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 阿蘇カタストロフで起こったこと。

 噴出した火砕流は九州一帯を覆い尽くし、さらに海を渡った本州の山口県や広島県、四国の高知県宿毛、愛媛県宇和島にも到達し、その厚さは最大で100メートルにもなった。降り積もった火山灰は大阪で1メートル、東京でも40センチ、北海道の南部でも5センチの厚さに積もった。

 火山灰が多量に降り積もった地域では、灰の重みで木造家屋がことごとく倒壊した。コンクリート製の建物でも屋根が抜け、雨樋が詰まって水浸しになるなどで使い物にならなくなった。浄水場は灰に含まれた硫酸ミストで汚染されて使用不可能になり、下水道管は火山灰で詰まった。細かい灰はあらゆる隙間に侵入し、機械を故障させ、送電線は絶縁不良を起こした。道路も鉄道も使用不能になった。都市は崩壊した。

 火山灰と硫酸ミスト、それに日照を遮られることで、山の木々は完全に枯れた。表土は火山灰ごと雨によって流出してしまい、緑なす山々はごつごつとした岩が剥き出しになる不毛の大地になった。その回復には数世紀を要すると思われた。

 大量の火山灰が流れ込んだ川は河床が上昇し、洪水が頻発するようになった。平野部は治水がなされる前の状態に戻った。

 浅い海では海底に溜まった火山灰によって、海藻や甲殻類や貝などの生物が全滅し、それらを餌にする魚も姿を消した。

 火砕流と火山灰は、山も川も人間の作ったものも、この弧状列島にあるものすべてを埋め尽くしてしまったのだ。

 真っ暗な空に薄ぼんやりと太陽が輝く。その光はあまりにも弱く、大地を暖めるには頼りなさ過ぎた。

 このまま、世界の終わりがやってくるのか――

 そう思った日本人も多かったのだ。


 しかし、地球にとっては、「日常」の範囲内の擾乱ではある。

 地球の歴史を振り返れば、大陸を覆い尽くすほどのマグマが噴出するような巨大噴火はいくつも発生している。

 二億年前、シベリアで大規模な火山噴火が発生した。火山ではなく地殻そのものが割れておびただしい量の溶岩が流れ、ウラル山脈から極東までの広範囲に玄武岩が滞積した。この噴火で地球上の九割以上の生物種が消滅するという地球史上最大の大量絶滅がもたらされた。現在その名残は「シベリアトラップ」と言われている。

 あるいはインドのデカン高原、ジャワ島沖にあるオントンジャワ海台など、地球内部から膨大な溶岩が噴出した形跡は、地球上のあちこちに残されている。そのたびに、地球表面の薄い膜である生態系は擾乱され、生物は大量に絶滅した。

 それらに比べれば、今回の事態は、はるかにはるかに小規模なものである。

 だが、地球上に拡がったホモ・サピエンスというサル類の一種の群れを、壊滅状態に陥れるには、十分すぎてあまりあるものだった。


 数日経って、青空が戻ってきた。しかしその色は、いままでの抜けるような青ではなく、やけに白っぽかった。それが何を意味するか、シナブン山の噴火で皆は分かっていた。

 その冬。

 北半球はここ数十年、例を見ないほどの大寒波に見舞われた。


 日本列島においてはその影響は壊滅的だった。

 事前の予測通り、火砕流と火山灰に覆われ、北海道北部と沖縄、小笠原を除く日本列島の全域は、不毛の地となった。さらに火山灰は偏西風に乗って太平洋を横断し、カリフォルニアでも降灰が観測されるようになった。

 成層圏に漂う微粒子のため、タービンや機体が破壊される恐れがあり、ジェット機は飛行不能になった。北半球の航空は麻痺状態になった。

 地球上での太陽光発電は機能が大幅に低下した。エネルギーを得るにはこれまで忌諱されていた火力や原子力による発電に頼らざるを得なくなった。

 巨大噴火で成層圏に噴き上がったエアロゾルは長期間漂って日照を遮り、地球の気温を数度下げ、異常気象をもたらした。大気の大循環に変動が生じ、海流にも変化が起きたため、激しい気候の変動が何十年も続いた。

 太陽の輝きは弱々しくなり、亜熱帯でも雪が降るようになった。

 

 ニューヨークでは噴火の五年後でも七月に降雪が記録され、その年の一二月はマイナス50℃を下回る異常低温に見舞われた。四季の巡りは消滅した。

 寒冷化はヨーロッパで著しく、スカンジナビア半島は氷河に呑まれていった。グレートブリテン島、アイルランド島、ユトランド半島は不毛の地となっていった。ひとびとは南へ、南へと逃げていった。

 北半球における農作物の凶作は深刻で、とくにモンスーンアジアの主力農産物であるイネは大打撃を受けた。

 気温低下で、中国、タイ、ベトナムなどの米を主食にする地域では稲作がほぼ不可能になった。海流の変化で水蒸気の蒸散が不活発になったため降水量も減り、アジア内陸部は砂漠化していった。

 黄河、長江の流域は流域の砂漠化で慢性的に洪水が発生するようになり、二一六五年には長江中流に作られた三峡ダムが崩壊した。巨大な水と泥の塊が流れ下り、武漢、南京、上海など流域の都市は濁流に流され、泥に埋め尽くされた。約六億人が被災、死者は数千万にものぼったと言われる。共産党政府は重慶に首都機能を移転させたが、見捨てられたかたちになった華北華中の反撥は強まり、国家は分裂の様相を呈した。

 地球上の人類文明は大ダメージを受けた。限られた食料と資源を奪い合い、文明レベルが顕著に後退する地域も続出した。それに伴って、あちこちで紛争が発生した。「国家」の力は大幅に弱くなっていった。

 世界中のどの国も、自らのことだけで精一杯になった。もはや国際社会に亡国の民である「日本人」を助ける余力などあるはずはなかった。

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