第4話 みがわりスライムにお願い!
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「うぇー、次の授業算数かぁ。給食の後の授業って眠くなるから困るよ」
掃除の時間が終わって、タカヤとショースケは教室に向かって歩いていました。
「給食の後じゃなくてもショースケはいつも眠そうだろ?」
タカヤはちょっと呆れ気味です。
三時間目の社会でも、四時間目の国語でも、タカヤは後ろの席からショースケの背中をつんつんして起こしてあげたのでした。
「それはこの世界が面白過ぎるのが悪いよ。見たいものも作りたいものもたくさんあって一日二十四時間じゃとても足りないでしょ」
……ようするに遊び過ぎて夜更かしした、ということでしょう。
「とにかく、今度はちゃんと起きててくれよ?」
タカヤは眉をしかめて念を押します。
「んーまあ努力はするよ。ところで、昨日拾ったのちゃんと渡した?」
「ううん、まだここのポケットに入ってる。後で渡しとくよ」
そんな何気ない会話をしていると……
二人の頭の中にピリピリと音が鳴り響きました。
宇宙警察本部から、この時目木町でETからの通報があったことを知らせる連絡でしょう。
でもおかしいです。
学業をおろそかにしてはいけないからと、二人が学校に行っている間に入った通報にはいつもはライトさんが対応してくれています。
それなのになぜ今日は二人に通報が入ってきているのでしょうか。
そう考えている間にも頭の中の音はピリピリと鳴りやみません。
タカヤとショースケはひとまず、周りに誰もいないことを確認してポケットの中のエッグロケットを握りました。
『タカヤ隊員、ショースケ隊員、通報が入りました。場所は時目木滝の周辺、現場へ向かってください!』
「あのー……今学校で」
ショースケは状況を説明しようとしましたが本部も忙しいのでしょう、返事をする前に通話は切れてしまいました。
「え、え、どうしよう⁉ 僕今日翻訳機持ってないのに! というかライトさんは⁉」
「何かあったのかな……ショースケのところに連絡入ってないか?」
ショースケはエッグロケットの中に入れておいたタブレットを取り出します。
「あ、ルルさんから連絡が入ってる。えーっとなになに……?」
『ショースケさんとタカヤさんへ
ライトさんは今日のお昼ごろお腰を痛めてしまいました。
ですのでしばらくの間、本部には通報があった場合お二人に連絡していただくよう頼んでおきました。
私とメグは宇宙警察ではないので、お二人の代わりを務めることができません。
学業が忙しいところ申し訳ありませんがよろしくお願いします」
「な、なるほど……お大事にして欲しいな」
「ライトさんまた腰やったの⁉ 絶対運動不足だよ!」
そうこう話していると後ろから誰かの足音が近づいて来たので、ショースケは大慌てでタブレットをしまいます。
「あれ、まだここにいたのか。もうすぐ授業始まるから早く教室に戻りなよー」
担任の琴子(ことこ)先生が一つに縛った長い髪を揺らして歩きながら、二人に声をかけました。
「は、はーい!」
タカヤとショースケは苦笑いで返事をしながらほぼ同時にそれぞれのポケットの中のエッグロケットを握ってテレパシーを送ります。
(とにかく、人目につかないところに移動しよう!)
(僕も同じこと言おうと思ってた!)
二人は精一杯の早歩きで廊下を進んでいきました、その時。
「あ、おいタカヤ……」
すれ違いざまにレンが声をかけようとしましたが、二人は気が付かず横を通り過ぎていきます。
「……なんだよ」
レンは面白くなさそうに教室へ戻って行きました。
というわけで、二人は人目につかない場所……トイレの一番奥の個室にやってきました。
(さすがにもうちょっといい場所なかったの⁉)
ショースケは不満げです。
(仕方ないだろ、近くにあったのがここだったんだから。それより早く通報のあった場所に向かわないと!)
タカヤはエッグロケットの中からなにやらドロドロした緑の液体が入った小瓶を二つ取り出しました。
(なにそれ……スライム?)
(ショースケごめん、ちょっと我慢してくれ)
タカヤはそうテレパシーを送ると、あろうことかショースケにその小瓶の中身を一本まるごとぶっかけました。
「うわあ⁉ 冷たっ、え、気持ちわる⁉」
ショースケは突然のことに思わずテレパシーを忘れて声が出てしまいました。
その間にタカヤは自分にももう一本の瓶の中身をぶっかけます。
「何すんのタカヤ!」
(ショースケ声出てる! まあ見てて!)
(見ててって言われても……あれ?)
ショースケが自分の体を見てみると、服にも髪にも何もついていません。
自分で液体をかけたはずのタカヤも同様です。
何が起こったのかわからず戸惑うショースケの足に冷たい何かがピトっと触れました。
驚いて下を向くと、先ほどかけられた液体と同じ緑色の何かがブルンブルンと揺れながら次第に大きくなっていきます。
(え⁉ なになに、ていうか狭い!)
どんどん膨らむ何かに、トイレの個室はもうみちみちです。
ショースケはあまりの圧に耐え切れず急いで個室の扉を開けました。
(はー……潰れるかと思った……)
そう思いながら個室の中を振り返ると……
そこには自分ではないショースケが一人とタカヤが二人いました。
「じゃあここは頼んだ!」
奥にいたタカヤがそう言うと、もう一人のタカヤともう一人のショースケは「了解!」と返事をして、教室の方へ走って行きました。
ショースケはわけがわからず開いた口が塞がりません。
「ごめんショースケ後で説明する! とりあえず外に出よう!」
タカヤはエッグロケットからキラキラ粉を取り出して自分たちに振りかけると、ショースケの手を引いて走り始めました。
****
「ま、待って待って!」
手を引かれながら、ショースケは校門付近でタカヤを呼び止めました。
「まさかあの滝まで走っていく気……?」
ショースケの体力はトイレからここまで走って来ただけでもう限界です。
「うん、そうだけど……」
「無理だよ! ここから滝までどれだけあると思ってるの!」
想像しただけでショースケの顔は青ざめていきます。
「そうだ、前みたいにタカヤがコスモピース使って飛んでくれたらいいじゃん! あれならすぐに着いちゃうよ」
「あれは緊急手段で……。それにたくさんエネルギーを使うから……」
「いいじゃんか、今だって十分緊急事態でしょー!」
ショースケは楽をするためなら簡単にコスモピースの力を使わせようとするので困ったものです。
しかしタカヤも先日ライトにコスモピースを『気を付けて使う』と約束したばかりです、何でもかんでも安易に使うわけにはいきません。
「とにかく、今は使わない! ほら走るぞ! なんならおんぶするから」
「おんぶだけはやだ‼ ちょっと待ってわかったいいもの出すから!」
そう言うとショースケはエッグロケットの中から大きな乗り物を引っ張り出しました。
キックボードのような外見をしたそれにはタイヤは付いておらず、足をのせる板は二人は余裕で乗れそうな長さです。
「これはスカイボード。この間倉庫で見つけた、じーちゃんの作った空を飛ぶ乗り物だよ。……あんまり使いたくなかったけど」
「なんで使いたくないんだ? 便利そうなのに」
タカヤは不思議そうに首をかしげます。
「……燃料がちょっと貴重なもので高くてね。僕のお財布の中のお金なんてポンと飛んじゃうんだよ」
なるほど、使いたくないのも納得の理由です。
「そっか。ショースケのお金は大事だし、やっぱり俺がおんぶして」
「いやいや使う! 使わせてください!」
ショースケは慌ててスカイボードのスイッチを入れました。
スカイボードはぼんやりと光りながら少しだけ空中に浮かび、どこかからピコピコと音を立てます。
持ち手の真ん中にある丸い透明なパーツの中に黄色くてやわらかそうなかけらが入っており、おそらくこれがショースケの言っていた貴重な燃料でしょう。
「さ、燃料がもったいないから早く乗って!」
二人が板の上に乗ると、スカイボードはさっきまでいた校舎が見下ろせるほど高くまっすぐ浮かび上がりました。
「僕の肩にしっかりつかまっててね、じゃあ出発進行―!」
ショースケがハンドルをぎゅっとひねると、スカイボードは大空を自由に飛び始めました。
速度はスクーターと同じくらいでしょうか。
「まあ僕が走るよりはよっぽど速いでしょ」
「ショースケは本当にすごいものいっぱい持ってるよな。燃料代、俺も出すから後で教えてくれよ」
「いいけど多分びっくりするよ? そうだところで」
ショースケはしかめ面でタカヤの方へ振り返りました。
聞きたいことは十中八九、先ほどの緑色のドロドロの液体のことでしょう。
「ああ、説明せずに使ってごめんな」
「まったく、タカヤっていつも僕に言う前に動くから困るよ」
そんなショースケも先日何も言わずにタカヤを新しい発明品の実験台にしたばかりですが、自分のことは棚に上げます。
「ごめんごめん、あれは『みがわりスライム』っていう道具だよ。宇宙警察本部のある星で買っておいたんだ」
「へー! つまり僕たちのみがわりを作って授業を代わりに受けさせてるってことか。なにそれすっごく便利じゃん!」
勉強嫌いのショースケにとってなんて魅力的な道具なんでしょう。
「……もちろん後で、受けなかった分の授業の範囲は一緒に勉強しような?」
有無を言わさぬ笑顔を浮かべて、タカヤは少し強くショースケの肩を握りました。
「う、わかったよ……」
こういう時のタカヤは頑固なので逆らわないが吉です。
「それにしてもすごい道具だね『みがわりスライム』。声まで僕らにそっくりだったよ」
ショースケが運転に慣れてないからか、スカイボードは少々ぐらぐら揺れながら空を進んでいきます。
「そうだろ? 声だけじゃなくて、行動とか性格とかもオリジナルの俺たちと同じように変身してくれるんだ。ただ一つだけ欠点があって……」
タカヤは言いにくそうに続けます。
「変身しているものと同じもの……今回は人間に触られると変身が解けちゃうんだ」
「え、それって結構マズいんじゃない?」
教室にはクラスメイト達や先生がいるのですから、偶然触られたっておかしくありません。
「うん。だからあのスライムたちには『人間が触れそうになったら、なんとしても触られないようお互いに努力すること』ってお願いしてあるんだ」
「な、なるほど……それなら安心、かなあ……」
ショースケは若干不安になってきました。
「まあ触られる機会なんてそうないだろうから……とにかく早く現場に向かおう!」
****
ところ変わってここは四年生の教室。
みがわりスライムの二人……タカヤ2とショースケ2は五時間目の算数の授業を受けておりました。
タカヤ2はオリジナルのタカヤと同じように真面目に授業を聞きながら、たくさん手を上げて発表しています。
問題は全問正解、ノートも整理されていて字も綺麗です。
そしてショースケ2はもちろん、オリジナルのショースケと同じように……
机に突っ伏してよだれを垂らしながら爆睡していました。
その様子は教室内のどの席から見ても寝ているとわかるほどです。
タカヤ2は仕方なく後ろから、前の席のショースケ2の背中を鉛筆でつつこうとしました。
その時。
「ショースケまた寝てるのかー? じゃあ横の席の……桜(さくら)、ちょっと揺すって起こしてやってくれないか?」
琴子先生が寝ているショースケに気が付いて言いました。
「わかりました、先生」
桜が手を伸ばしてショースケに触れようとします。
大ピンチです! このままでは変身が解けてしまいます。
タカヤ2は咄嗟に立ち上がり叫びました。
「ま、待った‼」
いつも大人しいタカヤが突然大声を出したので、教室の中はしーん……と静まり返りました。
「ど……どうした、タカヤ。何かあったか……?」
先生もびっくりしています。
桜もショースケを揺すろうとした手を空中に浮かせたまま固まっています。
「え、えーと……俺が! ショースケを起こしてもいいですか⁉」
どう考えてもめちゃくちゃ変な申し出です。
「いや、いいけど……そんなに起こしたいか……?」
先生は困惑しています。
「はい、すっごく! 俺起こすの大好きなんです!」
ここで引くわけにはいきません、タカヤ2はヤケクソで言い放ちました。
「じゃあ……タカヤ起こしてやってくれ」
先生は妙に温かい目でタカヤ2を見つめました。
「タカヤくんそんなに起こすの好きなんだね、はいどうぞ」
桜も申し訳なさそうに伸ばしていた手を膝の上に戻します。
クラス中の視線が注がれる中、タカヤ2は顔を真っ赤にしながらショースケ2の横に立ちました。
この状態でも起きる気配は微塵もありません。
恥ずかしいやら腹立たしいやら、煮えくり返るような思いを込めて、タカヤ2はショースケ2の肩を強めにひっぱたきました。
……少し離れた席のレンはその様子をひどく不機嫌に眺めていました。
****
そんなことが起きているとはつゆ知らず、オリジナルの二人は時目木滝へ到着しました。
「よし、着いたー! ってあれ」
到着すると同時にスカイボードからは光が消えて、浮かんでいた機体は地面にぺたりとついてしまいました。
「うわー、ちょうど燃料切れみたい」
確かに丸い透明なパーツの中は空になっているようです。
「ってことは帰り歩きじゃん! ええ……しんど……」
ショースケはもう帰りのことに思いを馳せています。
「後のことは後で考えよう。ほら、とりあえず通報者を探すぞ」
タカヤはうずくまるショースケを引っ張って立たせると、辺りをキョロキョロと見回し始めました。
「すみませーん、宇宙警察です遅くなりましたー」
ショースケが大きな声で呼びかけると、タカヤが何かに反応して岩場に近づいていきます。
しゃがみこんで何やら喋っているタカヤの後ろからショースケが覗いてみると
……そこにはプリップリの黄色い体をしたETがピカピカ体を光らせながら、岩同士の隙間にギチギチに詰まっていました。
声では無く体を光らせて言葉を表現するタイプのETのようですが、翻訳機を装着していないショースケにも言いたいことはなんとなくわかります。
「ショースケ、このETさんなんだけど引っ張り出してほしいらしい」
「うん、大丈夫。聞かなくてもわかるよ」
とりあえずショースケは岩からはみ出しているETの体の一部を掴んで引っ張ってみました。
びくともしません。
「え⁉ 全然抜けないんだけど!」
ショースケは足を踏ん張りながら思い切り引っ張りますが、ETのプリプリの体がちょっと伸びてしまってますます抜けません。
「ショースケ、ストップ! ETさん痛がってる!」
体をビカビカ点滅させているETを見ながらタカヤは慌てています。
「ちょっと痛いくらい我慢して!」
ショースケはもう一度引っ張りますがやっぱり抜けず、仕方なく手を放しました。
どうやらETのプリプリのやわらかい体が、岩の間で形を変えてパズルのようにピッタリとはまってしまっているようです。
「タカヤなんかいい方法ない? 今度こそコスモピース使うとか」
「いや、コスモピースの力使ったら多分この岩場全体を壊しちゃうから。他に全く方法がないとき以外、時目木町の物を壊したらダメって本部に言われてるだろ」
今度はタカヤがETの体を引っ張りますがやっぱり抜けません。
「ショースケこそなんか使えそうなもの持ってないか?」
「ええ……ETを引っこ抜く道具なんて考えたことないよ。強制転送は悪いことしたわけじゃないから使えないし……」
二人はとりあえず使えるものがないかエッグロケットの中をこれでもかと探りました。
「お、これはどうだ?」
タカヤのエッグロケットから出てきたのは、ショースケの家にもある至って普通の石鹸です。
「なんでそんなの入れてるの?」
ショースケは怪訝そうな顔をしました。
「いや、この前の依頼で土を掘る仕事があっただろ? 終わった後にショースケが手が土まみれのまま帰ろうとするから持っておかないと、と思って……」
「えー、土くらいペペって払っておけばいいんじゃないの?」
「ダメだ、そんなんじゃまたお腹こわすぞ。とにかく! これを水で溶かして石鹸水を作って、ETさんにかけて滑りを良くするのはどうかな?」
なんだか宇宙警察とは思えない原始的な作戦ですが、他に案もありません。
タカヤとショースケは急いで濃い目の石鹸水を作りました。
「ETさん、ちょっと冷たいけど我慢してくださいねー」
タカヤが優しく声をかけて岩の隙間に石鹸水を流し入れると、ETの体は今まで以上にビカビカと忙しなく光り始めました。
「ETさん⁉ どうしましたか……え、目にすごくしみる⁉」
どうやら二人から見えない岩の隙間にあったETの目に石鹸水が思いっきり入ってしまったようです。
「ごめんなさい今出してあげますから! 行くぞショースケ、せーの!」
二人は同時にETの体を持って思い切り引っ張ります。
ETは目も痛いし体も痛いしでビカビカ眩しく光っていますが、こっちも力を抜くわけにはいきません。
「まったく、なんでこんなことになったの! 隙間に何か落としちゃって取りたかったとか⁉」
全力でETを引っ張りながらショースケはプリプリ怒っています。
「いやなんか自分の体のやわらかさに自信があったらしくて、どこまでいけるか試してたら抜けなくなったらしい」
「何そのしょうもない理由!」
「とにかく、もう一回同時に引っ張るぞ! せーの!」
二人が力を入れた瞬間。
ブチ、と嫌な音がしました。
……二人が恐る恐る手の中を開いて見ると、ETの体の一部がそこにはありました。
「うそ、ちぎれた……?」
「ち、ちぎれ……た……」
「「ちぎれたあ⁉」」
二人はもう大パニックです。
「うそうそどうしよう⁉ これくっつくかな⁉」
ショースケはちぎれた欠片を持ったままオロオロしています。
「ETさんごめんなさい大丈夫ですか! いや大丈夫じゃないですよね⁉」
タカヤが急いでETの方を振り返ると……
ETの体は何事もなかったようにすっかり再生していました。
呆気にとられている二人に向けて、体をピカピカ光らせて何かを訴えています。
「……あ、ちぎられてかなり痛かった……? すみません……」
タカヤが謝っている横で、ショースケはタブレットを取りだしこのETについて調べ始めました。
「あった、プレルサイ星人。体はやわらかく、ちぎれてもすぐに再生する。細胞が入れ替わるように定期的に体の一部が取れるため、その欠片は有効活用されている……って書いてあるよ」
「そうなんだ……取り返しのつかないことしちゃったかと思った」
タカヤはとりあえず胸を撫でおろしました。
「あ、まだ続きがある。なになに……ちなみに体の一部を再生する際にはプリプリの体にたっぷり蓄えられたエネルギーを使うため、体全体が少し細くなる……」
「細くなる……ってことは」
二人はETとちぎれた欠片を交互に見つめました。
「今なら抜けるかも!」
二人はETが再生した部分を掴み、再度思い切り引っ張りました。
ちぎれて少し細くなったであろう体は石鹸水で滑りがよくなっていることも相まって、どうも先ほどまでより詰まりがゆるくなったようです。
しかしそれでも見事に挟まった体は簡単には抜けません。
「だめだ抜けない! タカヤちょっと事情説明してもっとちぎっていいか聞いて!」
「ええ⁉」
タカヤは口ごもりながらETに話しました。
そりゃいくら助けるためとはいえ、『あなたの体をちぎっていいですか』とは聞きにくいです。
ETはピカピカピカと体を三回光らせました。
「できるだけ痛くないようにしてほしい、ですか……。が、頑張ります……」
タカヤは少し目を逸らしながら曖昧な返答をしました。
「ショースケ、やさしくちぎって欲しいらしい……」
「何甘いこと言ってんの、思い切り引っ張らなきゃちぎれないんだから優しくなんかできるわけないじゃん」
ショースケは真顔でETの岩からはみ出た部分をむんずと掴みました。
ETはその掴み方から何かを察したのか、体を光らせて慌て始めます。
「ほら、タカヤもこっち持って。ちぎるよ、せーの!」
「うわああETさんごめんなさい‼」
……そのまま五、六回ちぎったでしょうか。
すっかり細くなったETはぬるりと岩の隙間から出てきました。
「や……やっと抜けた……」
ショースケはもう疲労困憊です。
ETもかなり辛かったのでしょう、プルプル震えながら弱弱しく光りました。
「あ、はい……もう無茶はしないでくださいね。あれはあげる……? え、これですか⁉」
ETは二人がたくさんちぎった体の欠片を全部くれるそうです。
「それなりに貴重なものなんですか……ありがとうございます……」
二人がどうしたものかと欠片を見つめる中、ETはとぼとぼと帰って行きました。
「……俺たちも帰るかショースケ」
「そうだね……ってそうだ、スカイボードの燃料無くなったんだった……」
こんなに疲れているのにここから歩いて帰らなければならないなんて、体力のないショースケには地獄のようです。
「燃料も買わなきゃいけないし……宇宙警察って体にもお財布にもほんと過酷だよ」
「その燃料、俺も今度探しとくよ。名前なんていうんだ?」
「ああ、えーと……プレルサイメントって言うんだけど……ん?」
どうも最近どこかで聞いたような響きです。
「プレルサイ……プレルサイってもしかしてこれ⁉」
ショースケとタカヤは、半分ずつ持って帰ろうとしていた先ほどのETの欠片をエッグロケットから取り出しました。
黄色くてやわらかくて、確かに見た目はそっくりです。
ショースケがおそるおそる透明なパーツの中に欠片を一つ入れてみると、スカイボードはぼんやりと光りながら空中に浮かびました。
「わ、動いた! この燃料すごく高いんだよ! いっぱいちぎった甲斐があったね、タカヤ!」
「ええと……そうなの、かな……?」
大喜びのショースケといまいち手放しで喜べないタカヤを乗せて、スカイボードは学校へ向けて大空を飛び始めました。
****
オリジナル二人が滝を後にして少し経った頃。
タカヤ2は無事学校が終わったことに安堵していました。
今日は五時間目までしかなかったのでとってもラッキーです。
……問題と言えばあの授業の後で先生に呼ばれて「なにかあったら相談に乗るぞ」と心配そうに言われたことくらいでしょうか。
誰かに触られそうになる前に早く帰ろうと、急いでランドセルを背負っていると隣の席のミオから声をかけられました。
「いやーそれにしても面白かったなー、まさかタカヤが人を起こすのがそんなに好きなんて知らなかったよー」
ミオはニヤニヤしながらタカヤを見ました。
「え、タカヤそんな趣味があったの?」
何も知らないショースケ2がのんきに笑っています。
今にも口から飛び出しそうな「誰のせいだと思ってるんだ」の言葉を必死に飲み込んで、タカヤ2はそうなんだよーと複雑そうに笑いました。
さてさて、早くショースケ2も連れてここを離れなくては。
「さあショースケ帰るぞ!」
タカヤ2のその言葉にミオはとっても不思議そうです。
「あれ? タカヤとショースケって家の方向逆なのに今日は一緒に帰るの?」
そうでした、二人はいつもは一緒に帰ってないのでした。
タカヤ2は何か言い訳を絞り出します。
「え、えーと……ショースケのおうちの人に家においでって言われてるんだ」
「へー、家族ぐるみの仲なんだー。それは一大事だね、ねぇレン……レン?」
話を振られたレンはいつもと違って元気がありません。
「タカヤは……今日はおれと帰らないのかよ」
レンがぽそりとつぶやきます。
「あ、うん。ごめん言うのが遅くなって」
「……別にいいけど」
ぎゅっと眉をしかめて、レンはうつむいてしまいました。
少し気になりますが、今は触られないようここを離れることが最優先です。
「じゃ、じゃあ俺たち帰るな! また明日!」
タカヤ2はショースケ2を連れて教室の出口へ向かおうとします。
その時。
レンはタカヤ2の肩になにかゴミが付いているのに気が付きました。
「あ、タカヤ。何かついて……」
そう言いながら伸ばしたレンの手を……
タカヤ2は咄嗟に思い切り避けてしまいました。
レンは目を大きく見開いて固まっています。
「あ、レンごめん……」
「なんだよ……」
声を震わせながら、レンの目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ始めました。
「なんでそんなに避けるんだよぉおお……」
教室に残っていたクラスメイト達がざわめきます。
「え、レン何も泣かなくていいじゃん! ほらよしよし!」
ミオが必死で背中をさすります。
「どうしたのレン⁉ なんかあった?」
そこに急いでカズもやってきて、レンの周りをうろうろ動き回りました。
「なんだよ、タカヤは……ショースケが転校してきてからショースケばっかりだ! おれのこときらいになったのかよお……」
レンは今まで我慢していた分、言葉も涙もなかなか止められません。
「えーっと、つまり僕にヤキモチ妬いてるってこと?」
どうしていいかわからず困っているタカヤ2の横で、ショースケ2は冷静に分析します。
「そういうことだねー、なんかごめんねショースケ。レンはショースケが転校してくる前は本当にタカヤといつも一緒だったから」
何故かミオが代わりに謝ります。
「レンってタカヤのこと大好きだもんね」
カズの発言にクラスメイト一同はうんうんと深く頷きました。
「べ、別に好きじゃねーし! ヤキモチでもねえもん……!」
レンは目を真っ赤にしながら抗議しますが、どう考えても純度百パーセントのヤキモチです。
話を聞きながらショースケ2は目を伏せました。
「いや、僕が悪いよ」
深刻そうな顔つきで、額に手を当ててショースケ2は続けます。
「僕の溢れんばかりの魅力と才能がタカヤすらも引き付けて離さないってことでしょ。そこは本当にごめん、謝るよ」
……真剣な目をしているショースケ2にみんなは一体何て言ったらいいのかわかりません。
予想外の答えにレンもさすがに涙がちょっと引っ込みました。
「だからヤキモチに関してはちょっと諦めてもらうしかないんだけ、ど!」
ショースケ2はずいっとレンに顔を近づけました。
「タカヤがレンのこと嫌いなんてそんなわけないじゃん! ちょっとここで待っててよ!」
そう言ってショースケ2はタカヤ2の腕を掴むと、教室を飛び出して自分たちが変身したトイレの個室に駆け込みました。
そこには滝から戻って来たばかりのオリジナルの二人がすでに入っていました。
「俺たちの代わり務めてくれてありがとう。助かったよ!」
「お礼言ってる場合じゃないよ、オリジナル」
ショースケ2がしょんぼりしているタカヤ2の代わりに事情を説明すると、オリジナルのタカヤはすぐに状況を理解したようです。
「ごめんショースケ、みがわりスライムたちを瓶に戻しておいてくれるか」
「わかったよ……昨日のやつ、ちゃんと渡しておいでね」
ショースケにスライムたちが入っていた小瓶を預け、専用の薬でキラキラ粉を落としてタカヤは教室に向かいます。
「おまたせ、レン」
教室に入るやいなや、タカヤはレンの右手を両手で優しく包んで握りました。
「さっきは避けちゃってごめん、急なことでびっくりしちゃって……」
タカヤはレンの瞳をまっすぐ見つめています。
突然のことにレンはドギマギして、真っ赤に腫らした目を左右にキョロキョロと動かしました。
「俺さ、レンに渡したいものがあるんだ」
タカヤは制服の左ポケットから、綺麗なハンカチに包まれた白い線が入った赤くて丸い石を取り出して、握ったままのレンの右手にのせました。
「レン珍しい石集めてるだろ? これさ、昨日川辺で見つけたんだ。俺こんな石見たことなかったからレンにあげたら喜ぶんじゃないかと思って」
レンはつやつや光る石を見て目を輝かせたいところなのですが、ずっと握られたままの右手の方がよっぽど気になってドキドキして落ち着けません。
そばにいたカズが横から興味津々で石を見つめました。
「ねえねえタカヤ、もしかしてさっき教室出て行ったのはこの石を取りに行ってたの?」
「え、……そうだよカズ! 掃除場所の理科室に置き忘れちゃって……」
この石はずっとポケットの中に入っていたので本物のタカヤしか持っておらず、タカヤ2には渡すことができなかったのです。
「……俺はショースケのことも大事だけど、レンのことももちろんすっごく大事だよ。悲しい思いさせてごめん」
タカヤは今度はレンの両手を自分の両手でしっかり包み込み、捨てられた子犬のような目をキラキラさせながらレンの顔を覗き込んで言いました。
「なあレン、やっぱり……まだ許せない?」
「わ、わかった‼ 許す、許すから……そろそろ手離して……」
レンはもうキャパシティオーバーしているようで、顔を真っ赤っかにしながら消え入りそうな声を出しました。
「あ、ごめん!」
タカヤが慌ててパッと手を離すと、自分でお願いしたのにレンはちょっと寂しそうです。
「えっと……石、ありがとな……」
タカヤの顔を見られないまま、レンはぽつりと呟きます。
「うん、どういたしまして! レンが喜んでくれて嬉しいよ」
そう言ってにこりと笑うタカヤが目の端に映って、レンはまた一段と強くタカヤから目を逸らしました。
和やかな空気が戻って来た教室に、諸々を済ませたショースケが足を踏み入れます。
「おー、仲直りしたみたいでよかったよかった」
「お、おいショースケ……」
レンは言いにくそうにもごもごと口を開きました。
「その……悪かったよ……ごめん」
「え? 別に一ミリも気にしてないからいいけど」
ショースケはあっけらかんとしています。
「なっ……ちょっとくらいは気にしろよ!」
それはそれでちょっと寂しいのか、レンはプリプリとふてくされました。
「僕に気にして欲しいならもっとビッグな人間にになることだね」
ふふん、と鼻で笑ったショースケにレンはさらに食い下がります。
「あの二人ってなんだかんだいい友達になりそうだよねー」
「ね、何だか似てるかも!」
ミオとカズは言い合う二人を見て楽しそうに笑っています。
「そうだな。そうなってくれると俺も嬉しいよ」
タカヤも愛おしそうに、そんな賑やかな友達たちを見つめていました。
そしてタカヤは翌日、授業中に寝ているショースケを起こすようにと琴子先生から妙に温かい目で指名され、理由がわからず困惑するのでした。
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