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 二一世紀になって各地の紛争や気候変動に加え、「阿蘇カタストロフ」が駄目押しとなって、世界の形は大幅に変わっていった。

 ヨーロッパ連合はこれまで「富」を貯め込んでいた北方諸国のドイツやオランダが、イタリアやギリシャなどの南欧を圧迫する構図があからさまになった。そして押し出された南欧の住民は、難民となって中東や北アフリカに押し寄せるようになった。「北」から「南」への難民。かつてとは逆の現象だった。

 ヨーロッパ人は次々に北アフリカに移住し、文明の中心は地中海沿岸に移っていった。

 イスラム教国だったチュニジアでは欧州系がマジョリティとなり、「新(ノヴァ)カルタゴ」と改名された。長い戦乱で荒廃したパレスチナにも欧州系住民が入植した。

 アメリカ大陸も中西部の砂漠化と東部の寒冷化によって、何世紀にもわたる合衆国の圧倒的な国力に翳りが現れたのだ。

 アメリカ合衆国は内戦状態に陥り、やがて南北アメリカ大陸に拡がった。カナダとカリブ海諸国、南米の一部を統合し、カリフォルニア州サンノゼを首都とする汎アメリカ合衆国(USPA)が成立するまで続いた。

 東アジアでは長い混乱の果てに、中国本土チャイナ・プロパーの他にモンゴルや東シベリアを勢力範囲とするいくつかの主権国家の同盟である「中華同盟」が成立した。東南アジアの沖合には、スンダランドと呼ばれる陸地が数万年ぶりに出現した。マレー半島とジャワ島、ボルネオ島は地続きになった。海面に出た平野は肥沃な大地になると思われ、領土争いが熾烈になった。

 国土の大半が寒冷地だったロシアは国力を喪失し、中央アジアやシベリアの離反を防げなくなった。バイカル湖以東のシベリアは徐々に中華同盟の勢力圏になっていった。

 オーストラリアはシナブン山噴火で流入したマレーシア、インドネシア系の住民がマジョリティになり、インドネシアと連邦を形成して中華同盟に対抗した。

 各国は勢力争いにかまけて、宇宙開発は後退した。世界各国は、火星開発を放擲した。「日本」だけが、火星に残った。


 阿蘇カタストロフが発生すると、「日本国」の地球上における暫定首都機能は、北海道、十勝平野に作られた人工都市、新帯広市に置かれた。日本列島を脱出できなかった国民の大半はシェルターに退避し、収束後には順次、カナダやオーストラリア内陸部など、世界数カ所に設置された租借地と沖ノ鳥島近海、赤道直下のメガフロート、あるいは火星植民地に移住し、日本列島の環境回復を待つこととなっていた。

 しかしそれでも、残念ながら「日本人」全員を救うことは不可能だった。避難を拒否したり間に合わなかったひとびとが命を失った。

 避難してもまるごと火山灰に埋もれて全滅したシェルターもある。被害が少なかった北海道でも、火山灰を吸い込んで肺を痛めたものが次々に死んでいった。

 結局、三千万人もの、この列島の住人を犠牲にせざるを得なかった。もっとも、プロジェクト当初のシミュレーションでは半数以上――五千万人が死ぬことが想定されていたのだが。


――しかし、真の混乱と破滅はこれからやってきたのだ。

 火砕流と火山灰に覆われた日本列島は、一応日本の主権が保証されていたが、地政学上も地質的にも極めて不安定な地域になった。

 火山活動が収束してからシェルターを出たり、海外に避難していた一部の住民が帰還を果たしたが、不毛の大地で生きるのは楽なことではなかった。

 変動した気候。荒れ果てた大地。天然資源は希少になり、代用食料が主流になった。安定した食料生産は工業的手段に任されるようになった。やがて「食事」すら諦め、栄養補給を配給される高エネルギーパッケージで賄う階層が出現した。パッケージの原料がなになのか問うものはいなかった。

 しかし時間が経つにつれ、火砕流や火山灰に覆われた地も、草が生え、つぎに灌木が伸び、しだいにもとの植生を取り戻していった。しかし、いまだ続く気候変動のため、耕作してもかつてと同じものを作るのは難しかった。

 さらに西日本には、アジア大陸の混乱と飢餓から逃れるように朝鮮半島や、中国大陸のひとびとが流入した。東南アジアの住民も沖縄から島伝いにやってきた。不毛の地が数十年かけて徐々に緑を取り戻していくうちに、その数は増えていった。やがてかれらは帰還した「日本人」と摩擦を起こすようになったが、追い返すことは困難だった。

 同じ「難民」である「日本人」とアジア諸国のひとびとは、次第に混ざり合って生活するようになった。

 2175年。大陸からの軍勢がサハリン島から北海道に侵攻した。瞬く間に北海道は占領され、「首都」である新帯広は陥落した。「日本」は滅亡した。

 地球上に「日本」は存在しなくなった以上、もはや「日本人」を助けられるのは、火星の「日本ひのもと」だけだったのだ。

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