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「知っているだろうが、九州の火山は、数万年に一度の頻度で巨大な噴火をしているものがいくつもある。阿蘇山はその筆頭だ。地下奥深くに巨大なマグマだまりを持ち、そのマグマが数万年に一度の頻度で地表まで登ってくる。今回の噴火は、それに先立つ現象である可能性が高いと思われる。
地球観測衛星による精密観測で、数年前から、阿蘇カルデラぜんたいが隆起していることが分かっている。今回の噴火は相当大規模なものだ。しかし、隆起は収まっていない。
考えられることは、いまでも地下深くからどんどんマグマが供給されている、ということだ。それも、今回の噴火を上回る量の……」
そこでいったん話を切った。
つぎに、村上は端末から『E計画』と題されたファイルを呼び出し、投影した。
「阿蘇、姶良、鬼海などの九州の巨大カルデラ火山が将来引き起こすであろう破局的な噴火に備えるための計画です」
技官はいった。
「国交省、文科省、内閣府など各省庁の若手官僚、それに大学の研究所が関わっている横断的なプロジェクトだ。まだ表には出ていないがね」
官僚のひとりが口を開いた。
「まずは、阿蘇山をはじめとする九州の火山の来歴と現状から、説明しましょう」
「九州の火山地帯では、この種の巨大噴火は、数万年周期で繰り返されてきた。阿蘇山を始め、3万年前の噴火に伴う火砕流が九州南部に拡がるシラス台地を作った姶良カルデラ、いまの鹿児島湾だ。大隅半島など南九州に10メートル以上も積もったシラス層は、ただ一回の噴火で噴出したものだ。
現在では中央火口丘である桜島が煙を吐いている。
当時の日本列島にもおそらく人類がいただろうが、このような巨大災害にはなすすべもなかっただろう。おそらく、生き延びたのは、北海道か東北地方に棲息するごく少数だったろう。
それが、21世紀の現在、起きたらどうなるか。
彼は続ける。
「日本の地質を調べていると、同じくらいの年代に、似たような火山灰の層が、日本列島の各所で見つかります。それが九州などにある火山が巨大噴火を起こし、降り積もったためだと言うことが分かったのは、かなり最近のことです」
説明のあと、ホログラフの画面が変わる。日本地図と火山、そして日本各地の地層の特徴的な火山灰層が表示される。
「こんなにもあるのか」
釘宮は言った。
直近の超巨大噴火は、紀元前6500年前後に、鹿児島県南方の薩摩硫黄島付近の鬼界カルデラで起こった。火砕流は海を渡って鹿児島に達した。この噴火で西日本は死の大地となり、日本列島に暮らす縄文人は大打撃を受けたという。
それから六千五百年。日本列島は、平和だった――。
「たまたま、起きなかっただけだ……それは幸運だった。日本にとっても、人類にとっても」
村上は言った。
このような超巨大噴火のメカニズムは、通常の噴火とは全く違う。
地下に存在するマグマだまりが、マグマ自身の浮力で一気に地表まで上昇する、直上の一帯が隆起して巨大な裂け目が地表に現れ、そこから爆発的な噴火が起こる。溶岩や軽石、火山灰が大量に噴出し、それに伴って裂け目はどんどん拡がっていき、最終的にはカルデラぜんたいが噴火口になって、巨大な火砕流を作るのだ。
火砕流はおそらく一時間ほどで九州全域を埋め尽くす。その末端は海を渡って山口県や愛媛、宇和島まで達する。不幸にも九州は日本列島の西に位置しているから、成層圏まで噴き上げられた火山灰は偏西風に乗って、日本列島全域を覆い尽くす。
発生後の避難は、九州島内においては不可能とみていい。加えて、日本全土に大量の火山灰が降り積もるため、「国家」としての機能は完全に麻痺するだろう。火山灰は、都市を破壊し、森を枯らし、耕作地を不毛の大地に変える。雨が降る度に山間部の火山灰は斜面を流れ下り、土石流となって下流を襲う。その影響は数十年にわたって続くだろう。
「日本列島のほとんどの地域は、ひとが住めない死の大地になる」
皆は黙った。村上だけが、話を続けた。
「わたしたちは地球を貫くニュートリノを検出、測定することによって、九州直下のマグマだまりを数十年にわたって、観測してきた。その研究と地球観測衛星のデータ、さらに『阿僧祇』によるシミュレーションの結果を総合すると、阿蘇山直下において、マグマの上昇現象が、予想より早く起きているという結論になった。カルデラ噴火の危険性は、より切迫していると判断せざるを得ない」
「阿僧祇」とは日本が誇る世界最高速のスパコンであり、最大規模の地球シミュレーターである。
この時代、ノイマン型コンピュータの性能は究極にまで達した。一方、量子コンピュータの研究は一時の楽観論をあざ笑うかのように遅々として進んでいなかった。資金と労力を費やしながら壁に突き当たっている有様は「核融合の再来」とも一部で呼ばれている。
「巨大噴火の影響は、それだけには留まりません。
成層圏にまで噴き上げられた火山灰と、火山ガスのエアロゾルは地球大気の上層に長期間滞留し、太陽光を遮ります。最も楽観的なシナリオ――紀元前6500年の鬼海カルデラと同規模の噴火を想定した場合、世界の気温は平均で3.8℃下降します。二一世紀に入ってからの温暖化を帳消しにしてあまりある数値ですね」
「それで、楽観的なのか」
伊沢は表情を変えず、話を続けた。
「最悪の場合――地球上の気温は8~10℃下降し、その影響は数百年から、千年の単位で続くことになります。
地球環境のバランスが崩れ、雪崩を打つように地球全体が寒冷化する可能性もあります。そうなったら、氷河期の再来ですね」
「世界中が、こうなるのか……地球のどこに避難しても逃れることはできない、ということか」
村上は無言で頷いた。
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