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「現時点では三つのプランがあります。まずひとつが、噴火の直接的な影響が及ばない地域、具体的には日本列島外に国民を脱出させる、という案です」

「難民になる、ということか」

 傍らにいた村上は頷いた。釘宮は率直な疑問を放った。


「今の日本の人口は一億人をすこし越えるくらいだ。これは世界史上最大の難民だよ。いくつかに分散しても、国によっては総人口に匹敵する難民がやってくることになる。そんな大勢を受け入れられる国がいくつある?」

 その疑問には答えず、伊沢は続けた。

「もうひとつが、火砕流が到達しないところに退避施設を作って噴火や天変地異が収まるまで、そこに籠もります。むろん火山灰は大量に降り積もりますから、それに対応した装備をしなければなりません」

「九州には作れないな」

「噴火そのものの被害は、それでしのぐことができますが、先ほどの図のように、日本列島の大半は火山灰に埋もれた不毛な地になっているでしょう。元の緑の大地に戻るまで、何十年もかかるはずです。当座を生き延びたところで、将来的には日本列島からの退避を考えなければならないかも知れません」


 官僚のひとりが答える。それを村上が受ける。

「しかし、さっき言ったように、人類世界に一億人の被災者の面倒を見られる余裕があるかは分からない。噴火に伴う気候変動は地球規模に及ぶからね……先ほども述べたとおり、世界的な食糧危機が起こるだろう。それに伴って、政情はいっそう不安定になる」

「ううむ」

「そして、最後の案だ。荒唐無稽かも知れないが、おれはいちばん希望があるプランだと考える……それは、地球を脱出することだ」

 それは、冗談のように聞こえた。釘宮総理は混ぜっ返すように答えた。

「月にでも行け、というのか」

「本命は、火星ですね」

 伊沢は、にこりともせず応えた。

「いくつかの民間企業と、折衝を重ねています」


 人類が火星に降り立ったのは、二〇三〇年のことだった。恒久的な基地が作られて二五年になる。国家主導の国際チームの一員として日本人も常駐しているが、その数は、一〇〇人足らずだった。

 しかし、民間が主導する火星開発計画は、順調に開発を進めていた。到着自体は当初の構想よりやや遅れたが、昨年には、はじめての火星都市がクリュセ平原に建造され、着々とその面積を拡げていった。

「二〇六〇年までに一〇〇万人規模の火星都市を作る」という創始者の構想が、まんざら、大風呂敷ではないことが示されつつあったのだ。

「火星移住は人類ぜんたいのリスクヘッジでもあります。この惑星以外にも人類が住める場所があれば、惑星単位の大異変があっても人類はサバイバルできる。日本人を、そのさきがけにしたい」

「かれらに作ってもらうのか。日本人が住めるだけの土地を火星に」

「今の段階では、技術協力を得るところまでは内諾があります。それからは……」

「交渉次第、というところか」

 村上は言った。

「いったん噴火が起こったならば、おそらく最低でも半世紀、場合によっては数世紀に及んで地球の気候は大変動に見舞われる。その影響を脱することが出来るのは、この案だけだ」


 映像を変えた。

 太陽の映像とグラフが映る。

「これを見てくれ。二十世紀末からの太陽活動を記録したグラフだ」

「今度は太陽か」

「ここ何年にもわたって、太陽表面には黒点がほとんど出現しない状況が続いている。太陽の活動が極めて低調であるということを示している。

 このような状況は、直近では一八世紀から一九世紀初めに生じた、ダルトン極小期と呼ばれるもの以来だ。

 さらにこの時代には、人類史上屈指の規模の噴火が相次いで発生している。

 一七八三年に、アイスランドのラキ火山が大噴火を起こした。地面が割れて大量の溶岩と火山ガスが噴出し、その後の飢饉で島民の二割以上が亡くなった。噴煙は地球大気上層部に達し、北半球を覆った。ヨーロッパはこれ以降の数年、異常な気候変動に見舞われた。同じ年には浅間山の天明大噴火が発生した。日本史上最悪の飢饉のひとつである天明の大飢饉は、このふたつの大噴火が影響しているという説がある。

 さらに一八一五年、インドネシア中部のスンバワ島にあるタンボラ山で起こった噴火。これは人類の記録に残っているものでは、最大級のものと言われている。噴出量の総量は一五〇立方キロメートルとされ、半径一〇〇〇キロメートルの範囲に火山灰が降り注いだ。噴火による直接の死者は一万人、その後の飢餓や疫病などによる死者は一二万人にも及ぶとされる。この噴火で地球の平均気温は一、七℃低下し、世界的規模の異常気象が発生した。欧米でも翌年一八一六年は『夏のない年』と言われた」


 伊沢は続ける。

「太陽活動の低下に加えて巨大噴火……この時期はフランス革命やナポレオン戦争をはじめ大きな社会変革が起こりました。その原因に、この時期の天候異常で飢饉が生じ、社会不安が増大したためだという説があります。

「だが、太陽活動が低下しているというのは、宇宙開発には好都合です。有害な放射線を発したり、磁気嵐を起こしたりするフレアが発生する頻度が減りますので」

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