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 釘宮は伊沢や官僚たちの顔を思い浮かべつつ、感慨に耽った。

 かれらは「RA以後」の世代だ。

 釘宮自身もこの時代の政治家の常として「RA」を公開していたが、そんなもので「人間」が測られてはたまらない、という思いが捨てきれない。

 だが、時代は否応なしに変わるのだ。

 大分空港から帰路についた。機中で釘宮総理は、ある発表をすることを心に決めた。

 これからの日本人は、重荷を背負うことになる。いかなる選択をしても、多大な犠牲は避けられない。

 しかし、きっと、われわれ古い世代の日本人よりも、上手くやってくれるだろう。新しい日本人である、かれらなら――。


 九月。

 国会開会に伴う所信表明演説で、日本の将来に関する重大な発表がなされたのは、その一ヶ月後である。

 九州のカルデラを持つ火山、阿蘇山、桜島――姶良カルデラ、鬼海カルデラなどが百年以内に超巨大噴火を起こし、その結果火砕流と火山灰によって「日本列島のほぼ全域が壊滅する」可能性があること。そのため今後数十年のスパンで日本人を日本列島以外に移住させる必要があること――。国内での退避施設の建設と影響の少ない場所への新首都の建設、メガフロートによる海上領土の展開。そして、地球外への居留地の建設を究極の目的とした宇宙開発。これらを国家プロジェクトとして推進し、予算をつけていくこと。


 発表後、世の中は大騒ぎになった。

 明日にでも破局的な噴火が起こって日本が滅亡するような記事がメディアを賑わし、ネットに現れた世論は右往左往した。

 急激な為替相場の変動が発生し、日本企業の株は売られ、東京証券取引所の平均株価は暴落した。

 しかし、それが将来をきちんと見据えた「国家百年の大計」であり、「新たなる産業の育成」であることが理解されるようになると、パニック的な反応は収まっていった。そんな先のことを考えるより、目の前の問題に集中するのが、正しい方策だったからだ。

 そして翌年、釘宮は総理の座を辞した。政界引退を発表し、10年後に亡くなるまで、いっさいの公職に就くことはなかった。

 しかし、戸惑いは小さくなかった。「100年後の大災厄」に備える日本政府の姿勢を、冷笑気味に報じた海外メディアも少なくなかった。

 とくに火星植民計画は、あまりに荒唐無稽だと思われた。「時代錯誤のSFを読み過ぎた代物」だと。

 だから、国際社会でその計画をバックアップするという動きも、はじめのうちは鈍かったのだ。


 しかし、ある出来事がその雰囲気を一変させた。

 2065年、インドネシアのスマトラ島中部にあるシナブン山が、二十一世紀最大規模の巨大噴火を起こしたのだ。噴煙の高さは三万メートル以上に達し、関東地方より広い面積を火砕流が埋めた。スマトラ島は死の大地となり、火山灰は最大都市であるジャカルタのあるジャワ島、マレー半島やフィリピン南部にも厚く積もった。

 現在の首都であるヌサンタラはカリマンタン(ボルネオ)島の東部にあり、比較的被害は少なかったが、それでも火山灰による機能麻痺は深刻だった。

 海峡を挟んだマレーシアでは首都クアラルンプールが厚さ五十センチの灰に埋まり、首都機能が停止、シンガポールでも国家機能が麻痺する事態に陥った。

 巨大噴火の前に周辺地域住民に警告が発せられ、大半が避難を完了させていたが、間に合わなかったり避難時の混乱などで発生した死者は十万人を超え、住む場所を失ったインドネシア、マレーシアの難民は一億人にも達した。

 時を同じくして被害の大きかったスマトラ島北部、アチェ州で独立運動が勃発。避難民はアチェを追われることとなった。結果として、インドネシア、マレーシアなどでは国外に5000万人以上が流出し、未曾有の規模の難民となった。周辺のオーストラリア、インド、タイ、ミャンマー、さらにアメリカなどが受け入れたが、各国にとって難民は重荷になった。


 今回のシナブン山の噴火は、一八一二年のタンボラ山噴火以来の大規模噴火と言われ、巨大噴火の脅威を世界に否応なしに見せつけた。

 科学雑誌が「次なる巨大噴火が起こる可能性の高い火山」の記事を載せた。阿蘇山はその筆頭だった。対策はさらに加速することになった。

 2066年、「特殊大規模災害発生時における特別措置に関する法律」略称「特大災害法」が成立した。

 九州火山のカルデラ噴火、チクシュルブ・クレータークラスの大型隕石の落着など、被害域が日本国土の広範囲に及ぶと思われる巨大な自然災害に対処するための法律である

 2075年に発生した、遠州灘の南海トラフを震源とするマグニチュード九の地震――「東海道大震災」はこの法律が適用された第一号となった。

 復興の過程で、国土の利用構造を変革し、来るべきカルデラ噴火に対応したシフトを組んだのだ。


 2092年、日本政府は赤道直下の海域を租借し、メガフロートを建造した。地球の自転速度を最大限に活かせる地の利を活かしてロケットの発射基地として使用し、国際的な一大ロケット産業の集積地として機能する。ゆくゆくは軌道エレベーターの地上基地に発展させる構想だった。

 そして、2115年には国際協力によって軌道エレベータが竣工し、地球ー月のラグランジュ点に宇宙太陽光発電所が建造された。

 さらに、様々な技術の進展が、計画を後押しした。

 たとえばカーボンナノチューブ(CNT)の大量生産が可能になり、軌道エレベータ建設に実現性が増した。さらにCNTは、他の用途にもさかんに使われるようになった。

 建築物の構造材にすることで巨大な橋や建物が安く簡単に建造できるようになり、津軽海峡や瀬戸内海に橋がいくつも作られた。

 さらにCNTが世界を変えたのは、エネルギー貯蔵手段としてだった。CNTで作った円盤は普通の物質では遠心力で壊れてしまうような高速で回転させることができる。高速で回転すると、そのぶん大量のエネルギーが貯蔵できるのだ。その蓄積量は、化学反応を使ったリチウムイオン電池とは比べものにならない。「大量に貯めておくことができない」という電力の欠点が解消され、太陽光や風力のような再生可能エネルギーの、不安定で需給タイミングが一致しないという弱点を補った。巨大な発電所は過去のものになり、再生可能エネルギーのみで火力や原子力に頼っていた時代よりエネルギー的に豊かな生活が送れるようになった。


 宇宙太陽光発電所の膨大な電力は、主に宇宙空間で使われるようになった。そのエネルギー供給こそ、日本の主要な輸出品目になったのである。

 エネルギーを豊富に使えるようになって、月軌道より向こうは日本の独壇場になった。

 ほかの国家や大企業もいくつかのコロニーを築いていたが、マンパワーで勝る日本が圧倒し、火星は独自の経済圏になった。

 世界は半信半疑のまま、日本だけが火星植民地を拡げるのに躍起になっていた、



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