インターミッション1-3

 いまや成熟した文化の花咲く地。人類文明の新たなる中心となっている。展示はそう総括されていた、

(わたしの先祖は、こんなふうに火星にやってきたの)

 彼女は、オンラインで受けていた歴史の授業を思い返していた。


 案内に沿って軌道エレベータに乗り込んだ。リニア線に乗り入れて「東京」へ直通する路線だ。

 アテンダントが告げる。

「本便は、JR火星運航の軌道エレベータ直通便『ふじ』です。東京駅まで、しばし、おくつろぎ下さい」

 アナウンスの後でドアが閉まる音がして、発進する。

 エレベーターシャフト内はリニアモーターで駆動されるが、中間地点では重力と推力が釣り合う。無重力だ。

 ふわっと身体が浮くが、そのたび不安な気持ちに襲われる。

 彼女は、無重力状態が好きではなかった。宙に浮かぶ、いや、無限の彼方へ落ちていく感じがぞっとしなかったのだ。

 しかし、懐かしいような……。

 心の奥に沈められているなにかに、触れたような気持ちがした。


 軌道エレベーターの末端、パヴォニス山の地上ステーションからリニアトレインはトンネルに突入し、東京駅。大深度地下のホームに到着した。

 

 床がスーッと動き出す。そのままエスカレーターに合流し、駅舎の外に運ばれる。

 振り返ると、赤煉瓦の駅舎が見える。かつて「地球」に建っていたものを寸分違わず再建したのだ。

 しかし、地球にあったそれとは決定的に異なる部分がある。駅の構内をふたつにわける「改札口」が存在しない。

 無論、自動的に認証されるシステムがそれに取って代わったからだ。紙片に印刷された「切符」はすでに存在せず、バーチャルなものでしかない。


 駅前から自動運転のシェアサイクルに乗りこむ。そのまま住宅街の家に乗りつける。

 出迎えたのは、背広の男だった。

「久しぶりだな」

「まあ、ゆっくりしてくれ」

 部屋に案内された。狭い部屋はベッドで占領されていて、ほかに置いてある家具は文机だけだ。

「窮屈だが、しばらくの辛抱だ」

 男は言った。


 そして、彼女が火星の地へ降り立ってから、火星は太陽の周りを三回まわった。

 地球と火星では、暦も違う。火星で使われる暦は、ダリアン暦と呼ばれるものだ。公転周期が地球の倍近い火星は、一年は六八七日で二十四ヶ月、1ヶ月は二七日か二八日だ。

「一年」を二十四にわけたものは「地球」の慣習に従って、1ヶ月と呼ばれているが、火星の「月」であるフォボスとダイモスはこの周期に関係がない。

 一日の長さ――自転周期は地球よりおよそ三九、五分多いのだが、時分秒については地球のものが使われているので、この時間帯は「日が終わるが翌日が始まらない」時間帯で、二五時と呼ばれている。

 

そして彼女も、学校に行く年頃になったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛の国から幸福へ foxhanger @foxhanger

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ