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 新帯広。

 E計画に基づいて、「日本列島」における国家機能の存続のために帯広南部の十勝平野に作られた新首都である。

「首都移転」の構想はそれまでも現れては消えていたが、国家的危機において現実化したのだ。

 東京とは東北要所、札幌を経由するリニアモーターカーで接続され、二時間程度の所要時間でスムーズに行き来出来る。

 十勝平野に建造された三棟の巨大建築物(アーコロジー)が都市の本体である。一辺2000メートル、高さ1000メートルのピラミッド型の建物内部にオフィスや住宅、店舗などが集積している。

 火山灰が降ってもエネルギーを自給可能な構造になっており、数ヶ月分の食べ物も備蓄してあり、住民は外に出る必要はない。

 この時点で、およそ二十万人が住んでいるが、首都機能のみを集積しており、必要以上に人口を増やさない方針だった。


 ある一家の話である。

 新帯広の住民である一家は、市街地からやや離れたところに住んでいた。

 噴火が始まった頃。携帯端末に阿蘇山で巨大噴火が切迫している」という緊急速報が発令された。

 火砕流の到達予測範囲以外の住民は、みなシェルターに避難するよう指示された。

 新帯広は被害範囲から外れていたが、屋内退避の勧告が表示されている。一室に集まった家族は肩を寄せ合って、震えている。

 そして。

「阿蘇山の中岳から、大規模な噴火が発生した模様です。新帯広にも火山灰や火山弾が降る予想がされました。

 ただちにシェルターへ退避! 退避!

 切迫した声がスピーカーから響く。

 街の要所には大きく「にげて!」「シェルターへ!」というホログラフィが浮かび上がる。

「ここじゃダメだ。シェルターに急がないと」

 クルマに乗り込むと発進して、避難場所に急行する。

 車内のディスプレイには、気象衛星が映した日本上空の画像が映し出される。その日九州上空は晴れていた。くっきりと地形が見える。

 中央部に現れた噴煙は、みるみるうちに九州全土を覆い尽くし、どんどん拡がっていく。

「噴煙の高度は、三万メートル以上に達していると推測されます」

 画面に見入っていた。

 1時間ほど経って「ドーン」という腹に響く音が響き渡った。

「ついに来た」

 噴火の爆発音だ。

 つづいて激しく空気が揺れ、窓ガラスは粉砕された。一五〇〇キロ遠方の噴火に伴って、空気は間断なく震え続けた。

 それから、闇がやってきた。

 降り積もる火山灰に遮られ、どんな灯りも届かない。空には太陽も星も輝いていない。経験したことのない真の闇だ。

 LEDライトをつけても、足下を頼りなく照らすだけだ。どこを照らしても火山灰が積もっていて、そこが道路かそれ以外かは分からない。

「まさか、ここでも……」

 すでに、火山灰は踝を覆うくらいに積もっている

 不意に、ばさっと音がした。

 街路樹の枝に火山灰が積もり、折れたのだ。

「クルマが動かない……」

 歩いていくしかない。しかし、周囲は真の闇なのだ。

 どっちに歩けばいいのか。端末は火山灰で電波が妨害され、使用不能になった。

 新帯広の街にたどり着くことを信じて、あてどもなく歩くしかなかった。


 人類史上例を見ない巨大噴火は、思わぬところに影響を及ぼしていた。

 巨大噴火に伴う衝撃波が海面を激しく揺らし、その振動が太平洋の向こう側で津波となって押し寄せる。カリフォルニアや南米の沿岸では、津波は場所によっては一〇メートル以上大地を駆け上り、海辺の街を舐め尽くした。


 シェルターを出てひとびとが目の当たりにしたものは、見渡す限り一面火山灰に覆われた大地だった。

 生き物の姿はなく、すべては灰に埋まってしまった。

 木造の建物はあらかた破壊されていた。

 雪と違って溶けることのない火山灰が屋根に降り積もり、水分を含んで重くなり、家屋は押しつぶされたのだ。

 上下水道、電気など、都市のインフラは使用不能になっている。


 地球の裏側でも、異変はあった。

 カナダ、アルバータ州エドモントン近郊に作られていた難民キャンプには、噴火が警告されていちはやく脱出した「日本人」およそ五万人が収容されている。

 急ごしらえの住宅が並ぶ平原の向こう、山の彼方に陽が落ちる。

 ひとびとは血のように真っ赤な夕焼けを見た。それは成層圏のエアロゾルが光を乱反射して作られるもので、恐ろしいほど、美しい光景だった。

 噴火が終了したのは、最初に中岳が噴いてから八ヶ月後だった。

 噴火の規模を表す火山爆発指数(VEI)はタンボラ山噴火の7を超える最大の8。火砕流や火山灰の総噴出量は2000立方キロメートル。琵琶湖の貯水量の七十倍以上である。

 人類が歴史を記録し始めてから、おそらく最大級の噴火だった。阿蘇ファイブはやがて、75000年前にインドネシアのトバカルデラで発生したとされる「トバ・カタストロフ」に匹敵する巨大噴火災害――「阿蘇カタストロフ」と呼ばれるようになった。

 トバ・カタストロフでは、全地球的な気候変動は数十年にわたって続き、当時地球上に棲息していた人類は、わずか数千人を残して死滅したとされる。

 ヒト――ホモ・サピエンスのDNAは他の動物に比べると著しく多様性が低いことが分かっている。この理由を探っていくと、7万年ほど前に何らかの事態で個体数が極端に減少するボトルネックがあると推測されるに至った。

 つまり、ホモ・サピエンスはこの事態で絶滅寸前に追いやられ、わずかに生き残ったものが現在に至る全人類の子孫であるという説が有力である。

 それが繰り返された。


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