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地球の平均気温は、産業革命以後大気中に排出される二酸化炭素の増加によって、急激な上場が続いていた。今世紀に入ってその深刻さが認知され、対策が論じられるようになってその伸びは鈍化しつつあるが、ここに来て巨大噴火で大量の火山灰が噴き上げられるのなら、さらに気候の不安定要因が増えてしまう。
現在の穀倉地帯は大半が寒冷化、あるいは砂漠化で農耕が適さない状況になる可能性がある。食糧供給の危機がやってくるなら、世界情勢もさらに不安定化するだろう。
人類文明ぜんたいの危機的状況がやってくるのだ。
そのような状態に陥ったとき、故郷を失い流浪の民になった「日本人」を救う余裕が、この世界にどれだけ残されるだろうか。
地球上どこにも逃げ場はない。それが現実だと言わざるを得ない。
「起こる確率はどれくらいなんだ」
「これまでは極めて小さく、起こるとしても早くて数千年後だと言われてきた。だが、近年の観測結果によって、それは思ったよりも切迫していることが判明しつつある」
「ほぼ、100パーセント……100年後ならば。しかし、30年後に起こる確率は20パーセントだ。おれや、きみの子供が生きているあいだに、それが起こる可能性に対処しなければならない。今すぐ始めなくてはならないことだ」
そこまで村上が話したとき――
「!」
一行が縦揺れ――P波を感じたのとほぼ同時に、端末が緊急地震速報のメロディーを奏でた。
心臓を冷たい手で掴まれるような、あの音が鳴り響く。
「強い地震が来ます。倒れやすい家具やブロック塀から、速やかに離れてください」
そしてS波――横揺れが襲う。
吊り下げられた照明や床の間の掛け軸が激しく揺れ、障子がガタガタと鳴った。
皆はどよめく。
そこに、速報が入る、
「震源は熊本県中部、地震の規模を表すマグニチュードは三,五。最大震度は益城町で四と推定されます」
火山性の地震だろうか。それともマグマの上昇で火山周囲の断層が刺激されたのか。震源域は2016年に熊本で起きた一連の地震と一致している。
噴火以来、地震活動も活発化しているのだ。
「……気味が悪い」
釘宮はひとりごちた。
「収まったな。被害の把握はしなくていいのか」
「この程度なら、連絡本部に任せておいて構わないだろう」
揺れ続ける照明を見上げて、村上は言った。
「人間は、『地震』のことを知らないんだ。地震の本質は、地下で起こる岩盤の破壊現象。揺れ――地震動は、あくまでその結果に過ぎない。雷鳴が雷の本質ではないようにね。
人間は基本的に「自然のこと」には興味が薄い。いや、自然の中の「人間が関与しない事象」は本質的に、人間の興味を惹かれないものがある。
人間が最も興味がある対象は人間だ。人間関係の維持構築こそ、人間が最も熱心に取り組んでいるものだ。「政治」はその最たるものだ
それに対して、大半の人間は「自然」の振る舞いには興味がない。大地がどうして出来ているか、風はどうして吹くのか。星はどうして光るのか、それらのことどもよりも、スポーツ大会の結果や芸能人のゴシップ、それに税金の計算のほうがよほど関心を惹くのだ。
「天災」に関してひとびとが濃密な関心を惹くのは「誰の責任か」ということについてだ。
かつては「天災」として諦められてきた事象、地震、火山の噴火、風水害、冷害に夏の高温などが、人間の知見が増えて行くにつれ、予測や被害想定が可能なものとなり、したがってその被害は、人間の対策が至らないことにされてしまう。
その意味で二一世紀の現在において「すべての天災は人災だ」ということも、可能ではあるだろう――。
「人間の振る舞いよりも、地球の中のことが気になって仕方がないのは、おれのような変わり者だけだよ」
村上は笑った。
「安心しろ。この噴火で人類は滅びたりはしない……せいぜいのところ、九十億人ばかりが死ぬだけだ」
この時点での世界人口は、およそ100億人である。
「10億人も生き残ることが出来れば、前途は洋々だよ……人類文明の継続には、何ら支障がない。50年もすれば、元通りに繁栄を続ける」
「しかし、日本人はどれくらい生き残れるだろう」
「……なるべく多く。そうとしか言いようがない」
「総理、プランはすでに立ててあります。わたしが説明します」
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