの依頼です。コンビのショースケ隊員が同行すると危険を伴う可能性がありますので、タカヤ隊員一人で行動してください」


 ショースケは金色の髪を窓からの少し湿った風で揺らしながらすやすやと眠っています。

 タカヤはショースケを起こさないように小さな声で返事をしました。


「ありがとうございます。では、時目木町の鹿原山(しかはらやま)の山頂付近でなにやら良くない動きをしているETがいるようなので早急に現場へ向かってください。くれぐれも気を付けて」


「…了解しました」


 通信が切れて、タカヤはポケットの中のエッグロケットから手を離します。


「タカヤ ダイジョウブ? モシカシテ マタ タカヤ ダケノ オシゴト?」


 心配そうに見上げているツバサを、タカヤは優しく抱き上げます。


「うん、ちょっと行かなきゃいけなくなった。ツバサ、ショースケとお留守番頼めるか?」


「アイアイサー」


 ツバサは三本の触覚と両手両足をブイブイ揺らしました。


「ありがとう、じゃあいってくる。ショースケがもし起きたら俺は夕飯の買い物に行ったって言っておいてくれ」


 ソファでぐっすりと眠るショースケの横をこっそり通り抜けようとすると、ショースケがうむうむと何やら寝言を呟きました。


 その手にはいつ鳴ってもいいように、エッグロケットがしっかりと握られています。


「…ごめんな、ショースケ」


 タカヤは静かに靴を履いて、ドアを開けて外へ向かいました。


****


「さてと…行くか」


 エッグロケットを操作して自分にキラキラ粉をかけると、タカヤは鹿原山へ向かって走り始めました。


 いつもはショースケを待ちながらゆっくり走っていますが、今日はその必要はないので全速力で向かいます。


 タカヤは運動がすこぶるよく出来る方ですし、コスモピースのおかげで疲れるということも無いので常に最高のスピードで走り続けることができます。


 しかしそれでも山の頂上となると結構距離があり、時間がかかってしまいます。


「うーん…最近一人の依頼も多いし、近距離用のワープホールでも買おうかな…」


 そんなことを考えながら、タカヤは山道をぐんぐん上っていきました。


 さっきまでの雨をいっぱい吸い込んだ山の土は重く、草木からは雫が滴っています。


 足元を見ていたタカヤがふと顔を上げると、茂みの奥の方になにやら紫色の背の高い植物が生えているのが目に入りました。


「あれ、これって…アコリブニ⁉」


 タカヤはすぐにその植物を根元から引っこ抜きました。


「このまん丸の根っこ、間違いない。なんでこんなところに…」


 アコリブニは本来ポポミル星に生えている植物です。

 大きな花が咲くとそこから毒性のある花粉をまき散らし、現生の植物を枯らして全てを土の栄養に変えてしまうため、宇宙警察によって他の星への持ち出しが禁止されています。


 幸いまだ花は咲いていないようですが、辺りを見渡すとどうやら点々とアコリブニが植えられているようです。


「とにかく位置を把握して、全部抜き取っておかないと」


 タカヤは目を閉じてコスモピースの力を発動させると、町中のアコリブニの気配を探りました。


 どうやら植えられているのはこの山の周辺だけのようです。


「全部で三十四本か…ごめんね、ここに根付かせるわけにはいかないんだ」


 タカヤは次々と生えているアコリブニを引っこ抜いて全てを一か所に集めると、エッグロケットのダイヤルを引っ張って本部へと転送しました。


「…この上か。急がないと」



「はっくしょ!」


 タカヤが仕事へ向かってから数十分後。


 風でなびいた自分の髪が鼻先に当たって、ショースケはくすぐったくて目を覚ましました。


 寝ぼけ眼で辺りをキョロキョロ見回しているとツバサがそれに気が付いて近づいてきます。


「ア ショースケ オキチャッタ」


「んー…あれ、タカヤはぁ…?」


「タカヤ ハ ユウハン ノ カイモノ ニ イッタヨ」


「え! 買い物⁉」


 ショースケはガバッと起き上がりました。


「なんで誘ってくれなかったの⁉ 僕も行きたかった! 今から追いかけても間に合うかな?」


 カバンを肩からかけて飛び出そうとするショースケをツバサは必死に止めます。

 今タカヤの元へ向かわれるわけにはいきません。


「マアマア、モウスグ カエッテ クルト オモウカラ。ソレヨリ ボクト アソバナイ?」


「ツバサと遊ぶって…何して?」


「エート」


 何も考えてなかったツバサは触覚を使って近くの引き出しを開いてみました。


「ア トランプ ガ アル。ショースケ ババヌキ シヨ」


「えー、ババ抜きー?」


 明らかに乗り気ではありませんが、ショースケをその気にさせるくらいツバサにはお茶の子さいさいです。


「フーン、ショースケ ババヌキ ヨワインダー」


「…誰が弱いって?」


 ショースケはじろりとツバサの方を見ました。


「フフン。モシ ボクニ カテタラ ボクノコト ブンカイ シテ イイノニナー」


「言ったね⁉ よし、さっきの仕返ししてやるんだから。後悔しても知らないよ、僕ババ抜き超強いんだから!」


 あまりにも扱いやすいのでツバサはさすがに心配になってきました。


 そんな風に思われているとはつゆ知らず、ショースケはとてつもなく自信満々にトランプを横からパラパラこぼしながらシャッフルし始めます。


 ツバサは触覚でショースケのこぼしたトランプを拾って集めていきました。


 さて、ババ抜きだけではさすがに時間は潰せないでしょう。

 次は何を提案してショースケの足止めをしようかと、ツバサは頭の中のデータベースをこれでもかと探りました。



 鹿原山の山頂付近に辿り着いたタカヤが辺りを捜索していると、そこには人一人がやっと乗れるくらいの小さなUFOが一つありました。


 タカヤがUFOの扉をノックしようとしたのと同時に、その中から体長三十センチくらいの深緑色のETがそろりと出てきました。


 五つある瞳で真っすぐタカヤを見つめながら体を震わせていて、ひどく怯えているようです。


「あ、あの…もしかして宇宙警察さん、ですか…?」


「はい、そうです」


「ああ、すみません! もしかしなくてもアコリブニのことですよね…」


 深緑色のETはオロオロと目を次々に大きくしました。


「アコリブニはボクの故郷の植物でして…。最近数が減ってしまっていてどうにか別の星でも育てられないかと試したくなってしまったんです。ごめんなさい」


「故郷の植物ということは…あなたはポポミル星人ですね」


「はい、そうです。あの…謝っても許してもらえませんよね。どうぞボクを宇宙警察本部へ送ってください」


 ポポミル星人は抵抗する様子も無く、悲しそうに体を差し出します。


「いえ、そうでは無くて…」


 タカヤはコスモピースの力を宿した瞳で、ポポミル星人が立っている地面を見つめました。


「そこ、何か埋めてますよね。おそらく…ポポミル星に生息する巨大怪獣、サークリスプの卵じゃないですか?」


 …ポポミル星人の五つの目玉が大きく見開いてギロリとタカヤをにらみつけます。


「サークリスプの卵は植物のように土の中の栄養を吸収して育ちますから、アコリブニを周囲に植えてここに生えている植物を枯らして栄養にしようとしていたんですよね?」


 地面がグラグラと揺れ始めます。


「あなたの…いえ、あなたたちの目的はここでサークリスプをふ化させてこの土地や生物に危害を加えて侵略を謀ること。違いますか?」


「正解です、なので」


 突然タカヤを囲むように十数人のポポミル星人が茂みの中から現れたと思うと、同時に無数のとげの付いたツルが地面から飛び出しタカヤに迫ってきました。


「宇宙警察さんにはここで消えてもらいます」


 タカヤは急いで周りに被害が出ないようシールドを張り、その中にキラキラ粉を散布しました。


「そんな悠長なことをしていていいんですか?」


 ツルはぐるぐるとタカヤの体を持ち上げながら巻き付き、手足を絡めとって動きを封じます。


 ポポミル星人たちは動けないタカヤに向かって何かの噴射口であろうノズルをまっすぐ突きつけました。

 ノズルの後ろには黒いチューブが伸びて、それはポポミル星人たちが背負ったピンク色のガスが充満したボトルに繋がっています。


「このガスはプニプヨ星の植物、モジェリの花から作りました。私たちには無害ですが、あなたのような地球生物には猛毒なそうで…」


 ポポミル星人は五つの目をバラバラにまばたきさせながら続けます。


「…ポポミル星は大気汚染が深刻で、私たちが住めなくなるのも時間の問題なのです。ですからどうしても、星で待つ仲間たちのために気候の似た新しい住む星が必要なのです…悪く思わないでくださいね」


 そう言って目を伏せると


「発射!」


 ピンク色のガスが一斉にタカヤに向けて吹き付けられました。



 …タカヤは周囲がピンクの霧に染まる中で一つ大きく深呼吸をしてガスを吸い込むと、小さな声で呟きました。

「ほんと、ショースケを連れてこなくてよかったよ…これはあんまり見られたくないから」



 タカヤは赤と青の星が無数に浮かぶ瞳を思い切り見開くと、周囲に充満する毒ガスを全て体に引き寄せて吸い込んでしまいました。


 そしてその背中から何本もの黒い触手が飛び出して、まるで大きな翼のように対称的に広がります。


 触手にはタカヤの瞳と同じように、おぞましいほどの深い黒の中にたくさんの赤と青の光が浮かんでいます。


 タカヤはその触手を自由自在に操って、何が起こっているのかわからず狼狽えているポポミル星人たちを次々に捕らえていきます。


「ひ…っ、助けて!」


 逃げ惑う隙すら与えず全てのポポミル星人に触手を一本ずつ巻き付けて持ち上げると、タカヤは体中にエネルギーをまとわせて、手足に絡みついていたツルを全て溶かして地面にゆっくりと降り立ちました。


 苦しそうにもがくポポミル星人たちを触手で捕らえたまま、タカヤは数歩進んで地面に手をかざし強い衝撃波を発生させます。


 ボコンと音を立てて土が跳ねて目の前の地面が深くえぐられると、その中から大きな水玉模様の卵が出てきました。


 タカヤは穴の外から触手を伸ばして卵にぐるぐる巻き付けて持ち上げると、空いている両手でエッグロケットを操作して本部へ強制転送する準備を始めました。


「あなたたちが仲間のためにこの星が必要なように、俺にも守りたいものがあるんです。…悪く思わないでくださいね」


 そう言うタカヤを見るポポミル星人たちは、化け物を見るような怯えきった目をしています。


「あなたは…一体何ですか…あなたみたいな生物は見たことが無い…」


 ポポミル星人の一人が、ガタガタ体を震わせながら口を開きました。


「…そうですね、俺にもよくわかりません。でも」


 タカヤは数多の触手を全て一か所に集めて体の前に持ってくると、転送の準備が完了して渦が発生しているエッグロケットの銃口をポポミル星人たちに向けました。


「あなたたちの知っている地球の人間でないことは確かでしょうね」


 そう言って少し寂しそうに口角を上げると、タカヤはエッグロケットのスイッチを強く握りました。


****


「ただいま」


 外で靴裏についた土をパンパン払ってから、大きな買い物袋を下げたタカヤが扉を開くと…


 そこではショースケがトランプのジョーカーを前にして号泣していました。


「うぇええええええん! なんで勝てないのぉおおおお」


「ショースケ アマリニモ ワカリヤス スギル。モウ オワリニ サセテ」


 一体何連続ババ抜きをしていたのでしょう、ツバサはロボットなのに疲れ切って横たわっています。


「やだやだ! だってまだ勝ってない! 僕、ダッドには負けたことないんだよぉお…」


「ソレハ ショースケノ オトウサンガ ショースケニ アマイ ダケ ダヨ」


 そう言ったツバサはやっとタカヤに気が付くと触覚をピーンと伸ばして駆け寄ってきました。


「タカヤタカヤタカヤ オカエリー! ヤット カエッテキタ。 モウ タイヘン ダッタンダヨ」


「ただいまツバサ、ショースケ。…どうもそうみたいだな」


 タカヤは眉を下げてへにょりと笑います。


「あ、タカヤおかえり…僕のこと置いていったでしょ」


 ショースケはババ抜きで負けまくったことも相まってむすっとしています。


「ごめんごめん、気持ちよさそうに寝てたから。ほら、お菓子も買ってきたから一緒に食べよう」


「お菓子くらいで僕の機嫌が取れると思ったら…ってわぁシュークリーム僕これ大好きタカヤありがとー!」


 ショースケはシュークリームを受け取るとぴょんぴょん跳ねて大喜びです。


「ショースケ アマリニモ カンタン スギル。ウチュウケイサツ トシテ スゴク シンパイ」


「う、宇宙警察は今関係ないでしょ! 別に悪いETにお菓子もらったってついて行ったりしないんだから!」


「ホントカナー」


 ツバサは疑いの目を向けます。


「ほんとだよ! ねえタカヤ、僕いたって真面目な宇宙警察だよね?」


「あはは…ショースケはいつも頑張ってるよ」


 タカヤは冷蔵庫に買ってきた食材を入れるためキッチンへ向かいます。


 …ふと、半ズボンのすそが土でべっとり汚れているのに気が付きました。


 きっとポポミル星人の相手をしているときに付いたのでしょう。

 ショースケに気付かれる前でよかったと、タカヤは水気を絞った布巾で汚れを拭いました。


「ねぇねぇタカヤー」


 汚れを拭い終わったのと同時にショースケがキッチンへやって来ました。


「夕飯の材料買って来たんでしょ? 何買ったのー」


「えーっと、にんじんとたまねぎとじゃがいもと…今日はカレーにしようと思って。ショースケも一緒に作らないか?」


「え、いいの? 作る作る! 僕にんじんの皮むき上手だねーってルルさんに褒められたことあるんだから」


 ショースケはにっこり笑って足をその場でパタパタと鳴らします。


「そっか。じゃあにんじんはショースケに任せようかな」


「やったあ! とびきり大きめに切っちゃおうっと!」


 冷蔵庫に食材を入れて、テーブルの上に甘口のカレールーを置いて、二人はキッチンを後にしました。



「ねぇこの後どうする? あ、ババ抜きする⁉ タカヤになら勝てるかも!」


「タカヤ ババヌキ チョウ ツヨイカラ ヤメトキナ ショースケ」


「う…ツバサがそう言うならやめとこうかな」


 さすがにもう負けを重ねたくないショースケは尻込みします。


「それよりショースケ、今のうちに宿題済ませとかないか? ほら、さっき後でするって言ったろ」


「げ。そんなのあったね…ええっと…そうだ、シュークリーム! シュークリーム食べたらするよ!」


 ショースケは一足早くソファに座り、シュークリームの袋を開けます。


 大きな口を開いて頬張り、口の周りにひげのようにクリームをつけたショースケを見て、タカヤは声を出して楽しそうに笑いました。



 玄関に置いてあるタカヤの赤い靴の裏には、湿った山の土がまだべっとりとこびりついていました。

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